ドイツ ダッハウ強制収容所跡の見学:カメちゃんさんの旅行ブログ
(※)10年1月……Google mapで確認できる強制収容所跡を追加しました。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
2009年9月
地図上で多数の強制収容所跡の場所を確認できるようになりました。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
<追記1> 09年9月……Google mapで強制収容所跡をご覧いただけるようになりました。
<追記2> 09年11月……Google mapでご覧いただける強制収容所跡を、ヨーロッパ東部・ドイツ以西ともに少し追加しました。
<追記3> 10年1月……ヨーロッパ東部・ドイツ以西ともに、地図をさらに追加しました。
私たち夫婦が初めての海外旅行をしたきっかけは、会社の「永年勤続者旅行制度」の適用時期が来て、それに「背中を押された」ことでした。その時、会社のお定まりコースをやめて自費を追加しヨーロッパを選びました。
折角ヨーロッパへ行くなら、そのついでに以前から関心のあった強制収容所跡を見ようと思い、観光ツアーの帰国を延長して(ツアーの最後に皆さんと別れて)カミさんと二人でドイツ国内を旅行したのです。私達が訪れた強制収容所跡は、ミュンヘン市中心部から北西に20Km弱のところにあるダッハウの町外れにありました。
ダッハウ強制収容所跡で見たことは、あまりにも悲惨なものでした。
ミュンヘン駅でガイドさんと落ち合って楽しい会話をしながらダッハウへと向かったのですが、強制収容所跡に一歩踏み込んでみると、話す言葉もなくなってしまったのです。血が逆流する感じがして、ガイドさんのお話をお聞きするのが精一杯!になってしまいました。
実は、その2年後に知人たちと共に再び訪ねたのです。強制収容所の事実は、決して遠い国の遠い過去のことではなく、私たちの日々の暮らし方・考え方・行動の仕方と無関係ではないと考えたからです。
考えさせられるのは、平和と自由の大切さです。それを語り合う場が本当に少なくなっているような気がしてなりません。一人ひとりの人と社会への関心が薄くなっていくようなことがあれば、その分だけ平和と自由は遠いものになってしまうのだと思います。
もともと「旅行記」であるこの4トラに、人類の悲劇の惨状までも載せることは到底出来ません。しかし、旅の現実をお知らせするという意味で、許される範囲内で強制収容所見学の内容をお知らせしようと思います。
この旅行記中の上から3番目の写真で、ヨーロッパに展開した強制収容所群をご覧頂いていますが、その中の主な強制収容所跡を航空写真を通して確認できるようにしました。
↓のアドレスをクリックされて、左側一覧の中の強制収容所名をクリックされますと、当該収容所の場所が分かります(地図画像を拡大されますと、さらによく分かります)。
(※)クリックされても地図画面が開かない場合は、右クリックをされて「新しいタブで開く」を選択されますと、地図が開きます。
1.よく知られている「アウシュビッツ強制収容所」跡や「ビルケナウ強制収容所」跡など、ヨーロッパ東部の主な強制収容所跡
http://maps.google.co.jp/maps/ms?hl=ja&ie=UTF8&msa=0&msid=101016593599736252226.000472b4c295fae44f494&brcurrent=3,0x0:0x0,0&ll=50.027897,19.205292&spn=0.002426,0.00618&t=h&z=18
2.アンネが命を落とした「ベルゲン−ベルゼン強制収容所」跡や最初の収容所となった「ダッハウ強制収容所」跡など、ドイツ以西の主な強制収容所跡
http://maps.google.co.jp/maps/ms?hl=ja&ie=UTF8&msa=0&msid=101016593599736252226.000472837010d314f94db&brcurrent=3,0x0:0x0,0&ll=48.270176,11.471068&spn=0.005027,0.01236&t=h&z=17
Googleマップ上の気球マークをクリックされましても、強制収容所名が表示されます。
さらに、Googleマップ右上の「写真」「ウェブカメラ」をクリックされることによって、画像や動画を見ることもできます。
戦争の惨禍は強制収容所だけでなく、原爆や無差別大量爆撃、戦場となった現地の人々の人権と生活の破壊、“玉砕”の美化や兵站の軽視など人命無視も甚だしい無謀で無責任な作戦の強行等々も、無数の人々の命と尊厳を破壊してきたのだと思います。
一人ひとりが「人を大切にする」こと、うわべの愛でなく「本当の愛」を「日々大切」にし、そして、時代の波からそれを守りぬく姿勢こそが、平和の原点なのかも知れませんね。
ミュンヘン駅です。
ミュンヘン駅は36番ホームまである大きな駅です(ドイツ最大の駅かも?)。ドイツの新幹線といわれる高速列車も多数発着していますし、近隣諸国との国際列車の多いのも特徴です。
ほかにSバーンといわれる近郊型路線とUバーンという地下鉄が地下に3駅あって10の路線が乗り入れるなど交通網が集中しています。
この交通の便利さを利用して、ミュンヘンを拠点にしてドイツ南部の観光地を日帰りで楽しむことも出来ますよ。実は私も交通の利便性を利用してミュンヘンに5連泊しました。
ダッハウ強制収容所と中小の収容所群の置かれていた位置と数です(収容所内で掲示してありました)。
中心部に大きな枠で表示してあるのがダッハウ強制収容所で、ドイツで最初に作られた強制収容所です。
小さい枠が中小の収容所で、ダッハウ強制収容所はこれらの中小の強制収容所群を管理するセンター的な役割も持っていたのです。
ヨーロッパに展開した強制収容所群です(これも掲示してありました)。
大きい白枠が、ダッハウやアウシュビッツのような大規模収容所です。
数えてみますと大規模収容所が28ヶ所、中小の収容所が319ヶ所もあります。
ユダヤ人虐殺とそれと同時に行われた弾圧による逮捕者の虐殺が如何に大規模であったかが分かっていただけると思います。
収容所跡での私達の記念写真です。
カミさんと二人だけの心細い旅でしたが、私達の人生の転機にもなった旅でした。1994年11月11日だったと思います。
下記アドレスをクリックされますと、ダッハウ強制収容所跡をGoogle mapにて航空写真で見ることが出来ます(当該ヶ所には黄色と赤色のアドバルーンのマークがあります)。
http://maps.google.co.jp/maps/ms?hl=ja&ie=UTF8&msa=0&msid=101016593599736252226.000472837010d314f94db&brcurrent=3,0x0:0x0,0&ll=48.270176,11.471068&spn=0.005027,0.01236&t=h&z=17
強制収容所の見取り図(資料から)
上の写真は監視塔の様子でしょう。下は強制収容所の平面図です(実際には、この部分以外に付帯設備もあってかなり広いです)。
たくさんの黒く太い線は、収容者が寝起きするバラックです。
当時のダッハウ強制収容所の航空写真です。(資料より)
左右には工場や作業場があります。
戦争や虐殺の悲惨な姿をみて、心を痛めない人はいません。それにも関わらず、人類は戦争を繰り返してきました。
戦争を起こさないためには、戦争の悲惨さを知るだけでなく、長い間の「戦争への流れ」にも注意しなければなりません。
正に、戦争に向かいつつある時にこそ、その「流れ」を止められるか!!です。
戦争は一夜にして突如起こるものでは、もちろんありません。
5年、10年、15年、もっと前からの流れがあるのです。その流れは国内の経済の疲弊や政治不信だったり、死ぬことと戦争目的の美化だったり、国民自身の政治・社会への無関心だったり、政治的・社会的扇動に乗せられる国民の資質だったりします。
それらが国全体の風潮となって、戦争へと突き進んでいくのです(ときには、戦争開始後に国民が後追いで支持することがありますが、主な傾向ではありません)。
捕らえられる人々です。(資料より)
下記アドレスをクリックされますと、世界遺産にも登録されている「アウシュビッツ強制収容所」跡をGoogle mapにて航空写真で見ることが出来ます(黄色のアドバルーンのマークがあります)。
http://maps.google.co.jp/maps/ms?hl=ja&ie=UTF8&msa=0&msid=101016593599736252226.000472b4c295fae44f494&brcurrent=3,0x0:0x0,0&ll=50.027897,19.205292&spn=0.002426,0.00618&t=h&z=18
アウシュビッツ強制収容所跡の北西1.5Kmには、ビルケナウ強制収容所跡(蒸気機関車が収容所に入ってくる場面で有名)があり、一体的に運用されていたようです。そのため「アウシュビッツ−ビルケナウ強制収容所」と一体的に言われることもあります。
また、両収容所跡は世界遺産にも登録されています(1979年)。
行進する人々(資料より)
「ファシズム」は、「民主主義」の制度がなければ生まれないとのお話でした。これが「封建時代の「王政」と違います。
「強い指導者」に期待する大衆の意志が民主主義の制度によって利用され、「ファシズム」を生むといわれています。
民主主義だからと言って、「権利」「自由」「多数決」などに偏ってお互いの意見をぶつけ合い、相手を非難し、人を責めることに長け、数の力で決着をつけることばかりしていたら、人や集団のもっている力と可能性は活かせず、社会は疲弊していきます。
