大杉谷紅葉クルーズと六十尋滝:akkiy363672さんの旅行ブログ
「午後から晴れ」との天気予報を信じて、雨の中を、日本最多雨地域の大杉谷へ向いました(笑)。大台町観光課が募集している「大杉谷峡谷 船上紅葉ツアー」に参加するためです。
大杉谷は、ほとんど手付かずの原生林が広がり、数多くの滝、渓谷の巨石が次々と現れる秘境…。黒部峡谷、清津渓谷とともに日本三大渓谷、日本の秘境百選の一つにあげられています。
大杉谷への登山道は、宮川第3発電所と大台ケ原を結ぶ登山道を歩くしかありません。登山道(特に宮川沿い)はアップダウンが激しく急峻な断崖にあって狭く危険なので、十分な装備と慎重な行動が要求されます。
2004年の水害で登山道の多くの箇所に崩落を生じ、宮川沿いの登山道は現在通行不能です(奈良県から入る、大台ケ原より大台林道までは可能)。 【Wikipedia百科より】
その大杉谷のほんの玄関口のところをのぞいてこようというのが、このツアーの目的です。
午前7時、自宅(津市)を出発。
津ICから伊勢自動車道に乗り、勢和多気JCTで紀勢道を走ります。
雨模様の日でしたから、午前7時30分、まだ薄暗くて車はヘッドライトを点けています。
← 間もなく降り口、大宮大台ICです。
今日のツアーの集合場所 「奥伊勢フォレストピア」に着きました。
まだ8時前…。
午前9時30分、「奥伊勢フォレストピア」のバスに乗って、宮川沿いに上ります。
「奥伊勢フォレストピア」を出発して40〜50分…、「宮川ダム」が見えてきました。
日本有数の多雨地域として知られる紀伊山地を水源とする宮川は、古来より暴れ川として流域の人々に恐れられてきました。
宮川の作った谷が深いため、上流・中流域では本流の洪水による被害はあまりなかったようですが、橋や渡し舟が流されるなどの被害がありました。
下流域は宮川の土砂が堆積した沖積平野のため、洪水が起きると被害は甚大で、古くは大神宮諸雑事記に717年(霊亀3年)8月16日の洪水の記録が残されているそうです。
1952年(昭和27年)2月起工式、宮川堰堤築造工事が着手されました。
そして4年の歳月をかけて、1956年(昭和31年)12月、完成。
宮川水系への給水と、三重県南部の発電を担って、今日に至っています。
重力式コンクリートダム 堤高:88.5m 堤長231m 相貯水量7,050万立方m(東京ドーム約57個分)です。
ダム湖の様子です。
ダムの堰堤から上流を写していますから、大台ケ原の方向です。
この湖底には、大杉谷地区の民家92戸が水没しています。
ダム湖の奥の山々を、望遠で撮りました。高いところの紅葉が鮮やかです。
このダムは、治水・洪水対策の役割を果たすべく、ダムに流れ込んでくる洪水の量で100年に1度の規模を想定して作られているそうです。
「平成16年の台風21号来襲時の写真」が 三重県松阪建設事務所ダム管理室ダム管理課より提供されていますので、興味のある方はご覧ください。
http://www.pref.mie.jp/MKENSET/HP/dam/t21/index.htm
天候がまだ思わしくないので、ダムの対岸まで渡ったりして時間を潰していたのですが、ようやく雲も切れてきました。
10時30分、宮川ダム堰堤を出発。
← バスの窓越しに写した写真なので、社内の光が反射していますね。
ダム湖を走る観光船の乗り場(=定期バスの終点…バスセンター)に着きました。
ここには食堂・みやげ物店・公衆トイレ・観光センターなどの建物があります。
写真に写っている赤い箱は、郵便ポストと消火栓です。
平成16年の大水以来、登山道が閉鎖されていますから、訪れる人が少ないせいか、食堂やみやげ物店は閉まっていました。
← 船乗り場にある案内板
ここからダム湖面を船で上り、登山道へ入るというのが、大杉谷渓谷〜大台ケ原へのルートですが、現在、登山道は閉鎖中…。
