旅行のクチコミと比較サイト フォートラベル

エジプトの旅行記(ブログ)(207ページ)

4,137

旅行開始時期 :
テーマ :
同行者 :

キーワードで旅行記を検索 :

旅行記を投稿する

旅行時期順 いいね順 新着順

  • 光と音のショーby Tabiotokoさん

    • 光と音のショー
    • 役者が古代エジプトの物語を英語で演じる。
    • 役者が英語でライトアップされたピラミッドやスフインクスを舞台背景にして、古代エジプト王朝の物語を演じている。
    • エリア: カイロ旅行テーマ: 特になし・その他
    • 旅行時期: 1986/01/13 - 1986/01/13(約32年前)

     エジプト旅行の一夜、スフインクスの前でピラミッドやスフインクスをライトアップし、それを舞台背景に、古代エジプトの物語をドラマチックに再現した。セリフは英語のため、日本人には役者の細かい表現は理解出来なかったが、劇の流れの大要をつかむことができた。2004年の今年から見ると、もう18年も前の旅行記録です。この宿泊したホテルはカイロ博物館まで数分の距離で昼間歩いてカイロ博物館に入場した。 もっと見る(写真9枚)

  • ピラミッドby ラテンさん

    • ピラミッド
    • エリア: ギザ旅行テーマ: 特になし・その他
    • 旅行時期: 1985/03/ - 1985/03/(約33年前)

    ついにギザへ。 もっと見る(写真3枚)

  • (2)1980年旧西欧(16か国)エジプト パキスタン インド ネパール136日間放浪の旅(78)エジプト(ギザのピラミッド)by シロネコさん

    • (2)1980年旧西欧(16か国)エジプト パキスタン インド ネパール136日間放浪の旅(78)エジプト(ギザのピラミッド)
    • カフラー王のピラミッド
    • カフラー王のピラミッド

    今日は憧れのピラミッドの見学に行きます。 (83)7月12日 YHよりバスでギザに行き、街を通り過ぎると突然、ピラミッドが見え、感動します。 クフ王 カフラー王 メンカウラー王の3つのピラミッドとスフィンクスを見学します。4500年前に造られたとはスケールの大きさに圧倒されます。クフ王のピラミッドの内部に入ります。上昇通路 王妃の間 大回廊 控えの間(石落とし装置) 王の間 簡素な石棺 換気口(冷たい空気が流れます。) 見えませんが、上には重力軽減装置の間があります。(内部がこの様になっている事に再び、感動します。)サッカラのピラミッドに行こうと思いましたが、行き方が分らず、駄... もっと見る(写真19枚)

  • (2)1980年旧西欧(16か国)エジプト パキスタン インド ネパール136日間放浪の旅(77)エジプト(カイロ)by シロネコさん

    • (2)1980年旧西欧(16か国)エジプト パキスタン インド ネパール136日間放浪の旅(77)エジプト(カイロ)
    • アスワン?カイロの車窓風景(夕日がナイル川に沈みます。)
    • カイロ市内をぶらぶらしている時に知り合った子供達
    • エリア: カイロ同行者: 一人旅旅行テーマ: バックパッカー
    • 旅行時期: 1980/07/11 - 1980/07/13(約37年前)

    アスワン16:00頃ー10:00頃カイロに到着します。2nd自由席のため、殆ど、一睡も出来ずにカイロに着きます。翌日、ギザのピラミッドに行き、その次の日はカイロ22:15ー8:20カラチ(パキスタン)に飛びます。この日より、イスラム教のラマダン(断食)に入り、その後、旅行するのに苦労しました。(当時は、ラマダンの事は知らず、それを理解するのが大変でした。 (82)7月11日 AM10:00一睡も出来ずにカイロ駅に着き、バスでYHに行きます。PM2:00まで、YHの玄関で休み、その後、部屋でボーとします。2人の日本人がおり、1人はエジプトに入国したばかりでしたが、暑さと下痢のためエジプトを脱出するとの事。強制両... もっと見る(写真3枚)

  • (2)1980年旧西欧(16か国)エジプト パキスタン インド ネパール136日間放浪の旅(76)エジプト(アブシンベル神殿)by シロネコさん

    • (2)1980年旧西欧(16か国)エジプト パキスタン インド ネパール136日間放浪の旅(76)エジプト(アブシンベル神殿)
    • 飛行機より見たナセル湖と砂漠の大地
    • アブ・シンベル大神殿(巨大なラムセス2世像)

