カメルーンその他の都市旅行 クチコミガイド

その他の都市の旅行記

15 rss

その他の都市の旅行記 15

旅行時期順 投票が多い順 新着順

  • アフリカ横断旅行  カメルーン ―バオバブの木の下でby marukunさん

    • アフリカ横断旅行  カメルーン ―バオバブの木の下で
    • 空港内カフェの天井の風力扇風機も回ることなく、暑さも加えイライラが頂点に達する頃、ようやく飛行機が1機、空港の滑走路に降りたった。
この乗客が降りたら、アタシたちが乗れるそうである。ヤウンデ経由でマルアへ飛ぶとのこと。
しかし、空港で待つひとすべてが乗るとなれば、オーバーブッキングは確実の様相だ。
航空チケットには座席番号はおろか、日付すら刻印されていなかった。
アタシは左片足ケンケン飛びで飛行機に一目散に向かった。
なんとか飛行機は無事離陸し、30分でヤウンデに到着。
ここで大半のひとが降りていく(ただし、入れ替わりヤウンデから乗るひとで飛行機は直に元の満席状態)みたいだ。
 ヤウンデの滑走路で、昨日、パリから一緒の(ドゥアラ空港で遭遇した)エムボマはじめカメルーン代表チームが降りてゾロゾロ歩いているのを見た。今日は水色のシャツでおそろいだ。
ちょうど1週間後、ヤウンデでザンビアとワールドカップ出場をかけて対戦だ。
因みに「エムボマ」は現地の正しい発音では「ンボマ」になるらしい。
アフリカのひとの名前や地名ほか「ん」から始まる標記はよくあるらしいのだが、日本では紛らわしいので「え」からはじまる標記で紹介されるのが常らしい。
 ドゥアラからヤウンデまでの眼下はうっそうと生い茂ったジャングルであったが、ヤウンデを発ちしばらくするとサバンナの平原に変わった。
    • 「サレ」といい、ひとりの奥さんが4つのサレを持っているらしい。必然的に一夫多妻制なのだろうか。
壁は土作りで、屋根はミレット(イネ科の植物)を干したものらしい。
イエメン紅海沿岸の平原に点在していた家々(あのとき強くアフリカを感じた)、そしてケニア・マサイ族のニヤッタと呼ばれる家々、いよいよアフリカ核心部に訪れたような感激があった。
これから向かうルムスキィをはじめ、このあたりはカプシキ地域と呼ばれる。
ルムスキィはカプシキ地域(ひとびともカプシキと呼ばれる)を構成する29の村々(総人口約1万8千人)のうちのひとつである。
    • エリア: その他の都市旅行テーマ: 自然探訪
    • 旅行時期: 2006/02/ - 2006/02/(約6年前)投票数: 4

    http://plaza.rakuten.co.jp/hunkorogashi/ http://www.trave-l.com/blog/hunkorogashi/ ―― 星と風とバオバブとルムスィキダンス ――  ドゥアラを午前中のうち発ち、11時には北カメルーンの要所マルアに到着予定だった。 8時半にはホテルを発ち、空港には9時に着いていた。 しかし、アタシたちは正午を過ぎてもまだドゥアラ国際空港にいる。 「あなたたちが乗る予定の飛行機はいつ出るのか、どこから来るのかはここではわからない」 そう、カウンターで告げられ、唖然とする一同だ。 待てども待てど... もっと見る(写真5枚)

  • ファンタジアの旅 飛行機がいつくるかわからない そんな旅by marukunさん

    • ファンタジアの旅 飛行機がいつくるかわからない そんな旅
    • ファンタジアはモロッコでは馬に乗った騎兵のアクロバチックなショーであるが、カメルーンでは少々趣が異なる。
「――ラーミードが外出するときはどうなるのでしょうか。――公式のときは、昔ながらの仰々しい行列を組んでいかねばなりません。そのときには、馬に乗ったマチュベ身分の重臣たち、馬に乗った徒足でラッパや太鼓を持ったバンバード(宮廷音楽隊)たち、徒足で剃髪姿のマチュベたちがターバンで顔を覆い、盛装をした馬上のラーミードを取り囲んで行進します。ラーミードにパラソルをかける者。馬から降りたラーミードが座るための椅子を運ぶ者、いろいろな役割を持ったマチュベたち、槍、佩刀、弓矢、鉄砲などを思い思いの武器を持って附き従うマチュベたちがラーミードを護衛しながら町中を歩きます―――。アフリカを知る 15人が語るその魅力と多様性」―アフリカのまちの人々の暮らし ウジジとガウンデレ、植民地に形成された二つの都市を訪れる― 日野舜也 「少年ケニヤの友東京支部編」スリエーネットワーク刊行 」
    • マルアから南下してミンディフの歯といわれる岩山がどんどん近くなる。
ステップの平原にポツンとあり、象徴的であり記号的であったが近くまできてルムシキィなどのそれと違い、その岩山の低さにがっかりした。ファンタジアの行列はミンディフでは観光化してはいるものの、もちろんそんなにすぐに間に合うはずもない。
村の中を見学させてもらい、ポットを作るところや、機織りしているところを見せてもらった。
帰り際、カメラの蓋を拾ってくれた女の子にガムを渡す約束をしていたのに、バスの中の鞄から取り出そうとしていたところドアが閉まりバスは出発し、その女の子と目が合い渡しそびれた後味の悪い思いをした。
ホテルで荷をほどき、バーでウィスキーソーダを飲んでいると、ジダが姿を現した。
「なにか飲むか?」と言うと即座に「ギネスを」と飼い犬が主人に覗うような目つきをする。
ジダはソファにもたれかかり、ゆっくり味わうようにギネスを飲み、飲み終えると退屈そうに「もう帰っていいか?」と言う。
アタシは彼に幾ばくかの失意をし、微笑んで別れた。
夕食は席についたのが7時で、前菜は大きな皿に、これまた記号的な(?)ハムが3切れ皿にのっているだけだった。
そしてメインのうさぎの煮込みがきたのは、すでに9時をまわっていた――――。
今日は長くて短い一日だった。
    • エリア: その他の都市旅行テーマ: ハイキング・登山
    • 旅行時期: 2006/02/ - 2006/02/(約6年前)投票数: 2

    http://plaza.rakuten.co.jp/hunkorogashi/ 午後3時、ハーディたちが再びバスの屋根の荷台に荷物を積み終え、空港を離れる。 カメルーン航空が用意したホテルに向かうジュリアンにおねだりしてみた。 「ジュリアン、マルアから80キロも行けばミンディフだよ。ジダの故郷だよ。そこに行こうよ」 「行ってみましょう」ジュリアンは申し訳ない気持ちで一杯という表情は微塵にもみせず(そこはシビアなビジネス)、―これは予定外のサービスである―といったつくり笑顔をしてうなづいた。 「フジラの谷の木陰で―いつか、... もっと見る(写真3枚)

  • 星の旅 カメルーンの旅―宇宙という奇跡の産声by marukunさん

    • 星の旅 カメルーンの旅―宇宙という奇跡の産声
    • 起源と「される」ビッグバンから約10億年後、原初の「みそ汁状態」と例えた広大な広大な空間に進化の過程で星という「具」が組織化されていきました――。
 宇宙空間においてはどんどん温度低下が進むのに、星は著しい温度上昇により、宇宙空間で起こった初期の物質の結合が星の内部で繰り広げられはじめました。
その間、星は収縮をはじめ、温度の上昇にしたがって次々に元素を生み出していきました。
現在、自然界で確認されている約100個の元素はこうして星の内部から生み出されていったのです。宇宙の「進化」の第2段階です。
そうそう、ここで述べてる星とは、火の玉と想像してくださいね。
まだ、個体の星ではありません。
星で形成されたケイ素、酸素、鉄などの原子が星雲間のなかで冷えていきながら結合し、最初の固体物質であるケイ酸素という微粒子が生まれます。
そして、星雲間は重力の作用で疑集して崩壊しながら、新たな星を生みました。
星は他の星の坩堝により形成され、星と原子が交互に形成され、今後も数百億年は続くとされています。
そして約45億年前、天の川銀河系という渦巻き状の銀河の端に「私たち」に関わり深い、太陽が誕生します。
銀河系においては、約1000億個の星が確認されていますが、そのうち約10億個は太陽と似たような星という、ごくありふれた星です。
水素を燃やしてヘリウムに変えながら、ゆっくりとした核融合反応を行いつつ、安定して輝きつづけます。
そのほぼ同時期に惑星も生まれました。
もちろんこれらも灼熱の火の玉です。
質量が大きいほど温度も高く、冷えるのに時間を要します。月や水星などは数億年で熱をすべて放出しましたが、地球はまだ中心部は高温でマントルの対流現象を起こしているのはご存知の方も多いでしょう。
星の地殻変動も、後の「生命」の誕生に大きな役割を果たすことになります・・・。
星はやがて死に絶えるのは先に書いたとおりですが、星の崩壊により、あらゆる物質が宇宙空間に放出されます。それらが塵となり氷や個体の二酸化炭素がくっつき、こうした塵が集まって惑星が形成され、惑星が誕生すると、水や二酸化炭素が気化して、地表から噴出します。
そして、氷が主成分の彗星なども衝突し、水が形成されるのです。地球は太陽からほどよい距離にあり、また水分子をとどめておくのにほどよい重力であるのです。
こうして液状の水が地球に保たれました。
「私たち」の「生命」への進化の段階です。
    • 宇宙物理学者であるフランスのユベール・リーブズはこう語ります。
―――宇宙開闢のときから、物理法則の形式のなかでは「生命の誕生」は組み込まれていた。
しかし、それは可能性であって必然性ではないのだ―――。

