【江蘇省】 蘇州 * 太湖西山に遊ぶ:彷徨人さんの旅行ブログ

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【江蘇省】 蘇州 * 太湖西山に遊ぶ

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【江蘇省】 蘇州 * 太湖西山に遊ぶ

                落つるたび 心憂がるや 寒椿

例年のことではあるが、12月に入ると、何故か気ぜわしい気持ちになる。赤穂浪士の討ち入りでもあるまいが、特にこの月に目新しいことをしなければならないわけでもあるまいのに、世間の忙しさに感化されるのかもしれない。気持ちの上で,忙しくもあるが、落ち着き無きある日、中国で事業を展開している友人から、仲間を誘い、忘年会を中国でしようとの誘いがあった。この年の瀬にわざわざ『中国で?』、という世間体もあるし、とは言え、気忙しさに流されることもあるまいに等と、迷いが一瞬はあった。行く先は彼の工場のひとつが在る、上海と蘇州の中間に位置し、上海蟹の養殖湖として有名な【陽澄湖】がある昆山である。彼曰く、とびっきり旨い上海蟹を取り揃え、更に料理を上手く引き立てる、熟成した特級の老酒、その肴は、勿論魚米の里は蘇州で培われてきた上品で穏やかな味付けの江南料理も準備させよう。生きている喜びをしっかりと味わえる旅への誘いである。これを断る理由などあろうかとばかり、早速その誘いに僕は乗ったのだ。その裏では、来春の写真展の作品をそろそろ準備しなければと思い始めていた僕は、この際に、冬の江南の旅情を写真に収めたいとの魂胆もあったのだ。

  その夜の、昆山の、【舟形】の料理屋での忘年会は、彼の会社の関係者も参加して、賑やかに始まった。蒸された上海蟹が大皿に盛られて出されるや、歓声とともに早速蟹の解体に入ったものの、やがてわが同胞は沈黙に陥って行くのである。見回すと、いずれも何やら梃子摺っておる様で、やがて持て余し気味となり、蟹肢をせせる音も些か力が入っていないように聞こえるのである。蟹に四苦八苦しながら、次第に、老酒へとウエイトが移って行くようで、気がつけば老酒の壜が何本もテーブルの上に横になっているではないか。結局は、蟹料理には珍しく、よく喋り、よく飲んだ忘年会となったのだ。
  翌朝は、少しのんびりと旅立つことになった。僕はこのところ一人旅が多いので、今日の団体行動には少し興味があったのだ。僕たちの蘇州観光は、まずは【寒山寺】から始まった。僕はここに来ると、いつも【弘法堂】に向かい、空海さんの旅装束の像を眺めながら、空海さんの唐での足跡を、これまでに追いかけた日々を思い出すのだ。
  団体旅行の華?とでも言ようか、最後は、寺内の売店での、拓本や掛け軸,書などの買い物に時間を割くこととなった。寒山寺の正面で全員での記念写真を撮り、次の場所へと向かう。蘇州観光でのお土産は、かつては、拓本や掛け軸、そしてシルクの布地や刺繍であったが、今はシルクのフトンに人気があるようで、寒山寺からあまり遠くないところにあるフトン工場に直行した。この店には、次から次へと観光バスが横付けられ、観光客が一斉に店の中に吸い込まれて行った。繭から糸を引き、それをフトンへと加工されていく工程を足早に見学し、やがてメインである売り場へと誘なわれるのである。そして両手にお土産を抱え込んだ観光客がバスに乗せられ、次の目的地に向かうのである。
  昼食のため、金鶏湖の【李公堤】にある【得月楼】に向かう。冬のしかも昼間の金鶏湖は、寒くしかも閑散としていた。しかし、それが幸いして、ゆっくり蘇州料理を堪能することができた。午後は再び城内に戻り、【拙政園】の庭を最短コースでまわり、次に向かうことになっていた。来年3月の写真展のため、冬の太湖の写真を撮る計画を持っていた僕は、庭園見学後、ここで仲間と別れた。

