東海道本線歴史的痕跡探訪記 〜国府津-根府川間編〜:横浜臨海公園さんの旅行ブログ
東海道本線国府津-熱海間は開業当初は現在の様に東海道本線では無く『熱海線』と言ふ東海道本線に付帯する独立路線でした。
開通まで御殿場経由の路線こそが本来の東海道本線だったものが、昭和9年(1934年)12月1日に丹那隧道開通と同時に丹那隧道を含む熱海-沼津間が開通と同時に東海道本線へと昇格し一夜にして分家が本家となり御殿場経由の路線が『御殿場線』として本家が分家へと凋落すると言ふ軒を貸して母屋を取られる逆転した存在になる。
また熱海線全通以前は勾配登攀用補助機関車増結の為に国府津駅は全国で3往復のみ存在の特別急行列車『富士』『櫻』『燕』も含め御殿場駅構内で走行中に補助機関車を切離す上り『燕』を除く全列車が停車していたものが開通後は普通急行列車ですら通過になる。
国府津-熱海間は大正中〜末期に開通した為に歴史的痕跡が少ない様に思われがちですが、実際に開通後80有余年を経過し、また開通直後に関東大震災災害の被害を直撃受けたものの、実際には想像以上に残滓が存在するのが現状です。
表紙の写真は東海道本線白糸川橋梁
東海道本線国府津駅構内
東海道本線東京駅起点距離表
東京駅起点77.5キロメートルを示す。
キロポストは1番線ホーム上に存在。
東海道本線国府津駅構内
左手より、
JR東日本211系2000番台電車(4番線)
JR東海211系5000番台電車(3番線)
JR東海313系2500番台電車(2番線)
JR東日本231系8000番台電車(1番線)
JR東海車輌が2番線に入線するのは御殿場線から小田原行運転の時代の名残。
東海道本線国府津駅構内
ホーム未打上部分と電車ドアとの段差。
本来は客車用で残存した部分で明らかに電車ドア部との段差が歴然。
写真の車輌はJR東海211系電車。
東海道本線国府津駅構内
JR東日本215系快速用電車(手前)
JR東海373系特急用電車(奥)
373系電車は国府津に入出庫滞留する事は無くJR東海よりJR東日本乗務員指導用に貸借されたものと推定。
東海道本線国府津駅構内
上線側の住宅地
嘗て此の地に我が国最初期の鉄筋コンクリート製の蒸気機関車用大型機関車扇状庫が存在した。
昭和43年(1968年)の御殿場線国府津-御殿場間電化まで使用。
後に鉄道産業遺産を目的として保存が検討されたが老朽化と崩壊危険とを理由に解体撤去。
東海道本線国府津駅構内
第3番ホーム上屋支柱 米ハーヴェー社1886年製鉄道用レール。
刻印の『IRG』は内務省帝國鉄道庁が米ハーヴェー社に発注した製品を示す。
グスタフ・ハーヴェーはロシア出身アメリカ帰化のユダヤ人技術者。
当時鋼鉄製造で特許を取得し『ハーヴェー鋼鉄』として世界的に知られた存在だった。
現在神奈川県横須賀で保存されている戦艦三笠の装甲部分もハーヴェー鋼鉄を使用。
我が国では米ハーヴェー社製レールは数少ない存在。
東海道本線国府津駅構内
改札口で国府津駅の歴史的写真を展示。
国府津駅
明治20年(1887年)7月11日開業
大正14年(1925年)12月13日横浜-國府津間電化
関東大震災さえ発生しなければ大正13年の段階で東京-小田原間にデハ43100型2ドアクロスシートの電車が運転される予定だった。
デハ43100型の大型模型はJR東日本大宮鉄道博物館に展示中。
http://www.jreast.co.jp/estation/station/info.aspx?StationCd=665
東海道本線鴨宮駅構内
鴨宮開業50周年記念碑
鴨宮駅
大正9年(1920年)9月20日 酒匂川信号所開業
大正12年(1923年)6月1日 鴨宮駅昇格
大正15年(1926年)2月1日 電化
大正15年(1926年)3月18日 國府津-鴨宮間複線化
大正15年(1926年)8月14日 鴨宮-小田原間複線化
http://www.jreast.co.jp/estation/station/info.aspx?StationCd=512
東海道本線鴨宮駅構内
小田原方よりJR東海鴨宮基地を見る。