誰かのまたたきの間のような時間で、宇宙の開闢から地球誕生までの歴史をたどってきましたが、今夜から舞台は地球になります。
宇宙の進化と物質の進化、そして生命の進化は連続しているものだと、証明しましょう。
 時は約40億年前です。
地球を形成するのは、前回述べましたようにケイ酸素の核、そして炭素の地殻、メタン、アンモニア、水素、水蒸気、二酸化炭素からなる混合気体の大気です。
太陽の紫外線と、激しい稲妻の作用で、大気を構成する分子が壊され、乖離して、より複雑な分子へと編成され、最初の有機化合物が誕生するのです。
さまざまな原子が再結合してアミノ酸を生み出していきました。
大気中の冷たい層のなかで水蒸気が集まり、有機化合物の分子を含んだ激しい豪雨となって降り、この状態が約5億年(!)続くのです。
 果てることなく地球を潤しつづける分子の雨のなかには、アミノ酸以外に脂質の元となる脂肪酸も含まれていました。
この時期、ホルムアルデヒトとシアン化水素が大変重要な働きをしたそうです。
この二つの気体分子に、ご存知の太陽がエネルギー源となっている紫外線が作用して、後に遺伝子の本体DNAを構成する4種類の塩基のうちの2つが生み出されました。
「私たち」の「元」は、すでにこの雨のなかに存在していたのです。
そして、大気の層が分子の化学組成を促進したのみならず、保護する役割も果たしました。
宇宙開闢では、温度が起動の役目を果たしましたが、地球上では特定の自然環境が役目を果たしていくのです。
    • エリア: その他の都市旅行テーマ: イベント・祭り
    • 旅行時期: 2006/02/ - 2006/02/(約6年前)投票数: 2

    http://plaza.rakuten.co.jp/hunkorogashi/ そして――――――。 そして、奇跡の星が産声をあげはじめる45億年前から再び、あの始まり、とされる150億年に、今一度立ち返ってみましょう。 単純でいて複雑性のはじまりなのです。 宇宙は素粒子が混ざり合ったみそ汁のようなものだと、想像してみてください。 電子、光子、重力子、グルーオン、ニュートリノ、クオォークさまざまな素粒子が混ざり合ったエキスのような粒子で構成されています。  そして、150億年前のビックバン直後の最初の数十マイクロ秒の間に宇宙... もっと見る(写真3枚)

  • 地球で一番美しい景色 アンドレ・ジイド が愛した村 カプシキby marukunさん

    • 地球で一番美しい景色 アンドレ・ジイド が愛した村 カプシキ
    • ――――宇宙誕生からはかない知性にいたるまでの、私が貫き通してきたのは、生きる学ぶ喜ぶ力の発揮と、同胞愛と、人権ひいては愛の確立です。
寸分の違いもない私たちは、何故他者を憎み、陥れ、差別し、また虐殺もいとわないのでしょうか?私の手帳から深くあなたの差別心に鋭利に切り込んでみてください。
同じく、生きる学ぶ力、誰しもが生き生きと輝き続けることも、私がカフェに入会した7月25日からの日記以降、すべてを紐解いてみるのもよいでしょう。
私の、旅と恋に裏打ちされた、ある一つの方向性がみえてくるはずです。
そして、この最後にお届けしてきたのが物理法則や宇宙の歴史を綴るのみならず、多くの学びと気づきの場であることを、万華鏡のように織り込んだその様々なキーワードを礎に、貴方なりに貴方の旅の杖にしてみてください。

まるくんであり、フンコロガシ、そして私「学」は・・・・・無邪気に恋するヒトは、
さまざまな出会いと気づきによる旅により、今日ここにいます。

 ★旅することは、出会いです。

出会いはさまざまなものを生み出します。
出会うためにはエネルギーが必要なのです。
エネルギー=熱をもつことが自尊感情です。
内なる熱と、他者(世界)の熱が相互作用し、その出会いを意味あるものにしてくれるでしょう。
私たちは、めざすべき秩序と整合性のある光によって方向性を示さなければなりません。
いのちあるものの内にあるエネルギーいきいきと光輝くために、一つひとつのいのちが、つながりと関係性のなかで変化を創造しながら相互作用のなかで自己発揮していくのです。
熱と光に導かれて――――。
貴方の「いのち」を育んでください。
貴方とおなじいのちを育んでください。

 ★私たちは誰かの一瞬のまたたきのような、一瞬のきらめき、―――でしかないのです。

それでも、私は美しいと想う。
それでも、私(たち)は今日も「考える葦」であります。
一瞬のきらめき、のなかで、ほんの一瞬私(たち)はようやく、一瞬の悲喜劇、の間いのなかで気づこうとしています。

私(たち)は、皆同じなのです。
ある権力装置から脱却するための「人権」ではなく、生まれながらにして皆がもっている自然的な人権です。
基本的人権を、生きる権利を「個人の尊厳」として捉えるなら、「平等」はすべての権利の基礎とならなければなりません。
そして、私たちは「自由」なのです。
この青い地球へのプリズマ光線が織り成す青空の下で旅するように――――。
    • 、【幸せ】とは何を意味してきたのでしょうか?
―ああ、今とても幸せだ―という『体感』や、『情動』をお届けしたことでないことぐらいは、あなたがたの知識、価値、態度、技能が優れているないにかかわらず、一人ひとりそれぞれ感じていただけたことと思います。
では、この【道しるべ】は一体何が出発だったのでしょう?
アタシは『幸せ』の『旅路』を、自己本位ではなく他者との『関係性』だ、日常から常に鋭利に『気づく』ことだとさんざん、述べてまいりました。
そして、熱と光に導かれて『自尊』感情を培うことが幸せの道しるべだと、アタシの日常の情念を乗り越えて説いてまいりました。
それが自己を『解放』し、『自由』にさせる旅路と結んできたのです。

★『幸せ』とは、―「私」からの出発―です。

 自分とは何かを知っていく、いかなる環境であろうとも自分がかけがえのない素晴らしい、価値をもった存在であることを自覚していく、――つまりは自分を好きになることです。
これが自尊感情=セルフエスティームという概念です。
この自尊感情が基点なのです。
自分がわからない人、自分が好きでない人、自分の価値がわからない人、あるいは劣等感あるいは優越感をもった人が、どうして他者を好きになれるか、他者の価値がわかるか、人に憧れ尊敬できるか、ということなのです。
厳しくもつらく暗く悩ましい現実にぶつかる前に、自己をどれだけ耕しておくかという大切さを訴えてきたつもりです。
それが―幸せの旅路―なのだと。

そして同時に、その『幸せ』を「生きながら」奪われ、厳しく激しい現実と闘いながら真剣に生きている人々の豊かな『出会い』、『学び』の出会いをどれだけもてるかということを、『関係性』=世界との出会い、そこから『交わる』ことの大切さを紡いできたつもりです。

