清川のクチコミ 0件
清川の旅行記 4件
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奥の細道ホッピング:酒田・本間美術館by ANZdrifterさん
- エリア: 酒田|旅行テーマ: 歴史・文化・芸術
- 旅行時期: 2009/09/10 - 2009/09/11(約3年前)|投票数: 11票
芭蕉は1689年に奥の細道の旅に出た。6月13日に酒田に到着し、15日から18日帰着まで3泊で象潟をおとずれたほかは、19日から25日出発まで俳人と交流して過ごした。 当時は日本海の舟運の主要港であり、最上川からの物資の集積地としてにぎわったので芭蕉の名を知る文化人も多かったので長く滞在したものと思われる。 酒田の駅は「おくりびとの酒田」というのぼりがたっていた。「おくりびと」のおかげで酒田には何万もの観光客が来ているという。駅はかなり立派だが、駅舎の中には土産物店があるだけで、喫茶や食事の店は見当たらな... もっと見る(写真13枚)
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奥の細道ホッピング:奥の細道最上川ラインby ANZdrifterさん
- エリア: 新庄・酒田・鶴岡・温海|旅行テーマ: 歴史・文化・芸術
- 旅行時期: 2009/09/09 - 2009/09/09(約3年前)|投票数: 10票
芭蕉は1689年に奥の細道の旅に出た。松島と象潟を主な対象として出発したが、尾花沢ですすめられて予定になかった山寺をおとずれた後最上川を舟で下ったが、大石田から乗船したのではなく、新庄駅南西8kmあたりで最上川が“己”の字に屈曲している部分で、“己”の右肩にあたる本合海から6月3日に舟に乗っている。古口で舟をのりかえて清川で上陸して羽黒山、月山、湯殿山を巡拝して鶴岡に下りている。 2009年秋。奥羽本線は大石田や新庄あたりからは駅の観光案内は芭蕉と奥の細道一色になってくるのですが、今回は陸羽西線(奥の細道最... もっと見る(写真7枚)
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鳥海山登山 東北の山へ行こう 鳥海山 秋田ー山形by marukunさん
- エリア: 鳥海山(山形側)|旅行テーマ: ハイキング・登山
- 旅行時期: 1996/09/ - 1996/09/(約16年前)|投票数: 1票
http://www.trave-l.com/blog/hunkorogashi/ http://plaza.rakuten.co.jp/hunkorogashi/ ●そこにギャルもいるから登山● 馬脚なら誰にも負けません。 アルプス、東北の山々踏破した山数しれず。 でも、最近はロープウェイで昇れる山なんかが好きかな。 社会人になってからだが、何かに目覚めたかのように、アルプスへ出かけた。 20キロものリュックに旧式のテントを担いで北アルプスを縦横無人に縦走してきた。 ある登山サークルにも、所属している。 なに、別に「そこに山があるから・・」ではない。 学生... もっと見る(写真6枚)
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日本の旅 奥の細道を辿る【2】 芭蕉が訪ねた平泉・中尊寺と山寺by さすらいおじさんさん
- エリア: 山形県|同行者: 一人旅|旅行テーマ: 歴史・文化・芸術
- 旅行時期: 1993/05/22 - 1993/06/03(約19年前)|投票数: 5票
岩手県・平泉では芭蕉は中尊寺と中尊寺の東南にある67mの丘高館(たかだち)・義経堂を訪問している。高館・義経堂は源義経が平泉に滞在中居住したところと言われ、藤原泰衡の軍勢に襲われ、義経はここで妻子とともに自刃したと伝えらている。 芭蕉は 杜甫の「春望」の 国破山河在 (国破れて山河在り) 城春草木深 (城春にして草木深し) 「国が破れ滅びても、山や河だけはむかしのままの姿で残っている。荒廃した城にも春はめぐり来るが、草木だけが生い茂るばかりだ」の詩を思い浮かべ、義経のあわれと奥州藤原氏の栄華盛衰... もっと見る(写真12枚)
清川 施設情報
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