    (80)7月9日 早朝、アスワンからアブ・シンベルまで飛行機で往復し、アブ・シンベル神殿を観光します。その後はアスワンで過ごします。 アスワン6:00-6:20アブ・シンベル神殿観光8:45-9:05アスワン 5:00YHよりタクシー(1.5P)でアスワン空港に行きます。飛行機はほぼ満席(カイロよりの人々も居ます。)ナセル湖と砂漠の大地を見て、アブ・シンベル空港に着きます。空港会社の無料バスで途中の村々を通り、遺跡の裏手に着きます。税金と入場料を払い、山を回り込み遺跡に行きます。巨大で感動します。今まで色々な所に行きましたが、文句なしにギザのピラミッドとアブ・シンベル大神殿は世界一の遺跡だ... もっと見る(写真9枚)

  • (2)1980年旧西欧(16か国)エジプト パキスタン インド ネパール136日間放浪の旅(75)エジプト(アスワン)by シロネコさん

    • (2)1980年旧西欧(16か国)エジプト パキスタン インド ネパール136日間放浪の旅(75)エジプト(アスワン)
    • ルクソール?アスワンの車窓風景(広々として、雄大に流れるナイル川)
    • アスワンよりのナイル川(左はナイル川のエレファンタ島 右はアスワン) 

    列車でルクソールよりアスワンに行き、アスワン アブ・シンベル神殿観光 アスワン・ハイ・ダム見学します。(酷暑ですが、ルクソールよりはましです。)夜行列車でアスワンからカイロに戻ります。 (78)7月7日 ルクソールを9:00に出発します。3ndに乗ります。ナイル川の眺めは素晴らしいですが、砂埃で口の中がざらざらになります。13:00にアスワンに到着し、YHに泊まります。20-30人入る大部屋です。(ルクソールより、暑くはなく、2人の日本人もおり、ほっとします。)iに行き、アブ・シンベル神殿への情報を聞き,水中翼船は1便/週金曜日出発のため,(今日は(月))費用はかかりますが、飛行機で往復する事にします。 ... もっと見る(写真10枚)

  • (2)1980年旧西欧(16か国)エジプト パキスタン インド ネパール136日間放浪の旅(74)エジプト(ルクソール)by シロネコさん

    • (2)1980年旧西欧(16か国)エジプト パキスタン インド ネパール136日間放浪の旅(74)エジプト(ルクソール)
    • ルクソール神殿第1塔門前(左にオベリスクがありますが、右のオベリスクはなく、今はパリのコンコルド広場にあります。パリで見ました。)
    • ルクソール神殿(左は列柱廊 右は第2塔門)

    第1日目は主としてルクソール東岸(生の谷) 第2日目は西岸(死の谷)を自転車を借りて酷暑の中、観光します。次の日は列車でアスワンに向かいます。 (76)7月5日 YHで朝食(0.30P)を食べ、自転車を借り、ルクソール神殿に行きます。オベリスクや列柱室など数千年前によく建てたものだと思います。歴史などの背景が分らないため、ただ、大きく素晴らしいで終わってしまう事が残念です。帰国してから、勉強しようと思います。10:00頃 近くのカルナック神殿に行き、酷暑のため、休み休み観光します。大列柱室など圧倒されます。ナイル川に行くと、若者が泳いでいたので自分も泳ぎました。... もっと見る(写真29枚)

  • (2)1980年旧西欧(16か国)エジプト パキスタン インド ネパール136日間放浪の旅(73)エジプト(カイロ〜ルクソール)by シロネコさん

    • (2)1980年旧西欧(16か国)エジプト パキスタン インド ネパール136日間放浪の旅(73)エジプト(カイロ〜ルクソール)
    • カイロ?ルクソールの車窓風景(田舎の風景と中央の白い建物は遺跡と思われます。)
    • カイロ?ルクソールの車窓風景(畑の中をひかれるラクダ)(写真にはありませんが、水汲み機とそれを汲む牛 水遊びをする裸の子供達などナイル川沿いは緑に満ちています。)
    • エリアスポット名: ナイル川流域同行者: 一人旅旅行テーマ: バックパッカー
    • 旅行時期: 1980/07/04 - 1980/07/04(約38年前)

