中欧・南欧+カタール旅行記2 アルバニア(ティラナ)編:t-swanさんの旅行ブログ
大きな旅行が出来るのは最後だと思い、中欧・南欧を周って来ました。
3月9日〜3月25日の短期間ですが、夜行列車、夜行バスをフルに使って11ヶ国周遊してきました。
ギリシャ、アルバニア、マケドニア、セルビア、クロアチア、スロヴェニア、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリア、トルコ、カタール
の順に行きました。
ほとんどそれぞれの国の首都を1〜2日しか観光してません。
アルバニアは情報が少なく、どんなとこなんだろうと思っていましたが、わりと普通でした。
アルバニアの行き方について情報が少なくて心配でした。
自分はギリシャのアテネからバスで行くことにしました。
ラリッサ駅には国際バスチケット売り場がありましたが受け付のグラサンかけた、いかついおっさんがここでは扱っていないと言っていました。
英語も通じませんでしたがあきらめず表の看板にアルバニアって書いてあるじゃないか的なことを言ったら、なにやらメモ用紙になんか書いて渡されました。
道行く人に聞いてみると鉄橋を渡ったラリッサ駅の近くにある旧駅の方に行けとのこと。
JOYトラベルという会社が、20:00出発のバスを出している。
バスは次の日の9:30にティラナのスタジアム前に着きます。
中心部まではそっから歩いていけます。
その日に行っても余裕でチケットが取れました。
わかり辛いかもしれないが、駅の裏側。
写真に小さくバスが写っているが、そこにアルバニア行きを扱っているJOYトラベルがある。
夜行で35ユーロです。
3:30くらいに国境につきます。
ネットでは、入国時に10ユーロの入国税がかかるとのことだったが、要求されなかったです。
6:30あたりに朝食をとります。
入国してからしばらくいくと道が悪くて揺れがやばかったです。
アルバニアに入国したのは4:30過ぎ。
国境間にはDUTY FREE SHOPもあった。
入国すると、何台かのタクシーが客待ちしていた。
無論自分はバスできたので、そのままバスに乗り込み首都のティラナに向かう。
出稼ぎにきていたアルバニア人が、アテネの待合室からずっと親切にいろいろ教えてくれたり、助けてくれたので気が楽だった。
マザー・テレサことアグネス・ゴンジャ・ボヤジュは1910年8月26日、オスマン帝国領のコソボ州・ユスキュプ(現代のマケドニアのスコピエ)でアルバニア人の家庭に生まれたらしい。
マケドニアのスコピエにもテレサの像が建っていた。
ビックマックセット420Lekなり。
味もかわらないです。
マケドニア行きのバスの時間をつぶすために2時間くらい座って休んでいたが、たまに汚い身なりをした子供たちがやってきて、お金くれとしつこく付きまとってくる。
店員さんに見つかると外に出て行った。
市場主義経済移行後の1990年代にネズミ講が流行し、1997年にネズミ講の破綻を契機とする暴動が発生。
現在に至るまで尾を引いているといわれている。。ってどんな国だろうと思ってびびってたけど、自分が見た限り表面上は普通だった。
中心に位置するスカンデルベグ像。
中世アルバニアの民族的英雄らしい。
19世紀にアルバニア人の民族意識が高まると、オスマン帝国からの独立を目指したスカンデルベクは民族的英雄として高く評価されるようになり、アルバニアの独立運動と国民統合に大きな役割を果たした。
自分一人に、各部屋の監視員がついて来ました。
この人たち一日中暇だろうなぁと思いました。
ただ、人によってずっと監視してる人もいたり、無視して読書を続ける人もいました。
18:00にMiniriホテル前からマケドニアのスコピエに向けて出発!!
鉄道駅近くにあるDrite Agencyとスカンデルベグ広場近くにあるTirana metoropolという旅行会社がマケドニア行きのバスを扱っていた。
確か20ユーロくらい。
しかしこのバスはコソボ自治州のプリシュティナ行き。
寝過ごしたらコソボ自治州まで行ってしまう。。と思って必死に起き続けようとしたがあえなく撃沈 笑
結局起こされてスコピエ近くのどっかのガソリンスタンドに夜中3時すぎに降ろされた。。
スコピエで降りるのは自分だけ。。
不安。。。
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