俵山奇譚
29位
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- 旅行時期 :
-
- 2007/05/01 - 2010/05/10
- (約5年前・1106日間)
- テーマ :
- バックパッカー
- 投稿日 :
- 2012/01/26(約4ヶ月前)
- 写真 :
- 12枚
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インドネシアのソロで出会った世界旅行者Sさんとの再会 そして阿蘇で世界を考える
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二年ぶりにSさんからメールが入った。
五月に熊本に行くことになったから、会いませんか、という。先日、奈良で偶然知り合った人から招待を受けた。九州に上陸するのははじめてなので、阿蘇山や高千穂峡など、いろいろなところをまわってみたい・・・
そうか、あの人、無事に日本に帰ってきていたのか。ずっと長いこと木の枝にひっかかっていた果実が、やっとぽろりと地面に落ちた。
二、三日して、夜、ホテルの部屋で鬱々としていると、電話が鳴った。ケイタイの向こうから聞こえてくる声は、まぎれもなくSさんの声だ。五秒に一度くらいころころとよく笑う。記憶がショートカットして、はじめて会ったときのやや天然ボケふうの彼女の笑顔が、脳裏によみがえった。
彼女とは、ジャワ島のソロという町で会った。ルーシー・ペンションという小さなロスメンの廊下の椅子に腰かけて、ノートブック片手ににこにこと笑っていた。何か声をかけずにはいられないふんいきだった。
人には持って生まれたふんいきというものがある。一朝一夕でこれを変えることは難しい。Sさんの場合、相当に恵まれたふんいきを持って生れついたというべきだろう。四方の扉を常に開け放っているので、人に緊張感を与えるということがない。逆に、悪意を持った人間は、その扉の中に踏み込むことに、躊躇せざるをえない。
これは後になって聞いた話だが、彼女は女ひとりで相当の辺境の地を旅したにもかかわらず、ただ一度を除いて危ない目にあったことがないという。また、そのただ一度を含めても、自分にたいして本当に悪意を持った人間に会ったことがない、というのだ。そのただ一度というのは、南米を旅していたときに出くわした睡眠薬強盗で、目が覚めたら所持金をすっかり持って行かれていたそうだが、どうやら彼女はその強盗さえも「悪意を持った人」とは認識していないようなのだ。
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風通しの良い建物の二階で、しばらくあたりさわりのない話をしているうちに、Sさんが突然とんでもないことをいいだした。実は自分は、現在、世界一周の旅の途上にあるというのだ。すでに旅に出て、一年半になるという。インド、チベット、ネパール、インドシナを巡り、このあと中東、アフリカ、南米に渡るつもりだという。
ボルネオのジャングルに分け入って、現地の人たちの村で暮らしてみたい。ユーラシア大陸を横断して、中東の国々やアフリカにも行ってみたい。これからどんな出会いがわたしを待っているのか、たのしみでしかたがない、というようなことを、ひょうひょうとした顔でのたまう。
私は彼女のすがたかたちをあらためて上から下までながめた。どこからどう見ても、三泊四日のバリ島パックツアーに出かけてきたばかりのお嬢さんというところだ。こういう人がひとりで海外旅行しているということさえ不思議なくらいだ。
しかし、どうやら彼女は本気らしい。
それどころか、結論からいうと、あしかけ四年にわたる彼女の旅は、おそらく本人の予想を上まわる収穫を彼女にもたらしたというべきだろう。ただし、その四年の旅が、彼女という人間に何か大きな変化を与えたかというと、それは疑問だ。私の考えるところによると、たぶん旅の前後において、Sさんというひとりの人間は少しも変わっていない。
