ドクターキムルさんの掲示板

鎌倉に興味があり、ドクターキムルさんの記事をいつも楽しく拝見しております。
この道は国土地理院発行の1/10,000地図「逗子」にも記載はありませんが、国土地理院の地図閲覧サービス(http://watchizu.gsi.go.jp/watchizu.html?meshcode=52397455)と鎌倉市発行の1/10,000白地図には記載があります。さらに、鎌倉市の白地図には神社の北側の尾根伝いに朝比奈町の内割に抜ける道(途中、熊野神社から朝夷奈切通に出る道と交差しています)の記載があります。内割への道が現在歩けるかどうかはわかりません。

kippさん
確かに国土地理院の地図閲覧サービス(http://watchizu.gsi.go.jp/watchizu.html?meshcode=52397455)には三郎の滝から南の尾根道が熊野神社裏から南東の三差路あたりまでの山道が記載されています。この地図と1/10,000の地図「街の達人」とを合わせると旧古道が繋がっていることが期待されます。
しかし、地図に記載されている道が実際に通れる道なのかは行ってみないと分かりません。獅子舞にある「二階堂切通」から天園ハイキングコースに登る道は「街の達人」にも国土地理院の地図閲覧サービスにも2本の道が記載されていますが、これらの獣道では天園ハイキングコースには辿り着けませんでした。国土地理院の地図閲覧サービスには記載がなく、「街の達人」には点線で記載されている変電所裏から登る道はどうにか天園ハイキングコースに通じていました。この道は道案内が付いたハイキングで登ったことがあるという人の話を聞いていたのでチャレンジしてみました。
鎌倉界隈の山は高くても150m程度であり、尾根には大抵は尾根道が残っています。鎌倉が三方を山に囲まれた要害の地などというのは鎌倉周辺の山道を歩いたこともない人が言う明らかな妄想でしょう。たとえば、今回の鎌倉散策では十二所から番場谷を抜けて瑞泉寺に下り、トイレを借りて亀ヶ渕から再び入り、変電所から天園ハイキングコースを経て明月谷へ降りました。十二所から番場谷を抜けて瑞泉寺に行くのはバス通りを通るよりは随分と時間が短縮できます。あるいは、天園から十二所に出るのには貝吹地蔵下から吉沢川沿いに下ると直に着きます。
鎌倉の山道で難しいのは、崖崩れで道が無くなっていたり、通る人がいなくなって道が無くなってしまう場合があることでしょうか。あるいは宅地開発などで道が消滅してしまうことも少なくありません。少なくても、倒木がそのままにしてある鎌倉市域の山道ではそうした消滅する可能性も高いように思われます。
今回の目的は朝夷奈切通が掘削される1241年以前にも人が通ったであろう(尾根)道を確認することでした。鎌倉七口などと江戸時代になると言われますが、その400年前、500年前の頼朝以前にも鎌倉に入る道はあったはずです。特に、切通でもここ朝夷奈切通と「二階堂切通」には左右に切通が掘削される以前の旧古道があり、そのうちの幾つかは、あるいは一部は今でも残っています。この2つは鎌倉では鎌倉時代以前と鎌倉時代以降が味わえる旧古道と古道(切通)であると思います。
ドクターキムルより

ふ、ふ、増上寺大好きな一歩人です。
ふ、ふ、明治4年に太政官令で1万7千石余りの寺領が
軍用地に。そして、ホテルへ。
ふ、ふ、昭和5年国宝指定、その後空襲で廟が灰燼に帰し。
東京タワーとのショットは欠かせませんよね。
失礼しま〜す。

増上寺大好きな一歩人さんへ
増上寺経蔵の輪蔵は六角輪蔵であると思われますが、
増上寺側が八角輪蔵と言い張っているのはどうも
腑に落ちません。
6か8かは数が数えられないほどのことではありませんから。
何かご存知でしょうか?
ドクターキムルより

増上寺大好きな一歩人さんへ
2012年1月15日の公開で増上寺経蔵の輪蔵が八角輪蔵であることを
確認してきました。
とんだ勘違いでした。失礼しました。
ドクターキムルより

