カテゴリー:
観光・遊ぶ>名所・旧跡
エリア:
大分県>国東・住吉浜・宇佐・中津>国東(くにさき)
住所:
大分県国東市国見町千燈 編集
みんなの満足度:
評価なし
  • 利用した際の同行者: −
アクセス:
-
人混みの少なさ:
-
見ごたえ:
-
バリアフリー:
-

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旧千燈寺跡の旅行記 1

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  • 大分石仏巡りの旅(その3)国東・六郷満山by morino296さん

    • 大分石仏巡りの旅(その3)国東・六郷満山
    • JR大分駅 6:40頃

朝食の前にまだ薄暗い中、大分駅まで。
関東に比べると日暮れも遅いですが、当然、夜明けも遅いですね。
    • JR大分駅前 大友宗麟像

天正遣欧使節派遣400年を記念して1982年に建てられました。

大友宗麟( 義鎮(よししげ))は、戦国時代から安土桃山時代にかけての戦国大名で、豊後を拠点に北九州を支配したキリシタン大名として知られます。
天文20年(1551)、宗麟が山口に滞在していたフランシスコ・ザビエルを招いて、豊後におけるキリスト教布教が始まり、天正6年(1557)宗麟の改宗と篤い信仰により布教が進展したそうです。
そして、来日したイエズス会の巡察師のすすめで、1582年に九州のキリシタン大名が少年使節をヨーロッパに派遣(天正遣欧使節)しました。

この宗麟の改宗が、国東半島の六郷満山の衰退に繋がったようです。
    • エリア: 国東(くにさき)同行者: 友人旅行テーマ: 寺社・札所めぐり
    • 旅行時期: 2011/10/06 - 2011/10/08(約7ヶ月前)投票数: 17

    大分石仏巡りの旅、3日目、最終日です。 この日のコースは、 熊野磨崖仏→真木大堂→富貴寺→長安寺→両子寺(ふたごじ)→旧千燈寺跡→大分空港です。 国東・六郷満山は、ほとんどが仁聞菩薩の開基と伝わりますが、これだけ多くの寺院を開創するのは大変なことだったでしょうね。 また、六郷満山の衰退は、キリシタン大名の大友宗麟の焼き討ちが関係していました。 そんな中、石像の仁王像は、今なおその雄姿を残しているのです。 ≪国東六郷満山の概略・・・国東天台寺院の総称≫ 国東半島のほぼ中央に聳える両子山(721m)から... もっと見る(写真72枚)

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旧千燈寺跡 施設情報

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施設情報

施設名:
旧千燈寺跡
住所:
大分県国東市国見町千燈 

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