戸塚の道祖神・庚申塔(5)
江戸時代の初めに東海道の宿場として戸塚宿が開かれ、戦前までは鎌倉郡であった横浜市戸塚区には中世から鎌倉道が通り、街道沿いには道標や一里塚、一里塚跡、庚申塔、道祖神、お地蔵さまなどの街道に良く見られる石の指標が多く残っている。戦後の高度成長期に道路の拡張や付け替えが行われ、近くのお寺や神社などの境内に移されたものもあるが、建てられた時の昔のままに残っているものもあろう。
街道沿いに道祖神や庚申塔が立つのは江戸時代の17世紀末あたりからであり、江戸の町人が大山詣でやお伊勢参り、江ノ島・鎌倉見物などに繰り出すようになった時期に当ろうか。
戸塚区内の道祖神と庚申塔は多いのでここでは南部の汲沢町、汲沢、深谷町、原宿、小雀町にあるものを紹介する。
(表紙写真は五霊神社境内の庚申塚の石碑)
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富士浅間神社(汲沢)横の「子之大権現」(慶應4年(1868年)銘)。上倉田町の子之八幡神社も大正までは子之神社であった。
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富士浅間神社(汲沢)横の「紀元二千六百年記念」(昭和13年(1938年)銘)。早々と建てたのであろう。
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富士浅間神社(汲沢)横の道祖神(平成9年(1997年)銘)と2基の五輪塔。屋根が架かっている。昭和の戦前までは見かけるが平成になっても道祖神が建てられているのには驚きだ。
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富士浅間神社(汲沢)横の庚申供養塔(宝暦9年(1759年)銘)。
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富士浅間神社(汲沢)横の庚申塔(天保14年(1843年)銘)。
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富士浅間神社(汲沢)横の地神塔(明治7年(1874年)銘)。
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かまくらみち深谷小入口信号にある道祖神(嘉永3年(1850年)銘)。
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かまくらみちから南幼稚園方面に入ったところにある深谷町の道祖神。
前に電信柱が立てられ、区内では一番粗末に扱われている感じだ。
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浅間神社境内の庚申塔(延宝5年(1677年)銘)。
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旅タグ(β) 〜関連のあるスポット・キーワード〜
神明社
道祖神(寛政4年(1792年)銘)。この階段の上に小さな石祠があったが神明社だったのだろうか?
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常勝寺前三叉路を入った神社石段脇(小雀町)の道祖神(双体)(文久3年(1863年)銘)。
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品川団地入口交差点(田谷町境)の道祖神(明治40年(1907年)銘)。
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品川団地入口交差点北(小雀町)の道祖神(寛政12年(1800年)銘)。
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小雀公園北東角の道祖神(大正6年(1917年)銘)。
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