ドクターキムルへ
ありがとうございました。
そういえば、あれこれ調べましたが、その時はわかりませんでした。
返信が送れてもうしわけありませんでした。
それに、現地にも出向かず聞いてもみなくて、すみません。
ちょこっと言い訳しますと、押上に勤務を替えたばかりで
慣れない事が多くて。
ふ、ふ、増上寺は大好きで、特に安国殿が好きで、
家康の位牌や和宮様の像はとても興味があります。
今心配なのは、かってあった、四隅の方角の像がいまだ復帰おらず、
それを楽しみに通うつもりです。
失礼しま〜す。

ドクターキムルへ
ありがとうございました。
そういえば、あれこれ調べましたが、その時はわかりませんでした。
返信が送れてもうしわけありませんでした。
それに、現地にも出向かず聞いてもみなくて、すみません。
ちょこっと言い訳しますと、押上に勤務を替えたばかりで
慣れない事が多くて。
ふ、ふ、増上寺は大好きで、特に安国殿が好きで、
家康の位牌や和宮様の像はとても興味があります。
今心配なのは、かってあった、四隅の方角の像がいまだ復帰おらず、
それを楽しみに通うつもりです。
失礼しま〜す。

戸塚あまねく散策されたようで、驚きました。
先日、mamamaは、戸塚検定で100点取りましたが、そんなレベルじゃないですね。最近、”戸塚見知楽会”が発足されて、そちらの情報も、あまたあふれて、わが町戸塚の捨てがたい情報満載に敬服です。
この上方見付のわきにある階段を上ったところが、我が家です。
サイゼリヤの前にある松ノ木は、意外と気がつかない人が多いようです。ドクターキムルさんの旅行記は、自転車でされているのですか?
すみずみまでゆきとどいていて、地蔵尊1体ずつていねいに清拭されているみたいです。そんなレポーターがいられる戸塚は、やはり誇りをもって暮らしたいですね。八坂神社の交差点もこれから変化しそうな兆しです。
”満留賀”さんも、移動して道路の拡張が予想される戸塚。今後も戸塚の隅々探索期待しています。

道祖神や庚申塔を巡って戸塚区と鎌倉市を歩きました。もう、ここ数年は自転車には乗っていません。戸塚区内なら徒歩が中心で、あとはバスか電車を利用する程度でしょうか。車では1度だけ、藤沢市にある村岡城址に石碑の確認に行ったことがあるだけです。
ガイドブックやWebに載っている在り来たりの事項を確認する程度なら自転車でも良いのでしょうが、やはり同じ道や同じところでも何度も通るなり、行くなりしないと、気が付かないことも多いものです。
鎌倉中ならやぐらや四方竹が多く見られるのに、鎌倉在ともなると、同じ鎌倉郡なのにと思えるほどやぐらや四方竹が見られません。やぐらと防空壕の区別も案外難しいのですが、丸竹と四方竹との区別は実際に触ってみて確認しないと分かりません。やはり、徒歩でないとできないようです。
それでも、1日に20kmも歩くと歩いたという実感を味わえます。長く歩いても、翌日は運動をやり過ぎた場合ほどの筋肉痛は残らないものです。
これからも徒歩で巡りたいと思っています。
戸塚検定のことは全然知りませんが、自分の足で知り得たことの方が身に着くと思っています。
ドクターキムルより

ドクターキムルさんへ
最後の一枚に余韻を感じました。
ありがとうございました。
ふ、ふ、鎌倉は思い出が多いです。
北鎌倉に友禅工房があり、1年間通いました。
当時、押絵羽子板にも通っており、
押絵に使用する正絹に自由な柄を創って
みたかったからです。近所に小津監督の映画で
出てくる踏切を通り工房へ向かう道すがらも
楽しかったです。
当時から商業地区が一帯を津波のように侵食するようで
総武快速線から見てもその様子が伺えました。
失礼しま〜す。

はじめまして
千人武者行列 臨場感溢れる描写で、一気に拝見しました。その雰囲気がよく伝わってきました。 <馬が去った後には> 笑えました。うまい!!
また おじゃまします pedaru

