カヴァのふるさと San Saduruni d'Anoia (サン・サドゥルニ・ダノイア)
2位
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- 旅行時期 :
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- 2012/01/07 - 2012/01/07
- (約4ヶ月前・1日間)
- テーマ :
- 遺跡・史跡・歴史
- 投稿日 :
- 2012/01/14(約4ヶ月前)
- 写真 :
- 91枚
- コメント :
- 37件
- 旅の満足度 :
- 観光 :
- ホテル :
- グルメ :
- ショッピング :
- 交通 :
- 交通手段 :
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- 現地移動 : タクシー / 徒歩

カヴァ,スパークリングワインはあまり飲まない。せいぜい、結婚式のレセプション、パ―ティーの時くらいか。まあ、好き嫌いは別として、勉強のために一度はワイナリーに行っておくべきだと思ってる所に拍車が掛かったのは、貯蔵庫の写真。
昨年12月に訪れた、タラサ市の“科学テクノロジー”に使われている元工場はカタルニアのモデルニズムを代表するカタラン・ボールトとして有名。で、この日、訪れたワイナリーも。それもバルセロナの建築家の巨匠の一番若手であった、プッチ・イ・カダファルクの作品ときた。建築を見るためなら、地球の裏側であろうと、南極であろうと犬ぞりを走らせるぞ、と思って電車に乗ったら、47分で着いてしまった
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BCNのカタルニア広場からR4に乗って、サン・サドゥルニ・ダイノアまで、往復7.20ユーロ(4ゾーン。 昨年より0.90ユーロの値上がり)
年末の予約を入れたら、1月6日まで休みと。で、休み明けの7日の10:00AMで予約の確認番号を受け取った -
R4といえば、昨年いったSt Joan Despiも通り、電車の窓から“卵のようなきのこのような家”も見えた。その駅以前は、工場が多いという印象を受けた。それも電車の駅近くに、こんな現役の工場が。危なくないのだろうか。昔の物資の大量輸送を鉄道と考えれば、まあ、それもわからないではないが。
その後、ブドウ畑っぽいものが見えだした -
9:08AMに電車は”San Saduruni d'Anoiaに到着。寒〜い!
パッチと腹巻きをしてくるんだった。めちゃ、冷える。南極はあかんな。
駅前にタクシーを3台くらい見かけるが、運ちゃんがいない。そういうことも予期して早めの電車に乗った。歩くしかないが、いつもの如く、いつものように地図がない! 街の中からもタクシー、拾えるかな、と街へ。いや、村やった
Casa Miro,el "Xalet" Casar Martinell (1929)
夏の避暑地の家。 20世紀主義の建物 -
Caves Miro 家の隣がワインセラー
あちこちに、ブドウの絵とか、酒倉の看板がかかっているが、いくら何でも、こんな小さなところじゃないやろ?
どこや、今日の目的の コドルニウは? 駅前にあったのは、“駅前留学”? ちゃう、“フレシネ” -
ここか? そうや。 タクシーは村の中では捕まらないと聞き、駅に戻る。で、運ちゃんを見つけ、”いってくれい〜”と。メーターが2秒ごと位にあがる。まさかな? 着いたら、”11.40ユーローや”と寝言を。
”おっさん、高いがな”たかが5分やで。”今日は祭日やから”と、あんたは毎日祭日、ちゃうか?と思ったが、あの寒い中をそれも、方向わからず歩くのも。タクシーがあっただけでも感謝なことだ。この人らも、生活かかってるわな、と思いつつ、トータルで14ユーロ近くの金額を言おうとしたおっちゃんを遮り、”すまんな、丁度で。チップなしや”と。
おっちゃん、降り際に、“帰りも呼んでや〜”と電話番号をくれた -
着きましたでえ。最初に受付に。予約番号を告げ、6ユーロ払う。
前もって予約すると、この料金。飛び込みは8ユーロ也。で、ついでにタクシ―の件も報告しておいた。 だから、予約時に駅からの足のことも訊いたのに、返事なし、だったろ、って -
実はここで気がついたことが。それも、この建物ではなくサクラダ・ファミリア。
あそこの天井のしゅろのような葉っぱ。下から見上げると、黄金色のように見えたが、あれはレンガだ。 帰って来て、旅行記に載せなかった別のアップの写真を見てたら、やっぱり -
目が悪いので、上まできっちり見えない。 その建物にあるトイレに入った。うん? こちらのレンガ、長さが長い、で、厚さが薄い。
比べるのに手を置いた。(おいおい、大きさ測るなら、レンガの下に手、おかんか?)いっぱい広げて、ピアノの1オクターブ(YAMAHAのピアノで楽勝の1オクターブだが、自分のピアノだと、きつい。18cm)