メディアも結果的に見れば、政治・社会不信をあおる記事を多々掲載していますが、これも社会を疲弊させるばかりです(今の日本はとても心配です)。メディアも個々の問題暴露に没入している現状から抜け出して、人々の幸福と国の将来を見据えた責任ある前向きな報道と行動を取ってほしいものと思います。
そして、人々も討論に耐えうる資質を身につけることです。メディアとて同じだと思います。
ドイツが第一次世界大戦に続いて第二次世界大戦へと突き進んでいったのも、(敗戦後の諸事情があったとは言え)ワイマール憲法下の民主主義のもとで、各政党や団体が自己の主張をぶつけ合ってばかりいたから、即ち「民主主義に未熟」だったから、国政の展望を見失いヒトラーを登場させる状況を作ってしまったといわれています(今の日本がこれに似ていると思います)。
ナチ親衛隊員です。(資料より)
戦争への流れを国民一人ひとりが限られた情報の中で感じ取ることは、至難のことです。
なにより、国民一人ひとりの持つ情報は少なく・狭いものです。
その弱さにつけ込まれて、何かを言えばたちどころに反論されてしまいます。無責任な反論や意見であれ、それに再反論するだけの豊富な情報と確かな説得力を個人でもっている人は殆どいません。
また、無責任な発言をする人は、まじめな議論に向かい合おうともしません。そうして、人々の声は小さくなっていきます。
他方で、人々は政府や政治家・メディアの流す幾つかの「もっともらしい」言葉を信じ込み、その誤りを危惧する隣人を避けたり、敵視さえしてしまいます。
もし、誰かが「生きて帰れ」と言ったなら、国民自身がそれに反発してしまう社会の流れ(人々はたとえ心底では共感しても、上辺では指導者の言う方向に迎合していく社会状況)が、戦争への流れを強めていく大きな要因の一つになっていくのだと思います。
その流れや動きは戦後65年も過ぎた今でも、日々手を変え、品を変え、言葉を変えて。もっともらしい理由をつけて、まさに今でも!!不断に私達を脅かしていると思います。
アンネが命を落とした「ベルゲン-ベルゼン強制収容所」の女性親衛隊員です。(資料より)
お話では、女性の親衛隊員は「囚人」に対して厳しかったということでした。私にとってはショッキングななお話でした(このお話をして下さったのは、女性のガイドさんです)。
民主主義が求めるのは、無責任な言いたい放題の自由でもなく、無関心への自由でもなく、他人依存でもなく、人任せでもないと思います。
民主主義が求めるのは、国民の一人ひとりが自立した個人として、目先の利益でなく長期的な展望をもって、責任ある対話と共同による社会づくり・国造りに参加する市民像ではないでしょうか。
戦争を許さないためには、全ての人々のこのような日常の努力がどうしても必要だと思うのです。
焼却炉です。
これを見て、本当に声もなく、身の毛が逆立つ思いでした。
戦争そのものとその悲劇に心を痛めながらも、もっともらしい言葉に惑わされて、戦争や国の破綻に向かっていく流れに知らず知らず乗ってしまったりする私たち自身の「弱さ」を自覚しなければなりません。
そして、常に社会に関心を持って、その流れに乗らない乗せられない自覚と努力を日々自らに課していくことが大切なのではないでしょうか。
でなければ、その流れに押し流されて、積極的にであれ消極的にであれ、戦争を認めたり・認めさせられたり、国の破綻や生活の破壊に手を貸しいくほかないことになってしまいます。
「囚人」が描いた絵です(資料より)
収容された人々の気持ちが察せられるような気がします。
絵のタイトルは「Ememy(「敵?・仇?)」となっていました。
民主主義には、一定の時間がかかります。時間がかかりすぎるのは問題ですが、議論し合う時間を認めるべきです。
短期に結果を求める風潮は民主主義のプロセスの省略に繋がりやすく、社会を単純で薄っぺらなものにしてしまう危険がありますし、自己の利益を狙う勢力に利用されやすいです。それこそ戦争への道に結びつくのではないでしょうか。
「強い指導者」「カッコいい指導者」「親の票田を世襲する政治家」「マスコミを利用する指導者」などに任せることも、民主主義の省略と殆ど同じ状況を生み出すとんでもないことだと思います。
門の扉です。
扉の中央には「ARBEIT MACHT FREI=(働けば自由になる)」という文字があります。
私はその言葉の意味のご説明をお聞きした時、絶句してしまいました。
人を欺くにもあまりに酷い!! ナチの仕打ちに言いようのない怒りと失望を感じたのです。
しかし、私達はコスト・効率・競争・責任などの言葉の渦に巻き込まれていませんか?
いつのまにやらその言葉にのめり込んで、企業や組織の決める「達成感」とか「自己実現」を自分自身のことと勘違いしていませんか? 他人の個々の責任に関わりすぎて、自分を忘れてはいませんか?
こうして人も企業も組織も自らを追い詰め、結局は時間的にも肉体的にも歯止めのない状態で課題に向かって突進してしまっていませんか? そう、家庭も健康も本来の自分自身をも省みずに・・(-_-;)
それでいて、そうなろうとしない人を訳もなく非難したり、妬んだりしていませんか? そうして、いつの間にか個人や市民の姿が薄くなり、企業や組織だけが目立つ社会になっていませんか?
うわべの言葉を信じ込み、自分を見失い、愛する人を見失っては、戦争前夜と同じなのです(現在では日本の国と社会の破綻も差し迫った危険になっていると言えるでしょう)。
戦争の悲惨を再び許さないためには、人々が自分を取り戻し、上辺の言葉に惑わされないことが大切なのではないでしょうか。そうしてこそ、戦争への流れを感じ取ることが出来、その流れが大きくなる前に押し止めることが出来るのではないでしょうか。
(※)「自分を見失う」とは、自分で判断しているようで、実はメディアやエライ人の言ってることと同じことを言っている状態を言います。
それも、自分の利益に反することにも気がつかずに、当たり前のように言っている状態は惨めです。
「競争」「コスト」「人件費」などという言葉を安易に口にするのは、案外そうなのかも知れませんね。
ダッハウ強制収容所に送られてきた人々の数です。(資料より)
敗戦が近づくにつれ急激に増えていることが分かります。
1945年に注目しますと、ダッハウ強制収容所の解放が4月29日ですから(ドイツ降伏は5月7日)、4ヶ月弱で3万人余を送り込んできたことになります。敗戦濃厚となったときに彼らが何を企んでいたかが察せられます(年に換算すれば9万人を越えます)。
ダッハウで亡くなった方々の人数です。(資料から)
トータルで3万1591人の方々が虐待・虐殺・人体実験によって亡くなったのです。
日本の戦争犯罪は、それが中国・朝鮮半島を始め「海の向こう」であったこと、すなわち国民の目の届かないところでのことでした。
それに対して、ドイツの場合は地続きの隣国を含む国内外に大規模な施設を作って、人々の目の前でそれがやられたことでしょう(街中での逮捕・連行は市民の目の前でしたが、強制収容所はもちろんオープンではありません。強制収容所があった街の人にも事実は隠されていました)。それだけにドイツの戦争犯罪には無数の証人と証拠があるわけで、それも日本とは大違いです。
解放されて喜ぶ人々です。(資料から)
本当に嬉しそうですね。
ドイツは、その後ナチを禁止していて、学校にもナチの犯罪を繰り返さない教育が実施されているとのお話でした。
ドイツのヴァイツゼッカー大統領は1985年の来日の際に、国会で「過去に目を閉ざすものは結局のところ現在にも盲目となります」と演説し、誰もが戦争の犯罪を直視するよう強調しました。
解放を喜ぶ人たちです。(資料から)
本当によかったと思います!!
この「自由!!」を、私達はしっかりかみしめて見るべきだと思います!!
豊かになった今、自分の中で「自由」と「勝手」が入れ替わっていないか!! 自由!!が分からず、「自由」という名の「我が儘(-_-;)」になってはいないか?? 親と子・孫との依存関係が「愛」と勘違いされていないか??
自由は決して安いものではなく、人としての良心を大切にし、日々社会に関わる努力をし、自分自身の言動が他人の幸福に役立つものでなくてはなりません。自由にはそうした自覚と努力の裏付けが求められると思います。
「自由」の名において、無関心や「お任せ」を合理化したりすることは、そもそも「自由」の求めるところではく、「勝ってな行為」に過ぎないと思います。そうした歪んだ「自由」が、知らず知らずのうちに本当の自由を掘り崩して、社会を疲弊させていきます。
何よりも人々を真剣に“愛する心”が必要なのだと思うのです。戦争や社会の破綻への流れから、「愛する人々」を守る行動こそが「自由」の姿ではないでしょうか。こうした本来の自由!!から逃げることなく、自由!!と向き合いつづけられる人生でありたいものです。
門の前でガイドさんとの記念写真です。
ガイドさんにはとても詳細な説明をしてくださいました。この方の本業は通訳でしたが、この日がたまたま空いていたためにお世話になることが出来ました。
(「ガイド」と「通訳」とでは業務内容がかなり違っていて、その料金も段違いです)
ところがダッハウからの帰り道、このガイドさんとの意外な感激が待っていたのでした(*^_^*)(*^_^*)
これから先は個人的なことにて、これまで・・。(^O^)(~o~)
2度目のダッハウ強制収容所跡の見学でした。
多くの方々にダッハウ強制収容所跡を見学してもらうことが出来て、本当によかったと思います。
ダッハウの教訓を、私達の日常の見方・考え方・行動に生かしていけるよう、心がけて行きたいものと思っています。
この旅行記を見てくださった方々にも、お礼を申し上げます。
<終わり>

