カメルーンの旅行記

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カメルーンの旅行記 30

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  • アフリカ横断旅行  カメルーン ―バオバブの木の下でby marukunさん

    • アフリカ横断旅行  カメルーン ―バオバブの木の下で
    • 空港内カフェの天井の風力扇風機も回ることなく、暑さも加えイライラが頂点に達する頃、ようやく飛行機が1機、空港の滑走路に降りたった。
この乗客が降りたら、アタシたちが乗れるそうである。ヤウンデ経由でマルアへ飛ぶとのこと。
しかし、空港で待つひとすべてが乗るとなれば、オーバーブッキングは確実の様相だ。
航空チケットには座席番号はおろか、日付すら刻印されていなかった。
アタシは左片足ケンケン飛びで飛行機に一目散に向かった。
なんとか飛行機は無事離陸し、30分でヤウンデに到着。
ここで大半のひとが降りていく(ただし、入れ替わりヤウンデから乗るひとで飛行機は直に元の満席状態)みたいだ。
 ヤウンデの滑走路で、昨日、パリから一緒の(ドゥアラ空港で遭遇した)エムボマはじめカメルーン代表チームが降りてゾロゾロ歩いているのを見た。今日は水色のシャツでおそろいだ。
ちょうど1週間後、ヤウンデでザンビアとワールドカップ出場をかけて対戦だ。
因みに「エムボマ」は現地の正しい発音では「ンボマ」になるらしい。
アフリカのひとの名前や地名ほか「ん」から始まる標記はよくあるらしいのだが、日本では紛らわしいので「え」からはじまる標記で紹介されるのが常らしい。
 ドゥアラからヤウンデまでの眼下はうっそうと生い茂ったジャングルであったが、ヤウンデを発ちしばらくするとサバンナの平原に変わった。
    • 「サレ」といい、ひとりの奥さんが4つのサレを持っているらしい。必然的に一夫多妻制なのだろうか。
壁は土作りで、屋根はミレット(イネ科の植物)を干したものらしい。
イエメン紅海沿岸の平原に点在していた家々(あのとき強くアフリカを感じた)、そしてケニア・マサイ族のニヤッタと呼ばれる家々、いよいよアフリカ核心部に訪れたような感激があった。
これから向かうルムスキィをはじめ、このあたりはカプシキ地域と呼ばれる。
ルムスキィはカプシキ地域(ひとびともカプシキと呼ばれる)を構成する29の村々(総人口約1万8千人)のうちのひとつである。
    • エリア: その他の都市旅行テーマ: 自然探訪
    • 旅行時期: 2006/02/ - 2006/02/(約6年前)投票数: 4

    http://plaza.rakuten.co.jp/hunkorogashi/ http://www.trave-l.com/blog/hunkorogashi/ ―― 星と風とバオバブとルムスィキダンス ――  ドゥアラを午前中のうち発ち、11時には北カメルーンの要所マルアに到着予定だった。 8時半にはホテルを発ち、空港には9時に着いていた。 しかし、アタシたちは正午を過ぎてもまだドゥアラ国際空港にいる。 「あなたたちが乗る予定の飛行機はいつ出るのか、どこから来るのかはここではわからない」 そう、カウンターで告げられ、唖然とする一同だ。 待てども待てど... もっと見る(写真5枚)

  • ファンタジアの旅 飛行機がいつくるかわからない そんな旅by marukunさん

    • ファンタジアの旅 飛行機がいつくるかわからない そんな旅
    • ファンタジアはモロッコでは馬に乗った騎兵のアクロバチックなショーであるが、カメルーンでは少々趣が異なる。
「――ラーミードが外出するときはどうなるのでしょうか。――公式のときは、昔ながらの仰々しい行列を組んでいかねばなりません。そのときには、馬に乗ったマチュベ身分の重臣たち、馬に乗った徒足でラッパや太鼓を持ったバンバード(宮廷音楽隊)たち、徒足で剃髪姿のマチュベたちがターバンで顔を覆い、盛装をした馬上のラーミードを取り囲んで行進します。ラーミードにパラソルをかける者。馬から降りたラーミードが座るための椅子を運ぶ者、いろいろな役割を持ったマチュベたち、槍、佩刀、弓矢、鉄砲などを思い思いの武器を持って附き従うマチュベたちがラーミードを護衛しながら町中を歩きます―――。アフリカを知る 15人が語るその魅力と多様性」―アフリカのまちの人々の暮らし ウジジとガウンデレ、植民地に形成された二つの都市を訪れる― 日野舜也 「少年ケニヤの友東京支部編」スリエーネットワーク刊行 」
    • マルアから南下してミンディフの歯といわれる岩山がどんどん近くなる。
ステップの平原にポツンとあり、象徴的であり記号的であったが近くまできてルムシキィなどのそれと違い、その岩山の低さにがっかりした。ファンタジアの行列はミンディフでは観光化してはいるものの、もちろんそんなにすぐに間に合うはずもない。
村の中を見学させてもらい、ポットを作るところや、機織りしているところを見せてもらった。
帰り際、カメラの蓋を拾ってくれた女の子にガムを渡す約束をしていたのに、バスの中の鞄から取り出そうとしていたところドアが閉まりバスは出発し、その女の子と目が合い渡しそびれた後味の悪い思いをした。
ホテルで荷をほどき、バーでウィスキーソーダを飲んでいると、ジダが姿を現した。
「なにか飲むか?」と言うと即座に「ギネスを」と飼い犬が主人に覗うような目つきをする。
ジダはソファにもたれかかり、ゆっくり味わうようにギネスを飲み、飲み終えると退屈そうに「もう帰っていいか?」と言う。
アタシは彼に幾ばくかの失意をし、微笑んで別れた。
夕食は席についたのが7時で、前菜は大きな皿に、これまた記号的な(?)ハムが3切れ皿にのっているだけだった。
そしてメインのうさぎの煮込みがきたのは、すでに9時をまわっていた――――。
今日は長くて短い一日だった。
    • エリア: その他の都市旅行テーマ: ハイキング・登山
    • 旅行時期: 2006/02/ - 2006/02/(約6年前)投票数: 2

    http://plaza.rakuten.co.jp/hunkorogashi/ 午後3時、ハーディたちが再びバスの屋根の荷台に荷物を積み終え、空港を離れる。 カメルーン航空が用意したホテルに向かうジュリアンにおねだりしてみた。 「ジュリアン、マルアから80キロも行けばミンディフだよ。ジダの故郷だよ。そこに行こうよ」 「行ってみましょう」ジュリアンは申し訳ない気持ちで一杯という表情は微塵にもみせず(そこはシビアなビジネス)、―これは予定外のサービスである―といったつくり笑顔をしてうなづいた。 「フジラの谷の木陰で―いつか、... もっと見る(写真3枚)

  • ルムシキの旅 カプシキ ―風と星とルムシキダンスby marukunさん

    • ルムシキの旅 カプシキ ―風と星とルムシキダンス
    • 少しずつ近づいてくる砂を摺り寄せる足音から、弦や太鼓、山羊の角笛などの音色が加わりはじめる。
ホテルのわずかなサーチライトに照りだされた楽団員約10名。
そして、楽団の後から次々と踊り手が姿を現してきた。
リーダーは魔術師みたいな大きな鳥の羽の杖を持ち、マントを被り自由な動きをする。
楽団のリーダーらしき男はカウボーイのような格好で、統率した動き。
最初にアタシたちの前に整列したのは剣と盾を持つ戦士たちだ。
戦士たちと入れ替わりで、歌い手の女性たちが喉を鳴らしながら踊り始めた。
そして、いたいけな少女たちが屈みこんで砂を手ですくい上げたりして、どうやら占いの行為らしい。
そして極めつけは、トップレスのうら若き、ならずおばさんたちのダンスである。
    • そして静かな―静かな動とでも表現しようか―マントのリーダーをはじめ、総勢約50名の踊り手や楽団員は規律のある覚醒とでもいおうか、一心不乱に呪術的祝祭性を帯びながらそのダンスを締めくくった。
 太鼓のリズムは単調ではあるが、心をどこかへ誘う。
宇宙と結びつく――、このような浮遊した感覚はこういうとき感じるものなのかもしれない。
「―――アフリカのすべての部族が、宗教的にせよ世俗的にせ、何らかの目的で太鼓を使う―――。
そのドラムは、ふつうの土器の上に濡れた羊皮紙を張った簡単なものから、豪華な彫り細工のついた、正確にはチューニングした儀式用の巨大なティンパニーに至るまで、難易度は様々である。ダンスの伴奏を目的とした単純な打楽器としてのドラムもあれば、長距離通信用に、複雑な音調の連続音を出すように設計された高度な打楽器もある。しかしどの種類も、やがて式典とかかわるようになり、儀式用としての価値が付加されるようになる―――。
ドラムは、伝統的に四つか五つの組になっており、「群れ」と呼ばれる。組として<ディコマナ>と呼び、<コマナ>という儀式で演奏される。
 すべてのコマ太鼓は、軟らかな一本の木の固まりから作られる。一番好ましいのが雄マルラの木の幹であり、特別な許可を得て、儀式を行って切ることになっている。ドラムの彫刻も、魔法的なプロセスを経て「誕生させる」、と一般に言われる。厳格な儀式の仕来りに従って木を彫り、以前は人身供儀でその過程が神聖化されていたものだ。古い諺では、「ディコマナを作る男は太鼓を目で見ても、耳で聴くことはない」と言われていたほどである。
 ドラムの完全な「群れ」には、手で叩く<モラドゥ>―大きな雄牛―と、簡単な棒や骨で叩く小さなものが含まれていた。これらのドラムは、各群れが優秀な牛の同数に匹敵するほど高価なものだった。群れの各ドラムは何らかの形で神聖化されていた。ワニの胃袋から出てきた石とか人間の骨を、中に入れたりしたのである。「大きな雌牛」の古いものには、作った人の頭蓋骨がよく入っており、一番小さなドラムの反響する皮の下には、その不幸な職人の顔面の皮膚片が入っていた、と言われている―――。
『アフリカの白い呪術師 ライアル・ワトソン著 村田恵子訳 河出文庫 』より― 」
タイコは結婚や人の死といったニュースを伝える。意味は、たたき方によって違う。中部ステップ地帯では牛の革を張ったタイコを手でたたき、森林地帯では、木の内側をくりぬいただけの太鼓で、たたくのは木のバチが主である。
    • エリア: カメルーン旅行テーマ: カルチャー体験
    • 旅行時期: 2006/02/ - 2006/02/(約6年前)投票数: 1

    http://plaza.rakuten.co.jp/hunkorogashi/ http://www.trave-l.com/blog/hunkorogashi/ ―― 星と風とバオバブとルムスィキダンス ―― モコロから道は舗装されておらず、かなりの悪路を約2時間かけてルムスキィの国営ホテルに到着する。  ホテルはサレ風のコテージでフロントやレストランがある本館からかなり離れた場所に点在している。あたりは真っ暗闇だが、敷地はかなり広いようだ。 一歩一歩がつらい。  夕食の後、レストラン外の敷地でカプシキダンスが披露されるらしい。 カプシキダンスは白魔術の儀式... もっと見る(写真2枚)

  • カメルーンの旅 東京―パリ―ドゥアラ―旅の前哨戦by marukunさん

    • カメルーンの旅 東京―パリ―ドゥアラ―旅の前哨戦
    • ―― アフリカの水を飲んでから3年、成就した家庭内家出 ――



 それはそれは、大変木枯らしの吹く日でした―――。
家の庭で二人の子どもの肩を抱いて満足そうにニッコリ微笑むパパ。
そんな、アットホーム(を演出した)な一枚のスナップ写真。
思い返す庭の竹―――そう、七夕のときの竹だ。

―お星様へのお願いごと―
――――― まるくん「はいっ!」
ハニー(以下交互)「ザイールに今年こそは行きたいです;それがダメならせめてスーダンに行きたいですっ!それも敵わぬなら象牙海岸やギニア湾岸諸国、、、せめてマダガスカル!!に行きたいですっ!」
「え??ママなんで、、、先にえらいスラスラと、、詳しくわかるの??」
「なんでわかるのじゃないわよ#毎年毎年何年このネタで通してるのよっ##パパはっ!“
『今年が最後だ、150億光年前からママを愛してるよ♪』
嘘っぽいコトバの数々#何回聞かされたまま、何回あなた家をでていきました?」
「ママ、、、毎年毎年じゃないよぉぉ〜〜一昨年「たまたま」カメルーン行っただけだし、、、それに家を出て行ったって、、愛の逃避行じゃあるまいし、、、大げさな、2週間やそこら・・・・・・」
「そぉぉ〜〜いう『問題』じゃあありませんっ#」
「なにが問題かなぁ〜〜ひとさまみたいになんちゃってゴルフやパチンコもしない由緒あるご趣味なのに♪ママも自慢できるじゃんかよ〜〜。『夫さんアフリカへしょっちゅう行ってるんですか?学者さんみたいですね』とか」
「そぉぉいう問題じゃないですっ#だいたい七夕の飾りだって、普段は何にもしないくせに!“とてつもなく大きな竹を家の畑から切ってきて、門柱にわんわんちゃんやねずみちゃんより真っ先にたくさん!『アフリカへ行きたいです』みたいな短冊を、、、アホでないん!」
「でもなぁ〜〜アフリカ諸国の名前を空でそうそう言えるひといないよぉ〜〜♪トーゴ、ベニン、ガーナ、ブルキナファソ、赤道ギニア、ブルンジ、チャド、、、、、」
「だから#そんな問題じゃないですっ!今度行ったら本当に帰る家がないと思ってください!」
「でもなぁ〜〜あんたみたいになんちゃって主夫じゃないし、、、、小遣いもジブンでためてるにょ〜〜(涙目)」
「だから、しつこい#そういう問題じゃないっ!“」
「さっきから問題、問題てなによぉ〜〜(涙目)?」
「知りませんっ。じゃあなんであなたはそんなにアフリカへ行きたいわけ?」
―待ってました!!♪―
「そりゃ〜〜〜、、、♪人類の揺籃の地へ!人類の愛と平和のために!」――――」