25cm位はあるだろな。 マジかにレンガが見れた -
今のオーナーは女性。 で、この会社の名前は、Jaume Codorniuの娘として生まれたAnnaから取られたようだ。やはり、カタルニア、男どもが、バルで、サッカー観戦してる間に、そろばんをはじく。 メルセ、東方三賢者のパレードの指揮をとった人も女性
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屋根の黒い所はトレンカディス。 カヴァのボトルの破片を張り付けてある。 ガイド氏が“カタラン人はケチだから”と言ってたが、リサイクル大いに結構。 グエル公園のベンチにしたって、あまったタイルを同じようにトランカディスしてるんだから
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収穫したブドウをこの大きな樽にいれ、年配の女性が、ほらがいのもののようなのを吹き、で、女性たちがスカートをまくりあげて、この中に入って、足でブドウをつぶしていく、ある映画のワンシーンを思い出させてくれたが、これはもう、機械でつぶしていくようだ
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この“コドルニウ” ここは1551年から始まった。 17世代が受けついてきたビジネス。先程の続きだがCodorniuの娘として生まれたAnnaが1659年にMiguel Raventosと結婚したことから続いていく。 Annaの父親の時代から、ワインを造っていたようだが、 このCodorniuという苗字を引き継いだのはAnnaが最後の人となる。 その後、Raventosの苗字を家族は継承していったそうだ
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まあ、スペインの苗字のことは、はっきりとは知らないが、大体は父方の苗字を使うらしい(相棒も、そうだった。 ちなみにピカソは母方の苗字を使ったらしい)
ともあれ、彼らの息子のJosep Raventosがシャンパン地方を訪れ、その後、ぺネディスにてシャンパン方式を使って独自な発泡性ワイン、CAVAを造りだした -
ぶどうを絞りって、一番絞りの果汁のみ使用。カヴァは15kgのブドウから最高は10Lのジュ―スしかとってはいけないと法律で決められていて、そのジュースから、いらないものを取り除き(果肉の繊維など)温度を15−18度で管理されたタンク(今は衛生上のため、木の樽は使わない)内で一時発酵させる
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別々に発酵させた各品種のワインをブレンドして、酵母、糖を加え、その後、瓶に詰め、栓をして二次発酵させる。 酵母は呼吸するので、そのワインに炭酸が自然に溶け込んでいき、これが発泡となる。 働いた酵母はそこで、お役目ごめんとなり、糟となる。(”澱、おり”という表現のほうがいいかも)
下に樽が見える。下に行ってここらあたりを見たかったが。。。 -
最低9カ月、瓶を逆さにし、角度をつけながら回転させ、糟、澱を少しずつ瓶の口先に集め(見学の時にも、口の所を懐中電灯で照らし、見せてもらった)その先をマイナス20度で凍らせて、栓をぬいて、その澱を取りだす。その工程を経て造られたものが、カヴァ(Cava)と呼ばれるものとなる
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ガイドさんは細かく、これは何に、どのように使うとかの説明はしたのか、しなかったのか。 とにかく5人だったので、説明を聞かないと悪いような(自分もガイドをしたことあるので、写真ばかり撮ってる人を見ると、おいおい、と思ってしまう。勝手な奴!)物も見たいし。 大人数だと、どさくさにまぎれて、写真も撮れるのだが、さっさと進むのも早いので、じっとしてられない
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説明のなかで、ラベントスの一家は、半分はビジネスマン、半分は芸術家だと。
時代は移り、Josepの息子さんのManuel Rervantos。 売り込みに力がはいる。 BCNのワールドフェアーで、この会社はゴールドメダルを獲得。
ワイナリ―も拡張。南米にも輸出 -
これがまた、ガタガタ揺れまくる。どこを走ってるのかわからない。
要所、要所に”TOKYO” ”LONDRES””HAVANA”などと壁に文字が。 それも撮りたかったが、車は止まらない。 撮れても、流し撮りのような(そんなええもんではない)
この頃のカメラは性能もいいし、おまけにレンズも明るいし、それを使うと、ちゃんと撮れたかも -
途中 “Anna”さんの胸像もあったが。 ストップしてくれい〜
最後は、めちゃスピードだして、ゴールに。一着!
