ペルー紀行(8) 一面の青の世界ティティカカ湖と仲間たちとの別れ
2位
人気旅行記ランキングチチカカ湖周辺147件中
- 旅の満足度 :
- 5.0
- 観光 :
- 5.0
- ホテル :
- 3.0
- グルメ :
- 5.0
- ショッピング :
- 3.0
- 交通 :
- 3.0
- 交通手段 :
-
- 航空会社 : コンチネンタル航空
- 現地移動 : 高速・路線バス / 船 / 徒歩
- 一人あたりの費用 :
-
- 旅行費総額 : 30万円 - 50万円
- 同行者 :
- 一人旅
- 手配内容 :
- ツアー(添乗員同行なし)

ペルー旅行7日目。
今回の旅も実質残り2日。
いよいよ終わりが近くなってきました。
この日はティティカカ湖に浮かぶトトラ(葦)の島、ウロス島を観光します。
島に至るまでの船からは一面の青い空、青い湖・・・。
目的地の島では、観光のためとは分かっていながらも、一生懸命相手をしてくれるウル族のおばさんに心を洗われます。
そして旅の仲間とも別れ、ついにひとりぼっちに・・・。
<旅程表>
2011年
7月15日(金) 成田→ヒューストン→リマ
7月16日(土) リマ→ピスコ(ナスカの地上絵フライト)→リマ
7月17日(日) リマ→クスコ
7月18日(月) クスコ→マチュピチュ
7月19日(火) マチュピチュ(ワイナピチュ登山)→クスコ
7月20日(水) クスコ→プーノ
○7月21日(木) プーノ(ティティカカ湖)→アレキパ
7月22日(金) アレキパ→リマ→
7月23日(土) →ヒューストン→
7月24日(日) →成田
-
7月21日(木)
ペルー旅行7日目。
今回の旅は標高3,000m以上の高地をクスコでも二日経験しているのですが、この日も朝起きると頭痛が・・・。
さすがクスコ(標高3,400m)よりも高いプーノ(標高3,850m)のまち。
なかなか高山病には慣れませんね。
6時30分、外の空気を吸いにホテルの外をぶらぶら。
まだ人や車の通りはほとんどありません。
朝は少しひんやりしていますがこの日も青空の広がるいい天気です。 -
この日はティティカカ湖に浮かぶトトラ(葦)の島、ウロス島を観光。
8時30分に前日ホテルまで送ってくれた女性ガイドが迎えにきてくれるというのでロビーで待ち合わせをします。
クスコから一緒にバスに乗ってやってきた日本人の一人旅の男性も一緒で、二人でのウロス島訪問となるようです。
こういう訪問ツアーは一人では恥ずかしいので、一緒に行ける人ができて本当によかった・・・。
ロビーにはクスコのホテルと同様、コカ茶のポットが置いてあり、出かける前に飲んで高山病対策。 -
8時30分、時間どおり女性ガイドが迎えにきてくれ、車に乗ってすぐにティティカカ湖(Lago Titicaca)へ到着。
車を降りると、まぶしい太陽の下、空も湖も一面青の世界・・・。
クスコに着いてからこれまで、途中小さい湖はあったものの、ほとんど山の景色ばかりだったので、こんな青い空と青い湖が広がる景色に素直に感動です。
ペルーは山あり海あり湖ありさらには砂漠やジャングル(セルバ)ありで、ほんとに自然の魅力がいっぱいですね。 -
湖畔にはたくさんの船が停泊しており、その向こうには土色の山肌に貼りつくように密集するたくさんの家々が。
標高3,850mの高地の湖でしか見られない不思議な世界です。
もし月に空気と水があったらこんな景色になるんだろうな〜という感じ。
青い空にはぽっかり白い月も浮かんでおり、不思議な世界を一層引き立てます。 -
桟橋から船(キャビン付きのモーターボート)に乗り込み、ウロス島へ向かいます。
青い空が気持ちいいです。
・・・とここで、日本人の女性二人組が登場。
二日前に豪雨のワイナピチュの頂上でも出会い、プーノへ向かうと聞いていたのですが、こんなところで再会するとは。
彼女らはここまで自由旅行で旅してきたそうで、桟橋で直接交渉してウロス島へ行く機会をうかがっていたようです。
こちらの女性ガイドと交渉して、一人30ソル(900円)で船に乗せてもらえることになりました。
同じ日本人の仲間が2人増えて、なんだか楽しくなってきました(笑)。 -
旅の仲間が4人になって桟橋を出発。
船はティティカカ湖の青い世界を進んでいきます。
・・・船から見える素晴らしい景色に興奮してアドレナリンが放出されてきたのか、朝起きた時から続いていた高山病による頭痛が治ってきました。 -
船室から出て後ろを振り返るとプーノの街がもうあんな遠くに・・・。
