山城国分寺跡(恭仁宮跡):ドクターキムルさんの旅行ブログ
海住山寺からJR加茂駅に向かう途中にタクシーの運転手が近くに山城国分寺跡(恭仁宮跡)があると言う。早速そちらへ向かってもらった。
山城国分寺跡には花見のお客もいて、七重塔の礎石に5、6人のグループがいた。「中心の礎石の下には仏舎利が納められていたのですよ。」と言うとこのグループは別の場所に移った。悪いことを言ってしまったなと思った。
この地に天平12年(740年)、聖武天皇が都を遷し、恭仁京となったが、わずか5年ほどでまた遷都し、短命な都となりました。その跡に山城国分寺が建てられたのです。塔跡に大きな礎石が残り、同じ七重塔跡といっても東大寺の七重塔跡には基壇跡しかなく、礎石は残っていなかった。平城京からほど近い加茂の地に山城国分寺が建てられたところを見ると、当時は山城国の中心的な場所だったのだろう。思いがけなく山城国分寺跡を見られて少し嬉しかった。
(表紙写真は山城国分寺七重塔跡)
現在、コメントの書き込みがありません。
現在、トラックバックはありません。