イランに行きました シラーズでの日記:ohagiさんの旅行ブログ
2週間滞在したイランでの旅行記です。
エスファハンからシラーズに向かうバスの中でイラン人おばちゃんと知り合い
そこのお宅に4日間ホームステイさせて頂くことに。
裕福なご家庭のようでしたが、イラン女性の本音や、普段の生活の様子が
間近に感じられてとても貴重な経験ができました。
ママと4人兄妹と赤ちゃんが一人、それに近所に住むいとこたちと友達…
にぎやかな毎日。
友達がいっぺんに30人くらいできちゃいました。
エスファハンからのバスで知り合ったおばちゃんに
招かれ、彼女のお兄さんのお宅でランチを頂きました。
ありがたいなぁと思いつつパクパクいただき
そうこうしているうちに若い女性たちが10人くらい
やってきました。
おばちゃんのお譲さんといとこ達。
この日は金曜日で、毎週こうして親戚の家に集まって昼食を共にするそうです。
ランチの後はみんなから質問の嵐。
「なぜイランに来たの?」「なぜ一人なの?」
「日本てどのくらい遠いの?」
「アフマディネジャドってどう思う?」
「日本の男の子ってかっこいい?」…
みんな明るくて、突然やって来た外国人に興味しんしん。
お世話になったjavari家。
長女ファティマは英語が堪能。
次女は美大を卒業したエルハン。
三女のマリアンはまだ高校生。
一番右はいとこさん(名前失念…ごめんなさい!)
「うちに泊まるでしょ! YESと言うまでこれは返さない
から!」と両手で『歩き方』を抱えて
なかば強引?にこの家へのホームステイが決まりました。
カフェテラスで朝のおやつ。
右手前はファルーデという、レモネード味のシロップに
白い細かい何かが漬かっているもの。
何だったんだろう?ココナッツに似た歯ざわりでしたが
ココナッツではありませんでした。
冷たくて美味しかったな。
今日のお昼はエビと青菜のポロウ。
鍋底のおこげがパリパリでとってもおいしかった。
ママはお料理上手!
外食のメニューだと肉料理ばかりでしたが
家庭では野菜もちゃんと食べていました。
シャー・チェラーグ廟。
外観もきらびやかですが内部も鏡が一面に張られていて
ぎらぎらでした。
一瞬でも触れようと聖墓に詰め寄る人たちの熱気と興奮は
すさまじいものがありました。
泣いている女性もいました。
パパさんご自慢のペット。
「名前は?」と聞いたら「ハムスター」と。
ペットに名前をつける習慣はあまりないそうです。
イランでは動物を飼う事自体がめずらしいとか。
パパは黒澤明のファンだそうでした。
どうしても来たかったマスジェデ・ナスィーロル・
モスク。
このモスクのことを誰も知らず、タクシーの運転手さんも知らず、10人くらいに聞いてやっと辿り着きました。
喜びもひとしお。
絨毯に落ちるステンドグラスの色がまぶしく鮮やか。
門番のおじいさんによると、ナスィーロル・モルクとは
このマスジェッドを建てた人の名だそう。
ここは一時は閉鎖されたものの
存命であるナスィーロル・モルクの孫のために
再び開かれたとの話でした。
この日はjavari家の親戚の家でランチ。
2歳になったばかりのスルーシ君は一秒たりとも
じっとはしていません。
イランの人達はみんな本当に子煩悩。
みんなでめいっぱい可愛がります。
床にビニールの敷物を敷いて、その上で食事するのが
一般的です。ピクニックの要領で。
イランのランチタイムは3〜4時間。ダンナさんたちは
仕事先から一旦帰宅し、食事、休憩して夕方また仕事に
でかけます。
一日で一番暑い時間帯なので、これは効率的なのかも。
スペインのシエスタに似ていますね。
ヤズドへと向かう夜行バスに乗り込みます。
夜食に、ホットドッグとザクロを持たせてくれました。
特大サイズですが頑張って完食しました。
あっという間に過ぎたシラーズでの数日。
「ここはあなた家だから、早くまた帰って来てね」
と言ってくれたママとファティマ、
色んな所に連れて歩いてくれたエルハン、
「泣いちゃうから私が学校に行っている間に発ってね」と言いながらもう泣いていたマリアン…
みんなのおかげで、一生忘れられない思い出がいっぱいです。
イランの方々の人情深さに触れた経験でした。
本当にありがとう。
また必ず会いに来ます。必ず。
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