【 HP まるくん★の旅は青空 http://plaza.rakuten.co.jp/hunkorogashi/ より 】

「パパ、大丈夫?」
心配そうに、幼稚園年長組に通う長女とも来年入園を控えた二女が尋ねてくる。
もうひとり―――。
もうひとりの、ママのお腹にいる赤ちゃんは何も言わない。当たり前か。
かわりに(?)妻は「もう帰ってこんでよろしい!」
いつもの常套句だ。
「もう遅刻するから行くね」
「つばきが咲いた庭で家族揃ってパパをお見送り記念写真♪」というアタシの思惑をあっさり却下して、余韻も情緒もなく去っていった。
もう少し詳しく書くと、わずか300メートル先の職場なのに買ったばかりの新車エスティマに乗り込み去っていった。
一方アタシはというと、今は山間部の職場に通っているが、いつもは3キロ先の町中の職場に彼女が再就職祝いにと義姉からプレゼントされたはずの赤チャリで通っているというのに。
雨の日も風の日も・・・・・・。
それに、彼女はいつも仕事を終えて家にまっすぐ帰ってこないことをアタシは知っている。
彼女について知ってる2・3の事情―フランス映画みたいだな(笑)
 もうすぐアタシは旅発つ。
どこへ?って職場じゃないよ。
アフリカだよ。
カメルーンだってば。
―えええええええっ?冒頭にさりげなく注入しておいた妊婦さんを置いて?よくもまぁ・・・・・―
そう呆れずとも、そんなツッコミは自分でしておきましたもの。
そんなことより聞いてください♪
足の靭帯損傷・・・・・全然治ってないみたいなんです(涙も枯れて)。
木枯らしにはほんとつらいものがあるのですよ。
トイレへ立つのも赤ちゃんみたいにハイハイなんですよ。
住まいが2階なんですが、自宅で療養中はずっと階段を降りられないまま。
―ええええええええっ?そんな状態でよくもまぁ・・・・・・勝手にすれば!―
はいはい、これも承知のうえ・・・・・・承知とか、そんな問題ではないですか?
 場当たりではなく、ケニア以来の悲願の旅のため、入念な計画と緻密な懐柔(誰にだよ)と誠意ある奉仕を(誰にだよ、何のことだよ?)積み重ねてきて、いよいよあと2週間というところで、体がこのような状態で悲鳴をあげてパンクするとは夢にも描かなかった。
どうしてこう、呼んでもいないのに悪魔がつきまとうのかしら。

 妻を見送ったあと、長女が祖父の自転車に乗って幼稚園に通園するのを見送ったあと、いよいよアタシは成田へ旅たちだ。
長女はうらめしそうな顔をする。
それは二女の「空港でパパがパフェ食べさせてくれる言うた」情報である(笑)。
「あんたその足じゃあ、空港まで大変だろ」
というわけで祖父祖母が地方空港まで車で見送ってくれることになっている。
―空港までは大変―もちろんそうなのだが、そのあとのカメルーンまで、あるいはカメルーンそのものの旅はどうなのか?という問題なのだが、そのあたりツメが甘い家族たちである(笑)。
 入念に捻挫用塗り薬とサロンパスそのうえにサポーターをし準備万端。
体調そのものはちっとも万端ではないのだが、とにもかくにも出発である。
 地方空港では、今度は二女が元気がない。
「ワタシ、注射してないけん、アフリカ行きとぉ〜〜ない(涙)」らしい(笑)。
パパはひとさらいですか?(笑)。
さまざまなひとびとの想いを胸に(?)、アタシは旅立った。
    • ―アフリカの水を飲んだ者はアフリカへ帰る―



それはそれは木枯らしつづきの日々でした(苦笑)。
―アフリカの水を飲んだ者はアフリカへ帰る―

この諺を信じてジンセイをひたすら耐えて忍んで潜伏して費やすこと3年。
ついにというかようやくというか、その―帰る―日が訪れたのだ。
アフリカに帰る、かわりに「帰る家がなくなる」という妻のおどし文句が蘇るが気のせいだろう。
勝利を収めるまで、彼女との数々の戦いをもが蘇る―――。

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「まぁまぁ・・・・お早い!お帰りで!」
「嫌味はエエから・・ママ〜〜・・・水を一杯おくれぃ〜・・・」
「あなた、昨日はナンの日か知ってて?」
「ハイ〜〜知ってますよぉ〜〜。やがては国民の休日になるかもしんないね♪テヘ♪」
「まぁまぁ・・そんな立派な方が朝帰りでしたの、おえらい!のね〜〜〜〜。 
で・・・今日は、喪に服する日ですかっ?」
「うまいっ・・うまいこと言うなぁ〜、ママはぁ!・て感心しとる場合か・・頭痛い」
「で、なにそこでしてるんですかっ!朝ご飯はいらないんですかっ!?」
「お祝いのお礼を書いているのですよ・・人気者はつらいは〜エヘ♪」
「それはそれはよかったですね♪家ではゼンゼン人気ないぶん、せいぜい励んでください」
「ど〜〜ぉいう意味よぉ〜〜。ご飯欲しくないや、気分悪いから・・・あっ、でもせっかくだからケーキたべようかな♪」
「わんわんやねずみたちが喜んで貴方のブンも食べちゃいましたよ♪この〜〜人気者!パパ大好きだって〜〜(笑)」
「・・・ここでの・・・・オアシスとは沈黙のことや・・」
「え?なんです?」

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「パパ・・・・・・、お正月からいいかげん、朝から晩までお酒飲むエネルギーにのみ!!!費やすのやめたらどうですか?他にすることなの!?」
「あのね、ママ・・・・・・・。
宇宙開闢のときから、水が形成されるまでの過程を逆時間で!たどりながら、その進化をカラダで体得してるんだよ♪」
「はぁ〜〜??その【水】?とやらで、貴方自身が干上がらないようにねっ!」
「・・・・うまいっ!うまいこというなぁ〜。正月5日(もう正月じゃないない/自分つっこみ〜)から、めでてぇから、もう一杯!」

あ・・・黙ってあっちに行くか?・・・・・・。

アホや・・・・・(自分つっこみ)。

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『乾燥地帯から愛は育まれる!!!』

これをキーワードに!(笑)、マイハニーに自家談判してみようではありませぬかっ!

「ママ知ってる?こんな諺・・・・。アフリカの水を飲んだ者は・・・・?」
「・・・・・・・。赤痢になるっ!」
「・・・・・・・・。ママ、、、それって、ケニア行ったとき東京の0ちゃんが言った言葉と同じやん〜♪へんなとこで職業病みたいなつっこみ、やめてくださいまし・・」
「で?で!?パパ?何が言いたいん??」
「あのね♪『アフリカの水を飲んだ者は、アウリカに帰る』というマサイの諺知りません?」
「知りませんっ!知りたくもないですっ!」
「・・・・・・・・。アノですね♪『愛すらも乾燥した地域から生まれた』そうだよ。有名な人類学の先生もおっしゃっとる!」
「クマくん、わんわんちゃん、ねずみちゃん、パパはみんなのこと愛してないんだって〜。ママの『お家に帰ろう』かっ?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

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ぐずついた天気の日曜日の午後――ハニーが仕事から帰ってきた―――。

「もぉ〜〜、パパ、くまくんのお世話するフリして、またPC〜〜〜〜〜〜っ?!」
「ママ・・なに言うとるん、ここが正念場、なんよぉ〜〜〜」
「なんの?ともかく!来年からねずみちゃんも小学校なんやから、この子ども部屋、空けてもらいますけんねっ!!」
「ハイハイ〜わかっとるでぇ〜・・(T_T)」
「で・・・なに?またビッシリ書いて??
なになに・・『快楽=食うこと、遊ぶこと、セックスを含めた恋愛にしか「うつつを抜かす」ことができない』・・・・・・???
パパ・・・これ、反省文書いてるん??」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

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旅に出たくとも出られない腹イセというか気の紛らわしではじめたネット交流。
カメルーンから帰って、ますます磨きがかかっています。
PCに座りこみ、コツコツと自サイトHP作りに励み、増設した掲示板やメールなどでの交流に関していえばカワイコちゃんにだけ絞込み、まるで出会い系(笑)。

【 その1 】
ここんところ、ていうかショッチュウ家庭内でゴキゲンナナメのまるくん。
機嫌そこねるといっても、プチッという音がする前にもう飛び出す絵本!“飛び出してる”のですから、身内はたまったもんじゃないですね〜(マテ
まるで、クック船長役を喜んでやってるようなもんです。
ウィンクルベルのささやきなんか通用しません、アタシャ。
いえ、この一週間も、、、(カイソウモードスイッチオン、、、
朝、またまたまたまたまたまた起きない家族たち。
あたしゃ、かじかんだ手で早朝よりホウキもって、、レレレのレ(マテ、
そのあと、暇つぶしに(?)お洗濯、まだお外は真っ暗闇ですがな(涙
まてどもまてども毎回のことながら。起きない・・・。
アタシャ、さみしんぼうなんすから#(ワラオ
だいたい、ねずみは「コラショ」の目覚まし鳴っても消すこともなく無視寝入り。わんわんはコラショセットすらしてないの毎度のこと(クソハラタツ#
で、おなじようにフンゾリイボイノシシカアサンも、、
朝、一発妻に吼えるワケデスナw
いつかいったかしら?
アタシ・・・・「マツノガ」セカイデイチバンダイキライ#
お腹ペコペコなの、、、(モンダイハキチガエ
モモとベルもお散歩待ってるの#(土日はわんわんたち担当。
土日なんか毎度毎度なぜだか8時にようやく食卓につけばいいほう。
アタシ、4時には起きてるのに、、、
一食抜いた気分じゃないですか、いえ、別に食い物のこと言うてるわけではないですよ#
「基本的生活習慣」・・・これがオザナリなのダイキライなのであります。
そこんとこ妻に子たちはテンデダメ子ちゃん!##!
え?妻ってだれよ?まるくん?
あのね、、、毎回毎回ハニー♪などと#ノロケて言うてられるかっ#チッ==☆“
部屋の片付けもしない、掃除もろくにしない、洗濯もなかなかしない、食事も満足につくれない基本的生活習慣が身についてない大人が子にツベコベ言えるわけがないではないですかっ#
そのムカシはそのことで小言をアタシが言って、エラソウに反発なんかしてたら即手がでてましたよ、クック船長#
もういいい年だし、そんなこともあんまり(アンマリカヨ?)なくなりましたが、実家へ遊びに行ってあんまりにも遅いし、連絡もよこさないときなどは内鍵して寝たこともあるしねw(ソノコウイソノモノガオコチャマダロ
とにかく火を噴出すと、トマリマセン。。。。
でも、そんなアタシに対抗するセリフが必ず、
「出て行け!」
へ?@@アタシの家なのに?・・・・・てば、思うのはシロウト考え、、、そう言うハニーに(あれ?)感謝してます♪
おお、、、風雲急を告げる、、、雲行きが逆噴射でアヤシクなってきましたネw イッツ、ファンタジィ〜〜ア!!
だいたいたいね♪アタシわかってるんです(トマラナクナルゾ
アタシが得意の理路整然とした理論を、しかも役者顔負けの(よくカブキヤクシャといわれまふ。頷かないように#)感情込めて展開すると追い込んでしまうでしょ?
グ〜〜の音もでないのは承知なのですから、そこまで追い込んでしまったら、、
「実家に帰ります#」になっちゃうざんしょ?
でもよく、一滴のハニーの涙にアタシのはあとは急転直下(サア ハジマッタゾ。
モンダイはゼンゼン解決してないのに、なんでか、、、
「ドンジョバンニとエカチェリーナのオペレッタ!」になるんですよねぇ〜〜〜〜〜(チカクテトオイメ
え?なにって?
やですよぉ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜(w笑飛ばせ。
    • エリア: カメルーン旅行テーマ: 世界遺産
    • 旅行時期: 2006/02/ - 2006/02/(約6年前)投票数: 4

    http://plaza.rakuten.co.jp/hunkorogashi/ ―― 天使が微笑み 悪魔が囁く ――  それはそれは、大変木枯らしの吹く日でした―――。 「せ、先生・・・・・これって・・・もしかして、もしかして・・・整形外科じゃなくって、あっちのほうでしょうかぁ〜(泣き顔)?」 アタシは仲間に抱えられて、ほうほうの体で診察室にたどりついていた。 来たくなかった病院・・・・・。 ここだけはカンベンして欲しかった病院・・・・・。 「だって、安くなるんだろ?」 おめ〜〜らそういう問題じゃねぇ〜〜〜。 若い医師... もっと見る(写真3枚)

