タコボウ(田子坊)はまだ足を伸ばす気だ!!:井上@打浦橋@上海さんの旅行ブログ
田子坊を「タコボウ」にしてしまいましたが、コレは「足を伸ばす」に繋げたかったからです。
日本語での音読みにしますと、どうなるんでしょうか・・・「デンシボウ」なのか「デンショウボウ」になるのか・・・。
こちらの発音では「ティエンズファン」と言ったところでしょう。
この田子坊が、出来始めたのは3・4年前か・・・・
従来からある石庫門住宅と、その道並みを利用した芸術村をというのが当初のコンセプトだったのかと思われます。
今では芸術村というより、洒落たカフェやレストラン、小物屋、ブティックなどが並ぶ小さな一画となりました。
こういったタイプのものとして、上海で一番有名なのは、皆さんご存知の新天地です。
しかし、あの新天地は、もともとあったものを全て壊して、新たに石庫門住宅を作って街にしてしまったもので、それを当初から見てます私などからしますと、どうも頂けないな、という思いなんです。
この田子坊は、違います。もともとある石庫門を利用していますので、いや、今でも現役の石庫門住宅ですので、生活感があったりするんです。洗濯物がなびいていたり、買い物籠を下げたおばさんが行き交ったり、扉からお婆さんが顔を出したり・・・。
2年前にも、ココを取り上げましたが、当時は、まだまだこじんまりとしていました。
そのブログは下記です。05年の11月21日に訪れた時のものです。
「消え行く新新里・新スポット田子坊(泰康路)」
http://4travel.jp/traveler/dapuqiao/album/10043174/
久しぶりに訪れてみましたら、当時より足を広げていってましたね。
路地の奥へ奥へと、そしてその奥にあるチョッとした広場へも、街並みが伸びて行ってました。今後も足を伸ばしていくのかも知れません。
田子坊は、上海のどのあたりにあるのか・・・・
ここに示したのが上海の大まかな地図ですが、田子坊は上海中心部から見て南部に位置する打浦橋地区にあります。
何区にあるかと申しますと、盧湾区ですね。
新天地も、淮海中路も、花園飯店も盧湾区にあるんですが、田子坊は盧湾区の南部の下町っぽい打浦橋地区にあるということです。
打浦橋地区を更に南に下がりますと黄浦江に行き着くわけですが、2010年の上海万博の会場は、その辺りの黄浦江両岸地域となります。
これが田子坊周辺図です。
まあ、打浦橋地区を表してると言ってもいいですが、打浦橋地区は、もっと南部分も含みます。
田子坊は瑞金二路、泰康路、思南路、建国中路で囲まれたブロックの石庫門住宅の中にあるということです。
家を出たのが午後2時過ぎ。
うだるような暑さです。37度はあったでしょう。
左が海華花園のマンション棟、右が海麗花園のマンション棟。
その2つの建物の間、向こうに聳え立つのが4月末に開業しました5星ホテルです。
仕格維麗致大酒店です。
日本語のサイトは下記です。
http://www.skywaylandis.com/jp/home.php
コレを見ますとスカイウェイ・ランディス・ホテルとなっていますね。
どうも台湾系のホテルのようです。
肇嘉浜路に架かる歩道橋から見た工事現場です。
瑞金二路と徐家匯路の北東角の位置にあります。
2年前までは、ここには1930年前後に建てられた民家がビッシリ並んでしました。
当時のこの一画の呼び名は新新里でした。
遠くにはロイヤル・メリディアン・ホテルとJWマリオット・ホテルが見えます。
その手前に南京西路が走り、更にその手前に人民公園があるということです。
これがココにできるビルの完成予想図です。
オフィスビル、ショッピングセンター、マンション全てが組み込まれるビルになるんでしょう。
3年後には、地下鉄9号線(東西に走る)の駅がココに出来るそうです。
更に南北に走る12号線の駅も出来るそうです。
瑞金二路を北に向かいます。
徐家匯路を境にして、それより北が、昔フランス租界だったところです。
肇嘉浜路・徐家匯路には、昔、水路がありまして、その水路が境だったということです。
私が住む地域は、昔はフランス租界から見ますと、川向こうの別世界だったはずです。
旧フランス租界時代には、瑞金二路はRoute Pere Robertと言う名だったそうです。
右側が工事中の地区です。
完成後は道が広くなるんでしょう。