 ★幸せ――とは、いかに出会うか、いかに自分を、そして同等に人を愛せるか、です。
 
 アタシは、これらをまるくんの『感性』からみなさんにアプローチしてまいりました。
感性というのは価値・態度の問題にかかわってきます。
自尊感情はもちろんのこと、共に生きる共感、思いやりなどの想像力でもあります。
装おうのではなく、偽るのではなく、また理論や知識のみを養うのではなく、日常から自主的かつ主体的に参画して、自ら「自らの」問題に【気づく】こと、発見することです。
自分で気づいたことは忘れません。
伝えられるよりも、教えられるよりも自分のものになっていくのです。
自ら気づくのですから、喜びもあります。『自信』にもつながります。
エンパワメント=自尊感情とは、「自己実現」でもあります。
自己実現は自ら発見していく「学習」でないと起こらないものです。
 その感性や情動から、情念にとどまるのみでなく、知識や理論(自我)のみにとどまることなく、価値、態度、技能を育み、つなげて『意思』をもって「行動」しなければならないのです。それらは自然と身につく技能ではありません。
価値、態度から日常の生活や生き方と関わった知識をしっかり学び、『開かれた心』、多様性を尊重し、他者を慈しんでこそ、共生や包括的な(ホリステイックな)物の見方が生きてくると思うのです。
 そして技能とは、【 広場 】でのコミュニケーション能力、話す力、だけでなく聞く力、さらに問題解決能力、可能性を追求する能力、参加する意欲、協力心、人間関係をうまく進めていく力などのことです。
あらゆる学習や、「実践」から、アタシは広場=世界のすべてが人権の根付いた社会、人権文化を築くことが、【幸せの旅路】であることだとあらゆる分野の『生きた学問』の科学的理論の裏付けたる基盤のもとに確信しています。
人権文化のしっかりした土台のないところで真の平和と自由はありえません。 
信じて、実行する。ですから、アタシは「強い」のです。誰からにも(権力)打ち負かされず、誰をも(他者を、異文化を、自然を)愛せるのです。
いかがですか?
定理として――自然と平和と自由を希求しない人はこの世にいない――と思います。
異論のある方を世界中で探し当てるほうが困難だと思います。
しかし頭の中で、理屈をこねるだけでは自己実現=社会実現できません。人権、差別と声高に叫ぶのではなく、知識ではなく、価値・態度・技能でもって、暗く、重く、マンネリな【啓発】ではなく、―自分とは何か、幸せとは何か―という根源的な共感性でもって、―厳しく悩ましく迷いもあり、ともすれば絶望的な現実から―、その壁を乗り越えなくては真の幸せなどいっこうに近づいてはきません。
「生きる」などと力強く叫んでみたところで、なにがしか手からこぼれてしまうものを感じとってしまうのはアタシだけでしょうか?
人生とは日々なんとなく過ぎていくものです。
しかしながら、アタシたちはその「なんとなく」を「無為に過ごせる」保証はどこにもありません。自己をどれだけ鍛えておくか、自分とは何か、自分の価値とは、これらをいつも体感しておかなければ、厳しい現実に流され、壊されていくのです。
それが、【幸せへの旅路】、なのです。
充実した素晴らしい「私」を作る自己開発が自己実現であります。
なんとなく――ばかりでは、今まで気づきもしなかった自分の価値を発見していくことなど、とうていムリなはなしです。
    • エリア: その他の都市旅行テーマ: 世界遺産
    • 旅行時期: 2006/02/ - 2006/02/(約6年前)投票数: 1

    http://plaza.rakuten.co.jp/hunkorogashi/ ―― VULA BOPS―合い言葉は「ガドゥー!」 ――   風がピタリと止む―――。 時計をみやると5時で、もう明け方だ。 アタシはそのままコテージを出て、朝の空気を吸い、そのままホテルの敷地を出て朝の散歩に出かけた。 ホテルの門を出たとたん、薄闇と朝靄のなかから現れたひとりの少年にまとわりつかれた。 朝日を追って薄っすら赤みがかった方角の道を行くのだが、少年は距離を置いてついて来る。 群れから離れた羊がいた。 小さな丘にはマ... もっと見る(写真4枚)

  • ポレポレ精神の旅 カメルーン旅行記 空港で待ちつづける旅by marukunさん

    • ポレポレ精神の旅 カメルーン旅行記 空港で待ちつづける旅
    • グラスランドは、カメルーンとナイジェリア国境辺り、海岸線100キロから200キロほど内陸部をよび、緑草豊かな標高1400メートルほどある高原地帯である。
火山性の山々も連なり、密林で覆われているところもある。
カメルーン一いや西アフリカ一高い4095mある活火山カメルーン山もそびえる。
 マルアからヤウンデ、ドゥアラを眼下にするなり、道行けば風景が劇的に変化する。
ドウジンビエ、シコクビエ、フォリオ、トウキビ、モロコシなどの穀物からヤシ、ヤムイモ、キャッサバ、バナナ、ゴムなど種子により繁殖する植生に変わるのだ。
ステップから熱帯性雨林地帯へ。
 これまで幾度か示してきたように、カメルーンの国土は大きく二つに区分でき、さらに4つに地域区分することがきる。
南部の平原は濃密なジャングル=熱帯性雨林地帯で、中部(フジラ族のンガウンデレなどがある)は標高1400mほどの台地。アダマワ高原である。西部は火山性土壌の山林地帯でグラスランドなどこの地域は国内で最も肥沃な土地である。農業は綿花、コーヒー、バナナ、そして世界第6位のカカオ、心経はヤシ油、マホガニー、チーク、コクタン、ゴムなど。北部に行くにつれサバンナからステップ地帯に移行し、最北部チャド湖近くは湿地帯に変わる。
    • ジダと訪れようと目論んだのがチャド湖湿原地帯に住む漁労部族ムズガム族の伝統的な骨組みのない土だけの家で、最近では姿を消したともいわれる「ムズガムドーム」だった。
現在、うち続く旱魃によりチャド湖は年々縮小傾向にありムズガム族をはじめ湖畔の漁民は困っていると聞く。内陸湖の干上がりをもたらす要因には、水を灌漑用に使用してしまうなどの人為的なものと、
乾燥という自然現象がつづくための二つの要因がある。
白亜紀以来、チャド湖はチャド盆地の沈降と、ニジェール山地の隆起との速度の違いから盆地が孤立化し集水域が減少化している。周辺地域の地形変化が約1万2千年前の最後の氷期が終わりだして以降、アフリカの砂漠化がはじまった延長戦にある。チャド湖、湿原地帯もやがて消滅し、サハラ砂漠に飲み込まれる運命なのだそうだ。
南部アフリカのオコカバンゴ湿原地帯がナミブ砂漠にやがて飲み込まれるように、東部アフリカの数々の動物が生息するサバンナがやがてはサハラやソマリ砂漠に飲み込まれるように。
逆に捉えれば、チャド湿原地帯はチャド湖があるがゆえに、これまでの1万年間砂漠化を遅らせることになっただけなのである。
    • エリア: その他の都市旅行テーマ: 飛行機・ヘリ
    • 旅行時期: 2006/02/ - 2006/02/(約6年前)投票数: 1

    http://plaza.rakuten.co.jp/hunkorogashi/ ―― 砂漠から熱帯林へ RORD OF BAHUSAMU ――  ガルアからヤウンデ経由でドゥアラに着いたのは、結局午後4時を過ぎていた。 今日はカメルーンのカルデラ湖バロンビ湖畔にあるホテルを発ち、南部カメルーンのグラスランド、バミレケ族のバンジュンやバフサム、バムン族のフンバンなどを巡る一日のはずだった。 今日一日を、また移動だけで費やしてしまったのだ。 飛行機から出てタラップを降りるとき、今にも降りださんばかりの厚く垂れこめた雲。... もっと見る(写真5枚)