これはけっして悪い意味でいっているのではない。Sさんという人はそういう人なのである。ある人がいっていたが、彼女は人間の原石のような人だ。善も悪もなく、みがかれてもいない。おそらく永久にみがかれることはないだろうが、それはけっして彼女の価値をおとしめるものではない。そんな彼女に外側から影響を与えることは、相当に難しいことにちがいない。あえていえば、彼女はより彼女らしい人間になって旅から帰ってきた、といえるだろうか。
そもそも彼女自身、変化ということに、あまり価値を認めていない。彼女がもっとも大切にしているものは、現在の幸福だ。
それは幸福になるということではなくて、幸福であるということだ。(一見、似ているようで、ここには大きな差異がある。)未来よりも現在を大切にして、Sさんは生きている。
それは現代日本で生きる大多数の人々にとって、あまり賛同できる生き方ではないかもしれない。たしかにそこには進歩もなければ、発展もない。みんながみんなそんな生き方をしていれば、社会全体の経済的発展など望むべくもないだろう。しかし、世界には、そういう生き方を当然のごとくしている人たちで成立している社会が数多くあるのだ。Sさんはどうやらそういう世界を四年の歳月をかけて渡り歩いてきたらしい。
だが、逆にいえば、何のために人間は変化を求め、社会は進歩、発展をしなければならないのか? 個々人の幸福と無縁の進歩、発展など、無意味ではないか? もっとも、これは彼女の主張ではない。
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ソロは、ボロブドゥールやプランバナンの遺跡で有名なジョグジャカルタから、電車で一時間ばかり東へ行ったところにある小さな町である。町の歴史は古い。ジョグジャカルタが京都であるとするならば、ソロは奈良にあたるといえるだろうが、特に見るべきものはない。外国人観光客のすがたも少ない。ただ、町の中心部には、小さいながらも王宮らしきものがあり、周辺の路地裏には、あまりぱっとしない安宿が何軒か点在する。
ルーシー・ペンションもそのひとつだ。
まだ二十代の若夫婦が経営する宿で、部屋はお世辞にも清潔とはいい難い。こういう宿に泊まるたびに思うことは、なぜ彼らは自分の宿を少しでも良い環境に保とうと努力しないのか、ということなのだが、たぶんこれは日本人的発想なのだろう。彼らにいわせれば、この環境で泊まるべき客が泊まってくれたら、それで十分、ということになるのかもしれない。
しかし、ルーシー・ペンションは、清潔感にはやや欠けるものの、なかなか住み心地の良い宿だった。それはひとえにここの若夫婦の人柄の良さによるものだ。プラス、宿を取り巻く下町情緒あふれる環境が、ジョグジャカルタの観光ずれしたふんいきから逃れてきた私には、新鮮なものに感じられた。
宿の前の路地では、いつも子供たちがあそんでいた。そのかたわらには無造作に洗濯物が干してあり、ときにさっとスコールが来ても、だれも取り込もうとするものはない。しばらくして日が差すと、洗濯物はきらきらと日の光を反射した。痩せた物乞いの老婆は、いつも同じ時刻に宿の戸をたたいた。若奥さんがちょっとしたものを手渡すと、老婆は礼をいうでもなく立ち去ってゆく。
旅に出て、日常に返る、こういうひとときがわたしは好きだ。
それはたぶん、その日常が自分とは無縁の日常だからかもしれない。路地であそぶ子供たちのすがたは、近いところにあるようで、実はずいぶん遠いところにある。洗濯物の一瞬のきらめきは、知覚に深く突き刺さるようで、同時に現実感がない。
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路地を一歩出ると、ソロの町は騒然としていた。
揃いのシャツを着た若者たちが、トラックの荷台に十人も乗り込んで、町を走りまわっている。小さなバイクに三人乗りして、プラカードを掲げて走りまわっている若者たちもいる。暴走族ではない。それは選挙運動なのだ。
「エレクション・イズ・ポルーション!(選挙公害だ!)」 と同宿のヒッピー風の若者はいったが、言い得て妙だ。わが国の選挙運動も似たようなものだろう。いや、どこの国の選挙も似たようなものにちがいない。しかし、この国では、それは同時に若者たちのフラストレーションの発散の場にもなっているようだ。