    (75)7月4日 今日は列車でカイロ(ラムセス中央駅)ールクソールに行きます。(酷暑のため、1stエアー・コンディションにします。) カイロ(ラムセス中央駅)7:30-アシュートー17:10ルクソール駅 昼食は御飯 肉 パン サラダ ポテトで1.2Pで美味しく戴きます。又、車内はTシャツでは寒い位です。ルクソール駅を降りると客引きが多いですが、無視をして30分歩いてYHに宿泊します。(0.80P) 夕食はサンドウィッチ(0.10P)を食べます。ルクソールはカイロより酷暑で、YHは冷房がないため、濡れシーツに包まって何とか寝ます。 {諸経費} “行機代(パキスタン航空) (成田ーカラチーパリーカラチー成田)1年オープン 帰りにカイロ カラチ バンコック マニラにst... もっと見る(写真5枚)

  • (2)1980年旧西欧(16か国)エジプト パキスタン インド ネパール136日間放浪の旅(72)エジプト(カイロ)by シロネコさん

    • (2)1980年旧西欧(16か国)エジプト パキスタン インド ネパール136日間放浪の旅(72)エジプト(カイロ)
    • アズハル・モスク内(暑さのため、モスク内で寝転ぶ人々)
    • アズハル・モスク内(1列に並び礼拝する人々)

    ヨーロッパよりエジプトに到着し、14日間滞在しました。 カイロではカイロ市内(各種モスク バザール カイロ博物館(ラムセス鏡いミイラなど)) ギザのピラミッド・スフィンクス ルクソール(カルナック・ルクソール神殿 王家の谷(ツタンカーメンの墓など) ハトシェプスト葬祭殿) アスワン(エルファンティネ島 アスワン・ハイ・ダム アブ・シンベル神殿など)を見学しました。 4000年以上前より続く歴史の素晴らしさと酷暑を体感しました。 (71)6月30日 昨晩、4時間遅れで22:00カイロ(エジプト)に到着しました。空港でビザを取得し、150USドルの強制両替をさせられました。23:30空港の外に出ますが、夜でも蒸し暑く、空港の外の空き地に沢山の... もっと見る(写真22枚)

  • NO5 番外編 /ピラミッド登頂→滑落寸前 記編by kioさん

    • NO5 番外編 /ピラミッド登頂→滑落寸前 記編
    • NO5 番外編 /ピラミッド登頂→滑落寸前 記編
    • NO5 番外編 /ピラミッド登頂→滑落寸前 記編
    • エリア: カイロ旅行テーマ: 特になし・その他
    • 旅行時期: 1979/02/ - 1980/01/(約39年前)

    この画像あたりでも、かなり崩れているが、 それでも写真撮影の余裕もあったのだが、、、 エジプト・カイロ郊外のGIZAにある三大ピラミッドには半月足らずのエジプト滞在中、二度も見物に出かけた。ピラミッド内部も入場料を支払えば、観光する事が出来るのだが、最初に出かけた時、カメラのフラッシュを持参するのを忘れたこともあり、再訪となった。 gizaの三大ピラミッドでも、もっとも大きいクフ王のピラミッドは紀元前2500年前の建造物。一辺230m(現在は220m)・傾斜角51.50の四角錐は、その面が正確に東西南北を向い... もっと見る

  • NO4 マサイ族の娘に恋するブラジル版・横井氏のことby kioさん

    • NO4 マサイ族の娘に恋するブラジル版・横井氏のこと
    • 夕食を済ませた私は、バザーの屋台で購入したビワの様なオレンジ色の果実を持って、ブラジル三世のジョージ・ツバキ氏の居る部屋を訪ねた。彼等の部屋はツインルームで私の部屋より、一回り大きいくらいの部屋だった。 さっき、沖縄出身のサンパウロ在住の日本人と言葉を交わしたよと言うと、ツバキ青年が云うところの横井氏に関する話は私を驚かせた。 

グアム島から出てきた旧日本兵だった当時の横井さんそっくりの風貌と格好のブラジル版横井氏は、年齢は40半ば、この数年は一年のうちの半分をブラジルでブローカーのような仕事をして働き、残りの半分はアフリカで過ごしているという。ケニアのナイロビ郊外に横井氏がご執心のマサイ族の娘が居て、その娘に逢いに行くために、ビザの降りない在エジプトのケニア大使館に日参している最中だという。 ツバキ氏 曰く、自分の目から見ても相当変わったオッサンだと笑った。その間、ツバキ氏の彼女は彼の傍でニコニコと笑っている。


