★山東省 −省都済南と近郊の春
6位
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- SUR SHANGHAIさん
- 女性
- 済南の旅行記 : 5件
- 旅の満足度 :
- 3.5
- 観光 :
- 4.0
- ホテル :
- グルメ :
- ショッピング :
- 交通 :
- 3.5
- 交通手段 :
-
- 現地移動 : レンタカー / タクシー
- 同行者 :
- カップル・夫婦
- 手配内容 :
- 個別手配

1990年代半ばの中国って、どこに行っても埃っぽい街ばかりだったような気がするSUR SHANGHAI。
山東省の省都の済南もそうだった。
それでも春が巡って来た頃に訪れると、思いがけないほど花盛りや新緑の景色も見られたっけ。
この編では、そんな済南市内と近郊の春景色を集めてみます。
4月から6月にかけてのばらばらの時期だったなあと思っても、旅行記録は出てきていないので正確な日付は…。 (・・?
この頃だったなあという日付を選択して、まとめてアップしようと思います。
表紙の画像は、済南市街地の南にある千佛山から見下ろした風景と街並み。
-
1990年代半ばによく訪れていた山東省の省都済南。
度重なる引越しで見失っていたその頃の写真が発掘できたので、少しずつアップして行こうと思います。
記録の方は出て来ていないので、写真の場所が記憶に無かったり、取り違えていることもあるかも…。(^^ゞ
お気付きの点がありましたら、ご教示願います。m(__)m
これは、済南市街地の南にある千佛山よりさらに南の山村へ車で行った時の事だったはず。
春めいてきた日の光の中で、乾いた山の斜面に造られた桃畑がピンク色に染まっていた。 -
これも同じく済南の南郊外。
舗装化されていない山間の道を行くと、乾いた山々の間には思いがけなく川も流れる景色。
段々になった麦畑とその中の集落。
あれ?民家が空っぽに見えるけど、廃屋なのかな。
ここが何という村のあたりだったのかは定かでは無いながら、川の名前は玉符河だったような…。 -
これだけ見たら、山西省あたりの黄土高原と言っても通じそう。
でも、SUR SHANGHAIが気付いた限りでは、厚い黄土層に横穴を掘って造る洞窟住居の窰洞(ヤオトン)は済南の付近では見かけたことがありません。 -
乾いた風景の中を流れて行く細い川。
今日はお天気がいいから、洗濯に集まってきた女性たち。
この頃はこの郊外の村だけではなく、済南の市街地でもお堀のようになった泉で洗濯をしている人たちがいて、それが日常風景だったっけ。 -
どこか懐かしい洗濯風景。
日本の昔話にも、「…おばあさんは川に洗濯へ…」という下りが出てくるように、日本でも川の流れで洗濯するのがごく普通の時代もあったはず。
SUR SHANGHAIが自分のおばあちゃんに聞いた戦時中の話では、石鹸も無くなったので、石鹸草と呼ばれていた植物で洗い物をしていたんだそう。
家のそばの川も使ったよ、という答えでした。
石鹸草って? と調べてみると、ナデシコ科のサボン草(シャボン草)と呼ばれる植物で、葉や根を煮出したサポニンを含む液が洗剤の代わりになるんだそうです。 -
これは、石碑に名が出ている通りの大明湖のほとり。
大明湖は、済南東站と市の中心部の間にある大きな湖。
今はどうか分かりませんが、1990年代半ばの頃の湖水はお世辞にもきれいとは言えなかったのがとても残念だった場所。
今は公園化も進んできれいになっているのかも。
その岸辺の片隅にはこんな金魚形の施設があったけど、その用途は何だっただろう…。
この画像では、お口の中で誰か一人居眠りしています。 -
これも大明湖の一画だったと思う…。間違っていたらごめんなさい。
大明湖は、済南に数多い泉の水が合流して出来た湖で、その面積は46ヘクタールという規模。