カメちゃんさん☆
あけましておめでとうございます♪
今年も、よろしくお願いいたします(*^_^*)
今日は、ダッハウ強制収容所跡の旅行記を、拝見しました。
本当に、ドイツが大好きな私ですが、先日ベルリンの壁を見学し、実際に旧東ドイツからハンガリーに逃げられた方のお話しを聞き、色々考えさせられることが多いです・・・。
負の遺産を目のあたりにした時、どう受け止めるのかが大切ですよね。
ドイツが好きだからこそ、綺麗な所ばかりじゃなく、負の遺産にも目を向けようと思います。
そして、あつかましいのですが、カメちゃんさんと奥様の仲良し旅行記が大好きなので、フォローさせて下さい(^O^)
実は、もうフォローさせていただいてるつもりになってました(^_^;)
これからも、よろしくお願いいたします♪
ガブリエラ

ガブリエラさん こんにちは(^^)
ご訪問と書き込みを頂き、とっても嬉しく思っております(^-^)
また、新年のご挨拶まで頂きまして、本当にありがとう御座いました。
今年もガブリエラさんにとって幸多い年でありますよう、祈念しております。
そして、これからもよろしくお願い申し上げます。
> 今日は、ダッハウ強制収容所跡の旅行記を、拝見しました。
くどくどと書いてしまったダッハウの旅行記をご覧下さって、本当にありがとう御座いました。
当初はあんなにくどいものではなかったのですが、戦争の悲惨ばかりを伝えるメディアの姿勢にいらだって、つい書き足してしまったのでした(-_-;)
競争し非難し合うのではなく、「話し合うこと、力を合わせること、そして何より『人を愛すること』」の大切さを言わずにはおれなくなってしまったのです(こんなことは分かりきっていながら、ついつい日々の感情と時流に流されてしまうんですよね〜)。
> 本当に、ドイツが大好きな私ですが、先日ベルリンの壁を見学し、実際に旧東ドイツからハンガリーに逃げられた方のお話しを聞き、色々考えさせられることが多いです・・・。
> 負の遺産を目のあたりにした時、どう受け止めるのかが大切ですよね。
> ドイツが好きだからこそ、綺麗な所ばかりじゃなく、負の遺産にも目を向けようと思います。
私もドイツは大好きです!(^^)!
本当にいいところですね。ドイツを中心にちょっと足を伸ばすと、これまたいいですね(^_^)
私の最初と二度目の海外旅行はドイツでした。その二つの旅はドイツの方々のご支援を得ながらの旅でした。三度目がライン川クルーズでした。どれも良い旅でした(^-^)
歴史の遺産は本当に重いものがありますね。
人と同じように、どの国もどの民族も喜怒哀楽にも似た運命を背負って歩んでいますからね〜(^-^)
それらを理解し合って、助け合っていけたらホントにいいですよね。
> そして、あつかましいのですが、カメちゃんさんと奥様の仲良し旅行記が大好きなので、フォローさせて下さい(^O^)
こんなに嬉しいお話を頂いて、感謝と御礼の想いで一杯です!!
ありがとうございましたm(_ _)mm(_ _)m
実はガブリエラさんの旅行記も気になっていたのですが、なかなかお邪魔に上がれなくて(-_-;)
これを機会に、私からもフォローさせて下さいね(^-^)(^_^)v
> これからも、よろしくお願いいたします♪
当方こそ、よろしくお願いしますね!!
嬉しいお話をお寄せ頂いて、きょうも一日楽しく過ごせそうです(^^)
ありがとうございました。
カメちゃん
Ps.
「カメちゃん」お呼び下されば幸甚です。

