カテゴリー:
観光・遊ぶ>名所・旧跡
エリア:
愛知県>岡崎・三河安城・刈谷>岡崎
住所:
愛知県岡崎市鴨田町広元5-1 (地図編集
みんなの満足度:
3.67
  • 利用した際の同行者: 一人旅
アクセス:
3.70
人混みの少なさ:
4.10
見ごたえ:
4.30
バリアフリー:
3.50

このスポットのクチコミ 5

大樹寺のクチコミ5

  • たびたびさん 写真

    たびたびさん
    岡崎のクチコミ : 8件
    旅行時期 : 2012/01(約4ヶ月前)
    家康ゆかりの寺。桶狭間の戦いで今川軍が敗走、家康はここに逃げ帰り、先祖の墓前で自害しようとしたのですが、住職に諭されて思い留まったという逸話もあります。
    いずれにしても、徳川氏(松平氏)の菩提寺であり、歴代当主の位牌が安置されていまして、徳川将軍は、家康以下、それぞれ等身大に作られた位牌が並んでいたり、秀忠より大きなお江の方の位牌もあって、面白いです。なお、大樹寺の本堂からは、一直線に遮るものなくなく岡崎城が眺望できるビスタラインも有名。今でもそのライン上にはマンション等の高層建築物を建てることができないことになっているとのことでした。


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    同行者
    一人旅
    アクセス : 
    4.0
    人混みの少なさ : 
    4.5
    見ごたえ : 
    5.0
    バリアフリー : 
    3.0

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  • 松平氏の菩提寺

    満足度: 3.5

    ぶんちゃさん 写真

    ぶんちゃさん
    岡崎のクチコミ : 2件
    旅行時期 : 2011/11(約7ヶ月前)
    成道山松安院大樹寺。松平氏の菩提寺です。徳川家康より四代前の親忠の建立で、境内には初代親氏から九代目にあたる家康までの墓があります。でも家康の墓は昭和の建立です。大樹寺の本堂と山門と岡崎城の天守閣は一直線上にあるそうです。
     戦国時代に織田信長の父親信秀が岡崎を攻めたとき、本陣を置いたこともあるそうです。
     境内は明るく、山門の南には道路をはさんで大樹寺小学校がありますが、嘗てはこの小学校も寺内に含まれていました。

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    同行者
    一人旅
    アクセス : 
    3.0
    人混みの少なさ : 
    3.0
    見ごたえ : 
    3.0
    バリアフリー : 
    2.5

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  • dreamhunterさん 写真

    dreamhunterさん
    岡崎のクチコミ : 3件
    旅行時期 : 2011/09(約9ヶ月前)
    江戸幕府歴代将軍と松平家ゆかりの寺・大樹寺!

    松平氏第4代当主の松平親忠が
    戦死者供養のため創建したのが始まりとされる!

    桶狭間の戦い、永禄3年(1560年) で今川軍は敗走し、
    松平元康(徳川家康)はここに逃げ帰り、先祖の墓前で
    自害しようとしたが、住職の登誉に諭されて思い留まります!

    その縁あってか、大樹寺には江戸幕府歴代将軍の
    身長と同じ位牌が14代まであります!
    徳川家康公は先祖松平八代廟所を寺内に建立します!


    重要文化財の多宝塔・天文4年(1535年)建立!
    山門は、寛永18年(1641年)三代将軍・徳川家光公
    建立で県文化財に指定されてます!

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    同行者
    友人
    アクセス : 
    3.5
    人混みの少なさ : 
    5.0
    見ごたえ : 
    4.0
    バリアフリー : 
    評価なし

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  • 厭離穢土欣求浄土

    満足度: 5.0

    美良々橋モヨ子さん 写真

    美良々橋モヨ子さん
    岡崎のクチコミ : 2件
    旅行時期 : 2009/12(約3年前)
    名古屋で二人の天下人、信長、秀吉の生れ故郷を散策した私は名古屋の都会の人ごみに疲れもう一人の天下人、徳川家康の生れ故郷、岡崎へ移った。
    この寺には徳川将軍の等身大の位牌や重要文化財の木造徳川家康坐像など見どころ満載の岡崎の定番スポットである。
    この寺は家康とゆかりが深く桶狭間の戦いで今川軍は敗走し、松平元康はここに逃げ帰り、先祖の墓前で自害しようとしたが、時の住職の登誉が 「厭離穢土欣求浄土」の教えを諭し思いとどまらせたという寺である。
    その後家康は厭離穢土欣求浄土を旗印とし天下人へと駆け上がった。

    まずは拝観料400円を払い御本尊の阿弥陀様に御参りをして堂内を見て回ると将軍・大名控えの間などがあり石高で大名たちの部屋が分けられていた。
    位牌堂(徳川歴代等身大位牌)に足を踏み入れるとそこには黒塗りの大きな位牌が14体祭られていた。
    一番背の低い将軍は犬公方と名高い綱吉124・0センチ
    一番背の高い将軍は家斉156・6センチである。
    家康は家康159・0センチ
    暴れん坊将軍のイメージの高い吉宗155・5センチ とはあのパワフルさとはかけ離れているが昔の日本人の身長はこのくらいだったのであろう。
    綱吉の位牌だけが際立って低いことから、綱吉は低身長症であったという説と、何らかの理由で腰が曲がっていたとする説が有る。
    一方、夭折した家継の位牌の高さは8歳という年齢の割にかなり高い。
    最後の将軍慶喜の位牌だけはなかった。
    将軍職を引いた後も存命であったことと、臨終に際し自らを赦免し爵位まで与えた明治天皇に対する恩義から神式で葬られることを遺言したためである。
    と説明が書いてあり慶喜の写真だけが置いてあった。
    寺の裏に回るとこの寺が家康の先祖、松平氏の菩提寺とあって霊廟が並んでいた。
    中には家康の父 松平 広忠の霊廟もある。
    大樹寺の中で一番古い建物は家康の祖父、松平清康が寄進した多宝塔である。
    これもまた時代を感じさせるものなのだが徳川家光建立の山門はとても大きく写真を撮るのにも納まりきらず一苦労であった。
    徳川家とともに繁栄して家康の成長を見守った寺、大樹寺は今も徳川家を物語る生きる史跡である。
    アクセスには名鉄バスのバス停大樹寺より徒歩8分である
    近くには若かりし家康の足跡を残す史跡がたくさんある中世の宝石箱 岡崎に家康の若かりし妄想に浸りながら一度足を運んでみてはいかがだろうか

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    同行者
    一人旅
    アクセス : 
    4.0
    人混みの少なさ : 
    4.0
    見ごたえ : 
    5.0
    バリアフリー : 
    5.0

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  • hamaさん 写真

    hamaさん
    岡崎のクチコミ : 4件
    旅行時期 : 2009/05(約3年前)
    愛知県、岡崎市にある徳川家の菩提樹である大樹寺に行きました。1475年に松平親忠が建立したもの。大樹寺には、松平家8代のお墓、歴代将軍の位牌、家靖の73歳の時の木像等歴史上貴重な資料が保存されているお寺です。

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    同行者
    家族旅行
    アクセス : 
    4.0
    人混みの少なさ : 
    4.0
    見ごたえ : 
    4.5
    バリアフリー : 
    評価なし

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