  • 星の旅 カメルーンの旅―宇宙という奇跡の産声by marukunさん

    • 星の旅 カメルーンの旅―宇宙という奇跡の産声
    • 起源と「される」ビッグバンから約10億年後、原初の「みそ汁状態」と例えた広大な広大な空間に進化の過程で星という「具」が組織化されていきました――。
 宇宙空間においてはどんどん温度低下が進むのに、星は著しい温度上昇により、宇宙空間で起こった初期の物質の結合が星の内部で繰り広げられはじめました。
その間、星は収縮をはじめ、温度の上昇にしたがって次々に元素を生み出していきました。
現在、自然界で確認されている約100個の元素はこうして星の内部から生み出されていったのです。宇宙の「進化」の第2段階です。
そうそう、ここで述べてる星とは、火の玉と想像してくださいね。
まだ、個体の星ではありません。
星で形成されたケイ素、酸素、鉄などの原子が星雲間のなかで冷えていきながら結合し、最初の固体物質であるケイ酸素という微粒子が生まれます。
そして、星雲間は重力の作用で疑集して崩壊しながら、新たな星を生みました。
星は他の星の坩堝により形成され、星と原子が交互に形成され、今後も数百億年は続くとされています。
そして約45億年前、天の川銀河系という渦巻き状の銀河の端に「私たち」に関わり深い、太陽が誕生します。
銀河系においては、約1000億個の星が確認されていますが、そのうち約10億個は太陽と似たような星という、ごくありふれた星です。
水素を燃やしてヘリウムに変えながら、ゆっくりとした核融合反応を行いつつ、安定して輝きつづけます。
そのほぼ同時期に惑星も生まれました。
もちろんこれらも灼熱の火の玉です。
質量が大きいほど温度も高く、冷えるのに時間を要します。月や水星などは数億年で熱をすべて放出しましたが、地球はまだ中心部は高温でマントルの対流現象を起こしているのはご存知の方も多いでしょう。
星の地殻変動も、後の「生命」の誕生に大きな役割を果たすことになります・・・。
星はやがて死に絶えるのは先に書いたとおりですが、星の崩壊により、あらゆる物質が宇宙空間に放出されます。それらが塵となり氷や個体の二酸化炭素がくっつき、こうした塵が集まって惑星が形成され、惑星が誕生すると、水や二酸化炭素が気化して、地表から噴出します。
そして、氷が主成分の彗星なども衝突し、水が形成されるのです。地球は太陽からほどよい距離にあり、また水分子をとどめておくのにほどよい重力であるのです。
こうして液状の水が地球に保たれました。
「私たち」の「生命」への進化の段階です。
    • 宇宙物理学者であるフランスのユベール・リーブズはこう語ります。
―――宇宙開闢のときから、物理法則の形式のなかでは「生命の誕生」は組み込まれていた。
しかし、それは可能性であって必然性ではないのだ―――。

誰かのまたたきの間のような時間で、宇宙の開闢から地球誕生までの歴史をたどってきましたが、今夜から舞台は地球になります。
宇宙の進化と物質の進化、そして生命の進化は連続しているものだと、証明しましょう。
 時は約40億年前です。
地球を形成するのは、前回述べましたようにケイ酸素の核、そして炭素の地殻、メタン、アンモニア、水素、水蒸気、二酸化炭素からなる混合気体の大気です。
太陽の紫外線と、激しい稲妻の作用で、大気を構成する分子が壊され、乖離して、より複雑な分子へと編成され、最初の有機化合物が誕生するのです。
さまざまな原子が再結合してアミノ酸を生み出していきました。
大気中の冷たい層のなかで水蒸気が集まり、有機化合物の分子を含んだ激しい豪雨となって降り、この状態が約5億年(!)続くのです。
 果てることなく地球を潤しつづける分子の雨のなかには、アミノ酸以外に脂質の元となる脂肪酸も含まれていました。
この時期、ホルムアルデヒトとシアン化水素が大変重要な働きをしたそうです。
この二つの気体分子に、ご存知の太陽がエネルギー源となっている紫外線が作用して、後に遺伝子の本体DNAを構成する4種類の塩基のうちの2つが生み出されました。
「私たち」の「元」は、すでにこの雨のなかに存在していたのです。
そして、大気の層が分子の化学組成を促進したのみならず、保護する役割も果たしました。
宇宙開闢では、温度が起動の役目を果たしましたが、地球上では特定の自然環境が役目を果たしていくのです。
    • エリア: その他の都市旅行テーマ: イベント・祭り
    • 旅行時期: 2006/02/ - 2006/02/(約6年前)投票数: 2

    http://plaza.rakuten.co.jp/hunkorogashi/ そして――――――。 そして、奇跡の星が産声をあげはじめる45億年前から再び、あの始まり、とされる150億年に、今一度立ち返ってみましょう。 単純でいて複雑性のはじまりなのです。 宇宙は素粒子が混ざり合ったみそ汁のようなものだと、想像してみてください。 電子、光子、重力子、グルーオン、ニュートリノ、クオォークさまざまな素粒子が混ざり合ったエキスのような粒子で構成されています。  そして、150億年前のビックバン直後の最初の数十マイクロ秒の間に宇宙... もっと見る(写真3枚)

  • カメルーンの旅 パリ発ドゥアラ行き―ボン・ボヤージュby marukunさん

    • カメルーンの旅 パリ発ドゥアラ行き―ボン・ボヤージュ
    • で、今回はコテコテのツアーです。しかも駆け込み寺も同然で。
―――そもそも、今回―アフリカの水を飲んだ者はアフリカに帰る―の精神に則れば、アタシのめざすべきアフリカはタンザニアのザンジバル、キリマンジャロ、ケニアのケニア山など、のはずでした。
しかし、入念な準備を整えた年の暮れ、代理店からドタキャンが。
あせりました、あせりましたよ。
それならば、と翻ること十数年、行きたいところ(行きたかったところ)を洗いざらい列挙しました脳裏のなかに寝る前の夜。
翌日、めざめたときには西アフリカ、マリへ渾身一滴の焦点を当てました。
しかし、こちらも想うようにことが運ばない、2月はすごい雨期らしく人気がない。
アルジャリアのタッシリ・ナジェールやタマンラセット、グランド・エルグ・オキシデンタル(大サハラ砂漠)、ニジェール、セネガル、モーリタニアのヌアクショットほか、ナミビアの○、ボツワナの○、そしてイエメンの旅のあとから最も渇望しているのがスーダン、ケニアの旅のあとから最も渇望しているのがザイール(現コンゴ共和国)である。
残念ながら両国は内戦状態で退避勧告という最も重い外務省の危険情報発出中、ほぼ絶望的だ。
ああ、いつも嵐を呼んでしまう男、なのだ―――。
    • ―――「でも、今回の旅行前な、ケニアの爆破事件とかあったやん?」
「ああ、あれには笑わしてもらった。もちろん、事件のことじゃないよ。実は前から『ここへ行きたい』と思った国や地域が必ずいうてええほど「政情不安定」になるんや。91年はトルコ、思うたら湾岸戦争、それでペルー行くことにしたら内戦や。92年のモロッコは西サハラと戦争、アルジェリアと交戦。
93年の嫁ハンとの新婚旅行は出発当日、日本人が強盗に殺されて渡航延期勧告や。なかなか行けんかったイエメンも内戦に。スーダン行きたい思うたら内戦やらテロやら。ザイールも内戦でアカン。今回のケニアも間一髪やろ?ワシ・・・・・・・嵐を呼ぶ男やん・・・・・・・」『 ケニアの旅― ONCE IN A LIFETIME まるくんの旅は青空―より 』
ああ・・・・・・・・嵐を呼ぶ男やん(涙)。
―――そして、アタシが今回、吟味に吟味を重ねて、そのまた翌日申し込んだのが中央アフリカ。
カメルーンだった。
「カメルーン?なんで違うんよ??なんで、カメルーンなんよ?いつ間にカメルーンよ?」
そうせっつかれても、どこから説明申せばハニーチャマ、アタシの第六感って信じます?
南部アフリカは渡航費用が莫大にかかるし、西部アフリカは魅力的だがメインのマリは雨期で観光が絶望的な場所もあるらしく時期が不人気、そこで思いもかけない中央アフリカへ。
ちょうど「先行企画ツアー」という題目が目に止まって、あっさり決めた。
こういう旅先の選び方は後にも先にもはじめてだった(後からがあるかどうかはともかくとして)。
そのカメルーンであるが、カメルーン大使館発光のリーフレットにこう書いてある。
「――カメルーンは、食料は自給自足、石油資源も豊かで、飢餓も戦乱も難民もない、平穏で平和な国です。約200に及ぶ多民族・多言語の国民の教育水準もよく、人々は親切です。この国がアフリカの縮図といわれるのは、砂漠からサバンナ、そして大森林までアフリカの特徴的な生態系がすべて集まっているからです。(Embassy of Cameroon カメルーン大使館 発行)――」
どうであるか?
アフリカの至宝というより、それ以上、世界でも稀に見るパラダイスではないか。
ここはぜひ、―アフリカの縮図―で、アフリカの良いとこどり、総なめ、といこうではありませんか。
しかし、企画社から送られた同封の国別安全情報にも注意深く目を向けてみよう。
    • エリア: カメルーン旅行テーマ: 世界遺産
    • 旅行時期: 2006/02/ - 2006/02/(約6年前)投票数: 1

    http://plaza.rakuten.co.jp/hunkorogashi/ ―― いまだ旅は半空(なかぞら)で ――  一日一日、一食一食に命をかけるアタシ、としては大失敗だった羽田空港でのお昼のカツカレーと違い、夜も足痛であまり冒険できなかった成田空港(というより、第一空港北ウィング、あんまり選択肢はないのですが)、豚肉しょうが焼き、なごみました、おいしかったです。 ―あなた、日本を旅発つときはいつも豚系ですか?― そうですよ!(エッヘン)。 トルコ、モロッコ、イエメン、ケニア、エトセトラ♪アタシの旅のはじまりは... もっと見る(写真4枚)

  • アフリカ奥深くへ 旅のアルバム カメルーン by marukunさん

    • アフリカ奥深くへ 旅のアルバム カメルーン 
    • エリア: カメルーン旅行テーマ: 特になし・その他
    • 旅行時期: 2006/02/ - 2006/02/(約6年前)投票数: 6

    http://plaza.rakuten.co.jp/hunkorogashi/ 「・・・・・・・・・・・い、いや、いやもういいですよ(苦笑)。これはただの靭帯損傷でしょ?どうしてなったか記憶にないですか?」 「さぁ〜〜・・・・・?あっ、サッカーをやっておりまして、久方ぶりにしたので、痛めたのかな?」 「ああ、サッカーを・・・?」 「先生、一応血液測ってみましょうか?」 間髪いれず、背後から聞きなれた、とても聞き飽きた(笑)声がする。 ほらきた!だから、はやくこの女追い出せというのに!そして、ほぼ同時に医師の背後の女が... もっと見る(写真8枚)

  • アフリカへ行こう カメルーンの旅 ドゥアラ―アフリカの腋のスポンジby marukunさん

    • アフリカへ行こう カメルーンの旅 ドゥアラ―アフリカの腋のスポンジ
    • あいかわらずただのスケベなオッチャン好奇心旺盛なwオニイサンですね?
―――は、すごく真っ当なご意見。。。

と、、、、言いつつ#「いや、やっぱりハニーが一番♪」なんてオチをいつもいつも用意してるくせに#
―――は、すごく前向きな賢明なご意見。。。

で?!その心は?「あんた、実はなにかに怯えてない??‘恐れてない??@」
―――は、すごく後ろ向きな賢明なご意見。。。

だって、、、、、じゃあさぁ〜〜銀河星雲中探して、ハニー以上のひといたら教えてくれよ!#と、、
言い逃げするのは、、、、アタシ♪

しかし、、、
しかぁ〜〜〜〜〜しですねっ、、、
最も「気づき」がある賢明な読者は、
「自尊感情」―――というキーワードを思い浮かべるでしょうね?(ニパ♪
そうです、、、
ナニのご縁かは存ぜぬが、、、かけがえのない「隣人」を
愛せずして、ナニをもって愛を、人権尊重を、自尊感情を語れましょう哉。
正しく、、(正しくですよ)私を愛せること、ひとを愛せること=自尊感情をもって日常を気づきながら過ごせること、人権教育の最も大切なキーワードであります。
そぉぉいうことを、アタシはこのサイトでトウトウと語っているつもりです。
わかりませんか?(涙

そして、こうも読み取れます。

どんな美人か存ぜぬが、、所詮、中身は皆ガイコツであります。美人薄命の意味ではありませぬぞ。
みんなひとりで生まれ、ひとりで去っていく.....。
その間、はかない担保のように預かった肉体は、誰もが同じくして中身はガイコツ、、、違います?
焼かれたらそれらは炭素になるの以前申したとおり。
***読んでねぇ〜〜だろっ#アタシの最もお気に入りの手帳***【←リンクです。飛んでみてチョ】を、キッショィ☆江戸っ子、、、じゃ・・・・ね〜^^〜やいっ(笑
だったら、「長い短いはともかく私たち俺たちガイコツかい」、なんの意味もなさずに、ただその担保期間に「肉体を預かっていればいい」、、かというと、そうでもない。
ここが世の常、、、ヤヤコシイところですが、「ガイコツ」とさして、何を【真に意味するか】はあなた自身が解明してみてください。
作者はとっても楽チンですwww。