なぜか私は旅先で選挙に出くわすことが多い。アジアの人たちは概して選挙運動に熱心だ。ときにそれは宗教的なエクスタシーを伴う。ある意味、それは当然で、選挙とはいってみれば宗教的な選択なのだ。その証拠には、健康状態のすぐれない候補者は選挙以前にその資格を失っている。
Sさんとふたり、喧噪の通りを避けて、クラトン(王宮)に入ってゆくと、女たちの一団が踊りの稽古をしていた。
広大な庭園の中央に、宮殿というよりもモスクを想わせる、屋根の低い広々とした開放的な造りの建物があり、その一角に十数人のガムラン奏者たちが、古い置物のように座り込んでいる。
例によって、いつはじまるともなく、ガムランサウンドが空間に満たされてゆく。よほどしばらくしてから、Sさん曰く年季の入った踊り手がふたり進み出てきて、これまたいつにともなくしずかに踊りはじめる。それはあたかも日常の動きがそのまま少しずつ踊りに進化してゆく過程を見るようだ。
陽は中天に高く、樹々の緑は濃く、外の空気はぎらぎらとたぎっている。街路からは、選挙カーのかまびすしいクラクションの音が響いてくる。しかし、この一角だけは、別世界の空気に満たされている。
同じインドネシアでも、バリ島のウブドあたりの踊りと比べると、ずいぶんゆったりとしている。バリの踊りが、緩急の変化を多用した連続技を見せる舞踊だとすれば、ジャワ島の踊りは姿勢の変化を見せる舞踊だといえるだろうか。少々やぼったいといえば、やぼったい。年季の入った踊り手ばかりで、若い女性がひとりもいないのも、そう見える要因のひとつだろう。
Sさんは、しかし、なかなか真剣に見入っている。もともとバレエを習っていたというから、舞踊全般に興味があるのだろう。長身で、日本人離れした体型をしたSさんは、いつも踊るように歩く。その周りではいつも何か劇が進行しているような、独特のふんいきを彼女は持っている。
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五年ぶりに会ったSさんは、変わっていなかった。
わたしがクルマの後部座席に乗り込むやいなや、よくしゃべり、よく笑った。なぜ、こんなにも屈託なく笑うことができるのか。やはり彼女は、より彼女らしい人間になって日本に帰ってきたというべきだろう。あるいはSさんのような人は、環境を味方につける術を、生得的に心得ているのかもしれない。それは自然や生活環境にとどまらず、自分の周囲の人間関係を、ダイナミックにコントロールする能力として顕現している。
実は、彼女から聞いた旅の話の中で、ひとつだけ不快に思ったことがあった。それは彼女がカルカッタのマザー・テレサの施設でボランティアをしていたときの体験談だった。彼女はそのときの体験を「たのしかった」と表現したのだ。
無論、わたしは直接その施設を知っているわけではないし、カルカッタにも行ったことはない。ただ、何人かの旅行者の話を聞いて、そこが一種の死を待つ人々の家であると認識していた。実際、日本人にしても、その他の国の人たちにしても、その施設について語るとき、明るい顔をして語る人はまずいない。ただひとり、Sさんだけが笑顔の中でそれを語った。
そのことがわたしを不快にさせた。
しかし、彼女にしてみれば、おそらく、正直に自分の感想を述べたにすぎない。彼女は死を待つ人々に囲まれて、本当に幸せだったのだろう。そしてその彼女自身の幸福は、死を待つ人々へも伝播したにちがいない。そんな彼女の言葉を聞いて、それを不快に思うのは、偽善者の心境だ。
彼女の幸福が伝播することによって、死を待つ人々の家は、より良い方向へと環境を変化させたにちがいない。逆に、わたしのような人間がその施設を訪れて、同情と憐みの涙で袖を濡らしたとしたら、病人たちはまちがいなく死期を何日か早めたことだろう。
このようにして、彼女は環境に働きかけてゆくのだ。
彼女が場の中心にいるだけで、人々はぐんぐん変化する。それは見ていて、恐ろしいくらいだ。ある意味、彼女のような存在は、両刃の剣のようなものかもしれない。スター・ウォーズ風にいえば、彼女のような存在の影響力がダークサイドの方へと傾く場合も想像できる。だが、そもそも何が善で何が悪か、彼女の屈託ない笑顔を見ているうちに、そんなことを考えている自分がばからしくなってくる。変ないかたをすれば、動物に善悪の区別がないように、彼女にも善悪の区別はないのかもしれない。つまりそこが彼女が人間の原石である所以で、常に彼女が進む方向に世界は拓けているのだ。