  • アフリカのマスク 仮面 秘密結社 by marukunさん

    • アフリカのマスク 仮面 秘密結社 
    • この王宮があったフンバンをはじめバムン族が住むのはグラスランドでも山間部に位置し、この博物館をまわっただけでも、バムン族は戦闘的な戦士という印象があるが、そのとおりドイツがグラスランド山間部に侵攻してきたき、勇敢に戦ったという伝承が残っている。
しかし、バレンタインの説明によると、1902年、ドイツがフンバンに到着したとき、当時のバムン族の王ジョヤは威厳をもって接見し、ドイツ軍と交易などについて平和的なうちに交渉したというほうが正しいらしい。
ここで一際興味を引くのは、代11の王で6キロ先のことまで聞こえたと伝えられ2m60cmあったとされる仮面を被ったスルタンのレプリカだ。
牛の顔に蜘蛛が這うスルタンの家紋、ガラスビーズで覆われた双頭の王家に代々受け継がれる仮面、呪術がばれて首を切られるひとを描いた絵画、ライオンに食われる民衆を描いた絨毯、豹の牙のネックレスなど、この博物館のなかの陳列物の数々はなかなか不気味な雰囲気を醸し出しているのである。
仮面ライダーのショッカーのアジトみたいだ。
なかでも双頭のガラスビーズの像がついた王家に伝わる椅子は、尻尾にも頭のついた双頭の蛇が椅子にデザインされている。この双頭蛇の由来は「昔、西と東から敵に攻められ危機に面したがこの村の勇者たちは勇敢にも両方ともやっつけたのだ!」という話しからきているという、そんな後ろにも目があるような兵士たちがモデルになった、顔が前後にある仮面もこの伝統的なデザインなのである。
アフリカの王政部族社会には葬式などの儀礼に登場する仮面などを管理し、また呪術集団として民衆を政教一致的要素=仮面ダンスで支配する秘密結社がある。
秘密結社というと、なんだかおどろおどろしい感じがするが、加入儀礼のある村の青年団と思ってよい。
ただし、仮面ダンスがいつ行われ、誰が踊るかは決してひとに知られてはならない。
呪術に欠かせぬ精霊が宿るのが減退もしくは消滅してしまう恐れがあるからだろう。
もちろん、秘密結社のメンバーは決して祭礼や呪術的要素が濃い儀礼である仮面ダンスにおいては決して民衆に顔をみられてはならない。ビロードをした牛の仮面にマントを被った秘密結社の衣装を着た人形が並んでいた。アフリカの仮面ダンスは衣装なども完全武装して誰が誰かはわからなくなる。
    • フンバンの結社のメンバーはソロ(戦士たち)と呼ばれる。
カメルーン、またバムン族に限らずアフリカでは祭典、儀式などで仮面が使用される時、仮面装着者は精霊や神々そのものとなる。仮面自体にも特別な思いを込めており、超自然的な存在とみなされている。
製作者は特定の人が行うが、専門の彫刻家ではなく、農業など仕事の手の空いたときに、特別な木の幹を用いて、村里から離れた特別な場所で制作するのだそうだ。
 そして村の秘密結社のみがマスクを取扱い、装着する。つまり家人でも仮面をつけて今舞踏をしているのが息子であり夫ではないのだ。精霊なのである。
現在でも奥まった村々ではこうした伝統宗教、風習が昔と同じ形で残されているがフンバンの秘密結社のダンスは頭上に仮面をのせて仮面の首周りをラフィアなどで飾り、踊りといっても背の高い大男たちのゆったりした行進のようであったという。
ところで、そもそもカメルーンのアフリカのひとびとにとって仮面とは何であり、どんな意味をもつものなのであろうか。まずは仮面の歴史から紐解いてみよう。

「――仮面の歴史であるが、タッシリナジェールの岩壁画から、紀元前4000年には既に仮面舞踏が行われていたことがわかっている。しかし木製の仮面は厳しい自然条件の中で生き残るのは難しく、現存している最古の仮面は17〜18世紀位のものである。仮面が紀元前4000年以降これまでどんな歴史的な変遷を辿ったのかそれを跡づける資料は探しようがなく、手がかりのない空白の数千年に対しては推測の域を出ないのだが、岩壁に描かれた仮面がコートジボワール周辺で使われていたものとよく似ている事もあり、仮面というものの宗教的儀礼上の役割から見て、各部族に固有の伝承や時代的な相違があるにせよ、形態としては大きな変化はなかったと思われる。紀元前4000年頃、まだサハラが
緑の平原であった頃に行われていた仮面舞踏は、紀元前3500年頃から砂漠化にともなう人々の南下のため現在のギニアあたりからカメルーン方面まで流動し、紀元前3000年頃からのバンツー族の移動と共にノック等の技術や様式がガボンやザイールへ伝わったのではないかという説がある。仮面は部族固有の神話や伝承の具現的な象徴であるため、それぞれの個性が際立っているが神像に関してはガボンやザイールではノックのスタイルとよく似ているものも存在している――。『アフリカのかたち pOWER OF ART』小川弘 里文出版 」
    • エリア: その他の都市旅行テーマ: 芸術・美術館・博物館
    • 旅行時期: 2006/02/ - 2006/02/(約6年前)投票数: 3

    http://plaza.rakuten.co.jp/hunkorogashi/ ―― バミレケ族の秘密結社 フンバン ――    早朝、バフサムを出発する。 朝日がまだ昇らないうちにフンバンへ向かいスルタンの宮殿跡博物館を見学し、急ぎバフサムに戻り荷物をまとめてバンジュン村、バロンビ湖と昨日周れなかったコースと今日予定のコースを一日かけて急ぎ足で巡るそうである。 しかも今夜はドゥアラまで帰り、パリへ向けて旅立つ日だ。  密林に覆われた辺りは重ねるように朝靄がかかり、薄闇の西の空が明るみ出す頃に今日がとても晴れた... もっと見る(写真7枚)

  • 月世界  月面の旅とアンドレジイドが称した カメルーン北部ルムシキ地方by marukunさん

    • 月世界  月面の旅とアンドレジイドが称した カメルーン北部ルムシキ地方
    • そして、6時半―――。
二人はホテルの前でお互い罰悪く、バッタリ顔を合わせた。
―おい、フェリ・フォリ・マジリ、学校はどうした?―とつっこみたくてもつっこめない。
―ミスター、バスで出発するんじゃなかったにかい?―お互いさまだからだ。
今から、この村の散策の予定なのだ。今日、歩くのがとてもつらい一日になりそうだ。
フェリは同じ年頃の仲間を連れて、アタシたちのルムスキィ散策につきまとうつもりだ。
エンピツを送る気がないことに、後ろめたい気持ちもあったが、これでせいせいもした。
 出発したホテルの門からすぐ集団から離れてしまった。足のせいである。
アタシはフェリたちに付きまとわれるのを一手に引き受けたことになった。やれやれ、第2集団だ。
朝散歩した方向と逆の道沿いを行き、しばらく行くと大きな栗の木のようなマルラの木があり、そこから民家に入っていく。フェリがニタニタしながら手招きするからだ。
山にへばりつくように点在している民家をすり抜け、谷を降り、なんとか最初の集団に追いついた。
ガイドが占いをしてもらっているようだ。
どうやら、ここは呪術師(ウイッチドクター)の家らしい。
「―――アフリカは、他の地域と同様、精霊が満ち溢れている場所である。霊たちは、我々人間よりも高い次元に住んでいることは間違いはないが、神聖なる次元にというほどではない。精霊といっても、我々が親しみをもてる人間的欠陥を多くもっているのだ。ある霊は、我々の日常生活に悪影響を及ぼすので、贈りものや供儀でなだめねばならず、警戒もしなければならない。しかし、常時警戒できるだけの時間的余裕と経験をもっている人間は何人いるだろうか。遅かれ早かれ、誰もが悪質な霊のとりこになってしまうのだ。
 アフリカでは、どの共同体も最低一人の専門家を抱えてこのジレンマに対処している。
<ディンガガ>と呼ばれ、霊媒・占い師としての修行を積み、可視の世界と不可視の世界との間に調和と均衡を保つことを生業とする人たちである。彼らは、霊界と交流する際にトランス状態になったり夢を利用したりするが、同時になんらかの道具を使う人も多い。そのなかで最も知られているのが「骨」という一組の占いの道具である。どの霊媒<ンガガ>(<ディンガガ>の単数形)も、それぞれが特有の<ディオタオラ>と呼ばれる魔法の骰子―トーテム動物の関節骨、コヤスガイ、べっ甲のかけら、陶器片、そして古い硬貨などでできたもの―をもっている―――。『アフリカの白い呪術師 ライアル・ワトソン著 村田恵子訳 河出文庫 』より― 」
で、ここルムスキィの呪術師は、骨でもコヤスガイでもなく、蟹を使うらしい。
    • 異常に痩せぎすで背の高い老人がサレの奥に座り、神妙な顔をしてツボの中をかなりゆっくりした動作でいじくっている。
ツボの中に土と水を盛り、そのツボの縁に木板片を並べ、そこに蟹を一匹放りこんで、蟹の動きにより木板片を読む、ことにより占うらしい。
この背の高い老人呪術師はダムハーといい、彼は97歳になる。
この老人が呪術師として有名人なのかどうかは知らぬが、観光目的で(笑)ルムスキィを訪れたことがあるひとなら、少なからず心当たりはあるはずだ。
「――私はリュムシキという村に来ていた。隣村から乗ってきたピックアップの荷台から私が降りようとすると、荷物を受け取ってくれる青年がいた。彼は来週から学校が始まるのにまとまったお金がないので、村を案内するガイドに自分を雇ってくれといってきた。彼の案内する場所を聞いてみたら、
「・・・・・・ウィッチドクター(呪術師)・・・・・・・・」という。
私は愉快になって彼について行くことにした。
 九十歳になるドウムハはたっぷり白いひげを蓄え、藍染の帽子に古ぼけたコートを羽織って現れた。
Vネックからのぞく胸や膝の破けたズボンから見える脚は骨ばっている。大きな丸い目は優しく印象的だ。以前タンザニアで会ったペテン呪術師などのような、いかがわしさは微塵もなく、身なりは貧しいが威厳を感じさせた。彼は問題解決のために蟹を使う。これはお祖父さんも代から三代続く方法らしい。
素焼きの壺の中には砂が敷き詰められていて、男や女、国、凶、などを表す木片を中央に置き、そこに壺を放すのだ。蟹は砂の上を歩きながら、ボードを動かす。そしてドウハムはその跡を読むのだった。
 私はこの旅の中でわくわくしながら待っていることがひとつあった。それはナイジェリアの強烈な呪術師に会うことだった。いくらイスラム教やキリスト教が入り込んでいようが、呪術は相変わらずアフリカの精神世界の根幹にあった。ナイジャリアの強烈な呪術の世界についてはナイロビにいる間に何度か耳にしていた。ある呪術師の葬儀のとき、周辺の呪術師が集まって祈りの言葉を唱えると、屍がムックリ起き上がって、ピョンピョン跳びはねるように移動して、自ら墓穴に入っていったという。この恐るべき証言をしてくれたのは、日本人の旅人だった。私はナイジャリアのどこかで呪術の現場に触れてみたいと思っていた。
「ナイジャリアのどこで私は呪術師に出会うだろうか」と尋ねた。ドウムハは今はもう廃れてしまったマルギ語で蟹に私の質問を伝え、蓋をしたボールの中に蟹を放した。一分ほど待ったろうか、蓋を持ち上げるや、ドウムハはすっとんきょうな声を上げて笑い出した。砂の上を見ると、木片はバラバラになることなく、元の形のまま隅に押しやられていた。私は不気味だった。ドウムハは部族語でガイドに何やら伝えるが、私は彼がなぜこんな声を上げるのかつかみかねていた。
間もなくガイドが通訳してくれた。「あなたの目論見はすべてうまくいく。呪術師はあなたの行くところに待っている」と。『楽園に帰ろう』 新妻香織 河出書房新書より―― 」
ずいぶん、アタシが訪れたときとダムハーの印象が異なるようだが(笑)、それについては触れまい(笑)。
旅人はいつだって情緒と主観が入り混じった世界を全面に押し出すものだ(笑)。
ダムハーも、あれから7年歳をとったのだ。
それよりなによりも、著書のなかででてきた「来週から学校が始まるのにまとまったお金がない」という青年がフェリ・フォリ・マジリの兄としか思えなくてしょうがなかった(笑)。
いや、それよりもルムスキィの青少年たちは親から、それとも「学校で」そう教わっているのかもしれない(笑)。
    • エリア: その他の都市旅行テーマ: 世界遺産
    • 旅行時期: 2006/02/ - 2006/03/(約6年前)投票数: 1