なおつけ加えれば、そもそも美人てナニ?という命題も浮かび上がるではないですか?
美しいものってナニ?共通認識あるもの?
正しい美ってある?そうではないでしょう。
でも、「そうなんです」なはずなんです、、、、(どっちなんだよ#
アタシが言わんとする美しいひととは、、、
「鏡よ鏡よ鏡さん♪」なタカビーなオネェチャン自由を履き違えたワールドに居座る住人であっては断じて美人ではありえません。(ここサイズ100のゴシック体!!((じゃあ肝心なところをゴシック体にしておけよ#というツッコミはさらりと流しまして、、、
「女を磨くわ♪(別に男を、でもいいのですが)」――なあぁ〜〜〜んてチャンチャラおかしいw。
実に嘘っぽく嘆かわしいとアタシは断じる所以でふ。
あなた自身をガイコツに見立てれなくてどうしますか。
ひととして美しいひと―――。
それは、困ってるひとに同じ目線で手をさしのべられるか、諦観をしっかり見据えて、よきひとたらんと努力してるか、夕焼け空を野に咲く花を赤子の微笑を熟練者の皺を仲間と作り上げるものを―美しいと感じるか、何かに集中して取り組んでいるか、たゆまぬ努力をした選手が報われた感動的なシーンを、エトセトラを【自分のなかに還元して美しいと思えるか】、そう思えるひとが【美しい】。
そんな姿や醸し出す心象風景=もの・ひとを【美しい】というのであります。

みんなもきっと美しくなれる!!・・・・・はず、、

・・・・・・・・・・・・なんだか、、さえない講談師みたいな今回の手帳。
気づけば自分のなかでは、、、
ただのガイコツ、、、、
それでも、、やっぱり、、ガイコツハニーは美しい(ポッ♪
御代はいらないよ(微笑み
 

てなわけで、ほんとうは「お見合い用プロフ」、、、1ケ月ぐらい更新したくなかったんだけど、、、。

24才〜28才、美人で可愛くてやさしくて料理上手で身長は162〜168センチくらいで家事が好きで困っている人に親切で涙もろくて感動屋さんで自然を愛する人でいつもニコニコしてて・・・・風来坊のアタシをいつも待ちつづけてくれる人。
新妻募集中!!

あれ?条件が「少しだけ」、ふえましたね♪

本人、、、いたってマジメです!!

【 HP まるくん★の旅は青空 http://plaza.rakuten.co.jp/hunkorogashi/ より 】


で、集合した北ウィングBカウンター前である。
ビビビッとね♪

ビ・・・・・ビ・・・・・・ビビッ!????!
―ワ、ワ、ワーオーゲーオーワーオーゲゲゲオー・・・・(意味不明)―
「こ、今回は、あ、あんまりいい出会いは期待しちゃだめそうだな(苦笑)」
    • どう見積もってもアタシがひとり、突出して焼き石に水的に平均年齢を下げているようであった。
総勢13名、さすがは辺境を売りにした企画旅行会社、しかも今回が一度きりの先行企画という熱帯の南カメルーンと砂漠の北カメルーン両方をめぐる結構ハードな2週間のスケジュールである。
金と時間ならたっぷりあるニッポンの老獪なひとびとと中央アフリカ、カメルーン。
そうやったら組み合わさるのかはわからないが、一発で定員応募があったそうだ。
アタシもよくもまぁ参加したもんである、トホホホホ・・・・・・・・・・。
 ショックなショックなことはまだあった。
アタシたちがまずめざすはパリ郊外はシャルル・ド・ゴール空港。
エアフランス(AF)289便は予定出発時間21時55分、約14時間ノンストップ便だ。
全席・・・・・・・禁煙らしい。
それを聞いただけで、アタシはパブロフの犬のごとく、とたんに脂汗が額を流れはじめ、生唾を何度も飲み込まねばならず、肺に空洞が開いたような感覚で、偏頭痛がしだし、心臓が止まったような気がしてならず、幻想まで見そうな様相で、すっかり足痛までが吹き飛んでしまった。
数年前、キャセイパシフィック航空も全便禁煙であったが、そのときはまだ全席禁煙の走りでアタシはたいして問題とせず、香港までわずか3時間のフライト中がまんできず、トイレで数本スパスパしたものだった。
そのとき、服にまとわりついたスチュワーデスにこっぴどく叱られたことを脳裏に浮かぶ。
当時はまだしも、いまやアメリカ資本の航空会社の飛行機なんかだったら煙草を吸おうものなら出発空港までトンボ帰りをくらい、一生かかってようやく払えるかどうかの賠償金が待っているのだ。
以前、そんなことが実際起こったらしく、メディアでも報じられていた。
ますます汗がしたたり落ちる。
つらいかな、アタシは煙草を吸い始めてこの方、睡眠以外で10時間以上の禁煙の経験がないっ(いばるな)。健康増進法など、まったく関与しないところだったのに、いよいよ公共の場では「生きていけない」時代に突入したようである。
 アタシはX検査を終え、出国審査を終え、足をひきづりながらほうほうの体で向かったのは空港内でも唯一喫煙が可能らしい、カフェであった。
おお、同志たちがわんさか、ここで紫煙をくゆらせながら、間近に迫る苦痛をまぎらわしているではないか。アタシは20分の間にここでたてつづけに13本!吸ったのである。
吸い貯め、ではなく、ニコチン中毒を促進したのである。
「タバコが吸えない、タバコが吸いたい、タバコが吸えない、タバコが吸いたい、タバコが吸えない、タバコが吸えない、タバコが吸いたい、タバコが吸えない、タバコが吸いたい、タバコが吸えない、タバコが吸えない、タバコが吸いたい、タバコが吸えない、タバコが吸いたい、タバコが吸えない、タバコが吸えない、タバコが吸いたい、タバコが吸えない、タバコが吸いたい、タバコが吸えない、タバコが吸えない、タバコが吸いたい、タバコが吸えない、タバコが吸いたい、タバコが吸えない、タバコが吸えない、タバコが吸いたい、タバコが吸えない、タバコが吸いたい、タバコが吸えない、タバコが吸えない、タバコが吸いたい、タバコが吸えない、タバコが吸いたい、タバコが吸えない・・・・・・」
アタシは14時間のうち、2時間の睡眠時以外、ずっと汗をかきつつお念仏のように唱えていた。
「シャルル・ド・ゴール空港まであと10時間、シャルル・ド・ゴール空港まであと9時間55分、シャルル・ド・ゴール空港まであと9時間50分、シャルル・ド・ゴール空港まであと9時間45分、シャルル・ド・ゴール空港まであと9時間40分、シャルル・ド・ゴール空港まであと9時間35分、シャルル・ド・ゴール空港まであと9時間30分、シャルル・ド・ゴール空港まであと9時間25分、シャルル・ド・ゴール空港まであと9時間20分、シャルル・ド・ゴール空港まであと9時間15分、シャルル・ド・ゴール空港まであと9時間10分・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 そして死ぬかと思った飛行機からようやくようやくようやくようやく解放され、モダンな空港内を悲鳴をあげながら喫煙場所を探すのだが、シャルル・ド・ゴールの空港どこにもない!ようなのである。
アタシは飛行機内で血液の循環が悪く、ますます悪化した靭帯痛の足を引きずりながら、モーゼの十戒の心地でいた。
もう、ひとおもいに、楽にさせておくれ、カミサマ――――。
    • エリア: カメルーン旅行テーマ: 世界遺産
    • 旅行時期: 2006/02/ - 2006/02/(約6年前)投票数: 2

    http://plaza.rakuten.co.jp/hunkorogashi/ ―― 永い永いシャルル・ド・ゴール空港経由カメルーンへ ―― まるくんの旅は青空――旅はフェスタ☆ フンコロガシの旅は青空――旅は出会い、です―――。   こんな主題をもとに、ここまで楽天で「旅」して2ケ月半。 書く楽しさと、伝えていく楽しさと、そこから, 誰かとなにがしかの共感が生まれる楽しさ・・・・・。 どれが欠如しても、ここに「向かい合う」ことは適いません。 今回は、もう少し「読み込んで」いただく「誰かの」ためのインデックスをお届けしま... もっと見る(写真5枚)

  • カメルーン ルムシキダンス 生命の巡りあいby marukunさん

    • カメルーン ルムシキダンス 生命の巡りあい
    • ――さて、宇宙(物質界)に『性と死』の誕生です。
 これにより物質=生命の諸機能はさらに改良が進んでいきます。
エネルギーの製造方法を淘汰することにより、養分の糖質を用いて代謝能力を高め、運動を行ったり、また感覚というセンサーが発達して生体の活動を調整し始めるようになりました。
そして、動物と植物と枝分かれの道を歩みはじめます。植物は、その不動性により無駄なエネルギーを使わない、より経済的な道を歩みはじめるのです。
これら進化の過程に意図は存在せず、また環境が直接影響するものではありません。
環境はミトコンドリアを介して、細胞のふるまいに影響を与えると考えられています。
そして自然淘汰という原理は現在でも有効なのですが、時とともに不適応な種が排除されていきます。ただし、この現象を理解するには時というものを考慮して、世代から世代へと続く長い連鎖のなかで何億年もかけた緩やかな変化とうことに思いを馳せなければなりません。
 しかし、進化の過程もほんの些細な出来事から思わぬ幸運をもたらしたようです・・・。
脊椎動物の祖先であるピカイアが存在しなかったら、恐竜が絶滅しなかったら、そのとき原猿類が生き延びていなかったら・・・・・。
進化の歴史に意図はないと申しましたが、結果として必ず複雑性が増します。
 私たちの脳は三層構造のなかに進化の記憶を保存しています。遺伝子をしかりです。
しかも、細胞の化学組成となっているのは『原始の海のしずく』なわけですから、私たちは自分の誕生の母体となった環境を自身の内部に保っているのです。
私たちも、起源の歴史を語っているのです。
    • ―――さて、約7000万年前の白亜紀末期の第3期といわれる時間軸まで遡りましょう。
この時期、生き残っていた恐竜もほとんど絶滅し、現在の北アメリカ、ヨーロッパ、グリーンランドが地続きであったのですが、この地に小さな小さな動物が誕生します。
最古の霊長類といわれるプルガトリウスです。
彼らは樹上生活をし、果実などを食べていたそうです。
この果実を食べる、という食習慣はまさしく地球の植物相の劇的な変化の現れでもあったのです。このネズミほどの大きさのサルたちが出現する以前の植物相は花を咲かせる植物は出現していませんでした。
最古の霊長類の誕生とほぼ同時期に花を咲かせる植物、ひいては果実が実る植物がこの地球上に誕生したのです。
新たな環境を征したサルたちに解剖学的な変化が次々と(ただし長い時間軸とここでも捉えてください)現れるようになります。たとえば、鎖骨の発達という新機軸です。このプルガトリウスは食虫類から進化したとされていますので劇的な新機軸といえるでしょう。
 こうした小型の霊長類はユーラシア大陸へ、続いて現在のアラビア・アフリカ大陸へと広がっていきました。
約3500万年前、広大な熱帯雨林に覆われていたアフリカ大陸に人類やチンパンジー、ゴリラなどの共通の祖先、高等霊長類が誕生しました。エジプトの砂漠で発見され、エジプトピテクスと名づけられたネコほどの頭蓋骨のサルで脳全体の容積が約40ccでありました。
 脳を得たおかげで、中枢神経の発達を促し、臭覚より視覚が勝るようになります。彼らは樹上生活でしたが、モノを立体的に見られるようになったのです。一種のコミュニケーションという社会的行動も見られるようになりました。
 さて、約1700万年前、プルガトリウスの子孫プロコンスルという脳容積150cc、体系はチンパンジーほどの大きさの猿が東アフリカの森林にいたころ、地球上に大きな地理的変動がありました。アフリカ・ヨーロッパ・アジアプレートが一つに繋がったのです。
アフリカのサルたちは大陸を繋ぐ地峡を渡り、ヨーロッパやアジアに広がっていきました。
進化の結果、新たなサルも誕生しました。
ケニアピテクス、ドリオピテクス、ラマピテクスなどです。
そして、約700万年前、放射線同位元素による年代決定という技術の発達や相次ぐ化石発掘により、ケニアピテクスに近い、もしくはこれらがヒトとサルの共通の祖先と言われていますが、これらの発掘された化石を年代順に重ね合わせてみれば、人類の祖とされるサルの移動は明らかで、おのずと、アフリカのごく限られた地域で発生し、ゆっくりとアフリカ各地へ次いで世界全体へ広がっていったとされます。
長い間チンパンジーの親戚といわれていたアウストラロピテクスが人類揺籃の祖であることは今や定説となっているのはご存知でしょう。

私たちは、昆虫を食べることから、花の誕生とともに果実を食べることから始まりました。
    • エリア: カメルーン旅行テーマ: イベント・祭り
    • 旅行時期: 2006/02/ - 2006/02/(約6年前)投票数: 1

    http://plaza.rakuten.co.jp/hunkorogashi/ 物資と生命が通じ、めぐり合う旅の始まりです―――――。  久しく平穏に生きていた単細胞たちはやがて進化の道を歩まざるをえなくなります。 原始細胞が増えるにつれ、自ら吐き出す廃棄物により自家中毒を起こすのです。 やがて単細胞は寄り添って多細胞に進化するわけです。もちろん生き残るための「手段」であるわけではありません。化学的コミュニケーションともいうべき、ある種の物質をやりとりするなどの遺伝子に関する小さな変化の積み重ねの結果、細胞の「機能」の特殊... もっと見る(写真2枚)