不意にノックもせずにドアが開き、ザックを背負った噂の横井氏が立っていた。 先ほどはどうも?と曖昧な挨拶を済ませると、彼はケニアのビザが相変わらず貰えないと、ぼやいた。 マサイ族の彼女の話、聞きましたよと私がおどけながら話すと、横井氏は耳まで真っ赤にして照れる。写真をみせたら?とツバキ氏が追い打ちをかける。 横井氏はイヤだよ恥ずかしいよと云いつつ、ザックをまさぐり、ノートに挟んだ数枚の写真を取り出すサービス精神の持ち主だった。


 マサイ族の山形の高式な住まいの前で、横井氏とその彼女が嬉しそうに立っている微笑ましい絵柄だった。彼女は幾つなのと尋ねると16歳位だと横井氏は、はにかみながら答える。 現地での食事はどうしてるの?と尋ねると飯盒炊さん持参で米や豆を煮るという。 ツバキ氏も知らなかったようで驚いていた。 ナイロビは意外と物価も高いらしい。倹約しないと長期逗留はしんどいので必然的に、倹約生活になると横井氏は沖縄訛の聞き取りにくい早口で答えた。 だから余りここにばかりいると無駄な金がかかって仕方がないとぼやく横井氏だった。 


ぼさぼさ頭でさっぱり風采の上がらない感じの横井氏がなんだかとても魅力的な男に見えてきた。地球の裏側からやってきて障害を乗り越えて好きな女性に逢おうとする努力、並大抵の男ではない。 大使館で金を握らせてみようかとも考えていると話す横井氏に、やっぱり彼女に逢いたいから?と尋ねると、再び耳まで真っ赤にして照れるということを繰り返すおじさんだった。日系3世のカップルは微笑みながらその様子をみている。 


これから欧州に向かうという彼等に私は彼の地での安宿情報を知ってる限り与え、私は彼等から、、カラチやバンコック、マニラの安宿情報を得た。 それらは後に私の旅を楽にしてくれる有用な情報だった。カイロの安宿でほんの一瞬、交差した我々が、それぞれの旅体験を、横井氏持参の固形燃料で湧かした熱い紅茶をすすりながら、遅くまで語り合った。 彼等が辿ってきた道を今度は私が辿り、私が辿ってきた道を今度は彼等が辿る。 ほんの一瞬のすれ違いのような交差でも様々な人生や、生き方があることを知った。人の息吹や人の暮らしをを感じた。旅という非日常的な日々を続けている中で、一瞬でもすれ違った人達の顔が浮かんでは消えた。

旅は続けている限り、出会いと別れの繰り返しの日々、そんなことをふと感じながら、私は彼等の部屋を後にした。 
すっかり暗くなったカイロの中空に大きな満月が見えた。 何故だか判らぬまま、故国が突然、恋しくなった、、、 

 あてもない旅を続けているうちに、私は知らず知らずのうちに心身共に磨耗していたのかもしれない・・・
    • NO4 マサイ族の娘に恋するブラジル版・横井氏のこと
    • エリア: カイロ旅行テーマ: 特になし・その他
    • 旅行時期: 1979/02/ - 1980/01/(約39年前)

    1950年代製を思わせるような古いベンツでカイロ中央駅際にそびえ立つ雑居ビルの中のエベレストホテルに戻った頃には、既に陽は大きく傾き、漆黒の闇が少しずつ当たりを包んでいった。高層階の比較的高い部分の2フロアを占めるこのホテルには、眺望の出来る喫茶室のようなスペースもあった。椅子に腰掛け、かたわらをゆくウエーターに紅茶を注文した。 私は昼間パキスタン航空のオフイスで、手に入れたカイロ市街地図を見やりながら、位置確認を改めて頭に入れて置く必要があった。タハリール広場にでれば、カイロ博物館も近いよう... もっと見る(写真1枚)

  • NO3 GIZAの駱駝遣いの少年by kioさん

    • NO3 GIZAの駱駝遣いの少年
    • バクシーシを払わないぞと言いながらも、私は二ドル<500円>の米ドルを駱駝の上から駱駝引きの少年に渡して話をつける積もりだった。 
しかし、それでも額が少ない、もっと寄こせとという駱駝引きの少年の強欲な態度に私の気持ちは熱砂の中で切れるそうになった。
険が出来て表情にも表れていたのかもしれない。少年は急に態度を軟化させ、駱駝の膝を折らせ、私を降ろした。

