パキスタンのカラチ:世界最大のイスラム都市の今
6位
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- 旅の満足度 :
- 2.0
- 観光 :
- 1.5
- ホテル :
- 3.0
- グルメ :
- 3.0
- ショッピング :
- 2.0
- 交通 :
- 2.0

5月5日からはパキスタンの、いや世界最大のイスラム都市であるカラチに滞在した。パキスタンは人口1億6千万人で世界第6位、人口増加も著しい。カラチは1,000万人超で世界有数の大都市である。BRICsには及ばないまでも重要な市場として無視はできない。
パキスタンは1947年にインドから独立、インドをはさんで東西パキスタンというイスラム教国が誕生、その後1970年の紛争により東パキスタンはバングラデシュとして独立、西は現在のパキスタン・イスラム共和国となった。クーデターや指導者の暗殺が繰り返され、アリー・ブットー元大統領はクーデターにより処刑、その娘のベーナズィール・ブットーは初の女性首相となったが、やはりクーデターで解任され亡命、2007年11月に帰国するも同年12月暗殺されたことは記憶に新しい。
もともと独立するまでは同じ国だったため、インドと人種、言語などは共通しているが、イスラム教を国教としているため、宗教観、食べ物は異なる。インドでは食べられない牛肉はパキスタン人は普通に食べており、不浄の動物である豚の肉はここには見られない。国語であるウルドゥー語はインドのヒンドゥー語とほとんど同じであるが、ウルドゥー語はアラビア文字を使うことが大きな違いである。イスラム教徒はコーランをアラビア語で読むことが必要なため、アラビア語もかなり入っている。
世界遺産のモヘンジョ・ダロ遺跡をめざす人以外は、好んでカラチを訪れようとする人も少ないだろう。町には観光客も少なく、銃をもった軍人があちこちで監視しており、町で写真を撮るのも緊張する。私が車で移動するときも銃を持ったガードマンがいつも同乗していた。北部のカシミール地方はインドとの国境問題のため、しばしば紛争が起き、世界で最も核戦争が起こる可能性が高い地域とも言われた。08年ムンバイで起きた同時多発テロ事件もパキスタンが関与している、またアルカイダが潜伏している可能性があると言われている。
市内ではテロが頻発しており、私の滞在中にも爆発事件があり数十人がなくなったと言う。しかし、さすがこの町に駐在している方は少々のことでは動じない。テロ事件は、多いときには月に数回発生しているらしく、自由に行動することも制約が多い中で、駐在の方々のご苦労は察して余りある。
上記の事情から限られた写真しか撮影できなかったが、いくつかを紹介しておこう。
印パ戦争の最中、パキスタンを率いた「建国の父」ムハンマド・アリ・ジンナーの霊廟(写真1)が最重要スポット。パキスタンの紙幣はすべて彼が描かれている(写真2)。世界最大のドームを持つというモスク、マスジッド・トゥーバ(写真3)、ここでもカメラを向けただけで監視から追い払われた。
市内の公共バス(写真4)はすさまじい装飾である。リキシャ(写真5)は市民の足であるが、インドと違って運転席に覆いがない。雨が降らないので不要なのであろう。
町なかはごみが散乱して汚い(写真6)が、この町でも子供の笑顔(写真7)には癒される。街角の野菜・果物売り(写真8)、パンを焼く人たち(写真9)は人懐っこく笑顔を見せてくれた。
カラチ中央駅(写真10)はほとんどひと気がない。停車中の列車(写真11)と内部(写真12)を見たが、鉄道旅行好きの私も、この列車で旅行するにはかなりの勇気がいる。
パキスタン人の同僚が案内してくれたのは、カラチの有名レストラン、ラール・キラー(写真13、14)。世界遺産のラール・キラーは敵国インドの首都デリーにあるが、イスラム教のムガール帝国皇帝の居城であるため、パキスタン人にも人気のレストランなのである。ここではビーフが食べられるが、当然ポークはない。皇帝シャー・ジャハーンとともに記念撮影をした。
市内にアラビア風の建物のショッピングモール(写真15)を見つけたが、昼の時間のせいか門は閉じられていた。
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