1番残酷な人権侵害 占領されたヘブロン
5位
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ヘブロンはパレスチナ自治区の都市ですが、強硬派ユダヤ人が自分達の土地であるとして住み着いた大きな入植地があります。
パレスチナは入植地によって虫食い状態とされていますが、ヘブロンの入植地はパレスチナ人への入植者による暴力が特に酷いと有名です。
94年にイスラエル軍がヘブロンにパレスチナ人住民を追い出すために侵攻、銃撃、砲撃し、ユダヤ人入植者が大量に住み着きました。
まず、ユダヤの強硬右派集団、カハのゴールドシュタインが、占領する地区のスークの入り口のモスクで祈っている100人余りのパレスチナ人にマシンガンで銃撃し、手榴弾を投げつけ、60人を殺害しました。
彼は医師であったのに、パレスチナ系の住民が病院に来ても一切治療をしなかったという徹底した差別家でした。
驚いたことに、調査によるとエルサレムのユダヤ教徒の高校ではこの事件を生徒の半数が支持し、今でもユダヤ人入植地では彼が英雄視されているのです。
さらにイスラエル兵は「たとえ入植者がパレスチナ人等を銃で撃っていても発砲してはならない」と命じられていたのです。
彼の論ではパレスチナ人を根こそぎ消滅させるべき、というものでパレスチナ人の妊婦さんを格好の暴力、殺害の対象としました。
そしてヘブロンに住むパレスチナ人の住居の隅々まで発砲、銃撃し追放してそこに住みつきました。
【ユダヤ過激派、カハの指導者メイル・カハネはニューヨークからの移民で、68年にユダヤ人防衛連盟(JDL)を設立し、反黒人キャンペーンを開始、ブラックパンサー本部を襲撃したり、在米アラブ人差別反対同盟会長を暗殺したりした。
このJDLにはアメリカのユダヤ人支援者から年間50万ドルが寄付され、その大口寄付者には日本にも進出しているハーゲンダッツも名を連ねていた。
そこの会長は「このアイスクリーム一本で野蛮なアラブ人を撃ち殺す銃弾一つになる」と笑って語ったとか。】
訪れてみて、今でも、占領された大きなスークは4階建の建物がずっと並ぶのですが、3,4階にはユダヤ人入植者がそのまま住み着き、下にいるパレスチナ人に向かってゴミや糞尿の入ったビンなどを投げつけるので、それをよける網が張られているのです。
当時はとても繁栄していたアラブ人の街だったことがよく分かるのですが、どのドアもイスラエル軍によりシャットダウンされていて、本当に閑散としていました。
2階には、占領当時に逃げた家族の子供の自転車などもありました。
スークの出口の検問所では、パレスチナ人は嫌がらせでいつも大きな銃を持ったイスラエル兵に脅されていて、それも目撃しました。イスラエル兵は笑ってそれを楽しみにしているのが分かりました。
パレスチナ人の妊婦さんが病院に行こうと通ろうとすると、大きな銃を持ったイスラエル兵がひどく脅すので、流産してしまうということも度々あるんです。(パレスチナ中の検問所で行われていることですが)
これも、妊婦さんをターゲットにした暴行、殺害というユダヤ過激派カハの思想を思わさせられました。
案内してくれたパレスチナ人がユダヤ人入植者達に暴力をふるわれてしまいました。
パレスチナ人は専用の狭い道路を使わなくてはならないのですが、その境目のブロックを集団でユダヤ人達が蹴り倒して、殴る蹴るを始めたのです。
子供までが加わり嘲笑いながら蹴っていることに親から完璧に受け継いでいると感じました。
家を奪われたパレスチナ人はいつも、偉そうにしているイスラエル兵や入植者にすれちがう度にヘブライ語で笑顔でシャロームと挨拶しなくてはならないという、今の時代とはとても思えない恐ろしい社会でした。
これが「イスラエルによるパレスチナ占領地」ということなのか、と。
(詳細は後で付け足します)
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ヘブロンに着くと、とってもフレンドリーな若者達が案内してくれると寄ってきてくれました。
日本人のことが大好きだと言っていました。
でも、「イスラエルの分離壁やユダヤ人入植地のある占領された地区が見たい」というと恐れて「知らない」と言いました。 -
日本人のジャーナリストの女性が前ヘブロンの大学に来ていたんだ。知ってる?
