山手の丘とはちょっと違うもう一つの外国 地蔵王廟:bunkichiさんの旅行ブログ
旧根岸競馬場 一等馬見所にほど近い丘にある地蔵王廟を訪ねてみました。
地蔵王廟は横浜にある4つの外人墓地1つで、5000人以上の中国人の方が埋葬されている中国義荘に建てられてます。
木骨レンガ造りの地蔵王廟は明治25年(1892年)に建てられた横浜に現存する最古の近代建築でありながら、山手の外人墓地とは違い静寂な、山手の丘とはちょっと違う、もうひとつの外国を感じるところでした。
w(°o°)w おおっ!!
横浜歴史物語 横浜に眠る異国人々 地蔵王廟
http://www.welcome.city.yokohama.jp/tourism/mame/b1050.html#03
地蔵王廟は、当時横浜で生活していた中国人の商人などの醵金(きょきん)により、明治25年(1892)、中国人墓地(中華義荘)に建てられたもので、明治中期、居留地時代の横浜の建築状況を示すものとして貴重な横浜市指定有形文化財であります。
実はこの地蔵王廟については前から気になっていたのですが、どこにあるのかよくわからないまま、
えーい行けば何とかると思ったのが大間違い!
関係のないお寺に行ってしまったり、米軍住宅の横を歩いたり、さんざん迷ったあげく、ようやくたどり着けました。 トホホ
地蔵王廟につながる階段の途中に展示室がありましたが、残念ながらシャッターで閉ざされてました。
興味津々の私にとっては残念でした。
横浜市教育委員によれば、
この地蔵王廟の建築は、中庭を中心に建物を前後に取り囲む南方特有の形式で、主要材を広東省広州から船で運搬し、軸部や外壁、屋根材は横浜で調達し、建築当初にはフランス人の手によって焼かれたジェラール瓦が使われていたそうです。
すぐ隣には安骨堂があります。
もともと中国人墓地は山手外国人墓地の一角にあったがそうですが、1873年(明治6年)に今の地に移ってきたそうです。
本来の中華義荘の役割は、死者の遺体を故郷に送るための棺船に乗せるための一時的な安置所だったそうです。
ここに行く前に、カトリック山手教会にも寄ってみました。
すぐそばなのに別の外国が点在する不思議な所です。
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