鴨宮基地は東海道新幹線開業を前に『新幹線モデル線』基地として昭和37年(1962年)に開所。
開通を前に試運転が反復され貴重なデータを提供した。
国鉄時代は新幹線で使用されるレールの補修基地として在来線からレールが搬送された。
右手の線路から基地内に向かって分岐するポイントはレール運搬に使用された時代の痕跡。
東海道本線酒匂川橋梁
手前から、
第二酒匂川橋梁 昭和53年(1978年)開通。
旅客専用。
酒匂川橋梁 大正11年(1922年)1月竣工開通。
関東大震災被害で第2号橋桁が酒匂川に墜落。
震災後、大正12年(1923年)9月19日復旧工事着手。
同年10月15日仮復旧。
大正13年8月9日本復旧。
開業当初は複線構造ながら単線開通で昭和初期に複線化。
昭和53年以降は貨物専用、後に貨客兼用。
新酒匂川橋梁 昭和37年(1962年)開通。
東海道新幹線専用橋梁。
小田原市南鴨宮1−2−29
東海道本線鴨宮駅南口 徒歩10分
東海道本線酒匂川橋梁
第二酒匂川橋梁を今春廃止予定の『はやぶさ・富士』号が通過
珍しく定時運行だった。
小田原市南鴨宮1−2−29
東海道本線鴨宮駅南口 徒歩10分
東海道本線酒匂川橋梁
熱海線電化当時の酒匂川鉄橋と英デッカー社製電気機関車が牽引する上り普通列車
英デッカー社が関係者に配布した記念絵葉書。
横浜臨海港公園 蔵
東海道本線小田原駅構内
早川方ホーム突端に残る手小荷物用車輌ホームの残骸。
国鉄時代は主に113系電車に熱海方にクモユニ74型電車を連結し16両編成で手小荷物や郵便輸送に使用。
ホーム残骸は此れらを輸送した時代を証明するもの。
東海道本線小田原駅構内
本来は中2線が本線で両端線路は退避用だった。
然し外2線を電車の折返しに使用すると中2線の本線を支障する為に原則として通常折返し列車が存在しない横浜、大船以外の平塚、国府津、小田原、熱海各駅の構造を変更し外2線を本線様式に改めた。
中2線正面に城山隧道が存在するのは中2線が本来の本線だった証。
東海道本線小田原駅構内
城山隧道
本来は中2線が本線。
中2線を隧道に向けると直線コースを描くのが解る。
東海道本線小田原駅構内
CARNEGIE STEEL 1886 I.R.J
(米カーネギー スチール社 1886年製造 逓信省鐵道作業局発注品)
東海道本線小田原駅構内
上りホームに残存する小荷物手荷物用ホーム上屋。
国鉄当時は貨物重視だったのか旅客ホーム部分は露天が多かった。
東海道本線小田原駅構内
手小荷物上屋
構造から考察して昭和初期の建築物と推定。
国鉄の手小荷物輸送廃止は昭和61年(1986年)。
東海道本線小田原駅構内
小田原駅橋上駅化以前は古軌条使用の支柱が多々存在し中には1880年代米カーネギー社製造物や1890年代英キャムメル社製造物なども散見されたが橋上駅化工事開始と共に撤去処分された。
東海道本線小田原駅構内
JR東日本側コンコース。
小田原駅
大正9年(1920年)10月21日開業
大正15年(1926年)2月1日電化
http://www.jreast.co.jp/estation/station/info.aspx?StationCd=382
東海道本線小田原駅構内
モニュメントに映っている映像は熱海線小田原駅開業時の初代駅舎。
北杜夫著『楡家の人々』に於いて、主人公が強羅の別荘から自宅に帰宅途中、関東大震災に遭遇し目前で駅舎が倒壊するのを目の当りにすると言ふ情景が描かれているが、実際に倒壊したのは駅前に存在した家屋で駅舎自体の損壊は時計台部分のみ。
時計台を撤去し修復され大東亜戦争中の小田原空襲で被災を免れ、現駅舎改築の為に取壊されるまで使用。
東海道本線早川駅舎
開業当時の佇まいを現在に伝える。
早川駅
大正11年(1921年)12月21日開業
昭和3年(1928年)2月5日電化
http://www.jreast.co.jp/estation/station/info.aspx?StationCd=1251
東海道本線早川駅構内
ホーム上屋支柱に使用中の独ウニオン社1886年製鉄道用軌条
UNION D 1886 N.T.K.
