【雲南省旅行記 2009】Vol.10 寒い元陽はパスしてモンラへ:がおちんさんの旅行ブログ
雲南旅行8日目。
連日の長距離移動で少々疲れ気味。
そこで本日は短時間で移動できる元陽(新街)に行き、
午後までゆっくりして、夕方は棚田でも見に行こうと計画。
ところが予想を大きく上回る寒さのため、
元陽でバスを下りる気になれず、棚田計画はあっさり中止。
たまたま乗ったバスが河口行きだったので、
途中までは乗り越しをして、金平→モンラと行き着くことに。
結局は、今日も長距離移動となってしまいました。
2009年3月9日(月)
雲南旅行の8日目。
短期間の旅というのは、時間があっという間に過ぎてしまう。今回の雲南旅行も、今日を入れてあと4泊しか出来ない。
「ゆっくりなんて寝てられるかよ」と、今日も早起きしてバス駅へ。
とはいうものの、何だか連日の疲れが残っている感じ。
今日は近場への移動にすることにして、
元陽行きの切符を購入する。
緑春の街はまだ真っ暗だ。
懐中電灯で照らしながらバスに乗り込む。
暗くて乗客の顔も見えないが、これも昔みたいで懐かしい。
バスは定刻の6時半に出発。
30分ほど走った所で夜が明けた。
途中で乗り込んできた、苗族のおばさん。
スカートの柄は刺繍ではなく、プリントされた既製品だった。
仕事のやり取りか、ケータイで忙しそうに話している。
社会主義市場経済を導入してから16年、少数民族の生活環境も大きく変わったもんだなと実感。
チンコウ付近では濃霧に覆われて棚田が見えない。
それより寒さが尋常じゃない。
バスの車内でもガタガタ震えるほどだ。
新街に着いたが、元陽はパスすることにした。
そのままバスに乗り続け、南沙へと向かう。
南沙は南国ムードが漂う街。
汗をかくほど暑いけど、
寒いよりよっぽどマシだ。
通りには電気バスが走っている。
ここで、バスに荷物を沢山積みたいという男が現れた。荷物は少し離れた所にあるので、そこまで来てくれと頼む男と、「そんなの面倒くさい」と批判する乗客との会話を録音した。雲南訛りがイイ!
注:決してケンカしているわけではありません
http://www.voiceblog.jp/gaochin/1010523.html
14時12分、曼耗(マンハオ)へ到着。
ここでバスを降り、分岐点である橋の手前で金平行きのバスを待つことにする。
集落はトラックの往来が多くてホコリがひどい。
こりゃたまらん。
箇旧から来たこのバス、途中で故障したそうだ。
まだ昼食をとっていないが、大幅に時間が遅れているので弁当を買わせてすぐ出発となった。
車内で一斉に弁当を食べる乗客。
そして弁当を食べ終わると、全員が窓からポイ捨て。
うーん、まだそんなことをしていたのか。
中国の大地はゴミ箱じゃないだろう。
祖国が泣いているぞ、中国人!
おっと、またもや落石ダンプが前をふさぐ。
追い抜こうとする運転手だが、山道ゆえ一気に抜けない。
緊張した攻防が続く。
前のダンプも道を譲ればいいのだが、
そうならないのが中国。
都会は嫌なので、軽の乗り合いバスで勐拉(モンラ)に向かう。
今度は一転、どんどん標高を下げていく。
山道を下りっぱなしだ。
☆車内の会話
http://www.voiceblog.jp/gaochin/1010510.html
ランテンヤオ族の人がいた。
やっぱり民族衣装はカッコイイなー。
雑貨屋から国際電話が出来たので、日本で留守番の妻に電話する。
連日の長距離移動を報告すると、あきれた妻は一言「馬鹿だねえ」。
しかし雲南の田舎町から日本に電話できる事や、スイスイ移動できることに驚いていた。
町の写真を撮っていたら、おじさんから声をかけられた。
私が日本から来た旅行者と知ると、おじさんは家に招いて食事を勧めてくれた。
おじさんはダイ族のLさん。なぜ、よそ者の私に親切にしてくれるのかとの問いには、「我々ダイ族は客をもてなすのが好きなのだ」との返答があった。
感謝。
今夜もほろ酔い気分だ。
宿への帰り道、微妙な暗さが旅の気分を盛り上げる。
明日はどこに行くか考えるが、
酒が回ってどうでもよくなってしまった。
明日のことは、明日考えよう。
すっかり気分も良くなって宿に帰り、
茶を飲もうと湯沸しのコンセントを入れると火花が。
「危ない」と思ってコードを抜こうとした途端、
ビーンと感電。下手すりゃ死ぬところだった。
やっぱり中国は怖い国だ。
感電ホテルのせいで、酔いも一気に醒めてしまった。
【雲南省旅行記 2009】Vol.11 モンラの定期市 へ続く
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