子どもと一緒に訪ねる、湖東三山・金剛輪寺の血染めの紅葉
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まず湖東三山とは、西明寺(犬上郡甲良町)・金剛輪寺(愛知郡愛荘町)・百済寺(旧・愛知郡愛東町)の三つの天台宗寺院の総称で、滋賀県では永源寺と並んで紅葉の名所です。ちなみにみんな八日市ICで降りて、R307沿いないし少し入ったくらいのトコです。ここに行くまでの周囲は、ほんまのどかな近江路ってかんじの風景です。
R1号線で栗東ICまで行って八日市ICで降りて、R307号線に沿って愛荘町に入って程なく金剛輪寺に着きました。平日にもかかわらず、観光バスが何台も合ったのにはビックリ!
臨時駐車場に車を停め、少し歩くと立派な総門がお出迎え。 -
金剛輪寺は、滋賀県愛知郡愛荘町にある天台宗の寺院。山号は松峯山。地名から松尾寺ともいう。本尊は聖観音、開基(創立者)は行基とされます。
(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用、改変)
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鈴鹿山脈の西山腹に位置する金剛輪寺は、奈良時代の僧・行基の開創と伝えられ、一寺を建立したのは、天平9年(737年)とも天平13年(741年)とも伝えられています。
(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用、改変)
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平安時代前期の嘉承年間(848−851年)には天台宗の高僧・慈覚大師円仁によって再興されたと伝え、寺では円仁を中興の祖としている。当初は観音を祀る小堂であったものが、平安時代に入って近江国の多くの寺院と同様、比叡山延暦寺の勢力下に入り、天台寺院として発展したものと思われています。
(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用、改変) -
天正元年(1573年)に、六角氏を支援した湖東三山の一つ百済寺に腹を立てた織田信長は百済寺を焼き討ちにしました。この時に同じ天台宗の古刹である金剛輪寺も焼き討ちにあいました。
比叡山延暦寺を頂とする天台宗と織田信長の壮絶な関係は、ここ湖東の地でもあったのです。
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境内の最奥部に位置する本堂一帯は焼失を免れています。これは僧侶の機転によって全山焼失と虚偽の報告をしたためとも、総門や本坊から数百m奥にあったため見落とされたためとも言われています。
左右に大きいわらじの付いたコレは二門(重文)です。
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