ドクターキムルさん こんにちは
旅行記楽しく拝見しました。もちろん一票いれましたよ!
久保桜の旅行記をただ今登載したところ、この写真がすぐ紹介されました。
とてもきれいな開花の写真が見られてうれしいです。
今年は寒さが続き開花が遅れているようでした。すばらしい枝ぶりで感動しましたが、満開のときはどんなだろうと想像していました。
それにしてもこれの投票が少ないのはなぜでしょう?人気投票が必ずしも質の高いものとは思えませんがどうでしょうか?
良い旅行記はもっと目立ってほしいです。
よろしければ、この旅行記をマイページで紹介させてください。

マキタン2さん、こんばんは
久保桜は4、5度は見に行きました。満開のときにはカメラクルーも来ていたこともありました。このあたりでは桜は大切にされていると感じました。私も部屋に満開の久保桜の写真を飾っています。A4の大きさで勿論プロが撮ったもので、売店にもあったと思います。
私の旅行記でよかったら使ってください。
4travelは学会(博士と博士コースの学生が会員である一般的な欧米の学会)とは異なり、良い旅行記の判断基準もまちまちでしょう。私の旅行記には良く読まれているのに投票がないものがいくつもあります。やはり、不思議な気もします。しかし、多少違った視点から見て旅行記を書いていることは否めませんし、誤記があれば気付いた時点で訂正していますし、新たな情報があれば付け加えたりしていますから、興味を引くかも知れませんが、投票するかは別でしょう。ミーハーに名所・旧跡を観光するのなら一般的などこにでも書いてあるようなことで良いでしょうが、知的好奇心が高ければそれでは満足できないでしょう。同じ観光地、名所・旧跡でも何度も言ってみると違ったところが見えてくるものです。一般受けするのか玄人受けするのかは旅行記によると思います。私の旅行記はドクターキムルとあるように博士が書いた旅行記です。一般受けはしないでしょう。訪問者を見ても何10回と見ていただいている人が多いですね。一般受けはしていないということの表れでしょうか。

あるタレントの葬儀記事から、親縁寺の記事を偶然新聞で見つけました。親縁寺の元住職佐藤哲善先生は、私の中学時代の恩師です。里帰りした折には、是非仏教のおはなしを伺いたいと思っておりました。親縁寺の場所がうるおぼえでしたので、ネットで調べると「親縁寺」がやたらと出てくるではありませんか。先生活躍なさってるんだと勝手に思い込んでおりましたら、坐像になって写真に写っているのをみてビックリ。亡くなられていたんですね。でも懐かしい本堂と階段を上がる石塔が写っておりました。今度、母と一緒にお参りに伺います。

ELUさん
高嶋橋あたりを抜ける戸塚本宿道に対する筋違道としてあったのでしょうか、曲がった旧道沿いに親縁寺はありました。社殿が見え、神社かと思って寄ってみました。
Wikipediaには、「元住職佐藤哲善師を模した哲善地蔵」「元住職佐藤哲善は、時宗教学部長を務め、映画「捨聖一遍上人伝」記録映画「をどらば をどれ」(1994)を企画したほか、横浜市長選挙に立候補するなど、活動的な人物であった。」などとあります。Wikipediaには間違いが多いのですが、哲善地蔵は本尊ではなく、石段を登って山門左に鎮座しています。本堂には阿弥陀如来立像を真ん中にして三尊が並んでいました。
哲善地蔵からは沢山の結縁の糸が張られており、台座に並ぶ3体のお地蔵さまの他にも数え切れないほどの水子供養のお地蔵さまが添えられ、前と左右に沢山のお供えがありました。時節柄、靴下の形をしたクリスマスのお供えなどもあり、これほど慕われている地蔵尊を見たのは初めてでした。
ELUさんが言われるように、亡くなられて丈六の金銅地蔵尊になられたのでしょう。おそらくは地蔵尊のお顔も似せて造られたのでしょう。
生前は中学校の先生をされていて、教え子達から贈られた物も多いのでしょう。置き切れないほどのお供え物から元住職佐藤哲善師の人柄が偲ばれます。
ドクターキムルより