競争や ないんやから。
手ぶれだが載せる。 そう、こういった光景を左右に見ながら、ガタガタ走っていく。撮れるかい! -
で、これからお待ちかねの試飲かとおもいきゃ。その前に違う部屋に。
説明聴いてなくて。 たぶん、カヴァのボトルを使って作ったものか、なにか? 知らん。後方はJosepさんのレリーフかなにか。これもちゃんと見ていない。 -
白はなんだっか? これはもっとシャンペンに近い。パンチがあった。
また、飲み干して、一着! 好きではないが、残すのも、と。
おつまみに、小さい、塩のきいたクラッカ―。 近所のスーパーで透明の容器に入って売ってる、1箱、1ユーロもしないやっちゃな、と。
これがまた、旨い! よく考えると(考えんでも)お腹がめちゃ、空いていた。そのクラッカ―(前田のクラッカーに似てる)をわし掴みにして口に放り込めたら。。。 夢のまた、夢。。。 -
結構、他の方はゆっくりと味わっていらして、早飲みしたのは私位。
フィンランドの方は、自国では、ごく日常でカヴァは飲むと言われてた。
さて、日本は? と思ってると、日本市場はいいカモ、いや、お得意さんだと説明があった。日本ではたぶん、メルシャンが取引してるんだろうな。
カバだけに、泳いで日本に行くんか〜と、思いながら、終わるのを待っていた -
たまたま12月31日と、また、東方の三賢者のパレードがあった日にカタラン人がカヴァをごちそうしてくれた。1つはフレシネの物と、5日はコドルニウのAnna。 Annaはフル―ティーで、結構飲みやすかった。そのことをガイド氏に話すと、あれは値段も手ごろだし、飲みやすいと。シーフードにはばっちり合いそうだ。後で調べると、シャルドネをブレンドしてるようだった
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Torre de Can Codorniu
カダファルクは結構、シリンダータイプの塔を家にひっつける。BCNの
Casa Macia, Can Serra, Casa de les Punxesも全く同じような塔がつく。
ツアーは最初から最後まで、1時間ちょっとだったか? まあ、人数にもよるだろうが。最後はお決まりのショップ。 今から村にモデルニズムを見に行くので、パス -
駅まで帰りは14ユーロ。2で割った。 彼らはBCNに。で、私は村の散策に。
Cal Calixtus (1885) - Narcis Aran i Vidal
住所 Diputacio 26
駅から橋を渡って村に入ると、一番に見えてくるモデルニズムの家。ステンドグラスが目立つ -
Escoles Publiques (1902) - Miquel Madurell i Rius
Pl. Homenatge a la velles 9
学校。しかし、今は使っていない様子だったが、土曜日だったからかも -
Cavas Freixenet
フレシネのワイナリー、ここも大きい。 駅をでて、すぐ左。1分以内か?
ここは土、日曜日はやっていないようだ
ここの建物は1918〜29年に建てられている。Josep Ros i Rosの作品
この建築家はどちらかというと、モデルニズムに相反する、ノべセンティスモ(20世紀主義)の建築家 -
BCNに帰ってきて見つけたCodorniuのポスター。
これを見て、うまい!と思ったのは私位か? Annaのポスター。目を細めて見ると、鍵穴に立つ女性に見える。 それで、かぎアナってか? 日本人にしかわからん -
Cavas Codorniu。 再び受付のあった建物へ(戻った訳ではない)
暗いが、ステンドグラスを生かしたかったので。
この波に乗って昨年訪れたカダファルクの生まれたマタロの旅行記を仕上げてしまおう。あそこは思ったより建築物が多かったので、手こずらされた -
Raventosの “R”。何世紀もの時を経て、続けられたビジネス。ビンヤ―ドは見れなかったが、この地方では一番大きな物を持ってるという。 自然と向き合っての仕事は本当に忍耐のいる仕事だ。いいことばかりではなかったはず。 もらったパンフレットに”この土地に真の情熱をもった17世代の一族”と書かれてあった
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