瑞金二路から泰康路に入ります。
泰康路のフランス租界時代の名はRue Cassiniです。
右側は工事中に地区となります。
泰康路は98年までは、道端の両脇に出店がビッシリ並ぶ青空生鮮市場でした。
野菜、果物、穀物から魚、肉、生きた鳩、アヒル、鶏、カエルに蛇、なんでもありの通りでした。
泰康路から南を眺めました。
海華花園のマンション群と、5星ホテル・スカイウェイ・ラディソン・ホテルが見えます。
工事用の仮囲いの壁には軌道交通9号線の打浦駅が出来ることがうたわれています。
道から小区へ入る入り口と路地です。
この路地の両脇と奥に2階建て3階建ての集合住宅が並ぶと言うことです。
道側には必ずチョッとした店があります。
ココにはフライパンが見えますので、チョッとした料理を提供するんでしょう。
こういった入り口は20m位おきにあります。
この路地の奥に入って行きますと田子坊の一画に出られます。
この入り口部にも、チョッとした商店と言いますか修理屋があります。
ここは泰康菜市場・・・生鮮品市場です。
道端にあった青空市場は、98年に撤去されて、泰康路の南側に出来た3階建てのビルに全て移転させられました。
そのビルが去年壊されて、今度は、泰康路北側のココに移ったと言うわけです。
昼の賑わいが過ぎた2時37分ですから、客も少ないんでしょう。
夕方の賑わいまでは、まだタップリ時間がありますので一休みと言うところでしょう。
右のおじさんはパジャマスタイルですね。
これが田子坊の詳細図です。
ご覧のように、田子坊は建国中路と泰康路を南北に結ぶ結ぶ路地とその両脇の空間がメインとなります。
そして、そこから横へ入っていく路地沿いの空間もそうです。
2年前に来て歩き回った頃は、まだまだ横への伸びはわずかでしたが、今は横に、奥に、更にその範囲を広げていっています。今後も、この周辺の路地へ足を伸ばしていくものと見ています。
ここが田子坊の泰健路からの入り口です。
赤い壁の建物が目を引きます。
入り口ゲート上部には、田子坊の浮き彫り文字とともに泰康路210弄の住居番号も表示されています。
ココが正面玄関といっても良いでしょう。
建国中路からの入り口には、田子坊の表示は確認できませんでしたから・・。
泰康路のこの入り口から入って、建国中路に抜けるこの道が田子坊のメインストリートと言ってイイでしょう。
田子坊のいわれが書かれた銘板が掲げられています。
田子坊・・上海創意産業発源地となってます。
もともとはこの道筋は志成坊と言っていたらしいです。
陳逸飛などの有名画家が乗り込んできてから、中国古代の画家・田子方をもじって田子坊という呼び名をつけたようです。
SHANGHAI ART DECO(上海アール・デコ)と書かれたドデカイ看板がありました。
ココに写ってます建物には記憶があります。
そうそう、これは円明園路にあったボロ・ビルだな・・・。
メインストリートから西へ行く脇道が2本ありますが、これが1本目の脇道です。
脇道の奥には小さな空間がありまして、そこにはカフェとレストランがあり、オープンスペースには日除けが設置され、その下には椅子とテーブルが並べられています。
脇道の奥には幅広の空間が広がります。
この辺りの建物は3階建てですね。
1階部分が店に使われ、2階、3階には、もともとココに住んでる人達の生活空間があるんでしょう。
またメインストリートに出ました。
田子坊石庫門と書かれた横渡しの看板が掲げられています。
青いTシャツを着た婆さんがホーローびきの容器を手に持ってこちらにやって来ます。
その風景は半分、この場にそぐわないですが、半分はピッタシはまっています。
ココを真っ直ぐ北へ行けば建国中路に出ます。
建国中路から田子坊方向へ入り込む路地です。
でも田子坊には行き着けません、行き止まりでした。
洗濯物がタクサンぶら下がってまして、上海の下町の路地という感じそのままです。
建国中路を更に西へ行き、振り返りました。
右側のブロックの中に田子坊があるということです。
人が十数人集まってるところがバス停です。
この道は西から東への一方通行路です。
これで、「タコボウ(田子坊)はまだ足を伸ばす気だ!!」は終わりです。
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この旅行記は現在 -位(-票)です。