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わたしたちを乗せたクルマは、ナビに導かれるままに、熊本市郊外の迷路のような住宅地をくるくるとまわった。運転しているのは、奈良の三輪山でSさんと知り合ったというMさんという中年の女性である。この人もまた、Sさんとは違った意味で求心力のある、なかなかパワフルな人だった。Sさんが人間の原石であるとすれば、Mさんは奇石の収集家といった役回りといえるかもしれない。
MさんもSさんに負けずよくしゃべった。
ふたりのパワフルかつおしゃべりの女性に圧倒されて、わたしはほとんど負のエネルギーのかたまりのようになって、後部座席にへばりついていた。これは自虐的な意味でいっているのではない。わたしには自らがしゃべらないことによって相手の会話力を高めるという特殊な才能があるのだ。
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やがてクルマは、閑静な住宅地の一角にある瀟洒な家に到着した。
中に入ると、広いリビングルームに二十人ほどの人たちが集まっていた。年齢は様々のようだが、ひとりを除いて全員女性だ。紅一点ではなく、黒一点、わたしを含めて黒二点というわけだ。
黒二点の片割れは、なぜか他の女性陣からスサノオくんと呼ばれていて、名前のわりにはシャイな若者だった。しかし、たしかになかなか良い体格をしている。スサノオくんに今日の集まりのことについて訊いてみるが、どうも要領を得ない。どうやらここにいる人たちみんな、何らかのかたちでMさんとつながりがあるらしいが、では、そのつながりがいったい具体的にどういうものなのかというと、やはり良く分からない。ひょっとして一種の新興宗教的な集まりかとも思ったのだが、どうもそうでもないらしい。
結局、何もかもが良く分からないままに、Sさんは例によって気の向くままにしゃべり出した。
彼女からの連絡は、二年前、アフリカのジンバブエから発信されたメールを最後に途絶えていた。当時、ジンバブエは(現在もそうかもしれないが)政情も不安定で、何よりも想像を絶するインフレにあえいでいた。Sさん曰く、貨幣制度が完全に崩壊している状態だったらしい。そんな場所で彼女の足跡が途絶えたので、わたしはなんとなく彼女自身アフリカの大地の精霊と化して、もう二度と日本に戻ってくることはないのではないかと思っていた。
不思議なことに、彼女が不慮の事故か何らかの犯罪に巻き込まれた、というようなことは考えなかった。彼女くらい、そういうことが似合わない人はいないからだ。
彼女の話が進むうちに、集まっていた二十人ばかりの人たちは(わたし自身も含めて)ぐいぐい彼女の世界に引き込まれていった。ただ、ひとついっておくと、彼女のトークは、洗練されたトークではない。こことここにポイントを置いて、ここで笑わせて、ここで涙を誘って、とんとんとんと帳尻を合わせておしまい、というような設計図はそこにはない。
「今日しゃべること何も考えてないんですよね」と本人が告白したとおり、たぶん彼女はその場その場でありのままの自分をさらけ出すだけだ。基本的に、彼女は考える人ではなく、体感する人だ。彼女のトークに耳を傾けるわたしたちは、彼女とともに世界を体感してゆくことになる。
それはSさんという人が棲んでいる世界だ。
ときにそれはボルネオの密林の奥深く精霊たちが日常茶飯事にあそびたわむれる世界であり、ときに宇宙の深奥へとつづく石の階段を登る旅路である。わたしの旅は日常生活の周辺を歩きまわる旅だが、Sさんの旅はより高い高みへと飛翔している。
勘違いしないでもらいたいのだが、それは彼女の旅が高尚であるということではない。むしろ逆で、彼女の旅は人々の生活のより深いところに入りこむことによって、精神世界の旅へと浄化されているのである。重要な点は、彼女はあくまでも旅人であって、生活者ではないという点だ。
旅人が生活者になった時点で、その人の旅は終わる。
