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 おっかなびっくりレンタカーのフランス その3 フォントネー ウェズレー オータン

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kskspiyoさん 写真

kskspiyoさん
女性
オータンの旅行記 : 2
旅行時期 : 
  • 2010/05/18 - 2010/05/19
  • (約2年前・2日間)
エリア : 
フランス>ブルゴーニュ地方>オータン
テーマ : 
遺跡・史跡・歴史
投稿日 : 
2010/06/03(約2年前)
写真 : 
21
コメント : 
0
旅の満足度 : 
5.0
観光 : 
4.5
ホテル : 
3.0
グルメ : 
4.0
ショッピング : 
評価なし
交通 : 
2.5
交通手段 : 
一人あたりの費用 : 
  • 旅行費総額 : 20万円 - 25万円
同行者 : 
カップル・夫婦
手配内容 : 
個別手配

おっかなびっくりレンタカーのフランス その3 フォントネー ウェズレー オータン

フランクフルトからストラスブールに入り、そこからレンタカーでプロバンスまで南下しました。この日はブルゴーニュのロマネスク修道院を回りました。

旅行記地図

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  • オータン 写真

    Nuits de St-Georges からD35で山地を越えて北西に進む。二車線の道だが、ちょっと山道で、運転の好きな人には絶好のドライブ道なんでしょう。
    ちょうど5月なので、黄色い菜の花畑が広がって、きれい。

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  • オータン 写真

    2時間弱でフォントネーに到着。世界遺産のプレート
    入場料は大人9・2ユーロ。
    ここは現在リヨンの銀行家の個人の所有物で、庭園が非常に丹精に保持されている。

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  • オータン 写真

    教会の内部
    中世の建造物というより、ミニマリズムの現代建築のようだ。静謐でシンプルで、何もない。

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  • オータン 写真

    唯一の装飾、聖母マリア像。
    シトー会は、キリスト教本来の教えである偶像崇拝の禁止を守ろうとしたので、本当は何の偶像も置くべきではなかったらしいのだが、それではさすがに困るという声があがって、この像だけを置いたらしい。
    教会に付属して大寝室があるが、修道士はここにわずかの寝具で雑魚寝したらしい。
    修道院の中で暖房のある部屋はわずか一つ。
    シトー会は、ドミニコ会やクリュニーと違い、修道院が所有する土地から地租を取ることさえ禁止したので、生活の糧はすべて自らの労働によって得なくてはならなかった。シトー会の修道士の平均寿命は30代だったらしい。

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  • オータン 写真

    中庭の回廊。
    室内が簡素で、外に庭が美しい。
    まるで日本建築のようで、桂離宮に通じる美意識か。
    桂離宮に行ったことはないけど。

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  • オータン 写真

    泉からの清水。
    フォントネーの語源は、泉。
    周囲の山もとても美しい。

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  • オータン 写真

    ウェズリーの聖マドレーヌ聖堂。
    フォントネーからウェズレーへの道は、D957でとても単純なのだが、tomtomが近道をしようとしたのか、非常に細い道を指定して、それをぐにぐにしているうちに、曲がるべき道を通り越し、かえって迷ってしまった。
    それでも2時間弱で、ウェズレーに到着。丘のふもとに観光バスも停車する大きな駐車場があって、そこに車を停める。

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  • オータン 写真

    内部のタンパン

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  • オータン 写真

    ウェズレーは、スペインのサンチヤゴ・コンポステーラ教会への巡礼道にあたっているのだが、この内部の装飾は、明らかにスペインの影響で、その源泉はイスラム建築にある。

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  • オータン 写真

    聖ベルナール像
    1146年の復活祭の日曜日、第二次十字軍の結成を呼びかける演説をする。
    第一次十字軍は、フランス国王が参加してなくて、シャンパン地方の貴族が主体だったから、国王を参加させた第二次十字軍、そのきっかけになった聖ベルナールの演説というのが重要なんでしょう。

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  • オータン 写真

    マグダラのマリア像

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  • オータン 写真

    地上にあるマグダラのマリアの聖遺物
    1037年Geoffroy司祭が祭りの日に公開。“奇跡”の噂はまたたくまに広がり、巡礼者が押し寄せることになる。

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  • オータン 写真

    地下にあるマグダラのマリアの聖遺物
    これが後に偽者とされたものか。

    1537年にウェズレーの大聖堂はローマの支配から離れ、宗教戦争のときは新教の砦になり、カトリック側の包囲戦にも耐える。

    フランス革命のとき、教会としては廃止。その後、廃墟になるが、19世紀にメリメ文化相が修復を決定。

    つまり巡礼者でにぎわったのは、11世紀から13世紀までの短い間だけなんですね。復活したのは第二次大戦後。


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    ジョルジュ・バタイユが死ぬまで住んだ家
    聖堂に続く中央の道沿いにあります。

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  • オータン 写真

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  • オータン 写真

    オータンの聖ラザロ大聖堂
    tomtomのいうままに、16時半ころ、たどり着きました。
    ブルゴーニュの美術館・博物館は火曜日が休みなので、ローアン美術館が見られず、旦那はこの町に泊まると主張。
    ツーリスト・インフォメーションでホテルを探してもらうが、市内はどこも満員で、2キロ郊外のホテルチェーンのHotel Ibisにする。
    これはラザロ聖堂の横で、天文時計があります。

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  • オータン 写真

    聖ラザロ大聖堂タンパン

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  • オータン 写真

    このタンパン、1766年に、稚拙だから恥ずかしいので隠そう、と教区が決めたんで、しっくいで埋められ、それが幸いして、フランス革命の時の破壊を免れたそうです。

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  • オータン 写真

    この教会にはファン・アイクの名画があったのだが、フランス政府に収用されてしまった。その絵は現在、ルーブルにある。

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  • オータン 写真

    聖堂の上階に保存展示されているロマネスク彫刻。
    聖堂の正面に向かって右側の小部屋から上にあがる階段がある。

    この彫刻のお題は、「美徳と悪徳」

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  • オータン 写真

    聖ラザロ聖堂の中の小聖堂。各地の代表の聖堂になっている。
    普通、こういう脇の聖堂には、聖人を祭る。各地の司教などがオータンに来たときの支部代表みたいな聖堂は置かない。それが必要だったということから、当時、いかにオータンが宗教的に重要な土地だったかわかる。

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