azianokazeさんの掲示板

はじめまして
旅行記にご訪問&ご投票頂きありがとうございます
azianokazeさんの旅行記もいくつか拝見させて頂きました
たくさん旅行記を投稿していらっしゃるんですね
また、ゆっくり時間をかけて拝見していきたいと思います

azianokazeさん、おはようございます。
出勤前に寄らしてもらいました。鬼門のウルムチで何事もなくてよかったですね、トルファン懐かしくなりました。
駆け足のトルファンだったものですから、じっくりと感じたいと思いました。もう一度、行ってみたい街です。楼蘭の美女もあったのかどうか? 自分の記憶が定かでありません。
ポチッ!
shanghai拝

azianokazeさん、今日は。
ご無沙汰しております。
私もトルファンでカレーズを見て感動した一人です。
都江堰とカレーズは作成された年代が古いので、人力が中心でよくこんなものを作り上げたものだと思いました。
私が行ったときは、展示物はほとんどなくて現物見てくださいという状況でしたが変わりましたね。
懐かしく思い出しました。
ポチッ!
shanghai拝

shanghaiさん、拙い旅行記に目をとおして頂いてありがとうございます。
旅行記のなかで再三触れているように、トルファンは21年目です。
観光資源の豊富さ・多様さでは、トルファンはアジア有数のものがあると個人的には思っています。
また、トルファンに対する特別の思い入れもあり、そのあたりは次の旅行記で書く予定にしています。
カレーズは凄いですよね。
私が21年前に訪れた際も施設などなく、旅行記の中で書いたように、現地ツアーでまわる“カレーズ”とは、ブドウ畑の片隅に流れ出している水そのものだけで、「はい、これがカレーズの水です」といった具合でした。
もっとも、ロバ車も通る道端で流れ出すカレーズの水・・・というのも、今となっては懐かしいものがあります。
トルファンもすっかり現代的に変化しました。街並みには昔の面影はないほどです。
変化自体は暮らしの向上の証でもあり歓迎すべきことですが、昔の“オアシス”の穏やかな雰囲気が今後も残ることを願っています。
azianokaze

こんにちは はじめまして
父がやはり戦後引き揚げるまで嘉義で暮らしていたようです。
11月に両親を連れて訪台を予定しています。
azianokazeさんの旅行記を拝見して当初計画にはなかったのですが父の故郷に1日ぐらい行くのもいいのかなと思えてきました。もう知ってる人もいないからという父は遠慮して嘉義に立ち寄りたいとは言いませんが行けば行ったで思い出す幼い日のこともあるでしょう。簡単に行けるところではないし父も80を過ぎました。
旅程はこれからなので検討しようと思います。

アップしましたのでお暇な折にでもご覧頂ければと思います
kazeさんのように綺麗なアダンの夕景:一村を彷彿とさせるような、、、
は撮れませんでしたし、よそ者の変なコメントもあるかと思いますが
久し振り、三度目の奄美はやはり魅力的な所でした
再訪を誓って帰路に着きました

先週末、3度目の奄美に行ってきました。
田中一村特別展鑑賞が主目的でしたが島北部の自然ウオッチングも
楽しみました。
25時間ステイでしたが今までで一番印象的でした。
azianokazeさんを思い出していました。
改めて「アダンの島の海と夕陽」拝見しましたが
一村の世界を彷彿とさせる表紙の写真、素敵ですね
私は今回、夕陽は拝めませんでしたが土盛海岸の朝陽は独り占めでした
夕陽は10月の豪雨の影響で道路が通行止めになっていたり
方向音痴などが加わり紅くなった空を見ながら、、、陸地に阻まれて
残念でした!
kazeさんのこの旅行記の写真は本当に素敵ですよねぇ
一村の特別展を見た後だったので尚の事、アダンを入れての
情景をと思って写真を撮ろうとしましたがなかなかうまく行きませんでした
近いうちの再訪を誓って後にした奄美でした

お久しぶりです。
今は鹿児島の本土で暮らしており、奄美を離れて2年近くになります。
土盛海岸は奄美でも美しい海岸として知られています。
当時の写真を見返して、私も改めて島にぶらりと行ってみたいと思いました。
夕陽の写真は、ご承知のように実際よりはるかにロマンチックに写ります。
実際はまだかなり明るいのですが・・・。
北海道から雪の便りなど届くようになりました。
また、極寒の中、あちこち出かけられるのでしょうね。
鹿児島では想像もできないような写真を楽しみにしています。

