2010 初夏のヨーロッパNo.5 ☆ルターとジークフリートの町 ヴォルムス☆
2位
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- frau.himmelさん
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- カップル・夫婦(シニア)

駅でまた声をかけられました。
「グループチケットを持っていないか?」と。
ヴォルムスへの乗り換駅マンハイムで電車を待っている時です。
ドイツのグループチケット(バイエルンチケットなどの州チケットや週末チケット)は1枚で5人まで使えますので、2人だけで旅行しているとよくこのように声をかけられます。
一緒に便乗してただで列車に乗り込もうという魂胆なのです。
もちろん知らない人を便乗させるのは不正なことなので断りました。
実は、過去に一度だけ便乗させたことがあり、その時とても嫌な思いをしたことがありました。
ヴュルツブルク駅でおとなしそうな女子学生が、「学校が休みで家に帰りたいのだけど、一緒にのせてくれないか?」と。
ちょうど同じ方向だったし、苦学生が交通費を浮かせるための節約手段だろうとほほえましく思えて了解しました。ところが、OKしたとたん物陰から若い男性が現れて…、結局2人を不正乗車させる羽目になりました(コレって詐欺ですよね、泣)。
腹立たしい思いを抱えながら、4人掛けの席にずーっと一緒に座っていなければならないし、時には気を使って話しかけなければならないし…。
それに、車掌が検札に来たら何と答えればいいのだろうかとか、彼らが降りるまで、不正に加担したという罪の意識が付きまとい、車窓の景色を楽しむ余裕は生まれませんでした。
今日はベビーカーに幼児を乗せた若い夫婦。
「持ってない!」と言ってもいつまでも食い下がってくる。
「あれは5人まで乗れるんだよ!」とか、「ヴォルムスまででいいんだから!」とか…。
こんな幼い子供を連れているのに、無計画に切符も買わないで乗るつもりかしらと思ったら腹が立ってきました。
日本人のシニア夫婦が現地(東欧系)の子供連れと旅行をしていたら不自然でしょ!車掌から見たら一目瞭然で不正乗車だと見破られるのに…。
最後の切り札、ウソも方便ですから、「私達はアウスレンダーチケット(外国の切符)で旅行をしているから本当に持っていないのよ!」って言ったらやっと他のところに行きました。
でも、あの小さな子供のことを思うと、本当にこれでよかったのだろうか?と罪悪感に苛まれました。
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シュパイヤー駅から乗換駅のマンハイムに到着。
ヴォルムス行き発車まで28分時間があるので、駅前に出てみました。
「2006年にここを訪れた時は、あそこから市電に乗ったわね…。」
って懐かしくなりました。
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少し時間が早いけどホームで電車を待っていました。
ここでベビーカーに幼児を乗せた東欧系らしい若夫婦に声を掛けられました。
「グループチケットだったら一緒に乗せてくれないか?」と…。
かなり強引でした。
なんとか断ったのはいいものの、後味悪いものが残りました。 -
不正乗車はもちろんいけないことですが、あの子供のことを考えると何とか乗せてもらいたかった…。
後味の悪い思いは少しだけ消えました。
(もしかして、子供も同情をかうための小道具だったのかな?)
さて、私達は駅前から東に延びるヴィルヘルム・ロイシュナー通りをまっすぐ行きます。 -
中央に立っているルターは「我ここに立つ」の宣言書を手に持っています。
下の二人は右が、宗教改革者ヤン・フス。プラハの広場でお馴染みですね。ボヘミヤ出身でローマ教会の堕落を強烈に批判したことで破門され(1411年)、1415年に火あぶりの刑に処されています。
左は同じくボヘミヤ出身の宗教改革者ヒエロニムス。ヤン・フスの友人でもあったようです。
マルティン・ルターは、この世の罪がお金でお札を買うことによって許されるとした「免罪符」、聖遺物礼拝、土地政策や租税の乱用など、ローマ教会の堕落を批判した声明書を出しました。
1521年には、ルターは皇帝カルロス5世の呼び出しに応じ、ヴォルムスの宗教会議に出頭した。そこで批判の内容を取り消すよう迫られたが、毅然としてルターは自説を曲げなかった。
という歴史的な出来事がありました。
この記念像はそれを記念して1868年に建てられたものです。
下の台座のレリーフはその会議の様子だそうです。
(私のにわか仕込みの解釈に少々不安があります。間違いがあれば教えてください)
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ルターと右半分の人物像。
右端の人物はヘッセン方伯フィリップ1世で、マールブルク生まれです。
宗教改革でルターらのプロテスタントを支持しました。
(たしかマールブルクのエリーザベト教会に墓所がありました。)
**2009秋のヨーロッパ☆マールブルクエリーザベト教会編参照**
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この人物は、ルターのよき理解者、ザクセンのフリードリヒ賢王。
自説を曲げなかったがために破門され、皇帝からも異端の宣告を受け、一切の法の保護が受けられなくなったルターをヴァルトブルク城にかくまってくれました。
ルターはここで聖書のドイツ語翻訳という偉業を成し遂げました。
(2007年にヴァルトブルク城に行った際、ルターの小部屋を見てきました。)
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まず何はともあれ観光案内所に寄って地図をいただきます。
シュテファンガッセから右折したノイマルクにあります。
案内所の方はとても親切で、「今日はジャズフェスティバルがあるので気をつけてね!」
って教えてくれました。
何を気をつけるのだろう? そこまでは理解できませんでした。
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観光案内所に入る前に目をつけていた場所。
ここにドイツ中世の英雄叙事詩『ニーベルンゲンの歌』のジークフリートの泉があります。
ヴォルムスはこの物語の舞台だったのです。
ミンネジンガー(吟遊詩人)により、語り継がれてきました。
「吟遊詩人」で、またまたヴァルトブルク城の「歌合戦の間」のことを思い出しました。
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物語は、簡単に言うと…。
この像の主、ジークフリート。竜の血を浴びた彼は不死身になったが、1箇所だけ血がかからなかった場所があり、そこが秘密の弱点となった。
その弱点を知った敵・ハゲネに、彼は泉で不意打ちに会い殺されます。
ジークフリートがかってニーベルンゲン族から奪った莫大な財宝を手にしたハゲネは、ジークフルートの妻の手に渡らないようにライン河に沈めてしまいます。
(キーワードを残しつつ、簡単に書いたつもりですが、何を言っているのかさっぱり?ですね。自分でもわかりません(泣)。
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リヒャルト・ワーグナーのオペラに、「ニーベルンゲンの指輪」とか「ラインの黄金」なんて出てくるのがありますね。
ヴォルムスには、いろいろニーベルンゲンと名のつくものがあります。
ニーベルンゲン橋・ニーベルンゲン博物館・ニーベルンゲン街道など
ところで、ジークフリートの後姿の先に見えるのはヴォルムスの大聖堂です。
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ところが…。
中に入れないようです。ガーン!
このことだったのね、さっき観光案内所で言っていた「気をつけてね!」って言う意味は…。
私達はジャズは聞かなくていいんです、あのテントの中でビールが飲めれば…(悲鳴)。
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そんな私達の心を代弁してくれるような像が…。
「そんなに悲しまないで!」
「でもでも、ビール飲みたかったわ…。」
「さあ、希望を持って、まだまだ旅は長いんだよ!…。」
って声が聞こえてきそう。(失笑) -
街中でこのように鮮やかに彩色された竜をいくつも見ました。
最初は子供の遊具のようで気に掛けなかったのですが…、
あ、そうだ!ジークフリートの竜だ!と思い出し…。
写真に撮って置けばよかった。
後の祭りです。
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