チューロ-南米アンデス山脈ボリビア国サンタクルス、エルネスト チェ ゲバラ デ ラ セルナ(チェ ゲバラ)の最後の4日間/前半:bolivianitaさんの旅行ブログ
1967年10月07日から10日までの四日間の出来事を紹介致します。チェの日記と地元住民の証言によるもの。
写真の数が多いので、前半と後半に分けて紹介致します。
サンタクルスの観光名所
-砂丘(サンタクルス市から18Km)
-動物園/動物相にかんしては南米一、南米の代表的な鳥の王様、コンドルとも対面出来る(サンタクルス市内)
-植物園:サンタクルス市役所と民間のがある
-蝶々園:キャンプ出来る(サンタクルス市内から車で30分くらい)
-大聖堂の博物館/世界一小さい本がある(火/木/日オープン)
-エル フエルテ遺跡/1998年12月にユネスコより人類の文化遺産として登録された(日帰りツアー可)
-アンボロ国立公園120種類の哺乳類、830種類の野鳥類が生殖(日帰りツアー可)
-イエズ教団の建造物1990年にユネスコより人類の文化遺産として登録された(日帰りツアー可)
-ノエル ケンプ メルカド国立公園130 種類の哺乳類が確認済み/野鳥類は630種類以上/オウムだけで20種類
確認済み/ 野鳥類はおそらく700種類以上が生殖しているとおもわれる(3泊4日ツアーがある)
-日本移住地:サンフアン移住地(長崎出身の方が多い)とオキナワ移住地(名前の通り沖縄出身の方が95%)
-サンタクルス市は、チェ ゲバラの縁の地への基点である(1泊2日で行ける/2泊3日の方がお勧め)
-パンタナ−ル:ブラジルとの国境プエルト スアレス、サンタクルスから列車か飛行機で行ける
-アルゼンチン国境まで列車も走っている
-パラグアイ国へ陸路/バスで行ける(所要時間:約24時間)
-サンタクルス市からクスコ/マチュピチュ遺跡とイグアス滝へのフライトも有
-ホテル:五星クラスでも70ドル代から有る、日本人経営の民宿も有る
-サンタクルス市からクスコ/マチュピチュ遺跡とイグアス滝へのフライトも有
-市内のレストラン:インターナシオナル レストラン、地元の焼き肉屋と日本人経営のレストラン(四軒)をお勧め
-珍料理:アルマジロ、蛇、鰐、ホチピンタド/大兎等。市内から約3時間の所迄行けば食べられる可能性有
10月07日にチェ ゲバラが訪れた地元住民の家(当時のまま、観光客のため残してある)三人家族だったそうです(母親と娘二人)。訪れた理由は、政府軍の情報を聞くためだったそうです。謝礼(密告しないように)として当時のボリビアのお金で五万ボリビアノスだったそうです。
チェ ゲバラがゲリラ戦行ったチューロの山の風景(標高3500メートル前後)国道は、標高2285メートル、チェ ゲバラが捕らえられた場所は、1900メートル、そこまで行くのは、かなりハード、往復約2時間半、ガイドは、90分行けるといますが、普通の方には無理、やはり、最低2時間くらいは予定していた方が無難。
政府軍は、約2000名動因して、標高2000メートルあたりから攻撃をしかけて来たらしい。圧倒的な人数でわずか2時間でチェ ゲバラのゲリラ部隊を撃退して、負傷したチェ ゲバラを捕らえたそうです。
岩には、チェ 生きていると書いてある。チェは、この岩を盾として政府軍と戦ったそうです。でも、政府軍の圧倒的な人数に四方囲まれ逃げ場を失って、手や足を負傷して、政府軍に捕らえられた時には、銃を撃つこたさえ出来なかったそうです。政府軍に捕らえられた時、政府軍にこう言ったそうです:俺がチェだあー、俺を殺すより生かした方がいいと。その後、チェは、チューロの近くにあるラ イゲラ村に連行されたそうです。ラ イゲラ村には、刑務所がなかったのでの小学校が刑務所として利用されたそうです。
チェ ゲバラの盾のしたにあるチラシ(現政府がチェの死後40周年記念に作成)に、私は民衆の良心に生きていると宣伝している。軍と野党は、このチラシや慰霊祭に対して反発、国のために戦った兵士に対しては、何もしてくれないのに、国を攻めて来たゲリラに対しては、大統領始めチェの行ったことを褒め称えているではないか、ちょっと理解出来ませんね。慰霊祭は、2007年10月08日にラ イゲラとバイェ グランデで行われた。
ラ イゲラ村の中心街、10月08日、チェ ゲバラは政府軍に捕らえられて、イゲラ村に連行された。以前は右側に小学校があった。現在は、左側に新しい小学校が出来た。小学校の門校付近に、観光客ようの宿泊施設がある。
ラ イゲラ村のミニ博物館、この場所でチェ ゲバラは10月09日に処刑された。米政府は、チェをパナマに連行して尋問するようボリビア政府に求めたが、当時のボリビアの大領レネ バリエントス オルトゥニョスの指示により処刑された。生かしておくとチェ ゲバラに宣伝の機会を与え、ボリビア国内が混乱することを恐れて
いた。チェは、若者にとっては英雄であった。中には、ゲリラ部隊に入って、チェといっしょに戦いたいと言う若者が増えて来ていた。ボリビア政府は、そのような動きを恐れて早めにチェを処刑したようである。
イゲラ博物館の、看板には、住民の博物館を訪問して下さいと書いてある。ここで、チェに最後の食事与えたフリア先生が現在も元気でバイェ グランデで暮しています。新聞記者の殆どの方が彼女に会ってインタービューしてから帰るそうです。
チェ ゲバラは、地元の子供達にも人気がある。アイドルでもある。チェの似顔絵の周りには、ボリビア、アルゼンチン、キューバとベネズエラの国旗がある。現在のボリビアとその国々の親密ぶりが伺えられる。
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