    http://plaza.rakuten.co.jp/hunkorogashi/ しばらくルムスキィのシンボルを眺めていたが、やがて厭きてホテルに帰ることにした。 今日も歩くのがとてもつらい一日になりそうだ。今日はこのあと、この村の散策の予定なのだ。 ホテルの門をくぐる直前、あいかわらずついて来る少年にズボンのポケットにあった飴をあげた。 「ボンボン、ブラザー、シスター」礼を言うどころか甘えて、さらに要求してくる。 「もうない!」 「じゃあ、ペンもくれ。学校へ行ってもペンがないから勉強できない・・・・・」 「ペン?ないな... もっと見る(写真4枚)

  • 国立公園の旅 ワザ動物公園 ワザワザ来るところでも・・・by marukunさん

    • 国立公園の旅 ワザ動物公園 ワザワザ来るところでも・・・
    • ―――「右に根元から分かれたアカシアがあるでしょう?その下に小さな沼ありますね。見えますか・・・・?そこに何がいます?」
「わぁーーーー!!キリンだぁーー!!」
遠足の子どもたちのように私たちは同時に叫んだ。
そう、ダービーのチケットは払い戻しだった(笑)。
が、そんなことはどうでもよろしい。
アンボセリ公園手前の草原で、ついに私たちは「野生動物」を「発見」した!
今日から、これでもかこれでもか、と動物たちとご対面するのだが、そんなことは何も考えず、「私たち」は純粋に感動を分かち合っていた。
「でも、動物は動物園にいるだけじゃないんだね。国立公園というから、ナイロビ郊外のところにあったように柵でも囲んであるのかと心配してました(笑)」と、私はもちろん、冗談のつもりで吐く。
「ここはアフリカね。いてるところにはどこにでもいてます」とパトリックはつまらなさそうに真面目に応えた。
――――さて、早朝、日の出と同時にサファリである。
「マナブちゃんズ・ツアーの出発や!」Mはいつもウトウトしだす夜とは打ってかわって元気だ。
子どもや・・・・・・・・。
「いやいや、マナブちゃんいうよりも、ガクちゃんやな、ガクちゃんて呼んでええか?」
はしゃぐMをよそに、二日目にしてすでに苦痛であった。
何がって?狭い4WDのなかにMとのみならず、Sもいることではない。
いや、それも多いにあるのだが(笑)、何よりも、この圧倒的に動物を巡るこのサファリにもう「飽きて」いたのだ。
たった、二日目にして・・・・・・・・。
初日、あの感動を呼んだキリンが嘘、のようだった。
ゾウがいた。シマウマがいた、ガゼルもいた、イボイノシシもいた。バッファローもいた。
ヌーがいた。いや、いるどころかたくさんたくさんいた。あとはチーターとライオンくらいか?そうだ、サイもまだであった。
でも、マサイ・マラ保護区ではきっと見れるだろう、そう確信していた――――。
『 ケニアの旅― ONCE IN A LIFETIME まるくんの旅は青空―より 』

「さあ、飽きるほど動物を見よう〜〜」
ワザ国立公園に隣接した、広大な敷地に点在したコテージ(こちらはルムスキィどころか、丘の上にレストランなどの本館があり、アタシのコテージは最も遠い麓の入口近くのコテージだった<涙>)を時間をかけて何往復もしたのだ。
    • 今日一日はバスのなかでゆったりまったり動物ウオッチングといきましょう。
しかし、早朝6時30分、スタート―――。
正午過ぎて12:30分。
約6時間の間で見たのは枯れたブッシュと、道よりかなり遠くのブッシュにトピ数匹、アンテロープ(コープ)、そして赤アカシアの木にペリカンやアフリカハゲコウ(マラブー)・・・・・・・これだけなんですけど・・・・・。
    • エリア: その他の都市旅行テーマ: 動物・サファリ
    • 旅行時期: 2006/02/ - 2006/02/(約6年前)投票数: 2

    http://plaza.rakuten.co.jp/hunkorogashi/ ―― トカゲとカメレオンのフジラの谷で ―― 「ワザワザ、来るところでなかったですね・・・・・」 シャレもむなしく空回りで、「ワザ国立公園」をあとにし、ウジラへ向っている。  カメルーンは特徴ある自然・地理的条件のおかげで「プチ・アフリカ」または「アフリカの縮図」といわれる名に恥じず、ひとの多数の文化・部族ばかりか、アフリカで最も豊かで変化に富んだ動物相をもっている。 カメルーンでは熱帯性森林地帯のドゥアラ・エディア保護区、ジャ保護区など... もっと見る(写真4枚)

  • カメルーン北部の旅 アフリカ奥地のリゾート ワザ動物保護区by marukunさん

    • カメルーン北部の旅 アフリカ奥地のリゾート ワザ動物保護区
    • ワザを遠く離れるに従い、アタシは密かにその思いを強くしていた。
〇ドゥアラ空港を発ち11時に到着予定の飛行機を正午過ぎまで待つ。
〇そのおかげで、モコロの水曜市は見られずじまい。
〇ジュリアンはさりげなく言ったが、悪路のためらしくマバス村へは行っていない。
〇そして、このワザでの2日間である。中央アフリカ最大のサファリコースで鹿類と鳥しか見てない。
どうも、このカメルーンの旅はあとからジワリジワリと効いてくるボディブローを受けたような気がしてならなかった。
しかし、これまではまだまだジャブの応酬程度であることをこのときは知る由もない。
いや、そもそも旅のはじめから調子が狂っていたではないか?
    • さて、そんなことは露とも知らず、アタシたちはウジラに向っている。ポドコ族の村である。
南西海岸のカメルーン山からナイジェリア国境に連なる山脈の北端マンダラ山(マンダラ山辺りは第2次世界大戦中ドイツと交戦を交えた場所だそうだ)にある村だ。
この村の族長の宮殿を訪れ、収穫・結婚・葬祭時に踊られるキルディダンスを見学する予定だ。
しかし、アタシは2日前、この参加は断っていた。
村まではケモノ道を往復約1時間歩く。とても今のアタシの状態では無理だからだ。
アタシはジュリアンにビデオとカメラを預け、ジダとサーディとともにウジラの麓の村でみなの帰りを待つのだった。
行かなくてよかった。いや、行けるわけがなかった。麓から見上げた山道とはケモノ道のことで、炎天下はやいひとでも、しっかり往復3時間もかかったのだから―――。
 アタシはみなを待つ間、アシスタントの若い青年ジダ君におねだりをした。
「ここで待っていてもなんだからクセリに行かない?(微笑みつき)」
クセリは、最北端に近い町で、ここから地図上では80キロたらずだ。クセリ近くのムラー村にはカプシキで見てきた土壁に干したミレット類をとんがり帽子のような屋根のカプシキハットとも呼ばれるサレとは全く違う、骨組みなしの土だけのアリ塚のようなドーム状の家があるらしい。ワザのコテージはこのクセリの村のドームを模倣したものだった。
    • エリア: その他の都市旅行テーマ: 自然探訪
    • 旅行時期: 2006/02/ - 2006/02/(約6年前)投票数: 1

    http://plaza.rakuten.co.jp/hunkorogashi/ ワザを後にしだして、アタシは今回の旅で薄々気づきはじめたことがあった。 それは――――。 それは、何もかもが順調というものに反して事が運んでいる、という事実にだ。  もっと見る(写真6枚)