また、船の両側にはトトラと呼ばれる葦が生い茂っています。
このトトラがティティカカ湖に住む水上民族、ウル族の家、さらにはその家が建つ島の原料となっているといいますが・・・。 -
こちら側も土色の山と青い空、青い湖が織りなす大絶景です。
ティティカカ湖はペルーとボリビアの国境にまたがる湖(ペルーが60%、ボリビアが40%)で、汽船の航行する世界最高地点の湖としても有名です。
“ティティ”はケチュア語で“ピューマ”(インカの神聖な動物)、アイマラ語で“ブロンズ”、“カカ”は両者とも“石”という意味で、“ピューマの石”または“輝く石”という意味になります。
いずれにしても先住民であるケチュア族やアイマラ族にとって神聖な意味であることに間違いはなく、インカ帝国の初代皇帝がこの湖の島(太陽の島)に降り立ったという伝説もあるほどで、ティティカカ湖が古くから人々の信仰の対象になっていたことが分かります。 -
出発してから30分が経過し、何やら見張り小屋のようなものが見えてきました。
そしてトトラの茂みの向こうには集落のようなものが。
・・・いよいよウロス島に近づいてきました。
見張り小屋にはよく見ると“KAMISARAKI”(カミサラキ)と書かれた看板が掲げられています。
ガイドによると、アイマラ語で“How are you?”(ご機嫌いかが?)というあいさつの言葉のようで、島の人に言われたら“ワリキ!”=“I'm fine!”(元気です!)と答えるようにと教えてくれました。 -
この先を右に曲がると・・・トトラでかたちづくられたたくさんの家々が見えてきました。
湖の中の大集落です。
ウロス島(Isla de Los Uros)はひとつの島ではなく、このように集落をかたちづくっている大小様々な島があり、40ほどが集まって群島をなしています。 -
ひとつひとつの島にはこのように観光客の乗った船が停泊しており、観光客は朝早くからヴィヴィッドな衣装に身を包んだ島民(=ウル族)のもてなしを受けているようです。
ウル族はかつてはウルキージャ語という独立した言語を話すティティカカ湖で最も古い民族と言われていましたが、純血のウル族は1957年に絶え、現在島に住んでいるのはケチュア族とアイマラ族の混血の新しいウル族なのだそうです。
そのウル族の人口は現在700人ほど。男性はプーノなど街へ出稼ぎに行くほか、女性を中心にこうした観光業で生計を立てています。 -
船が島に着くと、待ち受けていたようにおばちゃんがダッシュで駆けつけてきました。
ここでお決まりのあいさつ。
おばちゃん:“カミサラキ〜”(How are you?)
我々:“ワリキ!”(We are fine!) -
おばちゃんに手を差し出されトトラでできた島に降り立つと、島はとても湖に浮かんでいるとは思えないくらいしっかりした感じで、しかもふかふか。
これなら十分生活できそうです。
奥では別のおばさんが島の模型をセットして、説明の準備をしてくれています。 -
早速ガイドとともにトトラでできた丸太(?)に座って、島の生活についての説明を受けます。
おばさんは魚を入れた桶を見せてくれたり、食用のトトラを剥いて我々に配ったりしてくれます。
トトラを少しかじってみましたが、特に味らしい味はしません・・・。
なんとか味を確かめようとさらに食べ続けていると、ガイドからお腹を壊すからやめるように諭されました(笑)。 -
次はトトラの島の造り方について、ミニチュア模型を使った説明。
四角の茶色く見えるのが土台で、トトラが腐って積み重なったもの。
これが湖に浮いています。
まずはこれに杭を打って、島同士が流されて離れていかないよう、ロープを渡して結びつけます。 -
この土台の上にトトラを束ねたものを積み重ねていって地盤が完成。
さらにその上にトトラでもって家をつくります。
トトラは半年ほどで腐ってしまうので、随時地盤にトトラを追加していく必要があるのだそう。
建設コストが安い分、維持補修はやっぱりたいへんなんですね。 -
説明が終わると、トトラでできた家の中にも案内されました。
壁にはキリスト像が掲げられ、スペインのもたらしたキリスト教文化が根強く浸透していることをうかがわせます。
1990年代にアルベルト・フジモリ大統領が整備したという太陽光発電を利用したテレビも設置され、案外文化的な生活をしているようです。
【浮島でゆらゆら、トトラの家〜2010年6月9日朝日新聞】
http://www.asahi.com/housing/world/TKY201006090169.html