  • アフリカピクニック 愉快な旅 トゥウル  合言葉は――by marukunさん

    • アフリカピクニック 愉快な旅 トゥウル  合言葉は――
    • 人気のない森のなかに突然綿市場があった。
大量に真っ白な綿が積まれ、たくさんのひとだかりであった。
 そして、森や平原からときおり妖精が現れたものだ。
道中、どこからともなく子どもたちが現れ、バスと並走しながら手を振り、口々に叫ぶのだ。
「ガドゥー」と。フェリ・フォリ・マジリと同じだ。
彼、彼女たちはめずらしく、―最後まであきらめない―、というアフリカにはないような(笑)精神に満ち溢れていた。たのもしいかぎりである。
女性ガイドのジュリアンに何を言っている意味なのか尋ねる。
「北部山岳地域のキルディ族の言葉で―ちょうだい―、よ」なんだ、そういうことだったのか(笑)。
 トゥルの木曜市は驚くほど盛大に開かれており、市の手前の広場でアタシは大勢の子どもに囲まれた。
道中の友好的でけなげな、かつ微笑ましい子どもたちと違い、あきらかに眼つきが悪く恐怖すら覚えた。
彼、彼女たちは一斉にアタシに向かって言う。
「ガドゥー」と。
まるでドゥアラの明け方、目覚ましがわりだったカエルのようだ(笑)。
トゥルを離れ、今日の宿泊先ワザへ向かうため、さらにチャド方面へ北上する。
道中、岩陰や草むら、森の中とところかまわず、また大勢の子どもたちが忍者のようにどこからともなく現れてこちらに叫ぶ。
ひとりの少年はバスを必死で追いかけてこれを買わないか?と叫ぶ。
緑のカメレオンだった。
アタシは思わず窓を開け、叫んだ。
少年が後に小さくなるまで叫びつづけた。
「ガドゥーーーーーーッ」と。
合言葉は「ガドゥー」なのだ(笑)。
    • ―― 砂漠の縁の「部族」というアイデンティティと― ――



 トゥルのマーケットは思わぬ盛況ぶりだった。
マルアのマーケットで懲りていた一同も、トゥルではアドレナリンが上昇し興奮状態だった。
マーケットではキビやアワなどの穀物やキャッサバ、バナナを蒸したもの、ヤム芋を茹でたものなどの食料から、パパイヤ、バナナなどの果物。テコラッタの土器や壺。そして色鮮やかな女性の服や生地、男性用の服、草履、帽子、男性ムスリムが着るガラベーヤなどもあった。
これらが、縦横無尽に張り巡らされた路上に道端に広げられているのだ。
青空散髪店などもあり、ルムスキィ散策でさらに悪化した感じの痛い足を引きながらでも、興味が尽きなかった。
    • エリア: カメルーン旅行テーマ: 世界遺産
    • 旅行時期: 2006/02/ - 2006/02/(約6年前)投票数: 1

    http://plaza.rakuten.co.jp/hunkorogashi/ http://www.trave-l.com/blog/hunkorogashi/ バスはジズ山をかすめて、昨夜のデコボコ道をモコロへ向けて帰る。塔のような岩山があちこちにそびえる様は、たしかに月面を思わせ、圧巻だ。 モコロからさらに北上し、バスは車一台がようやく通れるような森のなかの道を行く。 次にめざすのはトゥルの村だ。 トゥルでは木曜に市が開かれる。モコロの水曜市で懲りてはいたのだが・・・・・。 森を抜けると平原になり、平原を抜けるとまた森になる。 平原にバオバブの木があった。葉... もっと見る(写真5枚)

  • 中央アフリカの旅 モコロ モコロの水曜市でジンセイを深く考えるby marukunさん

    • 中央アフリカの旅 モコロ モコロの水曜市でジンセイを深く考える
    • カエルの鳴き声に目が覚める。
厚い雲に月が透けて見えていたと思ったら、それは太陽だった。
ホテルを出て、少し散歩してみる。
次々とツバメのような鳥が巣から飛び交いホウオウボクの木の葉が揺れつづける。
ホテルの道向かいはキオスクが数件並んでいた。
早朝だというのに、もう仕度をはじめているひと、さっそく「煙草を買わないか?」と寄ってきた。
箱売りではなく、バラにした本数売り。
アタシは苦笑いしながら、マルボロを一箱買った。500CFA(セーファフラン)である。
 この通貨単位は、中部アフリカ関税経済同盟(UDEAC、1973年設立)に加盟するカメルーン、チャド、中央アフリカ、赤道ギニア、ガボンなどの共通通貨で、中部アフリカ諸国銀行(本部はカメルーンの首都ヤウンデにある)で発行される。
レートは、植民地時代にはナイジェリアに近い5分の1以外の国土はフランスに統治されていた影響で、
1フランスフラン(FF)と100CFACFAで固定されている。
因みに、1$は当時(2001年春)のレートで120円=620CFAであった。
カメルーンではナイジェリアの通貨ナイラも両替可であり、またT/Cのコミッションが5〜7%と高いので、できるだけキャッシュ特に数えやすいFFに両替したほうが有利である。
昨晩はじめて通貨を使ったのは皆からは大いに遅れて食べ損ねるところだった夕食時である。
水のボトルが1400CFA、そしてアフリカで最もポピュラーなビール、プレミアが1100CFAであった。
 アタシは今日、北部カメルーンの町マウラへ行くため、バスでドゥアラへ向かう途中、何気にドライバーがかけていた音楽テープがいたく気に入り、ケース無し、録音したテープで雑音あり、にもかかわらず、ドライバーに頼み込み、空港到着後、3000CFAで買い求めていた。
今回のカメルーンの旅は、前回のケニアの旅ではまりにはまっている―リンガラ音楽に触れるため―の
旅という主題があった。
しかし、買ったテープはリンガラではなく、どうやらカメルーンの民謡ポップスであったらしい。
リンガラと共通した甘いフレーズのメロディとテンポよくリズミカルな音楽で見分け(聴き分け?)がつかないのだ。
    • リンガラともうひとつ、ケニアの旅で果たすことができなかった買い物をも求めていた。
それは仮面である――。
大小200の部族があるとされるプチ・アフリカ=カメルーンばかりでなく、マリ、ドゴン族をはじめ西アフリカ、中央アフリカの仮面を物色しようと意気込んでいた。
 ちょうど、ドゥアラで宿泊したMホテルには仮面専門店があった。
アタシがショーウィンドーから眺めていてビビビときた仮面があった。
店のマダムがニッコリ微笑むのを待つまでもなく、アタシは店に直行したかったが、生憎CFAへの両替が空港では銀行がなかったためできずにいた。
急ぎフロントで両替し、スーツケースを部屋へ放り込んで、じっくり仮面を物色するつもりだったが、
例のルームキーのおかげで、再び店を訪れたときには店には硬い鉄のシャッターが締まっていた。
ビビビ光線を送ってくれた彼女(仮面たちのことです)は黙って微笑んでいるままだ―――。
 そして、カメルーン滞在中、ついに仮面ショップとは出遭えなかった。
かわりにアタシは帰国してインターネットショッピングで次々とビビビな仮面をゲットしている。

○	ブルキナファソ、モシ族のマスク
○	赤道ギニア、ファン族マスク
○	リベリア、グレボ族マスク
○	コートジボアール、エケ族
○	ナイジェリア、イボ族
○	ブルキナファソ、ブワ族のマスク
○	ナイジェリア、ブヌ族のマスク

関東地域のある専門店から大きなダンボールが家に届くたび、家族に呆れかえられながら・・・・・。
アタシはいつだってガラクタをお宝に変えてみせるのが得意だ。
例えば――――。
    • エリア: カメルーン旅行テーマ: 芸術・美術館・博物館
    • 旅行時期: 2006/02/ - 2006/02/(約6年前)投票数: 4

    http://plaza.rakuten.co.jp/hunkorogashi/ ―― モコロの水曜市で深くジンセイについて考える ――    ドゥアラのホテル。 到着早々、ウェルカムドリンクのカシスジュースの影響かどうかはいざ知らず、いきなり眩暈と頭痛に襲われた。 これは早々に寝なければ。 そうでなくても右足の甲がパンパンに浮腫んで悲鳴をあげているのだ。 アタシは地方空港から旅するとき、靭帯をサポートするためきつめの運動靴で過ごしていたのだがそれは裏目に出た。スリッパのような靴で柔らかく包んであげたほうがよかったのだ... もっと見る(写真4枚)

  • 地球で一番美しい景色 アンドレ・ジイド が愛した村 カプシキby marukunさん

    • 地球で一番美しい景色 アンドレ・ジイド が愛した村 カプシキ
    • ――――宇宙誕生からはかない知性にいたるまでの、私が貫き通してきたのは、生きる学ぶ喜ぶ力の発揮と、同胞愛と、人権ひいては愛の確立です。
寸分の違いもない私たちは、何故他者を憎み、陥れ、差別し、また虐殺もいとわないのでしょうか?私の手帳から深くあなたの差別心に鋭利に切り込んでみてください。
同じく、生きる学ぶ力、誰しもが生き生きと輝き続けることも、私がカフェに入会した7月25日からの日記以降、すべてを紐解いてみるのもよいでしょう。
私の、旅と恋に裏打ちされた、ある一つの方向性がみえてくるはずです。
そして、この最後にお届けしてきたのが物理法則や宇宙の歴史を綴るのみならず、多くの学びと気づきの場であることを、万華鏡のように織り込んだその様々なキーワードを礎に、貴方なりに貴方の旅の杖にしてみてください。

まるくんであり、フンコロガシ、そして私「学」は・・・・・無邪気に恋するヒトは、
さまざまな出会いと気づきによる旅により、今日ここにいます。

 ★旅することは、出会いです。

出会いはさまざまなものを生み出します。
出会うためにはエネルギーが必要なのです。
エネルギー=熱をもつことが自尊感情です。
内なる熱と、他者(世界)の熱が相互作用し、その出会いを意味あるものにしてくれるでしょう。
私たちは、めざすべき秩序と整合性のある光によって方向性を示さなければなりません。
いのちあるものの内にあるエネルギーいきいきと光輝くために、一つひとつのいのちが、つながりと関係性のなかで変化を創造しながら相互作用のなかで自己発揮していくのです。
熱と光に導かれて――――。
貴方の「いのち」を育んでください。
貴方とおなじいのちを育んでください。

 ★私たちは誰かの一瞬のまたたきのような、一瞬のきらめき、―――でしかないのです。

それでも、私は美しいと想う。
それでも、私(たち)は今日も「考える葦」であります。
一瞬のきらめき、のなかで、ほんの一瞬私(たち)はようやく、一瞬の悲喜劇、の間いのなかで気づこうとしています。

私(たち)は、皆同じなのです。
ある権力装置から脱却するための「人権」ではなく、生まれながらにして皆がもっている自然的な人権です。
基本的人権を、生きる権利を「個人の尊厳」として捉えるなら、「平等」はすべての権利の基礎とならなければなりません。
そして、私たちは「自由」なのです。
この青い地球へのプリズマ光線が織り成す青空の下で旅するように――――。
    • 、【幸せ】とは何を意味してきたのでしょうか?
―ああ、今とても幸せだ―という『体感』や、『情動』をお届けしたことでないことぐらいは、あなたがたの知識、価値、態度、技能が優れているないにかかわらず、一人ひとりそれぞれ感じていただけたことと思います。
では、この【道しるべ】は一体何が出発だったのでしょう?
アタシは『幸せ』の『旅路』を、自己本位ではなく他者との『関係性』だ、日常から常に鋭利に『気づく』ことだとさんざん、述べてまいりました。
そして、熱と光に導かれて『自尊』感情を培うことが幸せの道しるべだと、アタシの日常の情念を乗り越えて説いてまいりました。
それが自己を『解放』し、『自由』にさせる旅路と結んできたのです。

★『幸せ』とは、―「私」からの出発―です。

 自分とは何かを知っていく、いかなる環境であろうとも自分がかけがえのない素晴らしい、価値をもった存在であることを自覚していく、――つまりは自分を好きになることです。
これが自尊感情=セルフエスティームという概念です。
この自尊感情が基点なのです。
自分がわからない人、自分が好きでない人、自分の価値がわからない人、あるいは劣等感あるいは優越感をもった人が、どうして他者を好きになれるか、他者の価値がわかるか、人に憧れ尊敬できるか、ということなのです。
厳しくもつらく暗く悩ましい現実にぶつかる前に、自己をどれだけ耕しておくかという大切さを訴えてきたつもりです。
それが―幸せの旅路―なのだと。

そして同時に、その『幸せ』を「生きながら」奪われ、厳しく激しい現実と闘いながら真剣に生きている人々の豊かな『出会い』、『学び』の出会いをどれだけもてるかということを、『関係性』=世界との出会い、そこから『交わる』ことの大切さを紡いできたつもりです。

