ワシントンDCお花見紀行
3位
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- Yattokame!さん
- ワシントンD.C.の旅行記 : 1件
- 旅の満足度 :
- 4.0
- 観光 :
- 4.0
- ホテル :
- 4.0
- グルメ :
- 4.0
- ショッピング :
- 交通 :
- 3.0
- 交通手段 :
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- 航空会社 : デルタ航空
- 現地移動 : 鉄道
- 手配内容 :
- 個別手配

アメリカから帰国前の最後の春、1週間休みを取る機会に恵まれました。この時期にまとまった休みを取れるチャンスは恐らくリタイアするまでない…。なので、それはもう真剣に(笑)旅行の行き先を検討し、思案を巡らせます。日本人ならやっぱりこの時期桜を観たい。それもどうせなら、全米屈指の桜の名所で観たい。というわけで言ってきました、ワシントンDC。ニューヨークにも寄ってきましたが、それはまた別冊で。
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ニューヨークで街歩きを楽しんだ後、ペン・ステーションからアセラ・エクスプレスに乗ってワシントンDCに向かいます。
ニューヨーク滞在中は嵐のような日もあり悪天候が続きましたが、街を去る頃には天気が良くなり空を見上げると青い空が…。 -
アセラ・エクスプレスは、ボストン〜ニューヨーク〜ワシントンDCを結び、ニューヨーク・ワシントン間を3時間弱で走ります。新幹線ほど速くはありませんが、アメリカにもこういう高速列車があるんですねえ〜。
サービスは1時間ごとにあり、ニューヨーク、DCともに中心部に乗り入れるので、飛行機で移動するよりも便利です。そのせいか列車は結構混むようなので、チケットは事前に予約して入手しました。
http://www.amtrak.com/servlet/ContentServer?c=AM_Route_C&pagename=am%2FLayout&cid=1241245664867
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アセラ・エクスプレスはビジネス客が多く車内は静かで、ワシントンDCまで快適な3時間の列車旅行でした。
列車はワシントンDCのユニオン・ステーションに到着。駅舎はギリシャやローマの神殿のようで、米国の首都の玄関にふさわしい荘厳な建築でした。
ホテルは、駅からタクシーで5分ほどの距離にあるHampton Inn Washington DC Convention Center。アメリカ赴任中は出張で頻繁にハンプトン・インを利用してポイントが貯まっていたので、ポイントを利用して4泊しました。 -
スミソニアン博物館群を束ねるスミソニアン協会本部。スミソニアン博物館は、ライト兄弟のライトフライヤー号やアポロ11号の展示で有名な航空宇宙博物館だけでなく、自然史博物館、肖像画博物館、アフリカ美術館などワシントンDCにある複数の博物館のほか、他の都市にあるいくつかの施設も含めた博物館群の総称なんですね。
ここの施設の庭先は美しい芝生に鮮やかな色の花々や木々が植わり、その美しさにしばし見とれます。 -
ワシントン記念塔は1848年に建設が始まりましたが、南北戦争中の資金難で高さ46mのところで工事が一時中断。1880年に工事が再開され84年にようやく完成しました。よおく見ると上と下で石の色が微妙に違い、工事がどこで中断したのかが分かります。
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激戦地の名前を順に追っていくと、最後にダグラス・マッカーサーの言葉にぶつかります。
THE WARS END. TODAY THE GUNS ARE SILENT. A GREAT TRAGEDY HAS ENDED. A GREAT VICTORY HAS BEEN WON. THE SKIES NO LONGER RAIN DEATH - THE SEAS BEAR ONLY COMMERCE - MEN EVERYWHERE WALK UPRIGHT IN THE SUNLIGHT. THE ENTIRE WORLD IS QUIETLY AT PEACE. General Douglas MacArthur -
WORLD WAR II MEMORIALからポトマック河畔「タイダルベイスン」の桜並木まではすぐ。
タイダルベイスン(Tidal Basin)とは、ポトマック川の一部を埋めて造った、川の水位を調整するための人工の入江で、ポトマック河畔の桜とはこの入江沿いに植えられた桜のことを言います。 -
ポトマック河畔の桜は、東京・荒川堤の桜(五色桜)を移植したもので、ソメイヨシノのほか色々な種類の桜が咲いています。
これらの桜は、当時の大統領夫人ヘレン・タフトの依頼で、明治45年(1912年)東京市長だった尾崎行雄が「日米友好のあかし」として送った桜とその子孫です。本当はこれに先立つ明治43年(1910年)にも苗木2000本を送りましたが、最初の桜は害虫が寄生したため、残念ながらすべて焼却。明治45年のものは、改めて害虫に強い苗木を調達して送り直したものです。新しく送られた桜は期待に応え、そのほとんどがワシントンの土地に根付き、今も多くの木が生き残っています。
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桜の下でピクニックをしている人もいますが、みんなお酒を飲まずのんびりお昼を食べています。
日本と違って公共の場で飲酒をして騒ぐと犯罪者として捕まってしまうので、桜の下でどんちゃん騒ぎという光景は見られません。こちらのほうが落ち着いて桜を観賞できるので、いいですね。 -
日本ではあまりなじみのないジェファーソンですが、政治哲学者として起草したアメリカ独立宣言なかで「全ての人間の平等」と不可侵の自然権として「生命、自由、幸福の追求の権利」を謳い、政治思想に多大な影響を残しています。また、アメリカ合衆国の初代国務長官、第2代副大統領、第3代大統領として建国期のアメリカを支え、歴代大統領の中で最も評価の高い大統領のひとりとなっています。
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キング牧師が演説の時に立った場所には、記念の石が埋め込まれています。
演説を行った時のキング牧師の年齢は34歳。ノーベル平和賞を受賞した時には35歳の青年で、1968年に暗殺された時にはまだ40歳に達していませんでした。崇高な修辞に溢れる演説の内容からもっと歳をとった時の演説だと思っていたのですが、2008年に暗殺40周年を記念した公民権運動の回顧展を牧師の故地アトランタで見た時、その時の年齢を知って衝撃を受けました。 -
ペンシルバニア通りに建つウィラード・ホテル。アメリカの政治史を見続けてきた生き証人で、日米修好通商条約の批准書を交換するために渡米した幕府の遣米使節団が宿泊したのもこのホテルです。さらに、幕府の使節が渡米した後、ここでアメリカの南北出身の有力政治家が会談し、南部と北部の衝突を回避するための話し合いが行われましたが、交渉は失敗。アメリカは南北戦争へと突入します。
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DCの中枢にあるフォード劇場。1965年4月14日の夜、この劇場のバルコニー席で観劇していたリンカーン大統領は背後から南部連合を支持する俳優に撃たれます。大統領はすぐに向かいにある民宿「ピーターセンハウス」に運ばれ手当てを受けますが、翌日朝息をひきとりました。
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チャイナタウンにあるシーフードのお店"Legal Sea Foods"。
本店はボストンにあって人気のシーフードレストランなんですが、ワシントンDCにも支店があるということで今宵はここで夕食をとります。DCでも人気があるのか、予約せずに行ったらかなり長いこと待ちました。
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