良い旅行をされましたね。
そして親孝行も・・・なかなか立派な事ですね。
私にはもう母は居ませんので、羨ましい限りです。
私も33年前から友人が居る嘉義に行っています。
今年の年末は台北だけですが、来年3月は台南まで
法事で行かなければなりません。

普段“親孝行”じみたこととか、何もしていませんので。
母の足腰が丈夫なうちに、本人を連れて旅行すればよかったのでしょうが。
それでも、子供時代の台南や、女学生の頃の嘉義の写真を喜んでくれました。
当時の面影は全くなくなっていますが。
hiroshi_kakogawaさんも良いご旅行を。

azianokazeさん、はじめまして。
私、先月ミーソン遺跡とやらに行ってきました。
(世界遺産だからっ)
し、しかし、それが何なのか???
ほとんど知りませんでした(汗)
ガイドブックを見ても、あまり詳しく載ってなかった気が。。。
しかし、azianokazeさんの旅行記を拝見し、"なるほど。"と思いました♪
シンバ

コメント、ありがとうございます。
正直なところ、私も「それが何なのか???」という感じは同じです。
やや地味な遺跡ですね。
(暑かったせいもありますが)
こういう遺跡は、日本語ガイドから文化的意義など説明を聞きながら観賞するのがよさそうです。
カンボジア旅行記の一部や涸沢の紅葉を拝見しました。
とてもきれいな写真ですね。

見世物のようなことでお金を稼がざるを得ない―
と考えるとこの方々の文化を否定するような気もします。
「どんどんやれー!」とは言えませんが
私たちのように、異文化を見に行って楽しむのが趣味ならば、
節度を持った見物と常識を逸脱しないお金の落とし方に気をつけて
行くのは悪い事ではないのでは…。
バカにする気持ちが少しでもあるならダメでしょう。
(そういう気持ちを持つ人はそもそもこのような観光に
罪悪感など持たないでしょうが)
文化を尊重する気持ちがあれば、アリだと思います。

コメントありがとうございます。
微妙なのは、この風習が現在も行われている理由が、単に「伝統文化」の継承ということだけではなく、おそらくカヤンの人々の意識のなかでは「観光的に金になるから」という部分がかなり大きいのでは・・・と思われることです。
それにしても、カヤンの男たちは何をしているのでしょうか?

先日もこの旅行記にお邪魔しましたが、自分でもどう感想を書いていいのかちょっと混乱しましたので時間を置いてみました。
私はこの村を実際に自分の目で見たわけではありませんので、的外れな事を言ってしまうかも知れませんが…、と言う前置きをしておきますね。
これらの人々が自分たちの現金収入のために納得済みで公開しているコミュニティであるなら、これは誰にも止める権利はないと思いますが、その裏で見世物興行的に操っている人々がいるのだとしたら、そちらには不快な思いが湧いてきます。
今ここに住んでいる人たち一代だけの≪観光業≫でなく、これからの世代の子どもたちの首にも輪を付け続けていくのかと思うと、それにも悲しい怒りのような感情を覚えます。
…外部の無関係な人間の感傷だと言われればそれまでの事で、これも悲しいですよね。
去年行ったニュージーランドではマオリの人々の≪カルチャー・ショー≫と言うのがあります。(その言葉の響きにも抵抗があったりしますが…。)
私はディナー・ショーのように観光化されたものを見るよりはと思って博物館で行われているものを見学してきましたが、旦那はどちらも「見世物のようでいやだ。」と言うタイプ。
人それぞれ考え方・感じ方は違うなあと改めて思いました。

難民あるいは移住労働者をめぐる法的環境がどうなっているのか
営業的にどのようなシステムになっているのか
何よりも、彼女らが本人の意思でそこにいるのか、自分を見せることをどのように思っているのか・・・など、わからないことが多く、なんとも言い難いものがあります。
また、本人の意思を前提にするなら、こうした“見世物”と批判されるものと、一般の観光、あるいは芸能活動などにおける“見せる・見る”という行為の間に本質的な差があるのか・・・よくわからないものがあります。
お金のために心ならずもこうした自分を見せることを行っているとしたらつらい・・・という考えもありますし、一方で、自分を含めて多くの人が、ときに自分の心に金輪をはめて心ならずも多くのことをしのんで生きている、生きると言うのはそういうものだ・・・と言えば、そうかもしれません。
見る側の視線、同じ人間の変わった風習として見るのか、珍奇な生き物のように見るのか・・・も、関係してくるように思われます。
ただ、子供の場合は、本人の意思が無視されることもあるかと思いますので、また別の問題も出てくるようにも思えます。
首輪をはめるという行為を、親がどのように考えているのか、伝統・風習とみているのか、金儲けに都合のいい手段とみているのか・・・。
また、生きること自体が厳しい世界にあっては、子供が将来お金が稼げるように親が子供にコイルを巻くことのどこが悪いと言われると、それはそうかもしれません。
わからないことばかりですので、結論じみたものは何もありません。
もし彼女らに声をかける機会があれば、「ずいぶん変わった習慣だね・・・それって大変じゃないの?まあ、しっかり稼いでね!」といったところでしょうか。
なお、私は“カルチャーショー”的な見世物は大好きで、行く先々で何の抵抗もなく観て拍手しています。人それぞれの考え方・感じ方ですね。