駱駝遣いの少年は毎日のように観光客相手に様々な手練手管を身に付けているに違いない。交渉のさじ加減も当然のように身に付けている。
つまらぬ事で気持ちが妙にささくれてきている自分自身が厭だった。 

駱駝を降りて、トボトボとクフ王のピラミッドに戻る道すがら、今度は駱駝と馬を引っ張る駱駝引きとすれ違った。
その駱駝に乗っていた観光客が、日本語で話しかけてきた。「こんにちわ?!日本の方ですか?」 
返事をした私に、良かったら馬に乗りませんかと 尋ねてきた。 いぶかしげに思った私は、どう云う訳で?と
彼に聞き返すと、駱駝引きの言い値で乗ったところ、1時間の契約をして、馬と駱駝に交互に乗っているということだった。勿体ないから馬に良かったら乗りませんかと云ってくれたのだ。 駱駝引きが私から離れてくれないとも云った。 
一体幾ら支払ったんですか?と 驚いた私が尋ねると、150USドル<当時の換算で38000円>支払ったという!!  そりゃあ 駱駝引きは金づるだと思って離れてくれませんよ?と私が、おどけながら云うとその日本人は苦笑いを浮かべながら そうですよね? と答える。 
 
彼の好意を受け入れさせて貰った私は、今度は馬に乗りながら、ピラミッド巡りを続けた。  道すがら、神奈川出身だというその日本人は同業他社の3人でエジプト警察の無線&有線連絡網の構築の為に、4週間の滞在予定で来ていると話してくれた。今日は最初のオフ日でピラミッド見物に3人で来たが、他の二人は茶店で待っているという。
 この後、車で更に砂漠に入ってたサハラ・シティという所に行くけど、よかったらご一緒しませんかと誘われ、断る理由の無い私は、他の二人も紹介され、運転手付きの古いベンツでサハラシティに向かった。

サハラシティはサーカス小屋のような大きなテントの中でベリーダンスなどのショーを見せる観光スポットだった。
あいにく昼間だった所為でショーは見ることは出来なかったが、薄い衣を纏った姿で踊る沢山の官能的なベリーダンサーの写真が、壁の至る所に張り出されて夜の賑わいを想像させた。 チャイと呼ばれる冷茶を飲み、私達は小一時間喋った。

私はもっぱら聞き役だった。エジプト国内を走る多くの鉄道車両が日立などの日本製だということも、初めて知った。 サウジアラビアに仕事で行った人の話によれば、彼の地では禁欲生活の日々だったといい、酒すらも<持たず、作らず、持ちこまず>の非核三原則扱いだと笑った。そこに比べればここは同じアラブの国でも天国だとも言った。 市内への帰途、彼らのホテル経由で運転手に私の宿まで送るように云い含んでもらい、とても有り難かった。
    • NO3 GIZAの駱駝遣いの少年
    • エリア: カイロ旅行テーマ: 特になし・その他
    • 旅行時期: 1979/02/ - 1980/01/(約39年前)

    市内バスでカイロの中心にあるタハリール広場に出た私は、そこから放射線状に延びる通りの一角にある、パキスタン航空のオフィスで、カラチ行きの予約を済ませてから、再びタハリール広場のバスターミナルに向かい、カイロ郊外のGIZAの3大ピラミッド方面行きのバスの発着場所を教えてもらい、バスに乗り込んだ。 泥の様に土色の水量の豊かなナイル川に架かる橋をバスはゆっくりと渡っていく。、やがて市街地からバスは郊外に抜けていく。土と泥で作られたような家並みが続くと、やがて唐突に、バスの左手にピラミッド群が姿を遠く... もっと見る(写真1枚)

  • NO2 眠れないエベレスト・ホテルの夜by kioさん

    • NO2 眠れないエベレスト・ホテルの夜
    • 「おはようございます。 日本の方ですか?」と、日本語が背後から聞こえてきた。振り返ると20代半ばの私とほぼ同世代の東洋人の男性がディバッグを背負い立っていた。私は戸惑いがちに返事をすると、彼はフロントでの私とフロントマンとのやりとりを聞いていたようだった。