観光客用にヴィヴィッドな民族衣装も用意されていて、4人でコスプレをして写真を撮ったりして楽しみました(笑)。 -
二人は夫婦でしょうか、ときどきこんな仲良さそうに話しかけるシーンも。
おばちゃんたちはいつも笑顔で一生懸命で、観光客相手の商売とは分かっていながらも、そのひたむきさに心洗われるようです。
この後、我々も代わる代わる船を漕がせてもらい、記念に写真を撮ってもらいました。 -
湖上には我々のほかにも観光客を乗せたベンツがいくつか繰り出していました。
プーノではこの年の5〜6月に国の鉱山開発に反対するアイマラ族のデモが起こってから観光客が激減しているそうで、従来であればもっとたくさんのトトラ船が浮かんでいたのでしょうね。 -
20分ほどの短いクルーズを終え、島に戻ってきました。
そして10時30分、島のみなさんと別れ、プーノの街に戻ります。
船に乗り込むと、見張り台の陰から今まで隠れていた少年が姿を現し、なんだか興味深そうに、それでいて恥ずかしそうにこちらを眺めてきました。 -
船は島をどんどん離れ、おばちゃんはついに我々を後にします。
いい年をした大人がと思うかもしれませんが、青い空と青い湖に囲まれ、観光客向けの商売と分かっていながらも、島のおばちゃんたちの優しさに癒されたひとときでした。 -
そして11時、出発地点の桟橋に無事到着。
2時間半の充実した船の旅でした。
これで日本人の女性2人組とはお別れ。
これからフリアカの空港に向かってリマ、そして日本へ帰るそうで、リマへの飛行機の時間が夕方から13時に早まったのをこちらのガイドから聞いて知ったらしく、大慌てで街巡りをすると言っていました。
しかし、出会った先で効果的に情報を仕入れるとは、なかなかうまい旅の仕方です(笑)。 -
我々の方も、わたしはこの後15時のバスで最後の都市アレキパに向かうのですが、もう一人の男性は女性たちと同じく13時の飛行機でリマ、そして日本へと帰るそうで、これから荷物を取りにホテルへ戻ります。
車へ戻る際、湖畔付近の通りを眺めていると、歩いているのは丸高帽に太っちょのスカートをはいたチョリータ姿のインディヘナ(主にアイマラ族)のおばさんと子どもばかり。
家の壁に描かれている観光客向けの絵からそのまま出てきたような格好で、プーノがペルーの中でも先住民族の割合が高いディープな街であることをうかがわせます。 -
ホテルに戻り、荷物を取って空港へ向かう男性とはこれでお別れ。
お互い残り少ない道中の無事を祈りつつ、早くも次回の旅に向けての思いを募らせました。
マチュピチュであんなにいた日本人の仲間がだんだんと少なくなり、ついに一人になってしまった・・・。
もともと一人旅とはいえ、最後に残ってしまうなんてやっぱり寂しい気持ちです。
・・・そんな気持ちを抑えつつ、11時30分、アレキパへのバスの出発時刻までの間、プーノの街を最後の街歩き。
ペルーの国旗がはためく街のメインストリート、リマ通りは、昼間もたくさんの人々でにぎわっていました。 -
カテドラルに入ってみました。
入口にはインディヘナのおばさんが待ち構えていて、お供え用のロウソクを売っていました。
内部はペルーのカテドラルに多い金ピカの祭壇ではないものの、白い石造りの清楚な造りになっていて、人々の清らかな信仰心が伝わってきました。 -
続いては広場のすぐ近くにあるカルロス・ドレイエール考古学博物館(Museo Carlos Dreyer)へ。
外見は広場にある普通の建物と区別がつかないので、うっかり見過ごしてしまいそうです。
中に入っても観光客は先に一組いただけで、受付の係員もいなく、最初は誰にも気付かれずに見ていました。
そのうち中庭でおしゃべりをしていた女性係員に見つけられ、15ソル(450円)を払って正式に見学することになりました。 -
そもそも博物館の名前にもなっている“カルロス・ドレイエール”とは、プーノの街やティティカカ湖、そして先住民の文化を愛し、30年以上もこの地に住み続けたドイツ人の画家のことで、この博物館には土器など先住民の人々が残した遺品の収集家でもあった彼のコレクションが展示されています。
内部は1階と2階に展示室があって、ペルー各地のプレインカ時代(プカラ、パラカス、ナスカ、モチェ、チャンカイ、チムー)の石像や土器、装飾品、ミイラ、スペイン植民地時代の宗教画、さらにはドレイエールの描いた絵や彼の過ごした部屋など、テーマごとに展示がなされています。
写真はクスコからプーノに来る途中で立ち寄ったプカラ(Pukara)の街にかつて栄えたプカラ文化(紀元前200-後200)のモノリス。