  • アフリカの旅 マーケットの旅  市場にて by marukunさん

    • アフリカの旅 マーケットの旅  市場にて 
    • 申し訳程度の仮面やブロンズ像などわずかな展示品は閑散としており、建物の半分は服や鞄などの店があり、ずいぶん安っぽい博物館だ。
マーケットへ移るが、普通の町場の市場でひょうたん帽子の女性のトゥルの市場から比べると、もの足らないことこのうえない。
アタシはマーケットをひととおり見て周ったあと、博物館入口のすぐ隣にあった店に気づかないでいたことに後悔した。テープ屋さんだ。カメルーンはザイールのリンガラ、そして西アフリカのアフロ・アフリカンミュージック、ナイジェリアのジュジュ、などアフリカ音楽の宝庫だ。もちろん、キルディダンスやルカプシキダンスの伝統音楽や、カメルーンのポップスも求めよう。
縦長の4畳ほどの店内は薄暗く、奥に小さなカウンターがありそこにスポーツ刈りの若いお兄さんがいて、顔を合わせるなりまっすぐ歩みよりまくしたてた。
「キンシャサ(旧ザイール、コンゴ民主共和国の首都)のリンガラある?プラザビル(コンゴ共和国)のではだめだよ!(笑)」
彼はニコニコとうなずいて、すぐさまテープをカウンターに出してくれた。
なんとDEFAOである――――。
    • 「―――ナイロビは海抜1700メートルの高地で、年平均気温は17度前後。避暑地のようなイメージがあるが、やはり汗ばむ額をぬぐいながらキマシ通をどんどん歩いた。 めざすのは、レコードショップだ。通にある何軒かの店を覗き、店内が比較的広く明るく、そして何より良心そうな店をくぐることにした。お目当ては、もちろん、リンガラだ。くぐったショップのカウンターで、「今一番ケニヤで流行っているいかしたバンドのテープを出して」と頼むと、大柄な店員はすぐに棚から出してくれた。「DEFAO&BIG STARS」の「SARA NOKI(急げ、、の意)」だった。幸福の出会いと始まりだった――――。  
『 ケニアの旅― ONCE IN A LIFETIME まるくんの旅は青空―より 』
 デファオ・マトゥモナ。91年、ビッグスターズを結成し、巨体な体を揺らせながら、リンガラ第3世代の頂点に立とうとしてる男。あの巨体からは想像できない甘美なボーカル。ビッグスターズのギター、ドラム、ベースの一音一音がキラキラと眩しい。なんて、ダイナミックで甘美なルンバだろう。今では望めない、生き生きとした「僕の」時代を彷彿させる、生き生きとした音群。キンシャサから発したオーラ、それはザイールにしか存在しえないルンバのリンガラの美学がそこにある―――。
アタシはいたく興奮した。
テープは「NESSY DE London」、最新版のようである。
ほかにもカメルーンポップス(帰国して聴くと、なんとドゥアラ空港へ向かうバスでいたく気に入り、ドライバーに頼み込んで3000CFAで買ったテープと同じお気に入りの曲があった!)数本に店主が「ローカル・トラディショナルもどうだい?」と伝統音楽も勧めてきたのでそれも買うことにした。
「このラジカセで視聴できるんでしょ?」
「あいにく停電で・・・・・」と店主は苦笑いする。
    • エリア: その他の都市旅行テーマ: ショッピング
    • 旅行時期: 2006/02/ - 2006/02/(約6年前)投票数: 1

    http://www.trave-l.com/blog/hunkorogashi/ マルアのホテルにもワザのコテージのゲートと同じくレプリカのムズガムドームがあった。 中を覗いてみると、資材や1輪車、掃除道具などが置かれ倉庫がわりになっていた(笑)。  バスでマルワ空港に向かう前にマルワ郊外にある鍛冶屋のマーケットに寄る。 そして町の中心部に移り、マルア博物館と隣接したマーケットを訪れた。 博物館はマルワ中心の民族伝統工芸品、そしておもにイスラム化した歴史を伝えるものがわずかながら展示してあった。北カメルーンは先住民おもにバ... もっと見る(写真6枚)

  • 呪われた旅 カメルーン  旅のそらのしたで旅を考えるby marukunさん

    • 呪われた旅 カメルーン  旅のそらのしたで旅を考える
    • ○ドゥアラ空港を発ちマルアには11時に到着予定の飛行機を正午過ぎまでドゥアラで待つ。
○そのおかげで、モコロの水曜市は見られずじまい。
○ジュリアンは一言も言わなかったが、雨期のため道が悪路になっているからか?族長の宮殿のあるマバス村へは行っていない。
○中央アフリカ最大のワザ国立公園での2日間、ゾウ、キリン、ライオン、カバ、ヒョウなどがいるサファリコースで鹿と鳥しか見ていない。
○マルアで前日リコンファームの機械が故障とやらで前日乗れなかった30人のみ乗せて飛行機は飛び立って行った。
○おかげで丸一日を潰してしまい、ジダの故郷ミンディフの歯という岩山とファンタジアで有名なミンディフへ行くも岩山はただの岩山で、急に訪れてファンタジアなど見れるわけもなく。
○その翌日マルアに帰る便すらも大幅におくれて夜ドゥアラに着くしまつ。
○つまりもうひとつのカメルーン、楽しみなジャングル地帯はほぼ移動に費やすだけ。
○そして、火山のカルデラ湖、バロンビ湖畔のホテルに泊らずじまい。
○とどめは、仮面ダンスは観られずじまい―――。
    • しかし、そもそもルムシキィのカプシキダンスといい、ジュリアンに撮ってもらったビデオで観たウジラのキルディダンスといい、ダンスというよりただの行列だった。
期待するほうが、そもそも間違いのはじまり−だったのかもしれない。
マイケル邸でワインを結局2本空け、旅の疲れも重なりかなり酔いが回った状態でドゥアラへ向けて出発した。
 途中、盛りのなかのバフォンの滝とバロンビ湖畔に寄った。どこにでもあるような滝とどこにでもあるような湖というより池でがっかりした気分にまたダメージを与えた。
アタシのカメルーンの旅は靭帯損傷にはじまり、最後までトホホな旅の空だった。
 空はいつしか月夜にかわり、パルミアヤシの林を抜けるなか眠りについたようだ。
そのときの様子をメモ帳には――心臓が胃に落ちるような眠気――と書いてあった。
アタシはアタシの体と心から呪いを解き放った――――。
    • エリア: その他の都市旅行テーマ: 世界遺産
    • 旅行時期: 2006/02/ - 2006/02/(約6年前)投票数: 3

    http://plaza.rakuten.co.jp/hunkorogashi/               ―― きっと なにかに 呪われていた 旅の空のした ―― さて、マイケル・ニジェンク邸での豪華なランチである。 マイケルの息子にワインを勧められる。フランス産のロゼワインを頼む。赤、白ワインもある。 他にもギネスビール、プリスム、アムステルなどビールも各種。 ビールを飲み、鶏にかぶりつき、フーフーにカランガをつけほうばり、フレンチフライをつまんでロゼワインを流し込む。 そんな至福の昼下がり、脳内アドレナリンも胃... もっと見る(写真6枚)