  実は古い友人の黄さんに、無錫に行き冬の【太湖】の写真を撮りたいと相談したら、蘇州人の彼は、『蘇州にも太湖がありますよ。空海さんも、芥川龍之介も蘇州の太湖を見ているのですよ』と、僕の興味をそそる口説き方で誘うのである。結局彼に、蘇州の太湖に浮かぶ【西山島】に案内してもらうことになったのだ。翌日は青天であったが、気温は零度を割っていた。準備していた防寒具をしっかり着こみ、迎えを待っていた。黄さん夫婦と日系企業の役員をしている妹さんが同行することとなった。黄さんの運転で【観前街】にあるホテルから、蘇州城内を西に取り,新区を通り、更に西に向かった。やがて【霊巌山】が見えてきた。2年前の春節に、かつて空海さんも芥川龍之介も登ったことのある霊巌山から、遠くに太湖を見たことがある。【古鎮木○(MUDU)】を過ぎてから南に道をとり、再び西に向かって走っていくと、やがて遠くに鈍色の【太湖】が見えてきた。
  太湖は、長江デルタに位置し、大運河ともつながり、多くの中小の河川、運河や水路などが流れ込み、またここから蘇州を流れる蘇州河や上海を流れる黄浦江などの河川が発しているようだ。これら太湖周辺の水系は、最後はすべて長江に流入しているのだ。太湖周囲の都市のうち、北岸の【無錫】には、1993年の5月と2004年03月に行ったことがあるが、太湖を僅かに眺めたに過ぎない。西岸の【宜興】(江蘇省)には、2004年の4月、南岸の【湖州】(浙江省)には、2008年の2月に出かけたが、どちらもゆっくりと太湖湖畔をドライブした。もちろん東岸に位置するここ【蘇州】(江蘇省)には、何回も訪れているが、真近かに太湖を見ることは、これまでにはなかった。
   【西山】について、改めて調べてみた。【蘇州西山風景区】は蘇州城内の西方にあり、1994年に延長5キロ余の太湖大橋が完成し、蘇州市内から車で行くことができるようになった。小高い山がいくつかある太湖最大の島であり、【洞庭山】の別名がある。この島は南北11km、東西15km、面積は79.8平方kmという大きさであり、島内のあまり高くない山々の頂上に登ると、多くの島が浮かぶ湖の景観を眺められる。また呉越時代以来の旧跡があり、季節により楊梅、びわ、銀杏、みかんや金柑のような柑橘類などの果樹も豊富であり、梅の林が広がる島では、春節のころには観梅客で賑わい、高級の緑茶である【碧螺春】の産地でもある。また中原から逃れてきた人々の末裔が住む村落などもある。風景区には西湖夕照、石公秋月、鳳凰煙雨などの名のついた20か所の景点などもあるが、僅かな時間で、果たして何処まで見ることが出来るのだろうか。
  西山島に入ると、まずは島の東南にある【明月湾古村】に向かった。その一番東南角にある【石公山】は、山の入り口にある老人の姿に似た巨大な太湖石から「石公」と名付けられ、天下に知られた名石がここから採掘されたところである。かつて呉王夫差の離宮があったところでもあると言われている。となると、越の国から送られてきた美女西施も、この地で生活していたのかと思うと、些か嬉しくなるのである。その麓に当たる船着場のあたりには、路上に干物や果物などを商う人々がたむろしており、車から降りるや、彼らに取り囲まれた。この村に入るには入村料がいるのだが、自分のところで食事をしてくれれば、入村料は只でよいという誘いに乗り、この村の宿屋の主に付いて村に入った。昼食までは少し時間があるので、その前に村の中を見学することした。まず入り口付近の広場には、樹齢千年という楠木が立っていた。この広場と住区との間には、堀が掘られており、かつては村を湖賊などから守る堀の役目をしたのであろうが、現在は舟泊りとなっている。橋を渡り村に入ると、丁度村の中では, 淡褐色の絨毛に包まれ、かたまり咲く芳香のある枇杷の白い花が咲いていた。その下に、狭い道路網が村の中を走っており、その道路には石畳が敷いてある。しかも石と石の間に細長い溝が切ってあり、雨水などを流す下水道が、道路の下に設けられているのだ。庭先に魚を干した家があった。中に入ると、大きな魚は開きにして縄にぶら下げており、小魚や蝦等は筵に広げて干してあった。少々おしゃべりではあるが、気さくな性格の黄さんの奥さんは、いつの間にかこの家の主人と何やら話しこみ、やがて主人は干してある大きな青っぽい開きの魚を、何枚かに切り分け、ビニール袋に入れ始めた。お昼近くに、この村に入るときに約束した船着場を見下ろす宿屋の2階にある食堂で昼食をとることになった。この村に入った時に、黄さんの妹さんが料理を既に注文していたのだ。テーブルに着くと、太湖「三白」といわれる銀魚、白エビ、白魚を使った料理、そして裏の畑で取れた野菜やキノコを使った地元料理が出されてきた。比較的淡白な味付けと魚好きの僕には、とても食べ易い料理であった。ただ淡水魚の小骨の多さに、歯を治療中の身には些か閉口したのだが。
              
