「赤穂かき三昧」紀行:ひま人さんの旅行ブログ
グルメ旅行ということで、12月のふぐ、1月のクエと続き2月は牡蛎だと、最近、播州の牡蛎が売り出し中でもあり、赤穂へと向かった。赤穂御崎の「銀波荘」で「牡蛎づくし」全12品を食し堪能した。
赤穂は日本三大敵討の「赤穂浪士」の本拠地で有名であり、見所もそれに関連した施設が多い。伊和都比売神社、赤穂城跡、歴史博物館、赤穂大石神社、花岳寺、息継ぎ井戸等を見学した。時間があれば、赤穂市立海洋科学館・塩の国(製塩体験が出来る)、市立田淵記念館、海浜公園等を訪れるのも良い。そして播州赤穂駅から相生で山陽新幹線で帰路に着いた。
写真は赤穂城本丸門、平成4年〜8年にかけ復元したもの。櫓門と高麗門の2門で構成されている。
伊和都比売神社(いわつひめ)、旅館銀波荘の前にあり、一千余年前平安朝の延喜式神名帳にその名を記載する古社で伊和都比売大神を祀っている。もとは前方海上の一枚岩の上に祀ってあったのを、元和3年(1683年)赤穂藩主浅野内匠頭長矩が現在地に移した。かつては日本海海戦の勇将東郷平八郎元帥を始め帝国海軍の勇士が参拝した。現在でも船員、漁師など航海安全と大漁祈願が後を絶たない。
赤穂城跡、隅櫓(復元)。赤穂城は慶長5年池田輝政の所領となり、池田輝政の五男政綱から弟輝興が城主に、正保2年池田輝興改易後、常陸笠間から浅野長直が入封した。浅野長直・長友・長矩と続き、元禄14年浅野長矩は、江戸城松の廊下で吉良義央に刃傷に及び、即日切腹。播州浅野家は断絶となった。元禄15年12月、大石内蔵助始め47士が吉良邸に討ち入る。いわゆる「忠臣蔵」の物語である。
赤穂城天主台、五層天守が建てられる予定であった。本丸に残るこの天守台は、5万3千石の外様小藩にしては規模が大きい。
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