「昨夜は大変だったようですね よろしかったら日本の軟膏を余分に持っていますから、お使い下さい」と声をかけてくれた。 私たちはフロントの片隅でしばし立ち話をした。  彼はジョージ・ツバキと名乗り、ブラジル日系三世で、九州の大学での留学を終えて、アジア、アフリカ、欧州へと向かいながらブラジルのサンパウロに数ヶ月かけて帰国の途上だという。 私とは逆のコースだった。  今日はこれから同室の友人とサッカラーの階段ピラミッドを見学に行くという。  やがて彼は軟膏を取りに行ってきますといいながら、戻ってきたときは、東洋系の小柄な可愛い女性を伴っていた。 彼の旅の連れらしい彼女と軽く会釈を交わした。彼が封の切っていない新しい軟膏を差し出すので、私が軟膏は売って欲しいと頼むと、自分は日本に留学中とても親切にされてきたので今度は自分がそれを日本人に返す番だからといった意味の言葉を云いながら感じの良い微笑みを浮かべ金を受け取ろうとしない。 
私は彼に礼を言うと、お互いに部屋番号を教えあい、夕食時にでも旅の情報交換をしましょうと、再び逢う事を約束し私達は別れた。

滞在二日目のカイロでの予定は、カイロ中心街のタハリール広場にほど近い航空会社でパキスタン行きの予約を入れてから、GIZAの三大ピラミッド見物に行くか、カイロ博物館にいくかを考えていた。
市内観光地図は昨夜、空港のインフォメーションで既に手に入れていた。 バスに乗るには難解なアラビア文字を覚えなければならなかった。ここからタハリール広場に向かう市内バスは400番のバスで行けることを地図で確認した。空港からタハリール広場からは一本のバスで行けることが確認できた。ツーリストインフォメーションで手に入れたガイドブックでアラビアの数字を覚えた。

 部屋に一度、戻った私は、固形の洗濯石鹸で、数ヶ月履き続けているジーンズを洗面所で洗い始めた。極端に乾燥したこの国では、生地の厚いコットンもすぐ乾くように思えたからだ。下着やTシャツは旅の道すがらよく洗濯をしたが、ジーンズは初めて洗った。もみ洗いしながら、洗面所の水は真っ黒に変色していく。欧州各地の足跡をもみ洗いしているような気持ちになった。 やがてねじ上げて絞れるだけ絞り、持参している洗濯ばさみを使って窓辺に干した。

おそらく日中は40℃を超えているこの街は湿気がない分、乾燥室同様だった。 私はスペアのジーンズをバミューダ丈に五徳ナイフで裂いて出かける事にした。 これから行く国々は亜熱帯エリアばかりを予定していたからだ。

ロビーに向かい 鍵を預け、エレベーターのボタンを押すと、やがて、エレベーターは軋むような音をさせながら、このフロアより、昨夜と同じ15センチ高い位置で、ドアを開いた。これがここのエレベータの標準なんだと思うと、エジプト的で愛しい気持ちにさえなった。
    • NO2 眠れないエベレスト・ホテルの夜
    • エリア: カイロ旅行テーマ: 特になし・その他
    • 旅行時期: 1979/02/ - 1980/01/(約39年前)

    エアコンも無いのは安い室料を考えれば仕方のないことだった。 私は畳1.5枚くらいの比較的大きな窓を半分ほど開け、カーテンを閉めた。室内にある調度品はベッドを除けば小さなチェストがあるだけだった。 蛍光色のルームランプはチカチカと付いたり消えたりを繰り返している。 明日 クレームつけてやる、、と思ったが、泊まり客がいても、このままの状態で今まで営業してきたんだろうな と思うと、文句いうのも滑稽に感じるようになった。 やがてベッドの上にうつ伏せになり、今日の出来事を日記風に書き留めていた。 さ... もっと見る(写真1枚)