前回、田子坊へ行った時に自分もこのおばあちゃんに逢いました(笑)
というか、自分の撮った写真にも写っていましたよ!
奇遇ですね〜
自分も写真いっぱいあるのに出せていない・・・
なんとか整理してそのうちに出します!

blackieeさん、どうも。
元蘇州猫さんの4.travelのブログは何も記事がないでしょう。
彼、チョッと前までは立派なホームページ持っていたんですが、
どういうわけだか消えてなくなってしまったようです。
そこには、彼の愛したギタリストと、ウェスト・コースト・サウンドに関して
ビッシリ書かれていました。
あと、蘇州周辺の水郷観光地や、
まだ話題に成る前の、ラサや九寨溝旅行記なども・・
彼、春節休みには、なつかしのカリフォルニアに行くそうです。
あの田子坊のおばあちゃん、
blackieeさんも見かけましたか。
まあ、あそこは、普通の暮らしがある生活空間と、
洒落た店の空間が共有されてますので、
そういうこともあるんでしょう。
あの、おばあちゃん、1日に、4・5回、
あそこから顔を出してるのかもしれません。
そのおばあちゃんの写真、
早くアップしてください。

一番好きなのは、ニール・ヤングです。
クラプトンは
Layla and Other Assorted Love Songs
Backless
No Reason to Cry
461 Ocean Boulevard
をIPODに入れて聞いております。
そう、春節は30年ぶりのカリフォルニアです。
ロサンジェルスでは、
あの「ホテル・カリフォルニア」のジャケット、
ビバリーヒルズ・ホテルに泊まろうと企てましたが、
なんと、1泊10万円。断念しました。
サンフランシスコでは、
40年前ヒッピー・ムーブメントの残り火を探して見ます。
チャイナ・タウンも行かないとね。

井上様
上海の暑さどうですか。相変わらずエネルギッシュに活動されていますね、感服します。
日本は先週、台風が西日本を中心に通過していきました。蒸し暑さはありますが、今年スカットした夏の暑さがありません。少し、変です。
この記事の続き待っています。

キムさんさん、どうも。
ギラムンムンムレムレの炎熱地獄です。
37度、38度は当たり前、39度も40度もあり・・・
先ほどNHK・BSの天気予報(勿論日本の天気です)で、
今日も厳しい暑さとなります・・・・って言ってたのを聞いて、
画面を見たら、【31度】!!!!!!
この野郎、ぶっ殺されんなよ・・・・31度で厳しい暑さなんて言うな!!
って怒鳴りたくなりました。
以上は、7月31日の朝にTOMIKENさん書いたレスです。
しかし、その後、毎日夕方に夕立が来まして、
徐々にですが、いや、焼け石に水かも知れませんが・・・
なんとなく気温は下がってるのかもと思える状況になってきました。
でも、まだまだ1日中エアコンは掛けっぱなしで、
朝でも27・8度はありますね。
まあ、なんせ、大陸は7月一杯が暑さのピークですから、
8月の中ごろには、楽になってくるでしょう。
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