  • カメルーン旅行記 アフリカの舞踏 いつかまたアフリカへ by marukunさん

    • カメルーン旅行記 アフリカの舞踏 いつかまたアフリカへ 
    • 昨日―――、ウジラの宮殿見学組みが麓へ降りてきたのは、結局午後2時の一番乗りのひとをはじめ最終的に3時30分になった。
昼食はなんと3時になった。
どこで食べるのかと思いきや、なんとさきほどサイードとジッダの3人で訪れた「SONG Le PODOKO」ではないか。
 そして、あの肢体不自由障がい者用自転車に乗った老人は、まだ木陰にいた。
アタシは罰悪いながらも、元気に「サバ!」と、老人に声かけた。
老人も嬉しそうに「サバ」と応えた。
 遅めの昼食だか早めの夕食だかわからない状態であったが、ここで供された骨付き鶏の炭焼きは絶品だった。
イエメンのマナーハの骨付き炭焼きとエジプト、ギザ・フェルフェラの鳩の炭火焼、アタシのふるさとの名物「焼き鳥(骨付き鶏足の素揚げ、これをアタシたちの世界(笑)では焼き鳥という(笑)」であるTという焼肉屋、この3点が今でもアタシの偽らざる3大ご馳走だが、それに双璧をなすのだ。
ワリ(蒸しごはん)にトマトソースをかけたものやニンジン、タマネギに玉子のサラダも美味い。
ビールがドゥアラの一流ホテルの約1/3の500CFA、安い!のである。至福なのである。
でも、ウジラ宮殿トレッキングコースのみなさんはかなりゲンナリの様子であった。
上半身がかなり太い、加齢を感じさせる(笑)ジュリアンもかなりお疲れの様子だ。
アタシから、託されたビデオとカメラを撮るのに必死だったのではと想像する。
ウジラの麓でジダに教えてもらった「ミソミ(ごめんなさい)、ウセコ(ありがとう)」とジュリアンに伝えても、全く通じなかった。
ジュリアンもジダと違う部族なのだ。
ジュリアンに用意していたサンフランを一袋あげる。
かなり遅めのお昼時、というかもうおやつの時間の3時ですが(笑)、安いビールについつい追加を頼みつつ、ウジラの旅がどうであったのか教えてもらう。
「ジュリアン、かいつまんで教えてください(笑)」
    • ―――ポゴト族の村、ウジラの族長がいる宮殿までは行きで平均1時間半、帰りで1時間要した。
ウジラの族長はモズゴ。彼は留守。次のチーフは第一夫人の次男ウマール・サロモン。族長モズゴには
妻が50人(!!!!!!)、子どもが(子どもですよ!!)113人(!!!!!!!!)いるそうだ。宮殿内を第一夫人の三男ホシに案内してもらう。
宮殿(といっても麓の家と同じく土壁でミレットの茅葺だが)内のレセプションルーム、祭のとき牛を犠牲に捧げる部屋、夫人たちの台所などを案内してもらう。
そのあと、山の中腹にあたる宮殿の広場からウジラ村をパノラマに見渡し写真撮影。
そして、いよいよ今旅行の北カメルーン最大のメインイベント、キルディダンスがはじまる。
50人いるといわれるモズゴ族長の夫人約20人が参加。
ダンスは半月の土器を持ち円になり同進行し、ステップを踏む案外単調な踊りだ。
この伝統的キルディダンスは3つの行事に踊られるそうだ。
すなわち、収穫、村人の結婚、村人の死と葬祭である。どの踊りも形は同じなのだが、音楽が違うそうだ。とても単調な踊りである意味興ざめでしたが、とても大切なものを見せていただいたのだと、山を汗かき往路したことで満足だと自分に納得させながら山を降りて来ました(笑)―――。
 麓を降りてきた一同のなかに宮殿を案内してくれたという、ミスター・ホシの姿もあった。
彼はアタシたちのバスでモラまで同乗させて欲しいとのこと。
    • エリア: その他の都市旅行テーマ: ハイキング・登山
    • 旅行時期: 2006/02/ - 2006/02/(約6年前)投票数: 1

    http://plaza.rakuten.co.jp/hunkorogashi/ ―― マルワのマーケットで日向ぼっこ 空港で待ちぼうけ その1― ― いつかきっと ミンディフへ ― 「いつか、いつかカメルーンへ来たときは必ず君の生まれ故郷ミンディフへ行くよ!」 フジラの谷の木陰でお互い微笑みながら、ジダ君に誓った。 ミンディフの歯とよばれる岩山がこんなに小さい岩山だとは思わなかった(笑)―――。 まさかまさか、翌日行くことになるとは夢にも思わなかった(爆笑)。 今日の長くて短い一日をどうぞ―――。  もっと見る(写真4枚)

  • エピローグ 宇宙の旅 カメルーン ダンスby marukunさん

    • エピローグ 宇宙の旅 カメルーン ダンス
    • 「私たち」は150億年前から、ずっと同じ一つの冒険を続けています―――。
宇宙と生命と人類とが、あたかも壮大な叙事詩の各章のように結びついていることに気づいたことでしょう。
あの「はじまり」とされるビッグバンから知性にいたるまで、全て同じ進化の過程が進行して
・粒子・・原子・・分子・・星・・細胞・・有機体・・生物・・そして人間という奇妙で滑稽な動物へと、「より複雑性が増す方向」へ進んできました。
すべてが同じ鎖で繋がれ、同じ運動法則により引き起こされているのです。
 私たちは、サルの子孫であり、バクテリアの子孫であるのです。そして、私たちの体を構成する物質は、かつて宇宙を作り上げた物質にほかならないのです。
私たちも、星の子なのです。
 こうした考えにとまどいを覚えずにはいられない方も多くいることでしょう。
貴方の!通念や先入観を揺さぶるものだからだと、思います。
「自分が世界の中心」と思い込んでいる身のほど知らず、というか、あつかましいというか。
宇宙空間における物質の形成、地球上の生命の営み、そして私たちの脳内でのニューロンの形成にいたるまで、壮大な交響楽ともいえるすべての各章をつかさどっているのは自然淘汰というたったひとつの現象なのです。
 宇宙の膨大な旅は、絶対零度に近づくことにあるようです。
    • しかし、私たちは物理法則に則りながらも、決定論的立場に立つことは無意味です。
意味?
私たちのこの旅に意味などあるのでしょうか?
しかも、現代の私たちは、自分と同胞とも、生物圏とも調和できないでいます。
何ゆえ、自然の世界ではすべてがうまくいき、
人間の世界では何もかもがうまくいかないのでしょうか?
自然淘汰の論理では人間が機能不全になるのもいたしかたないのかもしれません。
私たちは創造者でないのはもちろんのこと、調和もできず、ばかりか、破壊者であるのです。
しかし、もし進化の過程に必然的産物として、より自由な存在が出現するとしたら、私たちはその代価を支払っているのかもしれません。
 より自由になるために、私たちは問いつづけていかなくてはなりません。
夜空にまたたく星、寄せては返す波を眺めながら、生まれたばかりの赤ちゃんのほほえみに、
そして恋する女の(男の)まなざしに、私たちは私たちへの問いを続けていかなくては私たちは私たちの物語を失ってしまうでしょう。
私たちはどこからきて、
私たちは何者なのか?
そして、どこへ行こうとしているのか?
この問いつづけこそ、問いに値するのです。
旅に意味などなく、意味を求める旅なのです。
    • エリア: その他の都市旅行テーマ: イベント・祭り
    • 旅行時期: 2006/02/ - 2006/02/(約6年前)投票数: 3

    http://plaza.rakuten.co.jp/hunkorogashi/ いえ、これとて、まだ始まりなのです。 人類はかくして誕生しました―――。  約300万年前は東アフリカにわずか15万人だったのが、200万年前に地球各地に数百万人、一万年前は2000万人、200年前には10億人、そして現在60億人、遠からず100億人になろうとしています。 我が人類は世界各地で分化してきたと思われがちですが、人種という概念があるとお思いですか? 植物学や動物学には亜種という概念がありますが、ヒトに適用するのは誤りです。... もっと見る(写真3枚)