カメちゃんさま こんばんは。
カメちゃんさまのページにお邪魔しましたら、このダッハウの旅行記が上にあったので、改めて拝見させていただきました。
前にも何度も見せていただいて、毎回いろんなことを考えさせられていますが、
今回新たに追加なさったカメちゃんさまの言葉の一つひとつ、すなわちカメちゃんさまの叫びのひとつひとつが胸に深く沁み込んでまいりました。
私もダッハウ、アウシュビッツ、その他ヒトラーの恐怖政治の数々をいろいろ見てまいりました。見れば見るほど、本当に酷いと思います。
しかし私の場合、その歴史的事実を事実として捉えるだけの薄っぺらい旅行記に終わっていることを、恥ずかしく思います。
カメちゃんさまのように、私にも文才があったなら…。
himmel

frau.himmelさん こんにちは!!
お返事が遅くなってしまい、申し訳ありません。
「ダッハウ強制収容所跡の見学」をご覧いただいて、とっても、とっても嬉しいです!!
ダッハウの旅行記に記載したGoogle mapが一部で表示されないことがありまして、それを修正しましたらダッハウの旅行記が上の方に上がってしまいました。
ダッハウの旅行記は、私だけの一面的な思いで書き綴ってしまったものでした。
書くべきことは他にも多々あると思うのですけど、今後に新たな戦争や国家の危機を許さないためには、「民主主義」を前提とする限り、その行方はひとえに人々の双肩にかかっていると考えるのです。
それで、このようなコメントになってしまったのです。
> 今回新たに追加なさったカメちゃんさまの言葉の一つひとつ、すなわちカメちゃんさまの叫びのひとつひとつが胸に深く沁み込んでまいりました。
詳しく読んで下さって、本当にありがとうございました(^^)
言い回しがちょっと悪いかなと思ってチョットだけ変えてみただけなんですけど、どうもパッとしません。長く書けばくどくなるし・・悩み多いところです(^_^;)
> 私もダッハウ、アウシュビッツ、その他ヒトラーの恐怖政治の数々をいろいろ見てまいりました。見れば見るほど、本当に酷いと思います。
間違った政治・狂気の指導、結果としての恐怖の現実・・。それらを思うだけでも、いてもたってもいられない気持ちになりますね。
しかし、問題や形は違えど、今でも国民世論の操作が日々横行しています。
あの国鉄解体の時も「営業係数」というキーワードを使いましたし(その結果、殆どの人が“係数”と“赤字額”取り違えて理解したのです)、原発建設でも「安全」というキーワードを流し、平成の大合併では「財政力指数」を流して、人々を誘導しました。「官僚云々・・」もそうですね(=_=) これらに、メディアも総動員されました。
また、社会を見れば、「コスト」や「競争」で振り落とされた人までが、そのキーワード声だかに云々しているのもそうですよね〜。問題の本質に触れず、現象を本質とすり替えて国民を誘導するやり方は、本当に罪深いものですね。
そして、なにより国民の一人一人がそれらの問題を議論できる力を持たなければと思うのです。
そんなわけで、恐怖政治や戦争・国家の破綻への道は遠いところにあるのではなく、私たちは常にその渦中に生きていると思うんです。
frau.himmelさんの歴史的事実と向かい合おうとされておられることに、心底からの畏敬と念を感じております。
あの戦争から数十年も過ぎたころから、こうした歴史の事実を否定さえする議論が様々に出てきていることに、いらだちを感じています。もう一つは「相手も(虐殺などを)やっていた」ということから、問題を曖昧にする議論ですね。本当に胸が痛くなります。
いま改めて歴史的事実と向き合うことが大事だと思います。そうした点でも
frau.himmelさんのご支援に勇気づけられます(^^)
> カメちゃんさま
「カメちゃん」とお呼び下されば、幸甚です(^_-)
ありがとうございました。
これからもよろしくお願いしますm(_ _)m
カメちゃん

コメントを書くのをクリックしたのはいいけれど、胸がいっぱいになりどこから何を書いたらいいのか暫したたずんでしまいました。。
カメちゃんさんのコメントを一つ一つ読ませていただきうなづくことしきり…
まりあの父の弟も18歳の若さでしかも終戦2日前に特攻隊で戦死!
父はインパールの生き残り。。悲惨な戦争体験は娘のまりあにもあまり話したがりませんでした。あまりの悲惨さに「神も仏もいない」と言っていた父が戦争によって精神も蝕まれていたのではないかと…
母が亡くなり母の信仰していたカソリックの勉強を始め70歳で受洗。
初めて神父様のもと告解をしているのを耳にして(父は目が不自由ですのでまりあがいつも付き添い)あ〜心に重荷を背負っていたんだ…と。。
神様に許しをいただいて、救われた顔をしていたのを今でも思い出します。。
戦争はいつの世も不幸しか生まれないのでは…私たち一人一人が自由とはなにか、平和とはなにかを問う時ではないんでしょうか…
今の若い方たちは自由を履き違えていらっしゃる。。
自由は責任を伴うもの、義務を果たさず要求ばかりしてるのでわないかと…
まりあが古いんでしょうか??
エロスの愛よりアガぺの愛が大事ですよね!!
いつもいい加減なまりあ、この旅行記を読み改めて自身のことも振り返ってみようと思いました。
考えさせられる旅行記でした!
ありがとうございました。
まりあ

