Budapest:再訪 Nr.10/ペスト地区スケッチ:Berg Heilさんの旅行ブログ
3日間で、昨年訪問した時に廻れなっかた場所を含めてくまなく歩き回るつもりであったが、丁度良い時間に連日の激しい夕立に見舞われ、かなり予定がくるってしまった。特に英雄広場の背後の市民公園を廻れなかった事、夕立で夜景を思いどうり撮れなかったのは残念であった。
名物の温泉にはあまり興味が無く、我が国でも温泉は猿や鹿が入りに来るような山奥の温泉以外は入ろうとは思わない。例えば50年前の白骨温泉とか信州大町の奥の台風で流される前の葛温泉とか。特に商売をしていた頃、同業者仲間との付き合いで各地の温泉場へ何度も出かけたが、夜ともなると「コンバンワーー」なんて「人三・化七」(ニンサン・バケシチ:人間3分で化け物7分)の厚化粧のお姉さんが出てきて、酒のお相手をするなんて事は当時から全く趣味に合わなかった。
この碑には1875-2000年としてあり、中央の銅板には短距離走のスタートの絵がはめ込まれている。何かのスポーツ大会125周年を記念したらしい。
ハンガリー史の年表を見たがこの絵の参考になる事項は何も書かれていない。ただ1875年という年は明治8年になる。近代オリンピックの第一回大会は1896年(明治29年だからそれより21年前である。銘板の文字はハンガリー語だから全く判読出来ない。何方かご存知の方はお教えを!!
国会議事堂の見学を終えて、昨年と同じ様に自由広場へ出てきた。この付近も1800年代の「オーストリー・ハンアガリー帝国」時代の建物が建ち並んでいる。
入り口に国旗が掲げらているから何かの官庁か?
屋根瓦は緑と金で、よく見かけるアールヌーボー様式。
自由広場付近 由緒ありげな建物であるし、19世紀の雰囲気。現代のガラスとコンクリートと鉄骨むき出しの建物には全く「ロマン」感じないものの、さぞやインターネット時代にはさぞ使い勝手が悪かろうと思う。
この駅の左側に大型のショッピング・センターがあり、最新のファッションが並んでいる。これも社会主義と決別したおかげ。ただハンガリーの経済はとみに芳しくなく、カードでの買い物の請求書は 100Ft が40円換算であった。(2010.6.15.締切・請求)
国立ハンガリー・科学アカデミー
この国で最高の権威を持つ。2500人の博士課程(博士号取得準備中:Doktorand)の学生が学んでいる。
1825年 セチェーニ・イシュトヴァーン伯爵の資金提供を元に設立。1865年この建物が完成。
中央市場 ブダペストの人口は19世紀末には50万人を越え、各広場で開かれていた青空市場では市民の食料の需要に追いつかず、1890年開設された。その後1994年内部改装、屋根瓦はジョルナイ製。特産のフォアグラはここから西欧諸国の都会に出荷されて行った。
1Fは食料品の店が多い。ここで毎朝欠かせないハンガリー名産蜂蜜を買おうと思ったが、全て瓶詰めで重くなるのであきらめ(独逸のスーパーでプラスティック製の卓上用容器の物をこちらへ来る度に5〜6個購入)
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