済南では、[足勺]突泉、千佛山と合わせて見所の一つになっていますが、この当時は特に行かなくてもいいのでは…という場所だった思います。
今は水もきれいになって、周辺もこざっぱりと整備されているのかも。 -
これは大明湖の一画だとはっきり覚えている風景。
大明湖は規模が大きいばかりではなく、周りを取り囲む公園には浙江省寧波にある庭園≪天一閣≫を模して造ったと言われる亭などが並んでいます。
この頃は娯楽も少なかったせいか、大明湖のほとりでは釣りをする人たちがよく見られました。 -
水気の多い場所には柳の木が植えられていて、新緑の頃は風情がよかった。
湖の画像奥の薄紫色の花を咲かせているのは桐の木。
桐の木は、済南郊外の民家の庭でもよく見かけた覚えがあるなあ。
一昔前の日本では、女の子が生まれると桐の木を植えて、将来の嫁入り箪笥を作るのに備えたなんていう話を想い出したSUR SHANGHAI。 -
これは済南市内のどのあたりだっただろう。
キンセンカを黒い素焼きの鉢植えにして育てている場所があった。
園芸園が出荷用に育てているような雰囲気。
この頃って、市場の一画の園芸用品コーナーでもプラスチック製のプランターは全然無くて、ここに写っているような黒い素焼きの鉢が並んでいたと思う。 -
済南市の南にある英雄山革命烈士陵園の近くには、市場があった。
今もあるのかな。
これは鳴き声を楽しむためのペット用小鳥コーナー。
朝のお散歩に行く時に、黒い布をかけた鳥籠も持って行くおじいさんたちもよく見かけたな。
目的地の公園や山に着いたら、木の枝に鳥籠を下げて黒い布を取ってあげると、目を覚ました小鳥たちが鳴き出すという仕組み。
これは済南だけではなく、中国のあちこちで見かけた懐かしい光景。
何人も集まる場所だと、小鳥愛好家の交流の場にもなってちょっとした鳴き声コンテスト風だった。 -
英雄山革命烈士陵園の近くにあった市場の駐輪コーナーと青空床屋さんコーナー。
地面むき出しのちょっとした広場にいくつも椅子が並んでいて、空いたら座るというごく簡単なシステム。
あとは、白い布を首の周りにかけてもらったら、そのまま散髪開始。
これも済南だけではなくて、この頃は中国のあちこちで見かけた風景。
こういう青空床屋さんは、理髪師さんもお客さんも普通は全員男性なのに、右端のお客さんはおばあさんだったのが珍しかった。
青空床屋さんも懐かしい光景。今はもう衛生上の理由で禁止されてしまっただろうな。 -
英雄山革命烈士陵園の近くにあった市場のこの青空床屋さんは、用事ついでにちょっと髪も切ってもらおうという感じの人が多かった。
この子は、お父さんが買い物に行っている間に散髪。
今から見ると、衛生面でずいぶん無防備だった気がするけど、その頃はこれが当たり前。
『あわて床屋』の♪…チョッキン チョッキン チョッキンなぁ〜。♪の下りを思い出させる青空床屋さん。
この歌詞は北原白秋作詞だったのね。 -
これは済南市街地の南にある千佛山。標高は258m。
中腹には千佛寺があって、[足勺]突泉や大明湖と並ぶ済南の見所になっています。
これは北東側の麓から見上げた様子。
北側の麓にはこの当時は街一番のホテルだった斉魯賓館があって、その脇にある参道から何度か上って行ったっけ。ケーブルカーもあったけど、SUR SHANGHAIは乗ったかなあ。
岩山のてっぺんにある亭まで行くと、お天気のいい日には街の北郊外を流れる黄河が細い帯になって見えた山。
中腹にはいくつか洞窟もあって、一度探検に出かけた記憶があるSUR SHANGHAI。そのうちの一つの万佛洞は結構奥行きが深くてドキドキ。
暗い洞窟の壁に彫られた仏像が怖かったなあ。((+_+))今から思うとよく一人で入っていったと思う。
一番奥の暗がりにはに大きな仏像、それに仏像を守っているらしき人がいて、ドヒャ〜!(◎◇◎)!