錯綜する諸事情を知らない、または断片的にしか知らない外部者からすると、推測・想像の域を出ない部分が多すぎて混乱しますね。
当の本人たちも自分たちが置かれている状況の全貌を知っているとは思えませんし…。
特殊性を≪見せる≫という行為も、外国人女性と一緒に写真を撮っている女性は慣れてしまったせいなのか、堂々として見えます。
むしろ、≪見に≫行った外国人女性の方が表情がこわばっているようです。
人権保護団体関連の人々がこの村に行ってこれらの人々を≪救い出そう≫としたら、どういう反応が返ってくるのだろうと思います。
裏で利益を得ている人たちはもちろん抵抗するでしょうが、当の本人たちは?

恐らく彼女らは(“彼”はどこに行ったのか?という疑問はありますが)、観光で生計をたてることを了解していると思われますので、「余計なことをしないで!稼ぎの邪魔をしないで!」「じゃ、その“人権”とやらで、どうすれば私たちは生活できるの?あなたが面倒をみてくれるの?」といった反応になるのではないでしょうか。もちろん推測ですが。
首長族を扱った旅行記はネット上に多数ありますが、子供に初めてのリングを巻くシーンを紹介したものがありました。
http://wadahiroshi.hp.infoseek.co.jp/kubinaga.htm
メーホーソン付近の村のようで、やはり日帰り観光を受け入れている所のようです。その村に宿泊した方の旅行記で、村の子供たちの様子などが書かれています。
そちらのネット事情がわかりませんので、本文の一部をコピーします。
川遊びする子供たちの写真は、少しホッとするものがあります。
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子供たちも日帰り見学者のため、17時までは拘束時間です。
17時にMr.ジーンの車に15人ほどの子供が乗って近くの川に遊びに行きます。
最初のうちは泳いだり、水をかけ合って遊んでいます。
しかし、遊びに来ただけではありません。
部落には井戸が掘ってありますが、水が十分とはいえず、洗濯も満足にはできないのです。
そこで、此処に来て水浴びと同時に衣服を着たまま、体と一緒に洗剤をつけて洗います。
少女は首のリングも一緒に洗います。
真鍮のさびが汗と一緒に首に付着するため、リングの内側は真っ黒です。
リングを藁でこすって磨きながら、内側は指を突っ込んで不自由そうに洗います。
少々、かわいそうな気がします。
でも、陽気な子供たちと一緒に楽しい時が過ごせました。
水曜日に生まれた女に子は、トラに首を噛まれるという伝説がありました。
そこで、4歳になると首にリングを付けるのです。
最近は、生まれた曜日に関係なく、ほとんどの女の子がリングを付けます。
ちょうどこの日、初めてリングを付けるところに出会いました。
リングは何本ものリングをはめるのではなく、一本の真鍮の丸鋼をスパイラル状に巻いていくのです。
リングは一年に数回巻きなおしながら徐々にその長さを増していくのです。
ちょっとかわいそうな気がしますが、観光客相手にこのリングは必要です。
結果として、カレン族の中でも首長族と呼ばれている3つの部落は、
ミャンマー難民の中で最も経済的にゆとりある生活を送っているそうです。
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関連サイトのご紹介、ありがとうございます。
インフォのサイトはこれまで×でしたが、今は○。
ウィキもしばらく前からOKになって、調べ物が楽になりました。
またダメにならないようにと願ってます。
今日はこれから出かけますので、後ほどじっくり読んでみようと思います。
私も、彼女たちは≪救い出される≫ことに対して却って反感を抱くのではないかと推測します。
これもまた悲しいですけどね。
では今回はここで失礼します。