ドクターキムルさん
こんばんは・・・。
この旅行記・・ちょっとびっくりです。
有名でもなく・・大通りの大いちょうといい・・。
私は、この宇都宮城跡が子供の頃の遊び場所でした。
当時は、こんなに綺麗な公園では無く住宅街のなかに
御本丸公園としてありました。
冬になると御本丸スケート場に毎日通って・・・。
公園を綺麗に整備する為・・道路も拡張され
当時の友人達の家もどこかへ引っ越して無くなってしまいました。
もちろん当時は市役所も今の場所ではありませんでした。
このあたりが変わった頃は私ももう違う土地で暮らして
いましたが・・何とも懐かしい哀愁のある旅行記・・
思い出にしばし浸らせて頂きました。
nomo1215

nomo1215さん
宇都宮は綺麗な街です。
これまで良く行っていた栃木県立博物館などもとても綺麗でした。
北の50万地方都市として整備されたのでしょう。
宇都宮城の隅櫓の復元は知っており、気になっていました。
今回はそれを見る目的で出かけました。
結論から言うと、宇都宮城釣り天井事件などで知られるが、
関東から北に見られる石垣のない土塁の城で、復元された
2つの隅櫓も本当にちっぽけなもので、土浦城を見たときと同じ
失望感を味わいました。
「有名でもなく・・」と言われるのは最もです。
しかし、松が峰教会や石の蔵など宇都宮らしい建築を見られて
行った甲斐がありました。
大通りの大銀杏の木もアクセントを添えていました。
自転車で見に来ている人がいましたし、通る人たちは皆一様に
見とれて写真を撮っていました。
また、毎日落ち葉を掃いて集める人もいるようで
下も綺麗になっており、傍らに銀杏の葉を詰めたビニールの
ゴミ袋が2袋と箒と塵取が置いてありました。
東武宇都宮線は1時間に2本しかなく、地方都市ならこんなものか
と思いましたが、それが上りでは昼は2分と27分なのですが、
2分発は定刻には発車するのですが、27分発は2、3分遅れて
始発駅を出発します。下り電車が入線してから上り電車を
発車させるのですから、定刻通りにはなりません。
それでも2、3分遅れを全く気にしていない宇都宮の人たちや
東武の運転手さんや駅員さん(車掌はいないワンマン運転)なのですから
やはり東京とは違います。
綺麗な地方都市でのんびりした雰囲気を味わうことができました。
ドクターキムル

すばらしい町並み それに建物ですね!
近年テレビでも栃木の蔵の街などで紹介されてて必ず行きたいと思ってる街です!
写真見させてもらって余計行きたくなりました!ありがとうございいました!! enn8801

enn8801さん
栃木は蔵の街ですが、巴波(うずま)川を挟んで石造りの蔵と漆喰の蔵とに
分かれていて見ごたえがあります。
まだ、3度しか訪れてはいませんが、川越などと比べると人が少なく
落ち着いて散策できます。また、高岡と比べても川があることで
京都や高山のような潤いがあります。
教会も街の雰囲気を引き締めています。
鯉の餌は今回も50円のままだったような気がします。
津和野の鯉のようにデブではないのが良いですね。
まだ、各所にある博物館などにはお邪魔していないのですが、
こうしたところを巡るのも面白いと思っています。料金は少し
高めですが。
これまで壬生には博物館や古墳巡りで何度か出かけていますが、
栃木は祭りの時にだけ3回しか訪れていないので、私にとっても
これからの街でしょうか。
浅草から片道940円と日帰りで出かけるのにはうってつけの街です。
ちなみに特急料金は片道1200円です。時間に余裕を持って出かけ、
各駅停車の電車でのんびりと行きたいものです。
ドクターキムルより

初めて、アイヌの方々の踊りを写真で見せて貰いました。
暗い部分もありますが、皆さん生き生きとしていて素晴らしいですね。
幕が降りた後の記念撮影、皆さんの笑顔が素晴らしかった踊りの良さを現わしています。
hn11