ノスタルジックフランスーアヴィニョン、グルノーブル、フォンテンブロー 家族ドライブ旅行:アリヤンさんの旅行ブログ
1986年のクウェート駐在員の夏休み。
クウェートからオリンピック・エアでアテネ経由でパリへ。
今度は子供が2人になって親子4人、モンパルナス駅で借りたレンタカーで、一路南を目指した。
リヨン、ヴァランス(この町はアルメニア人が大多数を占める町。シリアのアレッポもそうだ)、オランジュ、そしてアヴィニョン。
写真嫌いだったので当時の写真は少なく、子供の思い出づくりにと思い撮ったものが主体。
もっとアチコチ撮っていればなあ、、っと後悔先にたたず。
当初の計画では、マルセイユから南仏海岸を走ってからパリに戻る予定だったが、アックス・オン・プロヴァンスで道を間違い、アルルまで行ったりして、マルセイユにどうしても行く事が出来なかった。
仕方なく方向を転換して、アヴィニョンに寄り、それから冬季オリンピックのあったグルノーブルに立ち寄った。
フレンチ・アルプスを右に眺めながら、シャンベリ経由でパリに帰還した。
約1週間くらいのドライブだった。
当旅行記はパリ、アヴィニョン、グルノーブル、フォンテンブローとごっちゃまぜとなっていますが、ご勘弁ください。
パリに行くと、必ず学生街のカルチェラタン界隈に食べに行く。
比較的安く、おいしく、自由な雰囲気が楽しめる。
しかも、他地区より思い出深い場所なので大好きです。
ムフタール街では、いつも山羊のソーセージの乗ったクスクス料理(モロッコ、チュニジア、アルジェリアなどの北アフリカ料理)と赤ワインを頼む。
ソルボンヌが近い、ハープ通りにあるレストラン(写真)は、滞在中何度も通った。
クウェート駐在には、一年に一回だけの長期休暇が取れる。
たいてい、日本も夏休みの時期に2週間くらい取れる。
日本に帰国をするか、どこか先進国に行って、健康診断を兼ねて酷暑駐在のストレス解消を図るわけである。
ワタクシは必ず後者を選びます。
だって、日本帰国=本社に出て挨拶回りやら色んな仕事をさせられて、ストレス解消には全くならないのだ。
旅費は駐在所経費扱いだったので、我が家にしては大変リッチな旅行ができた。
(注:こんな楽しみでもなければ、やりきれないアラビア駐在でした。大企業になると1ヶ月くらいの豪華旅行となり、夏休み後の日本人学校での子供達の「夏休みはどこに遊びに行ったか?報告会、兼、自慢大会」となっていた。)
今回は家族4人だし、イラン・イラク戦争でクウェートの商売もあまり順調でなかったので、節約旅行を強いられた。
よって、カルチェラタンでできるだけ安い、3つ星ホテルに宿泊。
7泊で557フラン(一泊5000円くらい。当時のフランスは安かった!)。
Hotel Claude Bernard は Rue des Ecolesにあり、学生街の中、サンミッシェルやシテ島の近くにあった。
ノートル・ダム寺院のあるシテ島の先端にポン・ヌフという美しい橋があり、その真ん中にアンリ4世の騎馬像がある。
その狭い場所に「プラス・ドーフィーヌ」があり、その小さな広場を挟んで八の字形にフラットが建っている。
1階のセーヌ沿い側は、大抵カフェやレストランになっており、ノートルダムや最高裁判所やマリー・アントワネットなどが獄に繋がれた監獄跡を訪れる観光客で賑わう。
「Place D'Auphine」はセーヌ沿いの通りの内側にある、静かでシックな場所である。
この写真はアンリ4世騎馬像前からフラットを見たシーンで、フラットの上方に屋根裏部屋の出窓がみえる。
小生、パリ大学の学生時代(常にアルバイトをしていたのでパリ・アルバイト時代とも言える)にこの屋根裏部屋に住んでいました。
正にエディット・ピアフ歌うシャンソンの「Sous le ciel de Paris(パリの空のした)」の雰囲気の中で生活をしていた。
窓際から下を望めば、バトームーシュ行きかうセーヌ河、彼方にはエッフェル・タワー、はるかにはサクレ・クールのあるモン・マルトルの丘が見渡せた。
ちょっと無理をして顔を突き出せば、ルーブル美術館の向こうにシャンゼリゼーが見え、パリ祭には凱旋門方面から轟音をたてて飛んでくる戦闘機の編隊が真上を飛んだ。
ここに住んでいたこと。
ワタクシ人生の中で密かな「一番のじまん」のひとつとなっています。
アヴィニョンの橋。
♪♪Sur le pont d'Avignon, ♪On y danse, On y danse, ♪♪Sur le pont d'avignon,,,,
このころの娘は、この歌にあわせて踊ったものだった。
アヴィニョンからマルセイユに向ったが途中道を見失い、一転、北上することになった。
リヨンまで戻り、そこから西へ、フランスとイタリアのアルプスの境目の街、グルノーブルを目指した。
かつて冬季オリンピックが催された町でもある。
グルノーブルへの途上、ある村のレストランで、それはなんともおいしい田舎料理を食べた。
レストランのワキには、群れをなしてガチョウがウロウロ。
鵞鳥は生来アグレッシブな性格らしい。
子供と一緒に近寄ると、いっせいに攻撃を仕掛けてくる。
無理やりエサを食べさせられ、太らされ、フォワグラを取られる運命なので許してやろう。
グルノーブル。
フレンチ・アルプスを望み、標高が高いので空気がスガスガしい。
アルプスを越えると、最近冬季オリンピックのあったトリノに行きあたる。
グルノーブルの真ん中に川が流れており、この川沿いに静かに立ち並ぶフランコ・イタリアンのピザやスパゲティは、おいしい!!
それぞれの釜で焼くピザの美味しいことといったら、筆舌しがたいものだ。
ここの町の話をするたびに、「もう一度アソコに行って、あのピザやスパゲティを食べたい!」と言い合っています。
当時のグルノーブルのマップが出てきたので載せておきます。
地図中、赤い線で囲んだイセール川沿いの通り(Qay ○○)にそうしたフランコ−イタリアンのレストランが数多くありました。
ドーフィノア博物館に行った後で立ち寄った川岸通りだったので、博物館に近いあたりだと思う。
ヨーロッパの街は日本とは違って、何十年経っても様子があまり変わらないので、この地図で充分役に立つと思う。
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