  • 部族と民族 アイデンティティの旅 カメルーン by marukunさん

    • 部族と民族 アイデンティティの旅 カメルーン 
    • ズーバム村を発ち、サレが最も美しいとされるラマン村に寄り、約2時間半かけてモコロに戻る。
ようやく舗装道になった。中古バスの振動のたび足に負担がかかるのだ。
カメルーンの道路の総延長距離は約7万キロに達するが舗装率は南部ドゥアラ、ヤウンデ、中部ンガウンデレ、北部主要都市ガルアなどにかぎられたわずか11%である。雨期にはしばしば通行不可能となるのは熱帯地方である中部アフリカの他の国と同じである。
今回の旅では、先日ステップ気候の北部ではめずらしくまとまった雨が降り、道路が川状態だそうで、トゥルの先にある部族の族長の宮殿があるマバスへ行けずじまいだった。
―ないないづくし―カメルーンの度のまだほんの序の口である。
    • 道路のほかドゥアラ―ヤウンデ―ンガウンデレ間約1100キロの鉄道網がある。
ただし、1日2〜3便で1等と2等あるうち2等はものすごい混み具合らしい。
ドゥアラ―ヤウンデ間が所要時間約4・5時間、ヤウンデ―ンガウンデレは12時間である。
 夕刻迫る5時半にモラの町に到着し、給油を行う。
モラもナイジャリアの国境がすぐ近くで、大型タンクローリーが頻繁に通る。
北部山岳地帯のガソリンスタンドはほぼナイジェリア産のガソリンらしい(笑)。
ガソリンスタンドのカフェでビールを飲んだあと、スタンドの裏を散策した。
大きなアリ塚があり、野ブタがそのまわりをウロウロしていた。
そして、そのすぐ近くで、ジュリアンの助手のジダとドライバーのサイードが小さな絨毯を広げ、礼拝をしていた。メッカがある西の太陽が沈もうとしている方角に。彼らはムスリムだとすぐにわかる。
ボスのジュリアンはクリスチャンだ。
翌日の夕方、ウジラからモラへ向う道中、教会に大勢の信者が集っていたが、アタシたちのバスを見つけるや、みんなにこやかに眺めているだけだったが、それを見てジュリアンは、
「クリスチャンはほかの宗教と違い、行儀がよい」みたいなことをジューク混じりに言ってのけた。
 カメルーンは人口の約50%はキリスト教徒で南部森林地帯や南西部グラスランドの都市部などに集中している。約20%のイスラム教徒は北部山岳地帯、ステップ地帯に多い。
 いずれも外部(外国人)からの改宗・流布によるのが、実はこれらの一神教はアフリカの地が発祥なのである。
約5千前よりはじまったアフリカ大陸の乾燥化(砂漠化)が一神教の成立の産物なのである。
    • エリア: その他の都市旅行テーマ: カルチャー体験
    • 旅行時期: 2006/02/ - 2006/02/(約6年前)投票数: 2

    http://plaza.rakuten.co.jp/hunkorogashi/ 左右の車窓からは、なだらかな丘が続く道になり、ズーバム村の近くでランチタイムだ。 ルムスキィのカンプマンで作ってもらったサンドイッチを青空の下で食べる。 この地域はとくにサレが綺麗だ。ちょうど岩に腰掛けてサンドイッチをほうばるアタシの視線の先は谷間に建つサレがあったのだが、ちょうど子どもをおんぶした若い女性がサレに向かい歩いていた。 その姿をビデオで撮っていたら、女性はこちらに気づいたようでビデオのズームしたファインダーを通してその女性と目が... もっと見る(写真4枚)

  • カメルーン アフリカ 奥深くへ ジャングルの旅 バフサム  仮面ダンス by marukunさん

    • カメルーン アフリカ 奥深くへ ジャングルの旅 バフサム  仮面ダンス 
    • バンジュン村のバミレケ族の王宮に着いた。
シェフリーと呼ばれる王はバミレケ族一の権力者だ。カメルーン政府は彼ら王族の協力なしには200を超える部族が住む国家を安定的に統治することはできない。
バンジュンの王宮はバンプーという木(竹)で造られ藁葺き屋根の非常に立派な家だ。王宮から広場に向かう両サイドには王宮より小ぶりなバンプーの家が連なり、28人の妻が暮らしてるという。
広場ではなんと本殿が解体されていた。
本日は、ここでツォ(TSO)と呼ばれるバミレケ族の仮面ダンスのなかでも最も華やかなダンスを見学する予定だったのだが。
バンジュンを案内する男は通訳をしてくれたコーディネイター・バレンタインを通して驚くべき発言。
「5年に一度、王宮は解体されあらたに建設される。それが習わしだ。建設工事は3週間前から始まっている。王宮建設期間中は仮面の踊りが披露されることはない」
なんともあっさり言うではないか。
バレンタインは焦ってしまうが、バナ村にある彼らカムツアー(CAM TOUR)のボス、マイケル・ニジェンクの家でアレンジされているそうだ。
しかし、王宮で踊られる仮面ダンスと民家でかき集められたひとたちで踊られる仮面ダンスではかなりの隔たりがあるのではと一抹の不安を覚えずにはいられなかった。
しかし、それは取り越し苦労で(?)アタシたちは比較する術すら与えられなかったのである――。
    • そうとも知らず、アタシたちは元王宮があった広場横のバミレケ族の博物館を見学する。
博物館はフンバンの王宮以上に小さな小屋に所狭しと並べられていた。
王の象徴である像の仮面、水牛仮面、鳥の形をした頭上面、マングローブの木琴、ジャンベのような太鼓、かばの剥製、タカラ貝でできた椅子、ビーズで色どられた王の椅子、ビーズの人形、豹やライオンの毛皮、ダチョウの羽根でできた帽子、象牙などである。
 博物館は仮面舞踏に使われるものが多くあった。
幻となったバンジュン村の仮面ダンス――。
「―― ベミレケ族のツォと呼ばれる仮面ダンスは数ある仮面ダンスの中でも最も華やかに人目を引く大スペクタクルで王の威信と活力を示す。この仮面ダンスはお祝いの儀式の時だけでなく、葬式でも登場する。仮面ダンスを行う秘密結社のメンバー達は、赤い縁取りのある藍絞りの衣装に鳥の羽でできたヘッドドレスを付けて練り歩く。王は、王権の象徴である“ゾウ”を象ったビーズ刺繍の仮面を被る。
ビーズ刺繍は“富”の象徴でもあるが、ゾウの仮面には丸い大きな耳と長い鼻を思わせる前垂れがあり、
ユーモラスである。王はこのゾウ仮面を被り、手には大きな蝿追い、背には豹の毛皮を背負って登場する――。 『アフリカのかたち』 小川弘 里文社 」
それらをわずか1時間で見学し、バンジュン村をあとにした。
とにかく、今日中にドゥアラに着き、パリ行きの飛行機に乗らなくてはならないのだ。
これまで散々予定が狂わされてきたカメルーン滞在もさすがにそこまではいかないだろう。
しかし、アタシは密かにパリ行きの飛行機が翌日に延びないかと願っていた。もう2度と来られないかもしれないカメルーン滞在が少々延びるほうが、帰ってからの心配よりも重要だ。
旅のおかげで感覚が麻痺しているせいか、足の調子は一体全体回復に向かっているのか悪化しているのか皆目わからなくなっていた(笑)。
    • エリア: その他の都市旅行テーマ: カルチャー体験
    • 旅行時期: 2006/02/ - 2006/02/(約6年前)投票数: 7

    http://plaza.rakuten.co.jp/hunkorogashi/ ―― 幻の仮面ダンス さらばさらばバロンビ湖 ――  バフサムのホテルを慌しく発ち、南下してバンジュン村へ向かう。 バンジュン村はバフサム同様バミレケ族の村である。 栗本英世の小論文―アフリカの民族と民族紛争(旅行人)―にあるとおり本来なら、部族という文化差別的言葉ではなく、世界に共通した言葉としての民族集団をさし示すので、〜人(バミレケ人)であるが、これまで使ってきた―族―を使わせてもらう。  バフサムを発ち、フンバンへの通り以上に風景は豊... もっと見る(写真5枚)

旅行特集 4Tマガジン

旅行特集 4Tマガジン

4Tマガジン 特集一覧

その他の都市トラベラーランキング

旅行記の多いトラベラー

Q&A回答の多いトラベラー

旅行業界の皆様へ

会社情報を掲載しませんか?無料で貴社の連絡先や旅行情報を登録できます!

お申し込み・詳細はこちら

4Tポイントを貯めよう

チャンスは一日一回。
エリアに隠された宝箱を探せ!
お題はTOPページにて発表! 本日のお題はこちら!

4Tポイントとは?

その他の都市を見ている人におすすめの都市

  • アブ・シンベルアブ・シンベル
    3.55

    旅行テーマ

    • 世界遺産
    • 遺跡・史跡・歴史
    • 芸術・美術館・博物館
  • ギザギザ
    3.55

    旅行テーマ

    • 世界遺産
    • 遺跡・史跡・歴史
    • ウェディング・ハネムーン
  • ルクソールルクソール
    3.63

    旅行テーマ

    • 世界遺産
    • 遺跡・史跡・歴史
    • 芸術・美術館・博物館
  • マラケシュマラケシュ
    3.69

    旅行テーマ

    • 世界遺産
    • 街歩き
    • 芸術・美術館・博物館
  • カイロカイロ
    3.73

    旅行テーマ

    • 世界遺産
    • 遺跡・史跡・歴史
    • 芸術・美術館・博物館
  • マサイマラ国立保護区周辺マサイマラ国立保護区周辺
    4.00

    旅行テーマ

    • 動物・サファリ
    • 自然探訪
    • ウェディング・ハネムーン