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参加者の中でひとりだけ、所在無げにしている女の子がいた。最前列に近い場所にすわっているのだが、Sさんの話を聞いているのかいないのか、ずっとうつむきかげんで、指で床に文字を描くような仕草をしている。眼鏡をかけて、小柄な、まだ十代後半と思われる少女だった。どうやら母親とふたりで、この集まりに参加しているらしい。
わたしは途中からこの少女のことが気になり出して、Sさんの世界と少女の世界を行ったり来たりしはじめた。ふたつのまったく異なった精神世界が、目の前で対峙している、とわたしは思った。
Sさんの話が終わると、娘の母親のほうが、なぜかわたしに声をかけてきた。娘とは正反対に積極的な性格の人のようだ。わたしがSさんの知り合いであると知ると、彼女のことについていろいろと質問してきた。よほどSさんの話に感銘を受けたらしい。わたしはふと、この人は今何かを模索しているのではないだろうか、と思った。だが、それが何なのか、わたしには分からなかった。
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Mさんいうところのトークショーが一段落すると、阿蘇に行ってみようということになった。
熊本空港にSさんを迎えにいって、市内へ戻る途中、俵山というところでふたり弁当を開いたのだが、そこが大変すばらしいところなので、ぜひみなさんを連れてゆきたい、とMさんはいうのだ。
俵山までは、市内から三十分程度のドライブだ。市街地を抜けて、東へ東へと走ると、前方に阿蘇の雄大な景観を見ながら、道は少しづつ高度を上げてく。やがてゆるやかな曲線を描きつつ、阿蘇外輪山の西端へと到達する。ここは原始の時代、大巨人がその剛脚をひと振りして、阿蘇の胎内に溜まった神水を海へと返還した地なのである。
眼下には西原村から熊本市街へとつづく広大な平野が広がる。
だが、何万年かの時を経て、その景観は大きく様変わりしたことだろう。いや、本当のところ、わずか千年の間にその変化は進行した。イブ・タンギー描くところの終末の風景がここにもある。
阿蘇バレーの内と外にびっしりと繁殖した人間の町。熊本空港から飛び立つ飛行機の窓から眼下を見ると、目に飛び込んでくるのは、雄大な阿蘇の景観とともに、そうした恐るべき繁殖をとげた人間の町だ。いまや峡谷の奥の奥まで、人間の生活圏は拡大している。人によっては、そこに偉大なる人間の足跡を見る人もいるだろう。人間は自然と格闘し、その生活圏をここまで切り拓いてきたのだ。
だが、自然の側からこの状況を見ると、どう映るだろう。
わたしたちの町は、まさしく地表を覆うがん細胞に他ならない。アスファルト道路は、神の胎内の奥深く切り込んでくる悪しき蛇だ。このままでは人間は自然を食い尽してしまうにちがいない。だからその前に、自然が何らかのかたちで防御措置をとることはすごく当然のことだ。それがどういうかたちで行われるのか、あるいはすでに行われつつあるのか、わたしたちには知るすべもないのだが。
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市内を出るときは鬱々としていた空模様も、徐々に回復し、俵山でクルマを降りるころには、雲の切れ間から陽が射しはじめた。太陽はまだ高い。日没までにはまだ間があるだろう。
Sさんはいつのまにか裸足になって、山の斜面を登りはじめた。こうなるとこの人は、制御の利かないおもちゃのようなもので、足は勝手になだらかな緑のスロープを踏みしめてゆく。いっしょに来た他の人たちも、最初のうちは、いささかためらっていたが、そのうちみんな靴を両手にぶらさげて、思い思いにSさんの背中を追いかけはじめた。
わたしもしかたなく、靴と靴下を脱いで、おっかなびっくり地面に足を置いた。地面には、まだ太陽のぬくもりが残っていた。
靴を脱いでみて思うことは、わずか1センチの厚みであるとはいえ、靴というものがいかにたくさんのものをわたしたちから奪い去っているか、ということだ。わたしたちの足の裏の皮膚は薄いが、薄いがゆえに、いろいろなものをそこから吸収することができる。空の太陽のぬくもりさえ、そこから感じ取ることができるのだ。