  • NO1 怒涛のエジプト入国編〜エベレストホテルへby kioさん

    • NO1 怒涛のエジプト入国編〜エベレストホテルへ
    • 空港前のバスターミナルに出た。既に夜10時過ぎだった。 私の友人が数ヶ月前にエジプトを旅した時のツアー情報をフランクフルト中央駅構内にある郵便局留めの航空郵便で数日前にタイミング良く受け取っていた。 
 空港前から400番のバスに乗ること。ラムセス中央駅そばに、15階建てくらいのビルがあり、その雑居ビルの中に、エベレストホテルという安宿があること。  それらは なんの情報も持ち合わせない私にとっては、有益な情報だった。 
空気が極端に乾いたこの国は、蒸し暑さこそ感じなかったが、熱風が夜間でさえも感じ取れるほどだった。 
ザックを背負いながら、ターミナル前を右往左往していると、パスポートシャツを着た、仕事帰りの空港関係者と思われる、30代くらいの男が声をかけてきた。 
何処に行きたいのかと 問われた私は、400番のバスに乗って、カイロ中央駅に行きたいのだ。教えて欲しいと返答した。 何故ならバスのナンバーが文字通りの蛇が這ったようなアラビア数字で判読できないのだ。 
 幸い、彼も中央駅前を通過するバスに乗るからと言って私を案内してくれた。 車中で彼からルクソールに行くのかと問われた私は、中央駅そばの宿に今夜は泊まるのだと答えた。 その中央駅が<王家の谷>で知られたルクソール行きの発着駅だと彼から聞いた。  

 「次が君の降りるバス停だよ」と彼は声をかけ、一緒に降りてくれた。 大きな平屋の建物はラムセス中央駅に違いなかった。 その駅の際に15階建てくらいのビルがあった。彼はその建物を指差し、あの中の12.3階がエベレストホテルだと教えてくれた。
彼に深く礼をいうと 「気にするな、エジプトを愉しんでくれ」と 言いながら、彼は再び今降りたバス停に戻るではないか!  あまりの親切心は裏に何かありそうだと考えていた私は、自分の考えを恥じた。
すこし気持ちが磨耗してきていたのかもしれない。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・

親切なエジプト人からエベレストホテルの所在を教えてもらった私は、その15階程の古い建物に入っていった。
雑居ビルの12.3階がエベレストホテルのフロアのようだった。年代物のおぼつかないエレベーターが一機あった。13階のボタンを押すと、文字通りエレベーターはよろよろと上昇し始めたが、案の定、10階と11階の辺りで 一度停止した。エレベーター内は私一人だった。 やばい!! 当然エレベータ内からの電話連絡装置など付いていない。エレベーターは、一分近く停止した。13階のボタンを数度押してみた。するとエレベーターは再びゆっくりと上昇を始め13階のフロアより15センチ程高い位置!!で、エレベーターのドアが開いた。15センチの隙間から、暗い奈落の底が垣間見えた。 凄まじいエレベーターだった。
エレベーターを降りると、目の前がホテルの薄暗いフロントだった。  空室の有無を確認し、安いシングルが欲しいとリクエストを出すと1ポンド50ピアストル<当時の邦貨換算で600円弱>の部屋と2ポンド<760円>の部屋があるという。

私は両方の部屋を見せてくれと要求し、小柄なボーイに伴われ部屋を見に行った。 1.5ポンドの部屋は壁の一部が畳一枚分くらい取り壊され、中の骨組みが見えてる状態だった。内装工事中だという。 おまけに窓も無かった・
次に2ポンドの部屋を見に行った。 部屋は一回り大きく、ダブルサイズのベッドがあり、比較的大きな窓もあった。 私は迷わず、この2ポンドの部屋に決めた。案内してくれたボーイにチップとして空港で両替したエジプト通貨を渡すと、生意気にも米ドルでくれと要求してきた。15.6歳の少年だった。ドルはチェックでしか持っていないと突っぱねて小銭を握らせた。少年は不満そうな表情だったが、私は知らん顔でフロントに戻った。フロントにいた受付に部屋は2ポンドの部屋に決めたが、最低、一週間滞在するから、週単位の料金にしてくれと要求すると、あっさりと部屋料金は割引された。一日分が無料になった。私は前払いで一週間分の部屋代12ポンドを支払った。 空港で両替した50ドルは32エジプトポンドに両替えされていた。残り20ポンド<7600円>で一週間から10日間、遣り繰りしようと決めた。

しかし 私は、この夜から、その部屋で恐ろしく眠れない日々を送る羽目になるのだった。                                   
                           
    • NO1 怒涛のエジプト入国編〜エベレストホテルへ
    • エリア: カイロ旅行テーマ: 特になし・その他
    • 旅行時期: 1979/02/ - 1980/01/(約39年前)