駆け出して外に出た後はもう二度と行かなかった。(~_~;) -
千佛山の東側の麓。
画像右側から下りてくる稜線には塔のようなものが見えていますが、これは辛亥革命烈士陵園。
ここにも何回か行ったような気がするけど、目下画像は出て来ていません。
石畳の広場風の場所に記念碑があれこれあったような気がする…。 -
これも千佛山の東側の麓とその向こうに見える岩山。
季節はちょっとずれているんですが、パノラマに出来そうな写真を合体させてみました。
手前の緑が濃い斜面右手には、上記の辛亥革命烈士陵園の記念塔が見えています。
その後に見えている岩山は、右側が[木厥]子山、左側が羊頭山と呼ばれていたような気がしますが、間違っていたらお許しを。m(__)m
左手の山の○印を付けた場所には、石窟風の場所があってそこにも行った覚えがあるけど、その写真は目下発掘途中。
出て来たら追加アップしようと思います。 -
これは、上記の辛亥革命烈士陵園のあたりから見下ろした済南市街地。
この頃はパノラマ写真が撮れないカメラだったので、上段の画像は何枚か貼り合わせています。もう少し横に長い写真に仕立てたと思うけど、半分は行方不明。
画像の横中央に並んでいるのは、この頃一番新しかったんじゃないかと思うアパート群。
春先は空気が乾燥している上に黄砂現象も重なっていたのか、いつもこんなに埃っぽい眺めだった。 -
6月に入って、再度訪れた千佛山。
千佛山中腹の千佛寺までは、北側の麓からだと普通の体力のある人なら歩いて上って行けます。中腹までならゆっくり行って1時間足らず。
天秤棒を使って何やら重そうなバケツを二つ運んでいく人も。
お寺で使う水を運んでいるのかな? -
体力とお時間が余っていて、お天気がいいなら、さらに千佛山のてっぺんまで行ってみるといいですよ。
これは、てっぺん近くにある亭から、北側に広がる済南市街地を見下ろした様子。
千佛山の麓近くは針葉樹で覆われて緑が濃いのが清々しい。
この日は珍しく空気もずいぶん澄んでるし。
北側の麓から中腹のケーブル駅まで上って来るゴンドラが点々。
画像をクリックして元画像にすると、その様子も見えるくらい拡大されます。 -
今日は天気もいいし、てっぺんまで行こうっと。
千佛山の頂上付近は、この頃はきちんとした遊歩道はありませんでしたが、スニーカー程度の靴なら十分上って行ける小道がありました。
今はもう立派な遊歩道が整備されているかも。 -
千佛山のてっぺんまで上りきって、さっきまで立っていた亭のあたりを振り返る。
これは北西方向の市街地の眺め。
画像の左上のあたりにスタジアムが見えていますが、これは山東省体育中心体育場。
こうして済南市街地と合わせて見ると、ずいぶん高い所に来てしまったような気持ちになりますが、千佛山の標高は258m。 -

千佛山のてっぺんから西の方向を見る。
画像の左奥の山は英雄山。この山の近くに、上の方でご紹介した英雄山革命烈士陵園や市場がありました。
市場は、この旅行記を書いている2011年にも同じ場所にあるのかどうかまでは分かりません。
あ! 靄の向こうに黄河が見える! (^◇^)
この画像だと分かりにくいでしょうが、北西方向をズームで見てみると…、 -

…市街地の向こうの靄の中に横たわる黄河の姿が。
この画像だと、左手が上流、右手が下流になります。
画像をクリックして元画像で見てみると、細い帯のようにうっすらと確認できると思います。
この頃はデジカメが無い時代だったのが惜しい! (-"-)
今後、お天気のいい日に千佛山に上る方は、デジカメをお忘れなく。 -
この日のSUR SHANGHAIは、千佛山の東麓へと下りて行ったらしい。
この画像の奥には、火力発電所が見えている。
新しいアパートが並ぶ住宅地も近いのにと思うでしょうが、ちょっと昔の中国の街造りは、民家も工場も一緒くたに入り乱れていたから不思議ではない景色。
済南だけに限ったことではありません。
上海にいるSUR SHANGHAIの知り合いの一人は、ガス・タンクの近くに住んでいるので、ドキドキ物です。(^^ゞ
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