よこはま散歩[象の鼻パーク]:べるつくさんの旅行ブログ
2009年に開港150周年記念として整備されたのがこの象の鼻パーク。開港記念会館やマリンタワーと並ぶ節目の年に整備されたハードしてこれから市民や観光客に親しまれていくことでしょう。
象の鼻パーク(横浜市港湾局)
http://www.city.yokohama.jp/me/port/general/zounohana/
象の鼻テラス
http://www.zounohana.com/
第四の三塔プレートがここに出現。
ジャック・クイーン・キングの三塔を一望できる場所に設置されているこのプレート、既存のものはこちらの旅行記にて→
http://4travel.jp/traveler/berutsuku/album/10162253/
右側の白い塔がクイーンこと横浜税関、左奥の茶色い塔がキングこと神奈川県庁。でもジャックこと開港記念会館はいまいち分かりませんねぇ。
こちらがワールドカップの年に完成した大桟橋ターミナル。今は客船がいませんが、飛鳥2とかがよく停泊しています。
ここのターミナル、福井晴敏の小説「Op.ローズダスト」でも舞台になっていました→
http://4travel.jp/traveler/berutsuku/album/10373291/
山下臨港線プロムナードの下です。赤レンガから山下公園に行ける遊歩道ですが、休日はけっこう歩く人がいて混んでいます。象の鼻パークのオープンで地平からも歩きやすくなりました。
象の鼻地区の変遷をその当時の地図とあわせて解説している興味深いパネルです。
この図は1860(安政7)年のYOKUHAMAの図。ヨコハマでなくてヨクハマになってます。
さらにパネルは1882(M15)年、1906(M39)年、1931(S6)年、そして2007(H19)年の地図を並べて、開港から現在に至る横浜港周辺の変化をたどっています。
東西倉庫を取り壊してパーク整備中に発見された転車台が保存されています。
明治20年代後半に整備されたものらしいです。直径は2.5mで、あまり大きな車両の回転もできないので、荷役作業用だろうと推測されています。
お雇い外国人系も多く、全然聞いたこともない名前もいろいろと出てきます。たかだか150年の歴史の街ですがまたまだ知らないなぁ。
建築的にはこの妻木頼黄がよく聞く名前です。つまきよりなか、と読むこの人、すぐ近くの赤レンガ倉庫の設計もこの人です。
ここの丸椅子の塗装はフィンランドの画家と地元児童のワークショップで生まれたのだとか。
横浜経済新聞の記事→
http://www.hamakei.com/headline/4029/
テラス内のシンボル、椿昇氏による「時をかける象(ペリー)」。最初のトリエンナーレでインターコンチに巨大バッタのバルーンを取り付けた人ですね。Y150でヒルサイドにそのバッタが帰ってきていたようです。
このレンガ積みは横浜税関煉瓦造二階建て倉庫の基礎部分の遺構だそうです。象の鼻地区一帯はかつては税関の敷地だったのだとか。
「明後日朝顔灯台」
これはこのアートプロジェクトの元締めである日比野克彦氏の作品です。
記憶を運んでくれる乗り物のようである種の行く先はこの灯台が教えてくれる、とのことで。
「来来里(ククリ)の灯台」
なにか書いてあるのは各国の鳥の鳴き声を刻印してあるそうです。しかもこの巣箱、展示後差し上げますとのことで連絡先のメアドが書かれていました。
象の鼻パークの解説版によると、東西倉庫は旧海軍霞ヶ浦航空隊のゼロ戦格納庫を1949(S24)年に移設したものだそうです。茨城から持ってきたものだったとは知りませんでした。
2008.6
いよいよ取り壊しが進んでいました。東西倉庫も囲われて消えようとしている時期です。
象の鼻パークができて確かに回遊性は高まったと思いますが、個人的にはこの倉庫が取り壊されたことを残念にも思います。
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