Sさんにいわせると、わたしたちは靴によって、大地から絶縁されているのだという。なるほど。たしかにわたしたちは靴をはくことによって、大地の声を聴くことを忘れているのかもしれない。かつては人間もまた、大地の延長線上に生きる動物の一群だったはずだ。風土記には「むかし草木がことのはをかたりしとき云々」という記述がある。はたして言葉を忘れたのは草木のほうだろうか、人間のほうだろうか? 耳をすましてみても、今ではわたしたちには草木の言葉を聴くことはできない。しかし、草木がわたしたちに語りかけていた時代は、意外に近い。
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Sさんは緑の絨毯の上に座り込んで、日没を待っている。そのまわりには何人かの女性たちが集まって、即席のストーンサークルを形成している。はたして彼女に草木の声が聞こえているのかどうか、それは想像の外だ。
最前の少女は、ストーンサークルの外に位置し、やはり所在無げにしている。その表情からは、幸福も不幸も読み取ることはできない。わたしはふと、今、この場に集まっている者たちの中で、自然の声を聴くのにもっとも近い場所にいるのは、この少女ではないかと思った。そのはかなげな少女の存在が、一瞬、Sさんを大きく超えて、山の斜面でぎらりと強く輝いたような気がしたのだ。
あるいはこの少女は何かを病んでいるのかもしれない。
しかし、病は力だ。病気はある種の能力を高めもする。彼女のはかなさは、逆に彼女の潜在エネルギーの大きさを証明しているように、わたしには思われた。
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熊本から帰って、一週間ほどたった夜、Sさんから電話が入った。
昨日、九州から帰ってきたから、とりあえずご報告を、ということだったが、例によって、彼女の話はとりとめもなく膨らみ、帰京の報告にとどまらず、旅のすべてを語り尽くそうとして止めどがない。
もっとも、わたしにしても、彼女の話に耳を傾けるのは、大いなる歓びだ。
その後の彼女の旅は、阿蘇から高千穂を抜けて、宮崎の海岸へと出、そこから西都原を経て霧島へと遡上したらしい。それは原始の空気に満ちた世界だ。日本という国は不思議な国で、現代的であると同時に原始的でもある。もしかしたら彼女は、世界各国を歩きまわった末に、意外に身近なところで、地球の深奥部へとたどり着く道を見つけたのかもしれない。
話を聴いていて、驚いたことがあった。
それは彼女のその後の旅がひとり旅ではなく、道連れがあったということだ。他でもない、俵山でストーンサークルの外にいたあの少女とその母親が、高千穂までSさんを追いかけてきたのだという。
「わたしもびっくりしたけど、うれしかったから、そのまま一緒に旅行することにしました」と、Sさんはケイタイの向こう側でいった。
わたしは、ふたつのことに驚いていた。
ひとつは、もちろん、母親が娘を連れて、わざわざ高千穂までSさんを追いかけてきたということ。そしてもうひとつは、Sさんが当然のことのように母と娘の行動を受け入れたということ。ふたつの大きな力が、ここには作用している。
ふたりが加わったことで、当然、Sさんの旅は大きく制限を受けたことだろうが、彼女はまったく肯定的にその制限を受け入れたようだ。母親のほうは、Sさんがふたりの同行を拒むとは、露ほども考えなかったにちがいない。
あるいは母親は娘をSさんに引き渡そうと試みたのだろうか? おそらく、今、母親は少女の精神の深さを測りかねているのだろう。そのエネルギーの大きさゆえに。少女の精神は、今、外界への扉を開くことを恐れているのかもしれない。そこへ、今、Sさんというもうひとつの大きなエネルギーを持った精神が出現して、今度は外界から、その扉をたたきはじめた。
「どんどん! どんどん! わたしはここにいる!」と。
ふたつの精神が、南九州の原始の土地で、どのような感応をはたしたのか、わたしには知るすべもない。しかし、近くて遠い、遥かな神話の地で、それが幸福な邂逅であったことをわたしは信じたい。
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