登山道の詳細は、「三重県環境森林部自然環境室」のお知らせをご覧ください。
http://www.eco.pref.mie.jp/shizen/info/20061101.htm
船内の様子です。
客は船べりの長いすに外を向いて座ります。(公武には前向きの椅子が若干あります。)
船頭は、若い男の子がひとり…。途中の見所などを、アナウンスしてくれます。
ひときわ高く、山肌を紅葉に染めているのは国見山…だと思うのですが。
風もなく、湖面は穏やか…。でも、全面オープンデッキの船は、けっこう寒かったです。湖面を渡る風って、冷たいのですね。
乗船場を出発してから40分…、11時26分に第3停船場へ着きました。
停船場と言っても、河岸にコンクリートの階段を下ろしてあるだけ…といったいでたちです(笑)。
船は、この階段をめがけてへさきを突っ込み、接岸させます。
へさきを湖岸の土砂に乗り上げて、ロープを渡して船を固定し、板を渡せば、上陸準備完了です。
船頭くんの「どうぞ」の合図で、上陸開始…。渡した板は、全然揺れることもなく安定していました。
船着場から上がってきたところのこの道路は、車も走る道路です。
この道を5分ほど歩き、さらに右手の山間に少し入ったところに、「六十尋(ろくじゅうひろ)滝」があります。
が、しかし、ここは大杉谷…。この程度の水の流れを○○滝と名前をつけるのならば、何百…何千…もの名勝ができてしまいます。
ここでは滝とは呼んでもらえない水の流れでしたが、それでも色づいた木々の間からの眺めは、なかなかに風情のある表情でした。
昨日の雨で水かさが増し、水は岩肌を流れ落ちるなどといった生易しさでなく、滝口から放射状に前へ放出されていました。
岩に跳ね返る水しぶきもすざまじく、歩経路も水浸し…。たたずんで見ていると、衣類が濡れるような水しぶきでした。
湖岸から岩がせり出しています。「のぞき」と呼ばれている箇所です。
ここは、ダムが造られる前、岩の上から流れをのぞくと、素晴らしい景色が川面に映し出されていたことから、一帯を「のぞき」と呼んだそうです。
宮川ダムの堰堤を、ダム湖上から見たところです。
1957(昭和32)年の完成から、50年余が経ています。
← そのバスターミナルの隅っこに出ていた看板
大杉谷と言う地名の由来となった、杉の大木についての説明が書いてあります。
今から、その杉を見に…、いやいやご神木だから拝観に行くのですが、この看板の横についている道が、とても車が対向できるような広さの道ではないのです。
でも、そこはさすがに地元のマイクロバス…。その狭い道へ乗り入れ、急な坂道をエンジン音を響かせながら登っていきました。
大杉谷を、バスターミナルよりも奥に入ろうと思えば、この道しかないのです。
← 道幅の広いところで、対向車の有無を確かめながら進まねばならない道でしたが、紅葉のきれいな道でした。
杉木立の中にお社が見え、その後ろにひときわ巨大な1本の大木が聳(そび)えていました。
「うわぁ、こりゃぁ大きいわ」と、誰もが口々に叫んでいます。
大杉谷の地名の由来となったこの大杉は、樹高約40m、地上1.5mのところの幹周りは約9.2mで、大人が6人で囲んでやっと1週する太さです。
樹齢は1200年と推定されています。
午後2時30分、大杉谷を後にします。
← 宮川上・中流に沿って走る県道31号
「奥伊勢フォレストピア」に帰り着いたのは3時15分ごろ、宮川温泉にゆっくりと浸かり、午後4時10分、家路に就きました。
大杉谷のほんの玄関口だけをのぞいた一日でしたが、圧倒的な自然の力と、訪れる者を優しく包んでくれる優しさを感じた一日でした。
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