さよなら 八重垣神社 宮城県山元町指定文化財 福島相馬の山津見神社
4位
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- 旅行時期 :
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- 2010/11/25 - 2010/11/25
- (約2年前・1日間)
- エリア :
- 宮城県>白石・宮城蔵王・岩沼>岩沼
- テーマ :
- 寺社・札所めぐり
- 投稿日 :
- 2010/11/27(約2年前)
- 写真 :
- 64枚
- コメント :
- 0件
- 交通手段 :
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- 現地移動 : 自家用車
2011.3.11
太平洋大震災の大津波により、倒壊いたしました
宮城県山元町坂元にある、八重垣神社は
応永16年(1409)に藤波祥学の祖、堯雄(ぎょうゆう)が
伊勢神宮に詣でて、スサノウノミコトの神霊を乞い、牛頭天王(ごずてんのう)と称し鎮守したと社伝にあります
社殿は寛政年間(1789〜1801)に造営されたもので、総欅造、彫刻「かご彫り」があります
例祭は旧暦6月15日の前後のどちらかの土日にかけて行われ、仙南地方の三大夜祭として広く知られています
本祭りでは神輿渡御が行われ、およそ30人の担ぎ手によって笠野の海へと入っていく
豪快な祭りの姿を見ることができます
また、福島県相馬市松川浦にある、山津見神社は
福島県相馬郡の山中、虎捕山に鎮座する神社で、永承6年(1051年)創立の古社の分霊社
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2011.3.11
太平洋大震災の大津波により、倒壊いたしました
宮城県山元町坂元にある、八重垣神社
山元町指定文化財となっております
福島県相馬市松川浦から宮城県亘理町、岩沼市までつなぐ
海岸通の県道沿いにあります
常磐線坂元駅からバスも通っていますが、周囲に何もなく、できれば自家用車使用をお勧めいたします
国道6号線からは、「夢いちごの郷←」の看板が、山元町に入ってあります
そこを一直線に来ていただけると近いかと思います -
平城天皇の大同2年(807)
丁亥釈徳逸(徳逸大師)の創建するところにして、牛頭天王社又は祇園社と称した(社蔵棟札)
御神体は後奈良帝の享禄4年(1531)
齋(佐井)越前(諱不伝)なる者廻国巡礼の時
筑土に覓めて負来り、神殿に安置すといはれる(封内風土記)
又、応永16己丑年(1409)2月、藤波尭雄なる者
陸奥按察使に任ぜられ此の地に赴く
同18年6月按察するところの陸奥国の土地民情を奏上した -
同7月功に依り本郡の地百町及絹布2匹を賜った
同12月賜うところの地を以って社地並低地に定めた
初陸奥按察の発向するや、伊勢大神宮に詣で事由を告げ、又神祇官より素盞鳴尊の神璽を乞い求め来り、笠野の里に斎き牛頭天王と称し鎮守とした
同19年3月、尭雄神職に任じ祭祀のことを掌る
享禄4年6月15日祭儀を行った。爾来永年となすという(社伝)
明治2年4月八重垣神社と改称
同6年1月村社に列せられ
同40年3月供進神社に指定された
同42年1月大字小平字北に鎮座せる村社北辰神社をはじめ、同字舘鎮座竹駒神社、大字大平字味噌野の雷神社、大字高瀬字新浜の諏訪神社を合祀した
境内社の熊野神社は貞享3年10月18日、本郡笠野浜本山派修験祇園山宝積院七世秀定なる者の勧請するところである
宮城県神社庁による
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彫刻が素晴らしいです!
ここは元は祇園信仰
祇園信仰(ぎおんしんこう)は、牛頭天王・スサノオに対する神仏習合の信仰である。明治の神仏分離以降は、スサノオを祭神とする神道の信仰となっている。京都の八坂神社もしくは兵庫県の広峯神社を総本社とする。
牛頭天王は元々は仏教的な陰陽道の神で、一般的には祇園精舎の守護神とされる。ほき内伝の記述が著名である。中国で道教の影響を受け、日本ではさらに神道の神であるスサノオと習合した。これは牛頭天王もスサノオも行疫神(疫病をはやらせる神)とされていたためである。本地仏は薬師如来とされた。
ウィキペディアより -
山津見神社です
相馬郡飯舘村佐須虎捕にある山津見神社の分霊社
祭神 大山津見神(大山祇命)
御利益 産業守護 漁業守護 狩猟安全 商売繁昌 良縁祈願 火伏せ 盗賊除け 交通安全
飯館村にある本社は
麓の拝殿は明治時代の建設で、拝殿天井には二百を越えるさまざまな姿の狼画が描かれています
本殿は、拝殿から約30分の山頂にあり、険しい岩山を鎖と鉄梯子に頼って登ります
山頂の本殿は年に一度、旧暦の十月十六日に御開帳されます
本殿までの道のりは結構キツイそうですが、自然林の豊かさ、山頂の景色と歩ききった爽快感で疲れも吹っ飛ぶそうですよ
時間に余裕があり、体力に自信のある方には是非お薦めの本社です
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下は松川浦の入り江
風致地区なのか、雑木林の整備はしておらず、せっかくの風景も見えず
後冷泉帝の御代、相馬郡の山中に橘墨虎(たちばなのすみとら)という凶賊が住み、里を荒らしまわっていました。源頼義(みなもとのよりよし)公が墨虎を討伐しようとしましたが、墨虎は山中を出没するもので所在が分かりません。すると夢のおつげに山の神が現れ、白狼をつかわすのでその後を追えとのお言葉
そこで頼義公が山中に家来を遣わしたところ、狼の足跡を辿って墨虎の居所を突き止めることができ、墨虎を討ったとのことです。この山神の威徳を称え、頼義公が虎捕山頂に祠を立てたのが山津見神社のはじまりとされています
山津見神社は山の神を祭る神社で、山神は山仕事の守護、および農業の守護、産業守護などを司ります
また、山津見神社の眷属は白狼であり、御眷属様と呼ばれて信仰の対象となっています。御眷属の狼は、火伏せ、また盗賊除けの力があると信じられています。また、道案内をしたという伝説から道中の安全を守るお使いと信じられています。転じて交通安全の守りとなり、現在では山津見神社の交通安全ステッカーに白狼の姿を見ることができるそうです
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