タイの東北 ウボン漫遊記 14 「純情 ウボンのスケバン 」:北海ロッカ−さんの旅行ブログ
BGM
http://www.youtube.com/watch?v=xi-K_0HAAnI&feature=related
ウボンでは一般人から声を掛けられることはほとんど有りません。
客商売の人達ですら積極的に営業を掛けてきません。
(例外はトゥクトゥクの運ちゃん位)
珍しい物を見るような目でみられることも多く、私を見て小声で何か言い合っている人達もいます。
一番多いのが興味深げにチラ見をしている人達ですね。
やはり外国人が珍しいらしく興味津々のようです。
なので、当方からアプロ−チを掛けると非常に嬉しそう応えてくれます。
しかし、恥ずかしがり屋も多いですね。
人間同士の交流は当方から積極的にアプロ−チを図っていくのことが鉄則と心得ています。
待っていても何も起きません。
蒼天に翻るタイ国旗の先に気になる建物を発見。
ほとんど城です。
低層建築の多いウボンの街で一際大きく、巨大な天守閣の威容は周囲を圧しています。
どうやらウボン随一の高さのようです。
どう見ても城か宮殿のような建物です。
基本的にはタイ様式ですが欧州の城のような感じにも見て取れます。
勝手に「ウボン城」と名付けました。
ウボン城はラジャパット大学構内にあります。
正式名称はウボン文化センタ−です。
ウボン城は大学の関連施設で一階にウボンの民族資料等が展示されていて誰でも見学できます。
イサ−ン版の歴史民族博物館といった趣で展示物も多く見応えがあります。
しかも、入館料は無料。
タイ政府は外国人観光客からは何かにつけて特別料金を徴収します。
ウボン国立博物館の場合は入館料300Bです。
しかし、ここは流石に学問の府。
とても良心的です。
館内施設は研究室や会議場が主なようですがレストランや売店等もありました。
大学の関係施設なので館内には学生達が結構います。
彼女達は何かの行事の受付のようでした。
いずれ劣らぬウボン美人ばかりです。
この女子学生達は館内の特設売店にいました。
大学の関連施設なので学生達が奉仕かアルバイトをしているような感じでした。
皆、愛嬌があり可愛かったですよ。
やはり学生は黒髪にストレ−トヘアが似合います。
最上階に上ってみました。
残念ながら展望室のようなものはありません。
しかも、最上階は使用していないらしく各フロアには鍵が掛かっていました。
折角のウボン随一の高層建築なのですから展望室を設ければ良いと思いますが・・・
写真は唯一外が見えるエレベ−タ−ホ−ルの窓から撮ったものです。
ワット・ノ−ンブアの白い仏塔が見えます。
ウボン城は堪能できました。
入館料無料に加えてフレンドリ−な大学生達。
財布に優しい上に異形の旅人にも皆親切でした。
すっかりラジャパット大学が好きになりました。
折角ですので大学構内を視察してみることにしました。
スケ番がいました。
日本では絶滅したはずのスケ番をウボンの大学で発見しました。
ロングスカ−トに踵を潰して履いた靴・・・
将に昭和のスケ番です。
これでアフロヘアなら完璧です。
しかし、黒髪・ストレ−トでも十分合格です。
腕を組んで立っているポ-ズも決まっています。
これは記念写真を御願いしなくては・・・
スケ番はダチと一緒に記念撮影に応じてくれました。
とても気さくで優しいスケ番達でした。
校内には結構スケ番ルックがいました。
ロングが主流なようでタイトなミニスカは少数派のようです。
髪型も黒髪・ストレ−トが圧倒的に多く軽く染めている子も多少いますがキャバクラ嬢もどきの茶髪・巻髪は更に少数です。
良い。実に良い。頑張れウボンのスケ番。
当世、大学事情を知るには食を知るに限ると勝手に決めて学生食堂に行きました。
結構、嵌っているのがライスに好きな料理をかけて食べるブッかけ飯です。
食堂のオバサンに、
「これは何?美味しい?辛くない?」
と質問しながら料理を物色します。
(この程度のタイ語なら知っています)
外国人慣れしていないウボン人は一見素っ気無いような感じですが当方から話かけると喜んで応じてくれますし親身になって聞いてくれます。
片言の変なタイ語でも何とか通じるものです。
ブッかけ飯です。
フ−ドコ−トで食事する際はブッかけ飯が多いです。
辛くなさそうで美味そうな料理をチョイスしライスにかけてもらって食べます。
これはメインがタイカレ−。
それに、もやし・いんげん・豆腐の和え物と春雨と野菜の和え物です。
学食は「安い・旨い・多い」の三拍子が揃っています。
木陰になっている外のベンチに行き校内を眺めながら食べました。炎天下の暑いウボンですが湿気がないので日陰に入ると涼しく気持ちが良いです。
珍しくタイ人の方から声をかけられました。
大学に招かれた日本の講師か学者とでも思われたのでしょうか?