(独ウニオン社ドルトムント工場1886年製造 日本鐵道會社発注)
刻印の『NTK』は日本鐵道會社の略。
熊谷-高崎間開業時に敷設軌条の残滓と推定。
東海道本線早川駅構内
昭和3年(1928年)國府津-熱海間電化当時の鋼鉄製架線支柱。
東海道本線早川駅構内
旧貨物取扱施設跡。
現在は国鉄清算事業団を経由して民間に払下げられ住宅建設用地。
早川駅の旅客手小荷物廃止は昭和47年(1971年)3月10日廃止。
早川駅、真鶴駅のの貨物取扱は西相貨物駅開業に伴い集約化され廃止。
東海道本線早川-根府川間
玉川橋梁
大正11年(1922年)1月竣工
関東大震災では橋梁の一部が水平移動し橋脚が切断被害を蒙る。
当時のコンクリート製品は製造過程に於いて打継部を削りセメントペーストを塗りコンクリートを流し込まなかった事が原因と推定される。
背後は東海道新幹線。
橋梁下部は旧県道石橋。
明治期から大正期にかけて人車や軽便鉄道は旧道石橋を通過していた。
小田原市石橋66
東海道本線早川駅 箱根登山バス石橋停留所降車 徒歩1分
東海道本線早川-根府川間
旧 根ノ上山随道(ねのがみやま ずいどう)
大正11年(1922年)1月竣工
神戸方
一見何の変哲も無い擁壁なれど実は関東大震災まで隧道だった痕跡。
関東大震災で早川方坑門が上部県道と隧道上部が崩壊圧潰し復旧時に崩壊部分を撤去して側壁としたもの。
両側の石積が元来隧道たる出自を示す。
小田原市米神60−2
東海道本線早川駅 箱根登山バス米神停留所降車 徒歩5分
東海道本線根府川駅構内
関東大震災慰霊塔
大正12年(1923年)9月1日11時58分に突如発生した関東大震災は震源地が至近だった事も含め、根府川一帯に地滑りと土石流を発生させ、列車到着時とも重なり、地元住民、乗客乗務員職員等、死者500名以上を出す大惨事となった。
震災被害で亡くなられた方々を弔う為に建立した慰霊碑。
小田原市根府川3−38
東海道本線根府川駅 徒歩4分

横浜臨海公園様。
いつも見慣れた場所でも
いろいろ歴史的なことが積み重なっていると改めて感じました。
小田原駅は昔の地下道のある駅舎には
良くお世話になっていましたが
今では橋上駅舎が当たり前という感覚になってしまいましたし
(改札内地下道だったので東口と西口を行き来するのに
入場券を購入しなければならなかったのも今となっては良い?思い出です)
国府津駅は以前近くの会社に勤めていたので地下道はとても懐かしいですし
今は御殿場線は年に一回くらいしか利用しませんが
この辺ではワンマンカーは御殿場線くらいなので
駅員のいない駅で乗降すると戸惑ってしまったり。
根府川の鉄橋のおかげで強風になると
すぐ小田原から熱海方向がストップしちゃうんですよ・・。
私も今度は少し気にしながら歴史的遺物を探してみようと思います。
マニアックですが伊豆箱根鉄道大雄山線の諸駅も
古いのが多くてお薦めです。(古いだけかも?)

SHARKさめさま、おはようございます。
> いつも見慣れた場所でも
> いろいろ歴史的なことが積み重なっていると改めて感じました。
あと5年早く旅行記を作成していれば、もっと沢山の歴史的遺産が発表可能だったと思います。
今回の旅行記でバスに乗ったのは真鶴駅とトンネル間だけで、早川-根府川間と真鶴-湯河原間は全部徒歩で移動しました。
足がガタガタです。
横浜臨海公園

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