おっかなびっくりレンタカーのフランス その3 フォントネー ウェズレー オータン
2位
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Nuits de St-Georges からD35で山地を越えて北西に進む。二車線の道だが、ちょっと山道で、運転の好きな人には絶好のドライブ道なんでしょう。
ちょうど5月なので、黄色い菜の花畑が広がって、きれい。 -
唯一の装飾、聖母マリア像。
シトー会は、キリスト教本来の教えである偶像崇拝の禁止を守ろうとしたので、本当は何の偶像も置くべきではなかったらしいのだが、それではさすがに困るという声があがって、この像だけを置いたらしい。
教会に付属して大寝室があるが、修道士はここにわずかの寝具で雑魚寝したらしい。
修道院の中で暖房のある部屋はわずか一つ。
シトー会は、ドミニコ会やクリュニーと違い、修道院が所有する土地から地租を取ることさえ禁止したので、生活の糧はすべて自らの労働によって得なくてはならなかった。シトー会の修道士の平均寿命は30代だったらしい。 -
ウェズリーの聖マドレーヌ聖堂。
フォントネーからウェズレーへの道は、D957でとても単純なのだが、tomtomが近道をしようとしたのか、非常に細い道を指定して、それをぐにぐにしているうちに、曲がるべき道を通り越し、かえって迷ってしまった。
それでも2時間弱で、ウェズレーに到着。丘のふもとに観光バスも停車する大きな駐車場があって、そこに車を停める。
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聖ベルナール像
1146年の復活祭の日曜日、第二次十字軍の結成を呼びかける演説をする。
第一次十字軍は、フランス国王が参加してなくて、シャンパン地方の貴族が主体だったから、国王を参加させた第二次十字軍、そのきっかけになった聖ベルナールの演説というのが重要なんでしょう。
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地下にあるマグダラのマリアの聖遺物
これが後に偽者とされたものか。
1537年にウェズレーの大聖堂はローマの支配から離れ、宗教戦争のときは新教の砦になり、カトリック側の包囲戦にも耐える。
フランス革命のとき、教会としては廃止。その後、廃墟になるが、19世紀にメリメ文化相が修復を決定。
つまり巡礼者でにぎわったのは、11世紀から13世紀までの短い間だけなんですね。復活したのは第二次大戦後。
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オータンの聖ラザロ大聖堂
tomtomのいうままに、16時半ころ、たどり着きました。
ブルゴーニュの美術館・博物館は火曜日が休みなので、ローアン美術館が見られず、旦那はこの町に泊まると主張。
ツーリスト・インフォメーションでホテルを探してもらうが、市内はどこも満員で、2キロ郊外のホテルチェーンのHotel Ibisにする。
これはラザロ聖堂の横で、天文時計があります。
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