まりあさん こんばんは〜
10日〜11日の二日間、一泊二日の忘年会に出掛けておりましたので、お返事が遅くなってしまいました。申しわけありませんm(_ _)m
ダッハウ強制収容所の話を聞いて下さって、とっても、とっても嬉しく思っています!!
まりあさんのお話では、叔父様が特攻隊でお若い命を犠牲にさせられ、お父様はあのインパール作戦の生き残りでいらっしゃったとのこと。
まりあさんは戦争の傷跡をとても身近に感じておられたんですね〜。お父様には今なお戦争の重荷を人知れず背負っていらっしゃった!!
そのお心の内をお察し申し上げますと同時に、その重荷を私にも背負わせていただけたらという焦燥に駆られてなりません!!
インパール作戦のことは若いころに本で読みました。お父様の御前にこのようなことを申し上げてよいのかと思いますが、インパール作戦は「人命無視も甚だしい無謀な作戦の強行」の典型とも言えるものと、思っています。お父様には本当に「ご苦労様」と申し上げたいと思います。
戦争というものは、それがどういう形であれ常に正当化されて、国民の支持を受けて開始されるものが多いです。または戦争に突入してしまった直後に、国民の意思が急展開して戦争を支持したりします。
戦争に向かいつつある時にこそ人々は状況を正視する必要があるのに、そうならないことが多いですよ。そんなわけで、戦争への動きを客観的に捉えて平和への道を説くことは、非常に困難なことですね。
小泉八雲も朝河貫一もアメリカとの戦争を予想し、日本が負けるであろうことを喝破しておりました。朝河貫一らの忠告が真剣に受け止めていたなら、日本は戦争をせずに済んだばかりでなく、より開かれた国へと進んでいたかも知れないですね。
そのためには国民自身が、行政や組織に依存しない知識を得、人として、国民として自覚を持ち・自立した個人であるという基礎的な条件が求められると思います。そうして、国民の良識が、行政や軍部の誤りを正していけるだけの能力を持つことが求められますね。
> 神様に許しをいただいて、救われた顔をしていたのを今でも思い出します。。
お父様の罪ではないのに、苦しみをお感じになり、平和と安らかな道をお探しになったんですね。私達がお父様に何をして差し上げればよいのか思いますと、ただただ途方に暮れるばかりです。
> 戦争はいつの世も不幸しか生まれないのでは…私たち一人一人が自由とはなにか、平和とはなにかを問う時ではないんでしょうか…
本当にそうですね。
貧富の格差拡大、失業の増大、財政の破綻、政治・社会問題への無関心とあなた任せの社会状況、享楽的な娯楽の蔓延、強力な指導者を待望する風潮・・。これらは戦争の予兆であるばかりでなく、日本の現実ですね。
平和とは戦争がないだけでなく、さまざまな不安のない社会でしょうか。人々の人としての自覚と自立、そして共同で支えらる社会かな〜と思ったりします。また、能力とか競争とか言って全ての人をランク付けて差別するようでは、平和な社会とは言い難いと思いますね〜。
> 今の若い方たちは自由を履き違えていらっしゃる。
> 自由は責任を伴うもの、義務を果たさず要求ばかりしてるのでわないかと…
> まりあが古いんでしょうか??
まりあさんが古いのではなく、自由というものをはき違えているのだと思いますね。
自由とは社会的なもので、封建社会から取り敢えず脱却した現社会のもとでは、人々は社会への義務と権利を果たさなければならないのですよね。権利は、幸福な社会を作る権利・人を助ける権利・自ら学ぶ権利・提案する権利・共同する権利、人を愛する権利等々・・・(戦争はこれらの権利を全て奪い取っていますね)、重要な内容ばかりですね〜。
自由や幸福を、勝手・我が儘・享楽などとはき違えいるような気がしますね。そして、それを諭す議論が非常に少ないことも気になりますね。
社会的な義務と権利は、一つのことの裏と表のようなことが多いですね。
> エロスの愛よりアガぺの愛が大事ですよね!!
とても難しいお話ですが、「愛」を狭く、自分勝手に捉えることは戒めたいでね。広い立場から「愛」を確認し、守り、育てていきたいと思いますね。妻を愛するがゆえに、家族を愛するがゆえに、友を人々を人類を愛するがゆえに、私は何をすべきか? そんな愛の受け止め方があってもいいのかな?と思います。
> ありがとうございました。
当方こそ、ご訪問下さった上にコメントまでいただき、本当にありがとうございました。
これからもよろしく御願いします。
長いお返事になってしまいましたこと、お許しくださいねm(_ _)mm(_ _)m
カメちゃん

今、ちょうどフランクルの「夜と霧」を霜山さん訳で読み返しているところで、この旅行記にを読ませていただきました。
夜と霧は数年前読んで大変に大きな衝撃を受けました。
今回霜山さん訳の旧版のほうは、ラッセル卿による収容所内のことの解説・写真も載っていて、言葉もありません。
ホームステイにきたドイツの女子大生さんが、ドイツでは必ず、ナチの時代のこと、あと環境教育をしっかり子供のうちに学ぶのだそうです。
自虐的との批判もあるけれど、私は過去の自分たちの過ちを知ることはとても大切なことだと思う、と彼女は話していました。

フルリーナさん こんばんは!!
コメントをいただき、とても嬉しく思います!!(^^)
また、投票もしていただいてありがとうございました。
「夜と霧」
私は読んだことはありません。急いでネットで調べました(-_-;)
それは、著者本人が強制収容所の体験に基づいて書いている本とのこと。私もいずれ読んでみたいと思いました。
極限に追い込まれながらも、愛と希望を捨てず尊厳を守り抜く人々の「人間」としての素晴らしさには感銘せずにはおれません。そうした人間の持つ素晴らしさと可能性は、今の時代の日々の姿勢にも問われていると思います。
戦争の体験や強制収容所の体験は、忘れてはならない教訓に満ちています。「自虐的との批判」は、その教訓を無視し、目先の利益に目を向けようとしてるだけのこと思います。一分、一秒以前の全ての行動は私達が学ぶべき教訓の山でもあるわけで、正に宝の山ですね。
> ホームステイにきたドイツの女子大生さんが、ドイツでは必ず、ナチの時代のこと、あと環境教育をしっかり子供のうちに学ぶのだそうです。
このドイツの姿勢はよいことだと思いますね。
ヒトラーが選挙で選ばれたという体験は、誰もが真剣に考えてみるべき大切な過去の教訓です。いま、一定の豊かさの中で、人々の社会への無関心と「あなた任せ」が広まり、人々の意志が右に左に大きく揺れ動いていることに、危機感さえ感じているところです。
戦争や強制収容所・従軍慰安婦などの問題は、我々の日々の行動の中にもありうることだと思っています。
フルリーナさんの旅行記にも、またお邪魔させていただきます。
それでは・・
カメちゃんさん こんばんは!!