それは無いと思います。姿が放浪者ですから・・・
珍しい風体の旅人に興味を持ち声をかけてきただけのようです。
彼女達が使った日本語は「コンニチワ」だけです。
その後、4人は勝手に盛り上がっていました。
どうも、同じアジア系ながらウボンの人間とは明らかに違う異形の私を何者か確かめにきたようでした。
「やっぱり日本人よ」
「だから言ったじゃない」
状況から推測すると彼女達の会話はこんな感じだと思われます。
女三人寄れば姦しいといいますがウボンでも同じ。
大人しいウボンの子も数を頼りにすると大胆になってきます。
大学構内の中央付近に記念講堂のような建物があり人々が集まっていました。
学生だけでなく一般の人も散見されます。
基本的に大学はオ-プンです。
一般人の部外者も結構来ています。
木陰の芝生で寝ているだけの人もいます。
この大学のグランドでは頻繁にスポ−ツの大会が行われていますし催し物や展示会も開催されています。
講堂ではア−ト展が開催されていました。
ア−ト展の受付です。
美術部員の作品発表会のようでした。
受付の学生達は主催者の美術部員達です。
今度は「ニハ−オ」と挨拶されましたので、すかさず「こんにちは」と笑顔で切り返しました。
旅先で胡散臭い連中にしつこく話し掛けられた時など中国人や韓国人だと言って出鱈目な言葉を一方的に捲くし立て煙に巻いてやります。
バンコクでは必ず日本人と見破られますが中国人に見間違えられたのは初めてです。
受付の学生達は見間違えたことに恐縮すると共に非常に驚いていました。
それほどウボンでは日本人が珍しいようです。
そもそも外国人旅行者自体が少ないし行く場所も観光スポットの寺院辺りに限定されます。
見間違えたお詫びという訳ではないでしょうが英語のできる学生が色々と説明してくれました。
そもそも些細な間違いなんか気にかけるタイ人ではありません。
マイ・ペン・ライの精神です。
作品は油絵からポップア−トに前衛的美術といった幅広い作品が展示されていました。
あまりタイらしいという作品はありません。
モダンな作品が多い中、私が選んだ一枚がこれです。
地味な風景画ですが将にイサ−ンを思わせる作品。
作者の郷土愛が伝わってきます。
受付で気に入った作品に投票します。
展示物は全て主催者である美術部員達の作品です。
私が選んだ絵の作者も会場にいました。
学生達のリアクションから直ぐに作者が判りました。
この四人の中にいます。
ア−ト展を見に来ていた女子学生。
何か女子学生ウォッチングのようになってしまいましたが誰彼構わず声を掛けて写真を撮っているわけではありません。
流石に何の脈絡も無く通行人の写真を撮るほどの度胸はありません。
しかし、きっかけは自分から作ります。
実に簡単なことです。
兎に角、聞いてみる。要は質問することです。
そうすれば、一見の旅人にも心を開き応えてくれます。
ホテルで一休みしていると先日の祭りで出会ったKARから電話が有りました。
ほぼタイ語です。彼女は英語が喋れません。
結局、何とか聞き取れたのが、
「一緒に食事をしよう」
「家に来て」
という内容です。
他にも色々言っていましたが解かりませんでした。
彼女の家に着きましたが誰もいません。
電話すると直ぐバイクで迎えに来ました。
そのまま、彼女の先導で河畔のレストランに連れて行かれました。
河畔のレストランです。
川の上に建てられた東屋で食事ができます。
KARの親類達が集まっていました。
先日、祭りで会った面々です。
どうも家族の食事会に招かれたようです。
しかし、既に食べ始めている・・・
まあ、細かいことは気にせず御相伴にあずからせていただきました。
子供達は真っ暗な中、川へ飛び込み水遊びです。
漆黒の川面は不気味ですが子供達は気にならないらしく楽しそうに泳いでいました。
水も温くて気持良さげでです。
私も入りたいと思いましたが事前情報が無かったので泳ぐ準備をしていません。
もっとも、子供達は服のままです。
水着を着ている子なんか一人もはいません。
可愛い河童娘が縁の下から御挨拶です。
この子は、KARの姪っ子です。
子供達は落ち着いて食事なんかしません。食べては泳ぎ泳いでは食べての繰り返しです。
皆、東屋に上がる面倒を嫌ってか水中から料理に手を伸ばして食べていました。
満腹になり御満悦のチビっ子達。
この後、川に飛び込んでいきました。
しかし、川での水遊びは想像以上に楽しそうです。
これは再度、昼に来て泳ぐしかありません。
ウボン滞在の楽しみ増えました。
そこへ流しの兄サンの登場です。
KARの甥っ子です。
イサ−ンのギタ−のような楽器で先日聞いた祭囃子を演奏してくれました。
とても上手で、子供ながらも相当な腕前でした。
将来のイサ−ン民謡楽団のエ−スです。
縁台で蚊に食われて往生していましたが、何と足元にはムカデが這っていました。
体長20cm位の奴です。
こんな奴に咬まれたら大変です。
日本にもいますが既に首都圏辺りでお目にかかれなくなった代物です。
そう此処は東南アジアなのです。
蠍がいたって不思議じゃありません。
近郊には虎や鰐にコブラも生息しているようです。
ウボン・ラチャタニ 旅行記ランキング参加中!!
