会食の後は!:風遊さんの旅行ブログ
鶴羽根神社は、広島市の東部二葉山麓にあり、今から約780余年(建久年間)前に、源三位頼政公の遺言によって建立された由緒ある神社であります。
御祭神は伊佐奈伎乃命(いざなぎのみこと)、伊佐奈美乃命(いざなみのみこと) の妹背二柱(縁結びの神)と、品陀和気命(ほむだわけのみこと、応神天皇)、帯仲津日子命(たらしなかつひこのみこと、仲哀天皇)、息長帯日売命(おきながたらひめのみこと、神功皇后)の3神が鎮座されております。
当時は椎木山八幡宮といい、広島東部の総氏神として崇拝厚く、その後いくたの兵乱により興亡の歴史をたどりました。(資料参照)
鶴羽神社・料亭・二葉
http://www.geocities.jp/qwnmc633/
明治以降、広島には陸軍第五師団が駐屯し、軍事的に重要な都市として位置づけられました。明治27年(1894)の日清戦争に際して、宇品港(現在の広島港)が大陸に軍隊を送り出すための拠点港となって以後、その重要性がさらに増しました。そしてこれ以後、宇品港を起点に、陸軍の諸施設が次々と設置され、広島は「軍都」としての性格を強めていきました。(資料参照)
広島市郷土資料館の建物は、広島が軍事都市へと変貌していく中で、明治44年(1911)に建てられた陸軍の建物の一つでした。「宇品陸軍糧秣支廠缶詰工場(うじなりくぐんりょうまつししょうかんづめこうじょう)」がこの建物のもとの名前です。「糧秣」の「糧」は兵士の食料、「秣」は軍馬のエサを意味します。これらを調達・製造し、軍隊に補給するのが糧秣支廠の役割で、この缶詰工場では牛肉缶詰が製造されていました。現在郷土資料館として使われている建物はかつての缶詰工場のほんの一部分です。かつては郷土資料館裏手(北側)にある宇品西公園のグランドまでが工場の敷地で、工場の北側には食肉処理場(現在はカルビー(株)の工場)が併設されていました。
今年で99歳になる建物です♪(資料参照)
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