文教の祖〜湯島天神:アユさんの旅行ブログ
境内の東側に、千代田線の湯島駅。
湯島駅から境内までの経路は2つ、
「男坂」を登って境内に上がるか、
「女坂」を登って境内に上がるか。
いずれも徒歩3分ほど。
びっくりするような急坂ではないので安心。
私は女坂から上りました。
坂のはじめのあたりに(写真の右端に・・・)、
手相占いの老人がいらっしゃって、
やや気になりましたが、ここで占ってもらうよりも、
開運込めて祈願が大事だなーと我に返り、
素通りにて。
女坂・男坂いずれから上がっても、
この鳥居をくぐります。
鳥居をくぐって振り返ったところ。
この鳥居(写真の境内入口)は、
いわゆる境内の表正面ではありません。
境内の表鳥居(南側から入)は別にあります。
(次の写真がそう)
こちらが境内の南にある、表鳥居。
銅の鳥居で、
様式は神明鳥居(横木が二重になり、反りをもっていて、柱が内側に傾いている)。
都内に遺存する鋳造の鳥居としては時代も古く
(寛文7年(1667))、
東京都指定有形文化財に指定。
表鳥居から境内に入ると、
右手(東)にあるのが、宝物殿。
今回入りませんでしたが、
神輿や絵、宝物が納められていて、
拝観料は大人500円。
拝観時間は 午前9時〜午後5時。
境内には、撫で牛が2体あります。
また、絵馬にも牛が描かれていたり、社殿の装飾にも牛があり、
牛との縁起・由来が感じられます。
こちらは手水舎のすぐ左にあります。
撫でるとご利益があるそう。
菅原道真は天神と呼ばれていますが、
道真は、丑年に誕生し、丑年に去、と。
丑を慈愛していて、遺言の際にも、
「自分の遺骸を牛にのせて人にひかせずに、
その牛の行くところにとどめよ」と。
その牛は、黙々と東に歩いて安楽寺四堂の
ほとりで動かなくなり、そこを御墓所と定めた、
と。
菅家聖廟略伝というものに書かれているそう。
手水舎で、左手、右手を洗い、
口に水を、のいつもの儀式を終えて、
さて、社殿へ。
雄略天皇2年(458年)、雄略天皇の勅命により
天之手力雄命(あめのたぢからをのみこと)を祀る神社として創建。
南北朝時代の正平10年(1355年)、住民の請願により
菅原道真を勧請して合祀。
1590年に家康が江戸城に入ってからは、
徳川家の崇敬を受け、江戸時代には多くの学者や文人が訪れ
崇敬を集めた。また、享保期には、
富籤の興行(いわゆるクジ・今で言う宝くじなど)が盛ん
(江戸の三富の一つ)になり、
庶民にも親しまれた。
ところで権現造りといえば東照宮もそう。
東照宮は、「かえる股」の脚内にある
「眠り猫」が有名ですが、
こちらの社殿正面には
(賽銭箱のちょうど真上あたりだったかな)、
牛が装飾されています。
やはりここは牛との縁が深いのでしょうね。
他の部位(牛さんじゃないところ)
の蛙股は、緑色になっていて、
脚内は何の動物・獣か少し分からなかった。
虹梁(こうりょう)の木鼻(木の端と捉えるのが分かりやすい)には、獅子。
虹梁(こうりょう)というのは、
上に湾曲したような梁で、
その形によって名前種類が沢山。
海老のようにS字だと海老虹梁、とか、
いろいろ。
寺社仏閣建築はほんとに難しい。
江戸時代の寺社仏閣になると、
鳳凰や動物、花鳥、天人が装飾される
ようになり、この社殿では、
多分、孔雀が、沢山多種の絵柄にて。
おまけ。
境内正面(南の鳥居)のすぐ近く、
にしんそばが有名な蕎麦屋「やぐ羅」。
湯島天神のHPの、境内地図にも場所掲載あり。
子宝縁起がよい「にしん」。
水天宮ならそうかそうかと思うけど
湯島天神の近くにあるので少し意外。
1200円でじゃこ飯付き。
麺がとても細く、蕎麦の味より
にしんの風味が強め。
テーブルの薬味には山椒が置いてあって
七味よりもマッチ。
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