この旅行記は現在 -位(-票)です。

おじゃまします(南洲太郎風に)。
おひさしぶりです。 頑張れウボンのスケ番......いいっすね〜。
房州さんのショットは、人間味に溢れたものがとても多いのが特徴だと思うのですが、
この絵は、房州さんのユーモアセンスを感じさせてくれる楽しい一枚ですね。
個人的にチョープ マック マークです。
音楽を挿入されて楽しみも増えました。
スナリーなどは入っているのですか?
またウボンを訪れる予定は無いのでしょうか?
あのファミリーとの交流の続編がとても気になるのです。
イサーンの夕陽とマカロニウエスタンのシンクロですか〜!?
小生は..........ん〜なんだろ.......西田幸子の『コーヒールンバ』かな?...いやっ違うな、
わかりません。失礼いたしました。

「チョープ マック マーク」とは嬉しい評価です。
ウボン女子学生は将に昭和のスケ番といったイメ−ジでしたよ。
結構、行儀が悪いというか地ベタに胡坐かいたりとかもしますしね。
兎に角、ロングスカ−トに黒髪ストレ−トが実に新鮮でした。
旅行記のBGMは完全な自己満足です。
勝手に好きな曲をリンクさせているだけですから・・・
それでも、旅行記のイメ−ジに合いそうな曲を厳選したつもりです。
一つの旅行記に一曲のBGMですしジャンルやコンセプトに拘ったので結構難しい選曲でした。
コーヒールンバ・・・「昔アラブの偉いお坊さん云々」ですね。
イサーンと言えばモ−ラム・ル-クトゥンなのですが・・・
夕陽に照らされた赤土の荒野を一人で放浪していると、エンニオ・モリコ−ネの曲が実にシックリくるんですよ。
それこそ、バイクじゃなく馬で旅をしたくなります。
しかし、馬には乗れませんので棺桶を引きずって旅してみましょうか。
当面、訪タイの予定はありません。
行けるとすれば早くとも来年6月以降でしょうね・・・

こんにちは房州ロッカーさん、ウボンはファランが少ない様ですね、ウドンは沢山いますよ〜、タイではバンコク、パタヤに次いで多いと思います。
その訳は外人との婚姻率がタイでー番多い県なのです、昔ウドンにはベトナム戦争の為、米軍の基地が7ヶ所有り、定住のアメリカ人が沢山居たからです、今でも欧州のファランが多く、結婚してウドンに定住しています。(マジ)
タイの人間は服のまま泳ぎますが、訳は水着がバカ高いからです、ピムに初めて水着をパタヤで買った時は、バーゲンで999バーツもしました、これではタイ人は水着は高くて買えません。(笑)
そしてタイ人は日に焼けるのが厭なので、Tシャツやジーンズを着たまま泳ぎます、色の黒いのは労働者の証拠で居やがるのです、金持ちは色白が当たり前なのです。(マジ)
スケ番スタイルの女学生は、単に足が日に焼けるのを防いで居るのかも知れませんね。(笑)
房州ロッカーさん、タイには貴方の様なチョイ悪オジサン系が少ないので、モテモテなのでは無いですか〜。(大笑)
御殿場よりJOSAN。

ベトナム戦争時、ウボンも米空軍の重要拠点だったようです。
ウボンは空港も有り鉄道やバスと交通のアクセスは悪くありません。
しかも、ラオスのパクセまでバスで3時間という距離です。
条件的にはウドンと大差無さそうなんですがね・・・
やはり、ビエンチャンのようにタイ大使館が無いようなのでビザランに適さないのが決定的な差になっているのかもしれませんね。
モテモテでもありませんが・・・(苦笑)
本当にウボンには外国人がいないのです。
バックパッカ−のファランでさえ見かけません。
当然、日本人なんか見たことない人達ばかりですから、珍しがられたんだと思いますよ。
しかも、日本人はウボンでは相当高く評価されています。
ちょっと可笑しい位に買い被られ過ぎでした。
私も素朴なウボン人達の持つ日本人像を壊さないよう努めました。
なんとか、日本人の評価を失墜させずにすんだと思います。
現在、トラックバックはありません。