 ★幸せ――とは、いかに出会うか、いかに自分を、そして同等に人を愛せるか、です。
 
 アタシは、これらをまるくんの『感性』からみなさんにアプローチしてまいりました。
感性というのは価値・態度の問題にかかわってきます。
自尊感情はもちろんのこと、共に生きる共感、思いやりなどの想像力でもあります。
装おうのではなく、偽るのではなく、また理論や知識のみを養うのではなく、日常から自主的かつ主体的に参画して、自ら「自らの」問題に【気づく】こと、発見することです。
自分で気づいたことは忘れません。
伝えられるよりも、教えられるよりも自分のものになっていくのです。
自ら気づくのですから、喜びもあります。『自信』にもつながります。
エンパワメント=自尊感情とは、「自己実現」でもあります。
自己実現は自ら発見していく「学習」でないと起こらないものです。
 その感性や情動から、情念にとどまるのみでなく、知識や理論(自我)のみにとどまることなく、価値、態度、技能を育み、つなげて『意思』をもって「行動」しなければならないのです。それらは自然と身につく技能ではありません。
価値、態度から日常の生活や生き方と関わった知識をしっかり学び、『開かれた心』、多様性を尊重し、他者を慈しんでこそ、共生や包括的な(ホリステイックな)物の見方が生きてくると思うのです。
 そして技能とは、【 広場 】でのコミュニケーション能力、話す力、だけでなく聞く力、さらに問題解決能力、可能性を追求する能力、参加する意欲、協力心、人間関係をうまく進めていく力などのことです。
あらゆる学習や、「実践」から、アタシは広場=世界のすべてが人権の根付いた社会、人権文化を築くことが、【幸せの旅路】であることだとあらゆる分野の『生きた学問』の科学的理論の裏付けたる基盤のもとに確信しています。
人権文化のしっかりした土台のないところで真の平和と自由はありえません。 
信じて、実行する。ですから、アタシは「強い」のです。誰からにも(権力)打ち負かされず、誰をも(他者を、異文化を、自然を)愛せるのです。
いかがですか?
定理として――自然と平和と自由を希求しない人はこの世にいない――と思います。
異論のある方を世界中で探し当てるほうが困難だと思います。
しかし頭の中で、理屈をこねるだけでは自己実現=社会実現できません。人権、差別と声高に叫ぶのではなく、知識ではなく、価値・態度・技能でもって、暗く、重く、マンネリな【啓発】ではなく、―自分とは何か、幸せとは何か―という根源的な共感性でもって、―厳しく悩ましく迷いもあり、ともすれば絶望的な現実から―、その壁を乗り越えなくては真の幸せなどいっこうに近づいてはきません。
「生きる」などと力強く叫んでみたところで、なにがしか手からこぼれてしまうものを感じとってしまうのはアタシだけでしょうか?
人生とは日々なんとなく過ぎていくものです。
しかしながら、アタシたちはその「なんとなく」を「無為に過ごせる」保証はどこにもありません。自己をどれだけ鍛えておくか、自分とは何か、自分の価値とは、これらをいつも体感しておかなければ、厳しい現実に流され、壊されていくのです。
それが、【幸せへの旅路】、なのです。
充実した素晴らしい「私」を作る自己開発が自己実現であります。
なんとなく――ばかりでは、今まで気づきもしなかった自分の価値を発見していくことなど、とうていムリなはなしです。
    • エリア: その他の都市旅行テーマ: 世界遺産
    • 旅行時期: 2006/02/ - 2006/02/(約6年前)投票数: 1

    http://plaza.rakuten.co.jp/hunkorogashi/ ―― VULA BOPS―合い言葉は「ガドゥー!」 ――   風がピタリと止む―――。 時計をみやると5時で、もう明け方だ。 アタシはそのままコテージを出て、朝の空気を吸い、そのままホテルの敷地を出て朝の散歩に出かけた。 ホテルの門を出たとたん、薄闇と朝靄のなかから現れたひとりの少年にまとわりつかれた。 朝日を追って薄っすら赤みがかった方角の道を行くのだが、少年は距離を置いてついて来る。 群れから離れた羊がいた。 小さな丘にはマ... もっと見る(写真4枚)

  • ポレポレ精神の旅 カメルーン旅行記 空港で待ちつづける旅by marukunさん

    • ポレポレ精神の旅 カメルーン旅行記 空港で待ちつづける旅
    • グラスランドは、カメルーンとナイジェリア国境辺り、海岸線100キロから200キロほど内陸部をよび、緑草豊かな標高1400メートルほどある高原地帯である。
火山性の山々も連なり、密林で覆われているところもある。
カメルーン一いや西アフリカ一高い4095mある活火山カメルーン山もそびえる。
 マルアからヤウンデ、ドゥアラを眼下にするなり、道行けば風景が劇的に変化する。
ドウジンビエ、シコクビエ、フォリオ、トウキビ、モロコシなどの穀物からヤシ、ヤムイモ、キャッサバ、バナナ、ゴムなど種子により繁殖する植生に変わるのだ。
ステップから熱帯性雨林地帯へ。
 これまで幾度か示してきたように、カメルーンの国土は大きく二つに区分でき、さらに4つに地域区分することがきる。
南部の平原は濃密なジャングル=熱帯性雨林地帯で、中部(フジラ族のンガウンデレなどがある)は標高1400mほどの台地。アダマワ高原である。西部は火山性土壌の山林地帯でグラスランドなどこの地域は国内で最も肥沃な土地である。農業は綿花、コーヒー、バナナ、そして世界第6位のカカオ、心経はヤシ油、マホガニー、チーク、コクタン、ゴムなど。北部に行くにつれサバンナからステップ地帯に移行し、最北部チャド湖近くは湿地帯に変わる。
    • ジダと訪れようと目論んだのがチャド湖湿原地帯に住む漁労部族ムズガム族の伝統的な骨組みのない土だけの家で、最近では姿を消したともいわれる「ムズガムドーム」だった。
現在、うち続く旱魃によりチャド湖は年々縮小傾向にありムズガム族をはじめ湖畔の漁民は困っていると聞く。内陸湖の干上がりをもたらす要因には、水を灌漑用に使用してしまうなどの人為的なものと、
乾燥という自然現象がつづくための二つの要因がある。
白亜紀以来、チャド湖はチャド盆地の沈降と、ニジェール山地の隆起との速度の違いから盆地が孤立化し集水域が減少化している。周辺地域の地形変化が約1万2千年前の最後の氷期が終わりだして以降、アフリカの砂漠化がはじまった延長戦にある。チャド湖、湿原地帯もやがて消滅し、サハラ砂漠に飲み込まれる運命なのだそうだ。
南部アフリカのオコカバンゴ湿原地帯がナミブ砂漠にやがて飲み込まれるように、東部アフリカの数々の動物が生息するサバンナがやがてはサハラやソマリ砂漠に飲み込まれるように。
逆に捉えれば、チャド湿原地帯はチャド湖があるがゆえに、これまでの1万年間砂漠化を遅らせることになっただけなのである。
    • エリア: その他の都市旅行テーマ: 飛行機・ヘリ
    • 旅行時期: 2006/02/ - 2006/02/(約6年前)投票数: 1

    http://plaza.rakuten.co.jp/hunkorogashi/ ―― 砂漠から熱帯林へ RORD OF BAHUSAMU ――  ガルアからヤウンデ経由でドゥアラに着いたのは、結局午後4時を過ぎていた。 今日はカメルーンのカルデラ湖バロンビ湖畔にあるホテルを発ち、南部カメルーンのグラスランド、バミレケ族のバンジュンやバフサム、バムン族のフンバンなどを巡る一日のはずだった。 今日一日を、また移動だけで費やしてしまったのだ。 飛行機から出てタラップを降りるとき、今にも降りださんばかりの厚く垂れこめた雲。... もっと見る(写真5枚)

  • アフリカのマスク 仮面 秘密結社 by marukunさん

    • アフリカのマスク 仮面 秘密結社 
    • この王宮があったフンバンをはじめバムン族が住むのはグラスランドでも山間部に位置し、この博物館をまわっただけでも、バムン族は戦闘的な戦士という印象があるが、そのとおりドイツがグラスランド山間部に侵攻してきたき、勇敢に戦ったという伝承が残っている。
しかし、バレンタインの説明によると、1902年、ドイツがフンバンに到着したとき、当時のバムン族の王ジョヤは威厳をもって接見し、ドイツ軍と交易などについて平和的なうちに交渉したというほうが正しいらしい。
ここで一際興味を引くのは、代11の王で6キロ先のことまで聞こえたと伝えられ2m60cmあったとされる仮面を被ったスルタンのレプリカだ。
牛の顔に蜘蛛が這うスルタンの家紋、ガラスビーズで覆われた双頭の王家に代々受け継がれる仮面、呪術がばれて首を切られるひとを描いた絵画、ライオンに食われる民衆を描いた絨毯、豹の牙のネックレスなど、この博物館のなかの陳列物の数々はなかなか不気味な雰囲気を醸し出しているのである。
仮面ライダーのショッカーのアジトみたいだ。
なかでも双頭のガラスビーズの像がついた王家に伝わる椅子は、尻尾にも頭のついた双頭の蛇が椅子にデザインされている。この双頭蛇の由来は「昔、西と東から敵に攻められ危機に面したがこの村の勇者たちは勇敢にも両方ともやっつけたのだ!」という話しからきているという、そんな後ろにも目があるような兵士たちがモデルになった、顔が前後にある仮面もこの伝統的なデザインなのである。
アフリカの王政部族社会には葬式などの儀礼に登場する仮面などを管理し、また呪術集団として民衆を政教一致的要素=仮面ダンスで支配する秘密結社がある。
秘密結社というと、なんだかおどろおどろしい感じがするが、加入儀礼のある村の青年団と思ってよい。
ただし、仮面ダンスがいつ行われ、誰が踊るかは決してひとに知られてはならない。
呪術に欠かせぬ精霊が宿るのが減退もしくは消滅してしまう恐れがあるからだろう。
もちろん、秘密結社のメンバーは決して祭礼や呪術的要素が濃い儀礼である仮面ダンスにおいては決して民衆に顔をみられてはならない。ビロードをした牛の仮面にマントを被った秘密結社の衣装を着た人形が並んでいた。アフリカの仮面ダンスは衣装なども完全武装して誰が誰かはわからなくなる。
    • フンバンの結社のメンバーはソロ(戦士たち)と呼ばれる。
カメルーン、またバムン族に限らずアフリカでは祭典、儀式などで仮面が使用される時、仮面装着者は精霊や神々そのものとなる。仮面自体にも特別な思いを込めており、超自然的な存在とみなされている。
製作者は特定の人が行うが、専門の彫刻家ではなく、農業など仕事の手の空いたときに、特別な木の幹を用いて、村里から離れた特別な場所で制作するのだそうだ。
 そして村の秘密結社のみがマスクを取扱い、装着する。つまり家人でも仮面をつけて今舞踏をしているのが息子であり夫ではないのだ。精霊なのである。
現在でも奥まった村々ではこうした伝統宗教、風習が昔と同じ形で残されているがフンバンの秘密結社のダンスは頭上に仮面をのせて仮面の首周りをラフィアなどで飾り、踊りといっても背の高い大男たちのゆったりした行進のようであったという。
ところで、そもそもカメルーンのアフリカのひとびとにとって仮面とは何であり、どんな意味をもつものなのであろうか。まずは仮面の歴史から紐解いてみよう。

「――仮面の歴史であるが、タッシリナジェールの岩壁画から、紀元前4000年には既に仮面舞踏が行われていたことがわかっている。しかし木製の仮面は厳しい自然条件の中で生き残るのは難しく、現存している最古の仮面は17〜18世紀位のものである。仮面が紀元前4000年以降これまでどんな歴史的な変遷を辿ったのかそれを跡づける資料は探しようがなく、手がかりのない空白の数千年に対しては推測の域を出ないのだが、岩壁に描かれた仮面がコートジボワール周辺で使われていたものとよく似ている事もあり、仮面というものの宗教的儀礼上の役割から見て、各部族に固有の伝承や時代的な相違があるにせよ、形態としては大きな変化はなかったと思われる。紀元前4000年頃、まだサハラが
緑の平原であった頃に行われていた仮面舞踏は、紀元前3500年頃から砂漠化にともなう人々の南下のため現在のギニアあたりからカメルーン方面まで流動し、紀元前3000年頃からのバンツー族の移動と共にノック等の技術や様式がガボンやザイールへ伝わったのではないかという説がある。仮面は部族固有の神話や伝承の具現的な象徴であるため、それぞれの個性が際立っているが神像に関してはガボンやザイールではノックのスタイルとよく似ているものも存在している――。『アフリカのかたち pOWER OF ART』小川弘 里文出版 」
    • エリア: その他の都市旅行テーマ: 芸術・美術館・博物館
    • 旅行時期: 2006/02/ - 2006/02/(約6年前)投票数: 3

    http://plaza.rakuten.co.jp/hunkorogashi/ ―― バミレケ族の秘密結社 フンバン ――    早朝、バフサムを出発する。 朝日がまだ昇らないうちにフンバンへ向かいスルタンの宮殿跡博物館を見学し、急ぎバフサムに戻り荷物をまとめてバンジュン村、バロンビ湖と昨日周れなかったコースと今日予定のコースを一日かけて急ぎ足で巡るそうである。 しかも今夜はドゥアラまで帰り、パリへ向けて旅立つ日だ。  密林に覆われた辺りは重ねるように朝靄がかかり、薄闇の西の空が明るみ出す頃に今日がとても晴れた... もっと見る(写真7枚)