カメちゃんさん。
本当にそうですね・・・。
重い問題ですが、重いからこそ、しっかりと見つめて生きたいですよね・・。
ありがとうございます。

フルリーナさん
当方にお越しいただいて、コメントもいただきまして、本当に嬉しいです!(^-^)(*^_^*)
> 重い問題ですが、重いからこそ、しっかりと見つめて生きたいですよね・・。
本当に同感です!!
> ありがとうございます。
こちらこそ!!ありがとうございましたm(_ _)m
これからも、よろしく御願いします。
カメちゃん
Ps.
お返事の一部に削除忘れがありまして、失礼をしました<(_ _)>

カメちゃんさん、こんにちは! ヾ(^o^)
足跡からお邪魔していま〜す。
台風18号の被害はありませんか。
> 戦争の惨禍は、強制収容所だけでなく、原爆や無差別大量爆撃、戦場と
> なった現地の人々の人権と生活の破壊、甚だしい人命無視の作戦の強行
> などなど、無数の人々命と尊厳を破壊してきたのだと思います。
> 一人ひとりが「人を大切にする」こと、うわべの愛でなく「本当の愛を
> 日々大切」にし、そして、時代の波からそれを守りぬく姿勢が平和の原
> 点なのかも知れませんね。
まったく、その通りですね。
人類の歴史は殺戮の歴史だという人もいますが、平和を維持する為には
過去の歴史や過ちを正しく後世に伝えていく努力なしでは、到底成し得ま
せんね。
日本では、被爆体験者や沖縄戦体験者などが体験を若い人達に伝えようと努力しているようですが・・・。
カメちゃんさんが、4トラ旅行記を通じて訴えている事に頭が下がる思いです。
振り返って、自分自身に何ができるかと考えると本当に無力で、自己嫌悪に
陥ってしまいます。(T-T)
でも、考える機会を与えてくださってありがとうございました。
(潮来メジロ)

潮来メジロさん こんにちは〜(^^)
台風のご配慮、ありがとうございました。
お陰様で何ごともなく過ぎ、今は台風一過の青空が広がっています。
さて、
旅行記らしからぬことと思いながら、思い切って書かせていただきましたこの旅行記に、嬉しいコメントを頂きとっても感激しています!!
> 人類の歴史は殺戮の歴史だという人もいますが、平和を維持する為には
> 過去の歴史や過ちを正しく後世に伝えていく努力なしでは、到底成し得ま
> せんね。
本当にお話の通りですね。
「人類の歴史は殺戮の歴史」などと言って、戦争や「粛正」などによる犠牲や苦悩を他人事のように片付けてしまうなら、人類の歴史はあまりにも軽薄なものになってしまいますね。
お互いに、歴史と現実の社会を傍観せず、自らもその荷を担う立場から人々の歩んだ道を考えてみたいものと思います。
さもなければ、現象的な理由や抽象的な理由、また単純化された理由付けによる論理のすり替えを見抜けないと思います。同様に人を愛する立場をも臆病者・非協力者・非国民とする間違った誘導もまた見抜けないと思います。
平和を追求する人を差別し、戦争を進める人に迎合してきた人類史の苦い経験を、再び繰り返してはいけませんね。
戦争の経験が風化し、戦争や人殺しを思わせるようなビデオやゲーム・遊びが広がっている状況を見るほどに、一抹の不安を抱かざるを得ません。
それよりも、人々の幸せをもっともっと描いて欲しいと思うこの頃です。幸せといっても、それへの課題や努力のありようは無限にありますし、それも決してラクな道ではないのですから、テーマの数に事欠くことはないですしね。
「平和」って口で言うのは簡単ですけど、なかなかどうして努力なしでは一歩も近づけないテーマのような気がします。
余計なことを喋ってしまいました。お許しくださいね。
これからも、よろしくお願い申し上げます。
カメちゃん

久しぶりに訪問致しました。
ここには行きたくて予定を立てたのですが
時間が足りずそのままミュンヘンからザルツブルクへ移動してしまった
残念な思い出が蘇りました。
来年の夏行こうと思ってましたので
情報収集にお伺いさせて戴きます。
子供達に見せたいと思って
ミュンヘンに行った時に計画を立てたのですが
子供の希望を優先した事を
改めて後悔しています。
広島、長崎は連れて行きました。
ベルリンも連れて行きましたが
収容所には・・・子供が素直なうちにと
改めて思いました。

ロザリンデさん こんばんは〜(^o^)
ご訪問いただき、またコメントもいただいて本当にありがとうございます!!(^^)
ロザリンデさんもダッハウ強制収容所跡を訪ねられるおつもりだったんですね。
私たちは、ハイデルベルグでツアーから別れた後にハノーバーへ行き、そこで用件を済ませた後、ミュンヘンへと走りました。長い長い列車の旅をしてダッハウ強制収容所跡にたどりついたものでした。
でも、行ってみて本当によかったです。
何ごとも「百聞は一見にしかず」と申しますが、ここでの見学は通り一遍の諺では片付けられない重みを感じましたね。
もし、ここを訪れることがなかったなら、戦争の惨たらしさも、ナチの許し得ぬ犯罪も漠然としか分かり得なかったと思っています。
ロザリンデさんも来夏にはダッハウをご訪問なされるとか、是非お勧めしますよ〜。
ダッハウ強制収容所跡にお越しになるには、ミュンヘンの地下駅から「S2(Sバーンの2号線という意味でしょうか。プラットホームは地下鉄〔Uバーン〕と共用ですので、地下鉄電車にお乗りにならないようにね)」にお乗りになれば乗り換え無しで行くことが出来ますよ。ダッハウ駅からバスも出ていますが、詳しいことは忘れてしまいましたので、駅でお尋ね下さいね。
地図は私のブログに載せていますのでご確認ください。
ミュンヘン市街周辺の路線図は下記をご参照下さいね。
http://vagabond.air-nifty.com/kp/2006/06/schienennetz_mu_08ba.html
厚かましくも、勝手なご案内をしてしまいましたが、来夏のご予定をいまからたのしみにしていますよ〜(^^)
それでは、また・・
カメちゃん

情報ありがとうございました。
ミュンヘンの中央駅は判りやすいですので行って見ます。
子供達も大学生ですので
子供達に案内してもらうようですね。
ダッハウ強制収容所へはミュンヘンが決まった時に
是非にと思ってました。前回は行けなかったのですが
なんだか身近になった気がしています。
カメちゃんさんのお話しも聞けますので
来夏は子供達と心の目でもしっかりと
見つめて来ようと思います。
歴史をバトンタッチする子供達ですので
本当を見て欲しいです。
その後に港へ移動して船旅をと考えています。
マイアミのホロコーストミュージアム?へ
ボイジャーオブザシーズ乗船前に連れて行きました。
下の子は小学校3年生(1999年3月)

ロザリンデさん こんにちは〜(^_^)
> 子供達も大学生ですので
> 子供達に案内してもらうようですね。
お子様とご一緒なんて、本当に羨ましいですね。
私はカミさんと、心細い思いをしてきましたから・・(~o~)
> 歴史をバトンタッチする子供達ですので
> 本当を見て欲しいです。
仰るとおりですね!!
必ずよい旅になると思います!!(^_^)
> その後に港へ移動して船旅をと考えています。
これまた、さらに羨ましいことで・・。(^-^)(^_^)v
来年のことながら、早くもロザリンデさんの土産話が楽しみになってきました!(^^)!
ありがとうございました。
カメちゃん

