北京滞在記113〜次男坊北紀行03・乾隆朝の愛しい王府「恭王府」:こまちゃんさんの旅行ブログ
次男坊の北紀行第三部、北京周遊の続きです。
后海から歩いてやって来ました「恭王府」。
簡単に紹介すると、、、
美しい景観の北京什刹海南西部に、静寂に佇む青柳の木陰の町に繋がる一本の坑道が
あります。その坑道は王府に繋がっており、それは現存の王府の中で、最も保存状態
が良くて完全な状態で残されており、その様子が愛おしい程に素晴らしく恭しい事から、
「恭王府」の名が付けられました。
恭王府は、清代乾隆朝に多大な権力を有した大臣「和珅」と、当時の皇帝「嘉慶」の弟で
ある「永璘」のお屋敷だった所が、後にこの名が付いて残されたのでした。
この大庭園を有するお屋敷は、大型四合院式屋敷の芸術的な素晴らしさと、園林芸術の
巧妙さとが神々しく融合した王府となっています。
恭王府官方网:http://www.pgm.org.cn/
恭王府百科事:http://baike.baidu.com/view/21465.htm?fr=ala0
では、その愛すべき恭(うやうや)しさを味わってみましょう!
見慣れた所へ何度出掛けようとも、その都度色んな顔(様子)があるので問題有りません。
なので、特に初めての所となると、こんなに違った気分になれると言う事に気付かされました。
お屋敷だったと言う事なので、しっかり四合院形式の住宅です。でも、倍率を上げたような大きさですが・・・(^灬^;
恭王府が開放されて早30年ほど経ちますが、その当時、多くの王府や皇宮の開放提議に関して討議が進んでいたそうです。しかし、その渦中1975年に周恩来首相が病床に着いてしまい、数件の超された開放提議の懸案が、ここ恭王府だったそうです。
ご本人の心中真意は如何だったのでしょうか・・・?
たまに、ツアーガイドが説明する物を聞いては感心はするけど、説明も何もなくて驚ける長城や故宮、天壇などの感覚はなかったですね・・・
この白石は、昔、ここにいた家来が足で踏んでしまったところ、謎の変死を遂げたそうです。その後、この石を蔑ろにする人が、同じような目に遭ったとか。
意外だった「オカルトストーリー」付きでした。
その入り口前にあった白石。
「保護している」から柵があるのに、何も無いかの如く柵を乗り越え、ガンガン記念写真を撮る中国人たち。
(設定が違ってて、証拠写真のシャッターチャンスを逃しましたが、名残の足が見えてますね)
この西洋人、通訳の小姐と2人でおしゃべりしてる人。そして、こまが構えたアングルに、いつも入ってて邪魔してくれてた人。
本人は知らないでしょうけど、行く先々で出会いましたので、記念に撮っておきました。(何の記念や?)

私が訪れたのは、恭王府の公園だったのですね・・・写真を見てるとどうも変だな〜???
あんなのはなかったぞ〜??あんな建物も??
そして、公園に入った写真を見て・・・あ〜〜!ここや!
半分しか見てなかったのですね・・・残念!次回の楽しみです、しかし、あの日訪れた日は台湾飯店〜故宮〜景山〜でしたから、歩きまくりの一日でした、今度は絶対にタクシーです(笑)

北海公園の后門(北門)から地安門大街を渡って北手にあるのが「恭王府」ですが、
あの輪タク軍団の所から入ると、お庭より王府が先になります。
恭王府庭園への直通門は有りませんでしたよ。
北海公園を后門から入ると、ちょっと似ているかも知れませんが。
いかがでしょ?
こま

> 私が訪れたのは、恭王府の公園だったのですね・・・写真を見てるとどうも変だな〜???
> あんなのはなかったぞ〜??あんな建物も??
> そして、公園に入った写真を見て・・・あ〜〜!ここや!
> 半分しか見てなかったのですね・・・残念!次回の楽しみです、しかし、あの日訪れた日は台湾飯店〜故宮〜景山〜でしたから、歩きまくりの一日でした、今度は絶対にタクシーです(笑)
https://ssl.4travel.jp/tcs/t/admin.php
これですねん、どう見ても半分です(笑)

> https://ssl.4travel.jp/tcs/t/admin.php
>
> これですねん、どう見ても半分です(笑)
http://4travel.jp/traveler/i-hann/album/10125966/
こっちですね。
上のURLは、MYページのですからこちらでは開きませんでした。
ああ、そう言う事ですね。確かに半分です。。。
庭園の方ではなく、王府側ですね。
この入り口・・・記憶にあります。
ここを入るとスグ右に王府入り口(こま達が出てきたところ)、があるので、
真っ直ぐ進んで行くと、記念物の白石に足を踏み入れている所へ到着します。
その左側に庭園入り口がありましたよ〜♪
今度穴埋めしましょ〜!
こま
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