    フランクフルトからエジプトのカイロ空港に到着したのは、午後8時近かった。 入国の際、ビザなしの場合は空港で150ドルの強制両替を課せられるという情報を聞いていた私は、一ヶ月前にアテネのエジプト大使館で入国ビザを取得していた。エジプトで当時の邦貨に換算して4万円近くも両替させられるのは、貧乏旅行者には非常にきつかったのだ。 更にその一ヶ月前には、イタリアのフィレンチェの病院で、コレラの予防注射も済ませていた。エジプトは当時、コレラの流行国の一つに数えられていた。 空港の入国審査に並ぶはずが... もっと見る(写真1枚)

  • 無事にルクソールに到着by 隣のお邪魔虫さん

    • 無事にルクソールに到着
    • 無事にルクソールに到着
    • 無事にルクソールに到着
    • エリア: ルクソール旅行テーマ: 遺跡・史跡・歴史
    • 旅行時期: 1971/01/06 - 1971/01/20(約47年前)

    ここに来る前、カイロから乗った列車の終点駅に降りる。 何も知らずに午前2時頃、外国人は立ち入り禁止の町に入り チャイを飲んでいたら、店先にトラック2台で駆けつけた 軍隊に包囲され、すべての兵が自動小銃を構え 砂漠地帯に有る施設に連行される。 ようするにスパイ容疑なんです。 長い時間、尋問されました。 なんとか、事前にカイロの警察機関に外人登録をしていたので 翌日開放されました。 開放時、所長室で記念写真を撮ったのですが、行方不明・・・ ???????????????????? ナイル川クルーズ と、言っても一時、岸で... もっと見る

  • 地球漫歩 113 カイロ アフリカの息吹by 片瀬貴文さん

    • 地球漫歩 113 カイロ アフリカの息吹
    • 地球漫歩 113 カイロ アフリカの息吹
    • 地球漫歩 113 カイロ アフリカの息吹
    • エリア: カイロ旅行テーマ: 特になし・その他
    • 旅行時期: 1970/08/ - 1970/08/(約48年前)

    バンコクで二泊した後、次の訪問先カイロに向かう。 私が踏む始めてのアフリカ大陸とて、期待に心が弾む。 ここは、ほんの数千年前、世界をリードした文明の発祥地 第一歩で気づいたのは、想像を絶する町の活性であった。 空に溢れるような喧騒音、町を歩く人のギラギラした活発さ。 こぼれるばかりに、人を満載したバス。 同じ大都会でも、バンコクの落ち着きに比べ、ここは全くダイナミックである。 夜になって、ドルの実勢交換をタクシーの運転士に頼んだところ、細い小道をかいくぐり、文字通り明かりのない暗黒街へと... もっと見る

  • 35日の船旅? 紅海からスエズへby KAUBEさん

    • 35日の船旅? 紅海からスエズへ
    • 35日の船旅? 紅海からスエズへ
    • 35日の船旅? 紅海からスエズへ
    • エリア: スエズ旅行テーマ: クルーズ
    • 旅行時期: 1970/05/06 - 1970/05/08(約48年前)

    貧乏客船の35日(9)紅海を行く インド洋を渡り切って、船は仏領ソマリランドのジブチを経て紅海に入った。 このあたりで、もうぼくたちの退屈は半端なものではなくなっていた。ぼくたちはありとあらゆる退屈しのぎを思いついては、大小の騒ぎを繰り返した。 ジブチ5月6日?5月8日スエズ運河 ●紅海の幅 ジブチは小さな港だった。 町というほどの家並も見えず、砂漠を渡ってくる熱風が、木陰一つない港に砂埃を舞い上げる様子を見て、さすがに誰も船の外に出る人はいなかった。 ぼくたちも上甲板からそんな殺伐と... もっと見る

海外旅行先で失敗しないためには?

エジプトで使えるWi-Fiルーターが1,760円/日〜でレンタル可能!いつでもどこでもネットがつながれば、地図に翻訳、困ったことは即解決。

Wi-Fiについてもっと見る

フォートラベル GLOBAL WiFi

旅行業界の皆様へ

会社情報を掲載しませんか?無料で貴社の連絡先や旅行情報を登録できます!

お申し込み・詳細はこちら

4Tポイントを貯めよう

チャンスは一日一回。
エリアに隠された宝箱を探せ!お題はTOPページにて発表! 本日のお題はこちら!

4Tポイントとは?

おすすめの都市