金峰山寺(奈良・吉野町):ドクターキムルさんの旅行ブログ

金峰山寺(奈良・吉野町):ドクターキムルさんの旅行ブログ

金峰山寺(奈良・吉野町)

  • 旅行記を見る
  • ブログに貼ろう
金峰山寺(奈良・吉野町)

 奈良県吉野郡吉野町にある金峰山寺は天台宗単立の金峯山修験本宗の総本山のお寺で国軸山金峰山寺という。創建は7世紀後半で、開基は役小角(えんのおづぬ)と伝わる。本尊は蔵王権現である。
 金峯山寺の所在する吉野山は、古来桜の名所として知られ、南北朝時代には南朝の中心地でもあった。「金峯山」とは、単独の峰の呼称ではなく、吉野山と、その南方二十数キロの大峯山系に位置する山上ヶ岳を含む山岳霊場を包括した名称であった。吉野山金峯山寺と山上ヶ岳の大峯山寺(おおみねさんじ)とは、近代以降は分離して別個の寺院になっているが、近世までは前者を「山下(さんげ)の蔵王堂」、後者を山上の蔵王堂と呼び、両者は不可分のものであった。「金峯山寺」とは本来、山上山下の2つの蔵王堂と関連の子院などを含めた総称であった。
 明治元年(1868年)に発布された神仏分離令によって、長年吉野山で行われてきた神仏習合の信仰は禁止され、寺院は廃寺になるか、神社に名を変えて生き延びることになる。明治5年(1872年)には追い討ちをかけるように修験道廃止令が発布され、1874年(明治7年)には中心寺院の金峯山寺も廃寺に追い込まれた。その後、明治19年(1886年)には「天台宗修験派」として修験道の再興が許され、金峯山寺は寺院として存続できることになった。ただし、山上の蔵王堂は「大峯山寺」として、金峯山寺とは分離され、今日に至っている。
 昭和23年(1948年)に天台宗から独立して大峯修験宗が成立し、昭和27年(1952年)には金峯山修験本宗と改称、金峯山寺が総本山となっている。
 黒門(金峯山寺の総門)を潜って暫く行くと仁王門が見える。仁王門から入ると巨大な蔵王堂(本堂)がある。大きくて中々カメラに納まらない。内部の柱には、ツツジ、チャンチン、梨などと称される柱が用いられ、原木の曲がりを残した自然木に近い柱のままで使われていることが特色である。また、豊臣秀吉奉納とされる金箔を施した柱もある。
 お坊さんに尋ねると寺宝は火災や明治維新の廃寺などの混乱で殆んど残っていないという。実際には、仁王門と蔵王堂は国宝であるし、大和国金峯山経塚出土品も国宝になっている。また、相当数の重文もある。それでも多くの寺宝が失われているということであろう。
(表紙写真は金峯山寺蔵王堂)

旅タグ(β) 〜関連のあるスポット・キーワード〜

大峯山 金峯山 金峯山寺 大峯山寺 吉野山
旅タグとは?
エリア: 近畿 >>奈良県 >>吉野山・五条 >>吉野山周辺
テーマ: 寺社・札所めぐり
時期: 2009年04月16日〜04月16日
投稿日: 2011年02月20日
写真: 全23枚
この旅行の手配内容を見る

吉野山周辺 旅行記ランキング参加中!!

この旅行記は現在 --)です。

投票するには、ログインしてください

この旅行記と近い旅行記

吉野山周辺旅行の予約・手配

掲示板

現在、コメントの書き込みがありません。

トラックバック

この旅行記のへのトラックバックURL

http://4travel.jp/tcs/t/tb/album/10546835/b027caeaaa1871d23b481e1f020a26e4
この旅行記へのトラックバック記事

現在、トラックバックはありません。

ドクターキムルさん 写真
ドクターキムルさん
  • 誕生日:03月23日
  • 登録:2009年10月26日

アクセス数

海外渡航地図
(全1ヵ国

国内訪問地図
(全44都道府県

投稿件数

投票獲得数

  • ・旅行記:3194
  • ・クチコミ:1
  • ・QA回答:38

フォートラベル モバイル

QRコード
URLを携帯に送信!
@
フォートラベル モバイル ガイド

国内旅行のおすすめツアー

by Opendoor

その他の特集一覧


おすすめサービス
お花見スポットガイド
国内テーマパーク

吉野山周辺のトップページへ 閉じる