  • 月世界  月面の旅とアンドレジイドが称した カメルーン北部ルムシキ地方by marukunさん

    • 月世界  月面の旅とアンドレジイドが称した カメルーン北部ルムシキ地方
    • そして、6時半―――。
二人はホテルの前でお互い罰悪く、バッタリ顔を合わせた。
―おい、フェリ・フォリ・マジリ、学校はどうした?―とつっこみたくてもつっこめない。
―ミスター、バスで出発するんじゃなかったにかい?―お互いさまだからだ。
今から、この村の散策の予定なのだ。今日、歩くのがとてもつらい一日になりそうだ。
フェリは同じ年頃の仲間を連れて、アタシたちのルムスキィ散策につきまとうつもりだ。
エンピツを送る気がないことに、後ろめたい気持ちもあったが、これでせいせいもした。
 出発したホテルの門からすぐ集団から離れてしまった。足のせいである。
アタシはフェリたちに付きまとわれるのを一手に引き受けたことになった。やれやれ、第2集団だ。
朝散歩した方向と逆の道沿いを行き、しばらく行くと大きな栗の木のようなマルラの木があり、そこから民家に入っていく。フェリがニタニタしながら手招きするからだ。
山にへばりつくように点在している民家をすり抜け、谷を降り、なんとか最初の集団に追いついた。
ガイドが占いをしてもらっているようだ。
どうやら、ここは呪術師(ウイッチドクター)の家らしい。
「―――アフリカは、他の地域と同様、精霊が満ち溢れている場所である。霊たちは、我々人間よりも高い次元に住んでいることは間違いはないが、神聖なる次元にというほどではない。精霊といっても、我々が親しみをもてる人間的欠陥を多くもっているのだ。ある霊は、我々の日常生活に悪影響を及ぼすので、贈りものや供儀でなだめねばならず、警戒もしなければならない。しかし、常時警戒できるだけの時間的余裕と経験をもっている人間は何人いるだろうか。遅かれ早かれ、誰もが悪質な霊のとりこになってしまうのだ。
 アフリカでは、どの共同体も最低一人の専門家を抱えてこのジレンマに対処している。
<ディンガガ>と呼ばれ、霊媒・占い師としての修行を積み、可視の世界と不可視の世界との間に調和と均衡を保つことを生業とする人たちである。彼らは、霊界と交流する際にトランス状態になったり夢を利用したりするが、同時になんらかの道具を使う人も多い。そのなかで最も知られているのが「骨」という一組の占いの道具である。どの霊媒<ンガガ>(<ディンガガ>の単数形)も、それぞれが特有の<ディオタオラ>と呼ばれる魔法の骰子―トーテム動物の関節骨、コヤスガイ、べっ甲のかけら、陶器片、そして古い硬貨などでできたもの―をもっている―――。『アフリカの白い呪術師 ライアル・ワトソン著 村田恵子訳 河出文庫 』より― 」
で、ここルムスキィの呪術師は、骨でもコヤスガイでもなく、蟹を使うらしい。
    • 異常に痩せぎすで背の高い老人がサレの奥に座り、神妙な顔をしてツボの中をかなりゆっくりした動作でいじくっている。
ツボの中に土と水を盛り、そのツボの縁に木板片を並べ、そこに蟹を一匹放りこんで、蟹の動きにより木板片を読む、ことにより占うらしい。
この背の高い老人呪術師はダムハーといい、彼は97歳になる。
この老人が呪術師として有名人なのかどうかは知らぬが、観光目的で(笑)ルムスキィを訪れたことがあるひとなら、少なからず心当たりはあるはずだ。
「――私はリュムシキという村に来ていた。隣村から乗ってきたピックアップの荷台から私が降りようとすると、荷物を受け取ってくれる青年がいた。彼は来週から学校が始まるのにまとまったお金がないので、村を案内するガイドに自分を雇ってくれといってきた。彼の案内する場所を聞いてみたら、
「・・・・・・ウィッチドクター(呪術師)・・・・・・・・」という。
私は愉快になって彼について行くことにした。
 九十歳になるドウムハはたっぷり白いひげを蓄え、藍染の帽子に古ぼけたコートを羽織って現れた。
Vネックからのぞく胸や膝の破けたズボンから見える脚は骨ばっている。大きな丸い目は優しく印象的だ。以前タンザニアで会ったペテン呪術師などのような、いかがわしさは微塵もなく、身なりは貧しいが威厳を感じさせた。彼は問題解決のために蟹を使う。これはお祖父さんも代から三代続く方法らしい。
素焼きの壺の中には砂が敷き詰められていて、男や女、国、凶、などを表す木片を中央に置き、そこに壺を放すのだ。蟹は砂の上を歩きながら、ボードを動かす。そしてドウハムはその跡を読むのだった。
 私はこの旅の中でわくわくしながら待っていることがひとつあった。それはナイジェリアの強烈な呪術師に会うことだった。いくらイスラム教やキリスト教が入り込んでいようが、呪術は相変わらずアフリカの精神世界の根幹にあった。ナイジャリアの強烈な呪術の世界についてはナイロビにいる間に何度か耳にしていた。ある呪術師の葬儀のとき、周辺の呪術師が集まって祈りの言葉を唱えると、屍がムックリ起き上がって、ピョンピョン跳びはねるように移動して、自ら墓穴に入っていったという。この恐るべき証言をしてくれたのは、日本人の旅人だった。私はナイジャリアのどこかで呪術の現場に触れてみたいと思っていた。
「ナイジャリアのどこで私は呪術師に出会うだろうか」と尋ねた。ドウムハは今はもう廃れてしまったマルギ語で蟹に私の質問を伝え、蓋をしたボールの中に蟹を放した。一分ほど待ったろうか、蓋を持ち上げるや、ドウムハはすっとんきょうな声を上げて笑い出した。砂の上を見ると、木片はバラバラになることなく、元の形のまま隅に押しやられていた。私は不気味だった。ドウムハは部族語でガイドに何やら伝えるが、私は彼がなぜこんな声を上げるのかつかみかねていた。
間もなくガイドが通訳してくれた。「あなたの目論見はすべてうまくいく。呪術師はあなたの行くところに待っている」と。『楽園に帰ろう』 新妻香織 河出書房新書より―― 」
ずいぶん、アタシが訪れたときとダムハーの印象が異なるようだが(笑)、それについては触れまい(笑)。
旅人はいつだって情緒と主観が入り混じった世界を全面に押し出すものだ(笑)。
ダムハーも、あれから7年歳をとったのだ。
それよりなによりも、著書のなかででてきた「来週から学校が始まるのにまとまったお金がない」という青年がフェリ・フォリ・マジリの兄としか思えなくてしょうがなかった(笑)。
いや、それよりもルムスキィの青少年たちは親から、それとも「学校で」そう教わっているのかもしれない(笑)。
    • エリア: その他の都市旅行テーマ: 世界遺産
    • 旅行時期: 2006/02/ - 2006/03/(約6年前)投票数: 1

    http://plaza.rakuten.co.jp/hunkorogashi/ しばらくルムスキィのシンボルを眺めていたが、やがて厭きてホテルに帰ることにした。 今日も歩くのがとてもつらい一日になりそうだ。今日はこのあと、この村の散策の予定なのだ。 ホテルの門をくぐる直前、あいかわらずついて来る少年にズボンのポケットにあった飴をあげた。 「ボンボン、ブラザー、シスター」礼を言うどころか甘えて、さらに要求してくる。 「もうない!」 「じゃあ、ペンもくれ。学校へ行ってもペンがないから勉強できない・・・・・」 「ペン?ないな... もっと見る(写真4枚)

  • 国立公園の旅 ワザ動物公園 ワザワザ来るところでも・・・by marukunさん

    • 国立公園の旅 ワザ動物公園 ワザワザ来るところでも・・・
    • ―――「右に根元から分かれたアカシアがあるでしょう?その下に小さな沼ありますね。見えますか・・・・?そこに何がいます?」
「わぁーーーー!!キリンだぁーー!!」
遠足の子どもたちのように私たちは同時に叫んだ。
そう、ダービーのチケットは払い戻しだった(笑)。
が、そんなことはどうでもよろしい。
アンボセリ公園手前の草原で、ついに私たちは「野生動物」を「発見」した!
今日から、これでもかこれでもか、と動物たちとご対面するのだが、そんなことは何も考えず、「私たち」は純粋に感動を分かち合っていた。
「でも、動物は動物園にいるだけじゃないんだね。国立公園というから、ナイロビ郊外のところにあったように柵でも囲んであるのかと心配してました(笑)」と、私はもちろん、冗談のつもりで吐く。
「ここはアフリカね。いてるところにはどこにでもいてます」とパトリックはつまらなさそうに真面目に応えた。
――――さて、早朝、日の出と同時にサファリである。
「マナブちゃんズ・ツアーの出発や!」Mはいつもウトウトしだす夜とは打ってかわって元気だ。
子どもや・・・・・・・・。
「いやいや、マナブちゃんいうよりも、ガクちゃんやな、ガクちゃんて呼んでええか?」
はしゃぐMをよそに、二日目にしてすでに苦痛であった。
何がって?狭い4WDのなかにMとのみならず、Sもいることではない。
いや、それも多いにあるのだが(笑)、何よりも、この圧倒的に動物を巡るこのサファリにもう「飽きて」いたのだ。
たった、二日目にして・・・・・・・・。
初日、あの感動を呼んだキリンが嘘、のようだった。
ゾウがいた。シマウマがいた、ガゼルもいた、イボイノシシもいた。バッファローもいた。
ヌーがいた。いや、いるどころかたくさんたくさんいた。あとはチーターとライオンくらいか?そうだ、サイもまだであった。
でも、マサイ・マラ保護区ではきっと見れるだろう、そう確信していた――――。
『 ケニアの旅― ONCE IN A LIFETIME まるくんの旅は青空―より 』

「さあ、飽きるほど動物を見よう〜〜」
ワザ国立公園に隣接した、広大な敷地に点在したコテージ(こちらはルムスキィどころか、丘の上にレストランなどの本館があり、アタシのコテージは最も遠い麓の入口近くのコテージだった<涙>)を時間をかけて何往復もしたのだ。
    • 今日一日はバスのなかでゆったりまったり動物ウオッチングといきましょう。
しかし、早朝6時30分、スタート―――。
正午過ぎて12:30分。
約6時間の間で見たのは枯れたブッシュと、道よりかなり遠くのブッシュにトピ数匹、アンテロープ(コープ)、そして赤アカシアの木にペリカンやアフリカハゲコウ(マラブー)・・・・・・・これだけなんですけど・・・・・。
    • エリア: その他の都市旅行テーマ: 動物・サファリ
    • 旅行時期: 2006/02/ - 2006/02/(約6年前)投票数: 2

    http://plaza.rakuten.co.jp/hunkorogashi/ ―― トカゲとカメレオンのフジラの谷で ―― 「ワザワザ、来るところでなかったですね・・・・・」 シャレもむなしく空回りで、「ワザ国立公園」をあとにし、ウジラへ向っている。  カメルーンは特徴ある自然・地理的条件のおかげで「プチ・アフリカ」または「アフリカの縮図」といわれる名に恥じず、ひとの多数の文化・部族ばかりか、アフリカで最も豊かで変化に富んだ動物相をもっている。 カメルーンでは熱帯性森林地帯のドゥアラ・エディア保護区、ジャ保護区など... もっと見る(写真4枚)

  • カメルーン北部の旅 アフリカ奥地のリゾート ワザ動物保護区by marukunさん

    • カメルーン北部の旅 アフリカ奥地のリゾート ワザ動物保護区
    • ワザを遠く離れるに従い、アタシは密かにその思いを強くしていた。
〇ドゥアラ空港を発ち11時に到着予定の飛行機を正午過ぎまで待つ。
〇そのおかげで、モコロの水曜市は見られずじまい。
〇ジュリアンはさりげなく言ったが、悪路のためらしくマバス村へは行っていない。
〇そして、このワザでの2日間である。中央アフリカ最大のサファリコースで鹿類と鳥しか見てない。
どうも、このカメルーンの旅はあとからジワリジワリと効いてくるボディブローを受けたような気がしてならなかった。
しかし、これまではまだまだジャブの応酬程度であることをこのときは知る由もない。
いや、そもそも旅のはじめから調子が狂っていたではないか?
    • さて、そんなことは露とも知らず、アタシたちはウジラに向っている。ポドコ族の村である。
南西海岸のカメルーン山からナイジェリア国境に連なる山脈の北端マンダラ山(マンダラ山辺りは第2次世界大戦中ドイツと交戦を交えた場所だそうだ)にある村だ。
この村の族長の宮殿を訪れ、収穫・結婚・葬祭時に踊られるキルディダンスを見学する予定だ。
しかし、アタシは2日前、この参加は断っていた。
村まではケモノ道を往復約1時間歩く。とても今のアタシの状態では無理だからだ。
アタシはジュリアンにビデオとカメラを預け、ジダとサーディとともにウジラの麓の村でみなの帰りを待つのだった。
行かなくてよかった。いや、行けるわけがなかった。麓から見上げた山道とはケモノ道のことで、炎天下はやいひとでも、しっかり往復3時間もかかったのだから―――。
 アタシはみなを待つ間、アシスタントの若い青年ジダ君におねだりをした。
「ここで待っていてもなんだからクセリに行かない?(微笑みつき)」
クセリは、最北端に近い町で、ここから地図上では80キロたらずだ。クセリ近くのムラー村にはカプシキで見てきた土壁に干したミレット類をとんがり帽子のような屋根のカプシキハットとも呼ばれるサレとは全く違う、骨組みなしの土だけのアリ塚のようなドーム状の家があるらしい。ワザのコテージはこのクセリの村のドームを模倣したものだった。
    • エリア: その他の都市旅行テーマ: 自然探訪
    • 旅行時期: 2006/02/ - 2006/02/(約6年前)投票数: 1

    http://plaza.rakuten.co.jp/hunkorogashi/ ワザを後にしだして、アタシは今回の旅で薄々気づきはじめたことがあった。 それは――――。 それは、何もかもが順調というものに反して事が運んでいる、という事実にだ。  もっと見る(写真6枚)