中央に見える円を中心に、上にネコ科の動物(ピューマ?)、下に巨大なウロコ(ヒレ?)をもった魚かワニもしくはヘビのようなものが描かれており、インカ時代の宗教のルーツとなった古代人の信仰心をうかがい知ることができます。 -
こちらの展示室には鮮やかなプレインカ時代の土器が展示されていました。
現代の漫画のキャラクターとしても十分通じるような、インスピレーションを刺激されるアートなデザインです。
このほか、プーノ近郊のシユスタニ(Sillustani)の墳墓群から発見された金の装飾品など、この博物館の名前を高めることとなった大変貴重な遺品も展示されており、短い見学時間でしたが非常に有意義な観光となりました。 -
さて、13時になったので、ちょっと遅めの昼食をとりにリマ通りのレストランへ。
前日夜に行った“La Casona”のすぐ向かいにある“Traditiones El Lago”というレストランに入りました。
やはり街に観光客は少なく、この時間の客はわたし一人のようでした。
まずはアンデス地方が原産の栄養価の高い穀物、キノア(キヌア)のスープ(Quinoa Soup)を注文。
キノアのほかにもカボチャやソラマメ、タマネギ、ニンジン、じゃがいもなど体に良さそうなものがたくさん入っており、優しい味で大満足です。 -
続いて“ロコト・レジェーノ”(Rocoto Relleno)という赤唐辛子の肉詰め料理。
左のパン状のもの(ジャガイモか?)の方ははっきりしない味でちょっとイマイチでしたが、奥の大きな赤唐辛子の詰め物の方はスパイスが効いていてピリッとした感じで美味しかったです。
お代はあわせて25ソル(750円)。
やはり観光客相手のメインストリートのお店だけあって高めです。
帰り際、インディヘナの若くてかわいらしい女性店員からお店の絵葉書をもらいました。
アイマラ族も自分たちの起こしたデモのおかげで一方の観光産業が打撃を受けてしまって、民族の発展がなかなかうまくいかないようです。
でもプーノの街には優しい人もたくさんいて、ティティカカ湖をはじめとする観光資源の魅力にあふれているので、早くここを訪れる観光客が回復して、活気にあふれた姿を取り戻してほしいものです! -
時計を見ると14時近く。
そろそろガイドがバスターミナルまでの送迎に来るので、ホテルに戻ります。
帰り際に昼下がりのリマ通りをパチリ。
日本と同じように制服やジャージを着た下校途中の女子高生たちが、楽しそうに友達とおしゃべりしながら通りを歩いていました。 -
ホテルに戻り、女性ガイドに送ってもらって14時30分、バスターミナルに到着。
今度は大手のクルス・デル・スル社(Cruz del Sur)の2階建てバスで、標高2,335mのペルー第二の都市アレキパまで、途中フリアカの街を経由しながら326kmの高原の道のりをおよそ5時間かけて進んでいきます。
運賃54ソル(1,620円、ツアー代に込み)のほか、ターミナル税1ソル(30円)を払ってバスに乗り込みます。
乗り込む際、強盗防止のためでしょうか、バス会社の係員がひとりひとり顔写真を撮っていきます。
実際、わたしが帰国した後に以下のようなバス強盗事件も起こっていて、本当に無事に旅ができたことに感謝せざるを得ません。
【アンデスから始めよう〜イカ県でバス強盗(2011年7月30日)】
http://andino.blog26.fc2.com/blog-entry-30557.html -
15時、ほぼ満員となって、定刻通りバスはプーノの街を出発。
青い空や土色の街並みが印象的なプーノの街、そして青の世界が広がるティティカカ湖ともこれでお別れです。
周りの乗客を見ると、欧米系の観光客やペルー人ばかりで、日本人どころかアジア系の乗客はわたし一人だけ・・・。
ほんとに一人ぼっちになってしまったんだな・・・という実感です。 -
やがて来る それぞれの交差点を
迷いの中 立ち止まるけど
それでも 人はまた歩きだす
巡り合う 恋心 どんな時も
自分らしく 生きてゆくのに
あなたが そばにいてくれたら
AH 夢から覚めた
これからも あなたを愛してる
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。問題のある投稿を連絡する
チチカカ湖周辺 旅行記ランキングこの旅行記は現在2位 (58票) です。






























