               青魚干す 太湖の岬 年暮れぬ
 
  食後,島内をドライブした。そして再び【太湖大橋】を戻り、2004年ごろから開発されている【湿原(土)公園】に向かった。途中信号で車が止まったとき、車の脇の歩道で、果物や干し物などを並べている露天商がいた。黄さんの奥さんは、助手席の窓を開け、早速値交渉を始めた。1斤(500グラム)7元の高いほうの銀杏を5元に値切り、4斤買うこととした。露天商の中年の女性は、竿秤で量り、袋に詰めて奥さんに渡した。車のポケットから簡易秤を出した奥さんは、受け取った袋を量り直したら、2キロが1.6キロしかなく、20%も少ないのである。仏頂面した露天商は、しぶしぶ量り直した。店を持たない露天商は、値段交渉に簡単に応じるが、量り売りが中心の中国では、秤そのものに問題があるようだ。さすが賢婦人の誉れ高い黄さんの奥さんは、昼食をした宿屋の主人に、良い銀杏の見分け方と相場を聞くために、そこで既に1斤を購入していたのだ。

  太湖大橋を渡り、右に回り湖畔に沿って走ると、やがてレストランが建ち並ぶリゾート地区に入る。その先の水辺に、巨大な水風車が見えてきた。2009年の夏に完成した湿地公園のシンボルとなっている水風車である。車から降り、湿地の中を走る桟道を歩き、水風車に向かった。午後になっても気温が上がらず、桟道の脇では,鈍色の蘆や、蘆穂綿が風に揺れ、一層寒さを誘うのである。水風車の周りの広場には、この寒さに背抜きのウエディグドレスを着た女性たちが、震えながら立っている。水風車をバックに、結婚記念アルバム用の写真を撮る順番を待っているのだ。順番が来ると、コートを脱ぎ、新郎と絡み合いながら、にっこり笑って写真を撮っていくのである。この日は、日が良かったのだろうか、周りは新婚さんだらけであった。80年后の離婚率は20%を超えているというニュースを最近見たのだが。

               霜冴えて 枯蘆騒ぐ 水辺行く

  帰りに、少し大回りして、【宝帯橋】を見に行ったのだが、手前の管理事務所の門が既に閉じられ、中に入ることが出来なかった。門の隙間から写真を撮ったのだが、うまく行かなかった。

  その夜、一族で冬至の夜の祝いをするという黄さんの誘いに甘え、その席に参加させてもらった。ホテルの近くにある酒屋さんの前を通った時、とても甘い香が漂ってきたのだが、それが金木犀を入れた冬醸酒であった。食事の始まりに冬醸酒で冬至を参加者全員で祝った。
  2009年の中国は、GNPが8%は超えたようである。ホテルへの帰り道、蘇州の中心繁華街である観前街は人で溢れていた。近道のためデパートの中を横切ったのだが、ここは戦場のような有様であった。不動産価格も、この1年で2桁の値上がりだとも言われている。事実、この日ドライブで通ったあちらこちらでマンションの建築現場に出くわした。企業誘致のため開発された【工業園区】も【新区】も、いまやマンションが優先的に建築されているようであるが、夜になっても明りの点らない部屋が増えているとも聞いた。中国のこの元気さは羨ましい限りだが、夜になっても明りの点かないマンションが増えているのは、些か不気味でもある。
 
   翌日、空席の目立つ最終便で上海から帰国の途についた。

エリア: アジア >>中国 >>ソシュウ(蘇州)
テーマ: 街歩き
時期: 2009年12月〜12月
投稿日: 2010年01月04日
写真: 全54枚
満足度: 評価なし
観光: エリアにおける観光の総合的な評価:3.0点 3.0
ホテル: エリアにおけるホテルの総合的な評価:3.0点 3.0
グルメ・レストラン: エリアにおけるグルメ・レストランの総合的な評価:4.0点 4.0
ショッピング: 評価なし
交通: 評価なし
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  • 誕生日:01月17日
  • 登録:2008年09月13日

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