カメチャンさん
ご訪問と恐らくはご投票有難うございました。
足跡をたどってきているのですが、
白黒の記録写真の数々、目に止まりました。
私も旅行記の中にユダヤ人関係のものを載せています。
http://4travel.jp/traveler/tamkoku1/album/10219156/
その中にどうしてユダヤ人の問題に無関心ではいられなくなったかが書いてあります。
ポーランドのアウシュビッツには行ってきました。でも、
肝心のアウシュビッツの旅行記にはまだ手をつけていません。
扱う内容が重過ぎて、あのアウシュビッツで経験した
吐き気を伴うような苦々しい記憶が今でもぞっとした感情を呼び起こします。臭いまで思い出してしまいます。どうしても取り組めずにいる理由です。
どうして、あんなに残酷なことができたのか不思議でしたが、
オーム心理教の事件をテレビで見たりしているうちに
一種の集団ヒステリーだったんだろうなあと思いました。
多分もう二度と収容所関係の場所には行かないと思います。
でも、若い世代の人たちには是非みておいてほしい場所ですね。
ではまた M

M-koku1さん こんばんは〜
ご訪問いただき、またコメントと投票も頂いてありがとうございます!!
ダッハウ強制収容所跡の旅行記を見て下さったようで、とても嬉しく思います。
> 白黒の記録写真の数々、目に止まりました。
初めての海外旅行で、外国語がまるで出来ないのに「見たい・行きたい」の一念でダッハウ強制収容所跡を訪れました。
戦争の傷跡を見たのは、国内外でダッハウ強制収容所跡が初めてでしたので本当に衝撃的でした。
> 私も旅行記の中にユダヤ人関係のものを載せています。
> その中にどうしてユダヤ人の問題に無関心ではいられなくなったかが書いてあります。
拝見いたしました。
ユダヤ人の方との出会いも、そして、アウシュビッツでの苦しい体験をお聞きできたのも、何かのご縁だったんですね。
平和というものが如何に大切なのか教えられますね。私も戦争の悲惨と命の大切さというテーマを忘れないよう、胸の奥に持ち続けているつもりです。
> 肝心のアウシュビッツの旅行記にはまだ手をつけていません。
> 扱う内容が重過ぎて、あのアウシュビッツで経験した
> 吐き気を伴うような苦々しい記憶が今でもぞっとした感情を呼び起こします。臭いまで思い出してしまいます。どうしても取り組めずにいる理由です。
でも、是非旅行記にUPされてくださいね。
いま、戦争の悲惨さが忘れられて、戦争ゲームがパソコンやインターネットだけでなくて、サバイバルゲームとして実戦さながらに「娯楽化」されているのを思いますと、言いようのない憤りさえ感じます。
M-koku1さんのアウシュビッツの旅行記がUPされれば、これからの人々に大いに参考になるものと思います。
戦争は民族対民族、宗教と宗教、敵と味方で争われるだけでなく、味方同士の中での差別と暴力・無謀無責任な戦術の強行などでも無数の命を奪うもの。そして、戦争の名の下に誰もがその責任を負わないですよね。本当に恐るべきものと思います。
> 一種の集団ヒステリーだったんだろうなあと思いました。
そうでしょうね。
国民の中での希望の喪失と何かにすがる思いとがヒステリックな状況を生み出し、あのような「英雄」に足もとをすくわれてしまったのでしょうか。
社会のことも政治のことも「偉い人」任せにせず、せめて自分の判断だけは持ちたいものですね。
> でも、若い世代の人たちには是非みておいてほしい場所ですね。
同感に思います。
これからもよろしくお願いします。
カメちゃんより

カメちゃんさん 今日は
小生のブログにお立ち寄り頂き、沢山のご投票頂き有難う御座いました。
足跡を辿り 「ダッハウ強制収所跡」に、お邪魔しました。
過酷であった戦争の思い出が、蘇りました。
平和ボケした私達に、昔のメッセージを伝えるのは、意義あることと
思います。
日本の若者は、「日本が焼け野原となった、食べる物が、無かった」等について、知らぬ人が多く、戦争の原因も理解していない様です。
ヒットラーのユダヤ人600万人虐殺は、実証されていない様子ながら
如何にも多い。現在イスラエルの人口は、800万人前後
日本人の戦死者は、300万人であった由
如何に人命が、軽視された時代であった。
小生自身も手榴弾1ケ持つて タンクに体当たりする訓練を受けましたが
洗脳されており、国の為に戦死は当然、如何に国(社会)に貢献して
死ぬべきか それが人間の値打ち、戦死は、名誉なことと信じていました。
一方最近の若い人は、他国より侵略あれば、対処するのは自衛隊の仕事で、
あり、国の為に危険な目には、会いたくないと。
「家族も守らないの」との質問には、考えたことないと
平和ボケですねー
事実を伝えるのは、大事なことです。 有難う御座いました。

kaz-ykさん こんばんは!!
kaz-ykさんには、大変光栄にもご訪問いただき、且つまた、メッセージまでいただいて大変感激いたしております。
「ダッハウ強制収容所跡」のことは、私たち夫婦の旅行の中でもっとも衝撃的な印象を抱いた経験で、わざわざ行った甲斐があったと今も思っています。
> 小生のブログにお立ち寄り頂き、沢山のご投票頂き有難う御座いました。
kaz-ykさんも船の旅をお楽しみになっておられるようで、船の好きな私たちには身近な親しみを感じております。
ハワイクルーズにもお出掛けになっておられ、本当に羨ましいかぎりです。
> 如何に人命が、軽視された時代であった。
> 小生自身も手榴弾1ケ持つて タンクに体当たりする訓練を受けましたが
> 洗脳されており、国の為に戦死は当然、如何に国(社会)に貢献して
> 死ぬべきか それが人間の値打ち、戦死は、名誉なことと信じていました。
kaz-ykさんは兵隊にも行かれ、あの当時の苦労をご体験されてみえたんですね。本当にご苦労さまでした。
海の向こうでお国のため死ぬことに価値を感じさせられ、他民族には軽蔑と死をもてあそぶ・・。そうしたことは、2度とあってはならいことと思われてなりません。
「お国への名誉」の陰で、大陸や日本でどれほどの人々が不幸を強いられたことかと思いますと、平和の大切さと重さをひしと感じます。
大切なのは、「人を愛すること」「社会を正視すること」。そして、それを貫くことかと思います。
人々がその立場に立ち切るなら、そのために何をすべきかを考えることが出来るのではないかと、思われてなりません。
> 「家族も守らないの」との質問には、考えたことないと
> 平和ボケですねー
本当ですねぇ(-_-;)
家族を愛すること!! それは、平和を希求する原点かもしれませんね。
家族を泣かせてはならない!! どんなときにも、そのことに全力を尽くしたいものですね!!
> 事実を伝えるのは、大事なことです。 有難う御座いました。
見て下さって、本当にありがとうございました!!
これからも、よろしくお願い申し上げますm(_ _)mm(_ _)m
カメちゃんより