だから僕たちは日本人が大好きなんだよ。
Welcome!と案内してくれると言っていました。
占領された地区が見たい、というと恐れて知らないと言う中、2人だけが連れて行ってあげると言い、ついていくことにしました。 -
あんなに栄えていた街が、急にこのスークにさしかかると、閑散としてきました。
連れて行ってくれた若者はあまり英語ができないので、どこからがその地区なのかわからなかったのです。
最初は占領された地区、と言われてもイメージがわかなかったのですが、その後、大きなイスラエルの国旗があり、軍事侵攻で占領された地区なのだと分かりました。 -
スークの出入り口には、検問所がありました。
これが、残酷な検問所です。
パレスチナ人の妊婦さんをイスラエル兵が執拗に脅し、流産させてしまうことも後を絶たないのです。
パレスチナ人はほとんどの人がここを病院や学校、仕事のために通りたくても、嫌がらせで通らせてもらえず、しかもいつ通れるか全く分からない状態なのです。
ここからあまり写真を撮れませんでしたが、ここに近寄ったら、イスラエル兵達が、巨大な銃を持って、ワー!っといった大声を出し、突撃のように走ってスークに入ってきました。
そして、パレスチナの子ども達の遊んでいた路地裏へとわざとすごい勢いで突進するのです。
子ども達は後から泣きそうな顔をしてそこから出てきました。
イスラエル兵達は、さも面白そうに笑顔でそれをやっているんです。
これは完全にここでは日常です。
この検問所の横にはモスクがあり、占領のあった時に最初に勢いづけとして、祈っていたイスラム教徒60人を銃殺した場所です。
このモスクはユダヤ人入植者にとって、占領の象徴であるのです。 -
ここで、最悪な出来事が起こってしまいました。
スークの隣には、ユダヤ人の集まる建物があり、この日はユダヤ教のお祭りの日だったので皆仮装などをしてうかれてるようでした。
パレスチナ人2人は案内してくれていたのですが、度々入植者に汚い言葉を浴びせられていました。
そのたびに、パレスチナ人は丁寧に受け答えなくてはいけないようでした。
やっと終わったかと思ったら、次々と別の人がにやにやしながら嫌な言葉を浴びせるのです。
ここでは、パレスチナ人側が先に手を出そうものなら、イスラエルの警官は必ずパレスチナ人をひどく罰します。
だから、それを狙っているのでした。
パレスチナ人がひどい暴力を一方的に受けても、逮捕されるのはパレスチナ人だけです。
その後、明らかにひどいユダヤ人の若者2人が笑いながらものすごい馬鹿にしながらパレスチナ人2人に話しかけてきました。
酒のビンを持って、飲み、イスラム教徒をめちゃくちゃに馬鹿にしているのが分かりました。
さらにそのパレスチナ人を殴ったのです。
そして、プライドのあるそのパレスチナ人は、同じようにやりかえしてしまいました。すると、そのユダヤ人は蹴ったのです。
すると、いつの間にやら、祝っていた建物の中から入植者が大勢出てきていて、急に突進してきて、パレスチナ人専用の狭い道を作るためのブロックを蹴り倒して、殴る、蹴るを始めたのです。
私は証拠の写真が撮りたかったのですが、一緒にいた日本人男性はすごく驚いてしまい、やめるように怒って言うので隙を見て撮った写真がこの1枚です。
私の場合は、へブロンではもっと残酷なことが起こっていることを知っていたので、行ったからにはそういう実態が伝えられる写真が撮りたかったのです。
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パレスチナ人追い出しの軍事侵攻の際に砲撃されたパレスチナ人住居。
ドアにはユダヤのダビデの星が描かれていました。
イスラエル軍はいつもパレスチナ人の家々を破壊した後、このダビデの星を描くのでよく見ました。
ジェニンではイスラエル軍に破壊されたキリスト教会にも大きなダビデが描かれていました。
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