鎌倉西御門来迎寺:ドクターキムルさんの旅行ブログ
鎌倉市西御門にある来迎寺は時宗の寺院で、満光山来迎寺という。鎌倉時代中期の正応元年(1293年)に建てられ、開山は一向上人(一遍上人とも)と言われている。本堂には本尊の阿弥陀如来像(正徳2年(1712年)の造立)、如意輪観世音像(南北朝の制作か)、地蔵菩薩像(永徳4年(1384年)、宅間浄宏作)などが安置されている。
新しくなった階段登り口には、昭和6年3月に鎌倉町青年団が建てた「太平寺跡」石碑がある。太平寺は鎌倉尼五山の第一位であり、源頼朝が平治の乱で敗北したときに、命を助けてくれた池禅尼の恩に報いるために、禅尼の姪の願いを聞き入れて、建てさせた寺がはじまりだと伝えられている。そのため、太平寺は代々比企一族の尼寺であったが、後に、鎌倉公方足利基氏の妻清渓尼によって中興され、以後、代々足利氏の息女が住職を務め、鎌倉尼五山第一位として興隆をきわめた。しかし、弘治2年(1556年)、安房の里見義弘が鎌倉に攻め入った際に、住職(義弘の最初の正室)が安房に渡ったため廃寺となったために。仏殿だった建物は、移築されて現在は円覚寺舎利殿として鎌倉では唯一の国宝建築物となっている。
八雲神社があり、町の公民館(集会場)になっている。八雲神社の鳥居には海草が懸けられている。これはその年最初に実った穀物を神社に奉る初穂のやり方の1つで、稲穂を神前に懸けて奉る懸税(かけちから)のようだ。ここでは稲穂ではなく海草のようだ。海がある鎌倉ならではの風景であろうか。この上は横浜国大のテニスコートになっており、老人男女がテニスに興じている。30数年振りに来たので懐かしかった。おそらくはこのあたりに太平寺があったのであろう。
(表紙写真は来迎寺本堂)
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