  • アフリカの旅 マーケットの旅  市場にて by marukunさん

    • アフリカの旅 マーケットの旅  市場にて 
    • 申し訳程度の仮面やブロンズ像などわずかな展示品は閑散としており、建物の半分は服や鞄などの店があり、ずいぶん安っぽい博物館だ。
マーケットへ移るが、普通の町場の市場でひょうたん帽子の女性のトゥルの市場から比べると、もの足らないことこのうえない。
アタシはマーケットをひととおり見て周ったあと、博物館入口のすぐ隣にあった店に気づかないでいたことに後悔した。テープ屋さんだ。カメルーンはザイールのリンガラ、そして西アフリカのアフロ・アフリカンミュージック、ナイジェリアのジュジュ、などアフリカ音楽の宝庫だ。もちろん、キルディダンスやルカプシキダンスの伝統音楽や、カメルーンのポップスも求めよう。
縦長の4畳ほどの店内は薄暗く、奥に小さなカウンターがありそこにスポーツ刈りの若いお兄さんがいて、顔を合わせるなりまっすぐ歩みよりまくしたてた。
「キンシャサ(旧ザイール、コンゴ民主共和国の首都)のリンガラある?プラザビル(コンゴ共和国)のではだめだよ!(笑)」
彼はニコニコとうなずいて、すぐさまテープをカウンターに出してくれた。
なんとDEFAOである――――。
    • 「―――ナイロビは海抜1700メートルの高地で、年平均気温は17度前後。避暑地のようなイメージがあるが、やはり汗ばむ額をぬぐいながらキマシ通をどんどん歩いた。 めざすのは、レコードショップだ。通にある何軒かの店を覗き、店内が比較的広く明るく、そして何より良心そうな店をくぐることにした。お目当ては、もちろん、リンガラだ。くぐったショップのカウンターで、「今一番ケニヤで流行っているいかしたバンドのテープを出して」と頼むと、大柄な店員はすぐに棚から出してくれた。「DEFAO&BIG STARS」の「SARA NOKI(急げ、、の意)」だった。幸福の出会いと始まりだった――――。  
『 ケニアの旅― ONCE IN A LIFETIME まるくんの旅は青空―より 』
 デファオ・マトゥモナ。91年、ビッグスターズを結成し、巨体な体を揺らせながら、リンガラ第3世代の頂点に立とうとしてる男。あの巨体からは想像できない甘美なボーカル。ビッグスターズのギター、ドラム、ベースの一音一音がキラキラと眩しい。なんて、ダイナミックで甘美なルンバだろう。今では望めない、生き生きとした「僕の」時代を彷彿させる、生き生きとした音群。キンシャサから発したオーラ、それはザイールにしか存在しえないルンバのリンガラの美学がそこにある―――。
アタシはいたく興奮した。
テープは「NESSY DE London」、最新版のようである。
ほかにもカメルーンポップス(帰国して聴くと、なんとドゥアラ空港へ向かうバスでいたく気に入り、ドライバーに頼み込んで3000CFAで買ったテープと同じお気に入りの曲があった!)数本に店主が「ローカル・トラディショナルもどうだい?」と伝統音楽も勧めてきたのでそれも買うことにした。
「このラジカセで視聴できるんでしょ?」
「あいにく停電で・・・・・」と店主は苦笑いする。
    • エリア: その他の都市旅行テーマ: ショッピング
    • 旅行時期: 2006/02/ - 2006/02/(約6年前)投票数: 1

    http://www.trave-l.com/blog/hunkorogashi/ マルアのホテルにもワザのコテージのゲートと同じくレプリカのムズガムドームがあった。 中を覗いてみると、資材や1輪車、掃除道具などが置かれ倉庫がわりになっていた(笑)。  バスでマルワ空港に向かう前にマルワ郊外にある鍛冶屋のマーケットに寄る。 そして町の中心部に移り、マルア博物館と隣接したマーケットを訪れた。 博物館はマルワ中心の民族伝統工芸品、そしておもにイスラム化した歴史を伝えるものがわずかながら展示してあった。北カメルーンは先住民おもにバ... もっと見る(写真6枚)

  • 宇宙の旅 白魔術 黒魔術  ルムシキダンス ―今宵貴女に呪いをby marukunさん

    • 宇宙の旅 白魔術 黒魔術  ルムシキダンス ―今宵貴女に呪いを
    • 一瞬のまたたき――――。

 約150億年前の星たちの世界にさきだち、謎めいた光を放つあの「始まり」以来――――。
 あの、分子も原子も原子核すら存在しない形のない超高温の物質が粥状態でドロドロした混沌から、「始まり」以来、灼熱の物質が不思議な不思議な力の作用でお互いに結合して、巨大な組み立てをはじめ、宇宙が誕生し、誇張し続け、やがて温度が下がるにつれて、ある力の作用によって、星、銀河といった結合物が生まれて、その周縁として、奇跡に近い、いや奇跡そのものの惑星が誕生しました―――。
「私たち」は150億年前から、ずっと同じ一つの冒険を続けています―――。
夜空を眺めて星空からのメッセージ―――目を閉じて瞼の裏に感じることは、生命と人類とが、あたかも壮大な叙事詩の各章のように結びついていることに気づくことでしょう。
あの「はじまり」とされるビッグバンから知性にいたるまで、全て同じ進化の過程が進行して、粒子・・原子・・分子・・星・・細胞・・有機体・・生物・・そして人間という奇妙で滑稽な動物へと、「より複雑性が増す方向」へ進んできました。
すべてが同じ鎖で繋がれ、同じ運動法則により引き起こされているのです。
 私たちは、サルの子孫であり、バクテリアの子孫であるのです。
そして、私たちの体を構成する物質は、かつて宇宙を作り上げた物質にほかならないのです。

 私たちも、星の子なのです。
 
こうした考えにとまどいを覚えずにはいられない方も多くいることでしょう。
貴方の!通念や先入観を揺さぶるものだからだと、思います。
しかし、古来より、私たちは知識が進歩するたびに、人間は否が応でも、その身のほどを知ることになるのです。
「自分が世界の中心」と思い込んでいる身のほど知らず、というか、あつかましいというか。
退場門はいつでもあなたに用意されています。
 宇宙空間における物質の形成、地球上の生命の営み、そして私たちの脳内でのニューロンの形成にいたるまで、壮大な交響楽ともいえるすべての各章をつかさどっているのは自然淘汰というたったひとつの現象なのです。宇宙の膨大な旅は、絶対零度に近づくことにあるようです。
しかし、私たちは物理法則に則りながらも、決定論的立場に立つことは無意味です。
意味?私たちのこの旅に意味などあるのでしょうか?
しかも、現代の私たちは、自分と同胞とも、生物圏とも調和できないでいます。
何ゆえ、自然の世界ではすべてがうまくいき、
人間の世界では何もかもがうまくいかないのでしょうか?
自然淘汰の論理では人間が機能不全になるのもいたしかたないのかもしれません。
私たちは創造者でないのはもちろんのこと、調和もできず、ばかりか、破壊者であるのです。
しかし、もし進化の過程に必然的産物として、より自由な存在が出現するとしたら、私たちはその代価を支払っているのかもしれません。
 より自由になるために、私たちは問いつづけていかなくてはなりません。
    • 夜空にまたたく星、寄せては返す波を眺めながら、生まれたばかりの赤ちゃんのほほえみに、そして恋する女の(男の)まなざしに、私たちは私たちへの問いを続けていかなくては私たちは私たちの物語を失ってしまうでしょう。
信仰は、何がしかのヒントを与えつづけてくれましたが、あくまでも周縁を軌道する惑星のごとく模索するがのごとく、答え、の調和を産むことはありませんでした。私(たち)は科学と信仰と芸術の調和を。自己と他者の関係性を。
そして、文化と自然の調和を追い求めてきて、ようやく私(たち)の起源を、調和を、知りうる、どんな定式化も不可能な、どのような論理も捉えられない一つの側面に探求しつづけます。
それらは、私(たち)が神秘や美を目のあたりにしたときの触れたときの嗅いだときの驚嘆の念にほかならないのです。
私たちはどこからきて、
私たちは何者なのか?
そして、どこへ行こうとしているのか?
この「問い」つづけこそ、私(たち)に唯一問うに値する問いであるはずです。

 ★旅に意味などなく、意味を求める旅なのです。 

 そして、たかだか数千年の文明で、人類が動物たちから抜け出すのにかかった何百万年からくらべればわずかなもので、ましてこの私(たち)の構造を生み出すのに必要とされた150億年もの時間からみれば、私(たち)が毎日繰り広げている「悲喜劇」など何の価値がありましょうか?

 私は何者でしょう?
 貴方は何者でしょう?

 私(たち)は、皆、宇宙の創世記の原子と同じ構成で、私たちの体を構成しています。
その細胞には原子の海の一部が閉じ込められており、遺伝子の大部分は「他の」霊長類、つまり、お猿さんたちと同じです。それらの脳には知能の進化の各階層が同居しています。そして私たちは、母親の胎内で宇宙開闢以来の進化の過程を大急ぎで、たどりなおして生まれている(のに過ぎない)のです。
    • エリア: ドゥアラ旅行テーマ: イベント・祭り
    • 旅行時期: 2006/02/ - 2006/02/(約6年前)投票数: 3

    http://plaza.rakuten.co.jp/hunkorogashi/ ハレの儀式は終わったようだ。 マントのリーダーが何語かわからないが挨拶をした後、さきほどまで神聖な浮遊した感覚はとたんに遮断され、踊りのためにかき集められたであろう村びとたちはザワザワとお喋りしながらゾロゾロと帰っていった。  アタシたちも旅の疲れと祝祭の興奮が入り混じった体をもたげて、それぞれのコテージに戻る。 部屋に入る前、見上げた林の梢の間から覗く空には満点の星だった。 扉の敷居に座り、しばらく星の瞬きを眺めていた。 星のまたたきを、... もっと見る(写真2枚)

  • 呪われた旅 カメルーン  旅のそらのしたで旅を考えるby marukunさん

    • 呪われた旅 カメルーン  旅のそらのしたで旅を考える
    • ○ドゥアラ空港を発ちマルアには11時に到着予定の飛行機を正午過ぎまでドゥアラで待つ。
○そのおかげで、モコロの水曜市は見られずじまい。
○ジュリアンは一言も言わなかったが、雨期のため道が悪路になっているからか?族長の宮殿のあるマバス村へは行っていない。
○中央アフリカ最大のワザ国立公園での2日間、ゾウ、キリン、ライオン、カバ、ヒョウなどがいるサファリコースで鹿と鳥しか見ていない。
○マルアで前日リコンファームの機械が故障とやらで前日乗れなかった30人のみ乗せて飛行機は飛び立って行った。
○おかげで丸一日を潰してしまい、ジダの故郷ミンディフの歯という岩山とファンタジアで有名なミンディフへ行くも岩山はただの岩山で、急に訪れてファンタジアなど見れるわけもなく。
○その翌日マルアに帰る便すらも大幅におくれて夜ドゥアラに着くしまつ。
○つまりもうひとつのカメルーン、楽しみなジャングル地帯はほぼ移動に費やすだけ。
○そして、火山のカルデラ湖、バロンビ湖畔のホテルに泊らずじまい。
○とどめは、仮面ダンスは観られずじまい―――。
    • しかし、そもそもルムシキィのカプシキダンスといい、ジュリアンに撮ってもらったビデオで観たウジラのキルディダンスといい、ダンスというよりただの行列だった。
期待するほうが、そもそも間違いのはじまり−だったのかもしれない。
マイケル邸でワインを結局2本空け、旅の疲れも重なりかなり酔いが回った状態でドゥアラへ向けて出発した。
 途中、盛りのなかのバフォンの滝とバロンビ湖畔に寄った。どこにでもあるような滝とどこにでもあるような湖というより池でがっかりした気分にまたダメージを与えた。
アタシのカメルーンの旅は靭帯損傷にはじまり、最後までトホホな旅の空だった。
 空はいつしか月夜にかわり、パルミアヤシの林を抜けるなか眠りについたようだ。
そのときの様子をメモ帳には――心臓が胃に落ちるような眠気――と書いてあった。
アタシはアタシの体と心から呪いを解き放った――――。
    • エリア: その他の都市旅行テーマ: 世界遺産
    • 旅行時期: 2006/02/ - 2006/02/(約6年前)投票数: 3

    http://plaza.rakuten.co.jp/hunkorogashi/               ―― きっと なにかに 呪われていた 旅の空のした ―― さて、マイケル・ニジェンク邸での豪華なランチである。 マイケルの息子にワインを勧められる。フランス産のロゼワインを頼む。赤、白ワインもある。 他にもギネスビール、プリスム、アムステルなどビールも各種。 ビールを飲み、鶏にかぶりつき、フーフーにカランガをつけほうばり、フレンチフライをつまんでロゼワインを流し込む。 そんな至福の昼下がり、脳内アドレナリンも胃... もっと見る(写真6枚)

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