カメちゃんさん、お久し振りです。
足跡を辿ってお邪魔しました。
旅行記一覧のページに載った白黒写真が目に留まり、読ませて頂きました。
重いテーマだけに書かれる時も、お辛かったのではないかと、お察しします。
いつかアウシュヴィッツなど訪ねようと思い続けながら、まだ実現しておりません。
日本では被爆地の広島・長崎と、沖縄も自分の目で確かめて来ました。
何気なくテレビを点け、偶然ローカルニュースを見た時、
戦後60年以上経っても、まだ戦争を引き摺っていると実感しました。
「働けば自由になる」
どんな自由があると思って働いたのでしょう?
僅かでも希望が持てたのでしょうか?
この言葉も重いですね。
解放されて、心から喜ぶ人々の笑顔に救われますね。
>ダッハウの教訓を、私達の日常の見方・考え方・行動に生かしていけるよう、心がけて行きたいものと思っています。
自由に生きられることに感謝し、自らを律しなければと強く思いました。
収容所で亡くなった方のご冥福を祈りつつ、
この旅行記を作成されたカメちゃんさんに一票投じて失礼します。
エム

エムさん こんばんは〜(*^_^*)
私の方もご無沙汰してしまいました!<(_ _)>
> 旅行記一覧のページに載った白黒写真が目に留まり、読ませて頂きました。
ダッハウ強制収容所跡の旅行記を見て下さり、ありがとうございました。
> 重いテーマだけに書かれる時も、お辛かったのではないかと、お察しします。
本当に、私たちにとって忘れてはならない歴史の教訓だと思いました。
それだけに、その一部でも旅行記に載せて、皆さんに見ていただけたらという思いでした。
> いつかアウシュヴィッツなど訪ねようと思い続けながら、まだ実現しておりません。
またいつか、是非お訪ねになってみて下さいね。
そして、お話を聞かせて下さい。
> 戦後60年以上経っても、まだ戦争を引き摺っていると実感しました。
戦争がこれほど問題にされるようになったのは、無差別大量爆撃が行われて女性・子供を含む数百万の市民が殺された第一次世界大戦からと聞いております。
2度にわたる大戦の教訓もいかされず、今も戦争の危機があることは残念なことですね
> 「働けば自由になる」
> どんな自由があると思って働いたのでしょう?
鉄の扉のあの文字には、本当に絶句!!でした!
> 自由に生きられることに感謝し、自らを律しなければと強く思いました。
“自由”と言いますと、すぐにもどこかの国のことが話題になることが多いですね。しかし、もっと大切なのは私たちの足元の“自由”ではないかと思っているんです。
ホントに、私たちが暮らしている身近なところでも意外なほどに“自由”が奪われ、また自ら“自由”を放棄!!しているような状況があるように思いますね。
お話のように、自由に生きられることに感謝し、今日の自由を築いた先人の闘いに感謝し、普段の暮らしや行動の中でも“自由”が大切にされているかどうかを注視していきたいものですね。
> この旅行記を作成されたカメちゃんさんに一票投じて失礼します。
ありがとうございますm(_ _)m
これからもよろしくお願いします。
カメちゃんより

カメちゃんさん、
寒中お見舞い申し上げます。
こちらは暖かかったお正月から一転してここ数日寒い日が続いていますが、
カメちゃんさんの方は如何ですか。どうぞお風邪など召されませんよう。
で!ダッハウ強制収容所跡旅行記、UPしてくださったのですね。
ありがとうございます!
お写真が少ないとおっしゃっていましたが、とんでもないです。とてもとても中身の濃い旅行記、じっくり拝読させて頂きました。白黒写真に、より一層悲惨さが伝わって来て、読んでいて深く強く胸に迫って来ます。全く絶句の出来事ですよね。特に収容されていた人の描いた絵には辛くて言葉もありません。
>豊かになった今、自分の中で「自由」と「勝手」が入れ替わっていないか!! 自由!!が分からず、「我が儘」という名の「自由(-_-;)」になってはいないか?? 親と子・孫との依存関係が「愛」と勘違いされていないか??
>自由は決して安いものではなく、人としての良心を大切にし、日々社会に関わる努力をし、何よりも“愛”が必要なのだと思うのです。自由!!から逃げることなく、自由!!と向き合いつづけられる人生でありたいものです。
全くその通りですね。
カメちゃんのお言葉の一つ一つが心に沁み入りました。
それにしてもカメちゃんさんの会社は永年勤続者旅行制度という素晴らしい制度があるのですね。こんなに福利厚生に篤い会社は他にはそうそう無いのではないでしょうか。リストラやら、新卒者の内定取り消し等のニュースを聞くにつけ、この永年勤続者旅行制度を設けていらっしゃる会社に感嘆します。素晴らしいことですね。
本当に意義深い旅行記を作ってくださってありがとうございました。
心より御礼申し上げます。

waterlilyさん こんにちは〜!!
ご訪問いただき、さらにコメントまでいただいて感激です!!
> 一層悲惨さが伝わって来て、読んでいて深く強く胸に迫って来ます。
本当にそうですよね!!
強制収容所での残酷さ悲惨さは例えようもありませんんね。それへの想いを述べようとしますと、止めどない話になってしまいます!!
ダッハウ強制収容所跡のように、戦争をはじめとする歴史上の惨劇を目の当たりにできるところは少ないですよね。それだけに、そこから何を学ぶかは今に生きる私たちの使命かと思うのです。
> 特に収容されていた人の描いた絵には辛くて言葉もありません。
仰る通りです!!
なんと形容してよいのか、言葉もないですね。
> >自由!!と向き合いつづけられる人生でありたいものです。
> 全くその通りですね。
waterlilyさんにそう仰っていただいて、とても有り難く思います!!
想いが切実なだけに、共感していただけるって本当に嬉しいものなんですね。
この話も、書き出しますと止めどない話になってしまうんです(-_-;)
今では、私たちの回りで「自由」という言葉がどれほど勝手気ままに使われていることか!! この日本でも本来の自由がどれほど失われているか!! 自由から逃避したところでの、「自由」がどれほど溢れているか!!
そう思いますと、居ても立ってもおれない気持ちになってきます!!
“人を愛し・人を守る”ことの出来る時代がいつ来るのか?? 渇望する想いです。もちろん他人任せばかりではいけません。私自身に何ができるのか?? あまりに大きく・難しく・遠い課題ではありますが・・。
> それにしてもカメちゃんさんの会社は永年勤続者旅行制度という素晴らしい制度があるのですね。
ホントに有り難いですね。
そんな機会がありましたから、自分でもビックリするような旅行が実現できました!(^o^)
> 本当に意義深い旅行記を作ってくださってありがとうございました。
> 心より御礼申し上げます。
もったいないお言葉です!!
私の方こそご覧下さって本当に嬉しく、感謝の気持ちでいっぱいです!!
これからもよろしくお願い申し上げます!!
それでは、また・・
カメちゃんより
現在、トラックバックはありません。