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 羽曳野の野中寺(中之太子)へ

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のーとくんさん 写真

のーとくんさん
男性
大阪狭山・羽曳野の旅行記 : 2
旅行時期 : 
  • 2010/07/01 - 2010/07/01
  • (約2年前・1日間)
エリア : 
大阪府>富田林・河内長野>大阪狭山・羽曳野
テーマ : 
寺社・札所めぐり
投稿日 : 
2010/07/01(約2年前)
写真 : 
33
コメント : 
2
交通手段 : 
  • 現地移動 :  自家用車

羽曳野の野中寺(中之太子)へ

聖徳太子建立三太子の一つで、中之大子と呼ばれている野中寺(やちゅうじ)は、行基が幼少のころ勉強したお寺ともいわれています。

野中寺のある羽曳野を巡ってみることに。

インターネットで調べて、河内源氏ゆかりの壺井八幡宮、誉田(ごんだ)八幡宮は日本最古といわれる八幡宮も面白そう。

そしてお昼は、野中寺の近くにある河州之蕎麦処‘乾’で食べます。

どれも、すばらしいもので、羽曳野の歴史をちょっと垣間見た感じがしました。

【写真は、野中寺本堂の内部です。】

  • 大阪狭山・羽曳野 写真

    壺井八幡宮の手前にある、清泉「壺井」です。
    前9年の役(1051〜1063)のとき、源頼義の軍が飲料水に苦しんだ折、弓の先で崖をつき崩して得た冷泉により将士の意気が上がったとかかれています。
    これが壺井の地名となったとのことです。

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  • 大阪狭山・羽曳野 写真

    壺井八幡宮の鳥居です。
    清泉「壺井」を過ぎると、すぐに急な階段になっています。

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  • 大阪狭山・羽曳野 写真

    壺井八幡宮の樹齢約千年の大楠木です。
    すごいでっかい根っこ、フレームから外れてしまいました。

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    壺井八幡宮の本殿が見えます。
    この大地は1020年に源頼信(河内源氏の祖)が、河内源氏の本拠と定めた香炉峰(こうろほう)の一角にあたり、1064年、前九年の役を平定した源頼義が石清水の神を勧請して守護神として創建したとあります。
    さらにこの壷井八幡宮が鎌倉に勧請され、建立されたのが鶴岡八幡宮なのだそうです。

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    壺井八幡宮のとなりにある壺井権現社(神社)です。
    河内源氏三代の源頼信、源頼義、源義家を祀る壺井神社の2社を総じて壺井八幡宮といい、
    現八幡宮と権現社は、元禄期に綱吉の命で再建され、平成に復元修理されました。
    鳥居の後ろには、柳沢吉保により寄進された灯篭があります。

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    石清水八幡宮で元服したことから八幡太郎と呼ばれている、源義家が詠んだ‘吹く風を 勿来の関と 思えども 道もせに散る 山桜かな’です。
    勅撰の千載和歌集に載せられ勿来関(いわき市南部)の名を今の世に伝えています。
    つぎは、誉田(ごんだ)八幡宮に向かいます。

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    誉田八幡宮の鳥居です。
    欽明天皇の勅命で応神陵の前に設けられた八幡宮で、応神天皇,仲哀天皇,神功皇后を主祭神として、住吉大神をお祭りしてあります。

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    誉田八幡宮のあたりは、南北朝から室町戦国時代を経て、江戸初期にかけて戦略上の要地であったため再三古戦場の舞台となったとあります。
    すなわち、南北朝の初期には北朝側の細川兄弟の軍と楠正成の合戦や大阪夏の陣などなどです。

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    誉田八幡宮の境内にある、かなり立派なふじです。

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    境内を進むと南大門があったので、一回外に出て撮影しました。

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    誉田八幡宮の狛犬(吽形)です。
    wikipediaには、‘一般的には「阿形(あぎょう)」は、角はなく口は開いている。そして「吽形(うんぎょう)」は、1本の角があり口を閉じている。両方の像を合わせて「狛犬」と称することが多いが、厳密には、角のない方の像を「獅子」、角のある方の像を「狛犬」と言い、一対で「獅子狛犬」と称するのが正しいとされている。’とあります。
    ここ誉田八幡宮は、この通りになっています。

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    誉田八幡宮の拝殿です。

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  • 大阪狭山・羽曳野 写真

    誉田八幡宮の拝殿から、中門と本殿を見ます。

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    菅原道真公祈座石と朝鮮国王奉納灯籠です。

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    放生橋と奥は応神天皇陵です。
    毎年9月15日の秋の例祭には、お神輿が応神天皇陵へ渡御する神事が厳かに行われますが、そのときはこの放生橋を渡ります。

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    おうまやの跡です。
    誉田八幡宮には、日本書紀の雄略天皇の条に記された赤馬伝説の「おうまやの跡」があるとされています。

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    誉田八幡宮の境内にある多宝塔です。

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  • 大阪狭山・羽曳野 写真

    誉田八幡宮末社の、恵比寿社です。
    つぎは、野中寺に向かいますが、その近くにある河州之蕎麦処‘乾’で昼食にします。

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    河州之蕎麦処‘乾’です。

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  • 大阪狭山・羽曳野 写真

    注文した海老おろし蕎麦です。
    今日のそば粉は、大野(福井県)と大山(鳥取県)を混ぜたもので、おいしい蕎麦でした。

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  • 大阪狭山・羽曳野 写真

    野中寺の山門です。
    野中寺は、聖徳太子の命を受けた蘇我馬子が開基とされており、「上之太子」叡福寺、「下之太子」大聖勝軍寺とともに三太子の一つに数えられ、「中之太子」と呼ばれています。
    境内に残る礎石から、かつては大規模な伽藍があったと思われます。

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  • 大阪狭山・羽曳野 写真

    野中寺の山門の仁王(阿形)です。

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  • 大阪狭山・羽曳野 写真

    野中寺の山門の仁王(吽形)です。

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    参道の本堂に向かって右側にある、野中寺金堂跡です。

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    参道の本堂に向かって左側にある、野中寺塔跡です。

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    野中寺本堂です。

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    野中寺の境内にあるでヒチンジョ池古墳石棺です。
    ヒチンジョ池古墳は、この場所から南西約1Kmのところにあり、横口式石槨は、1946年に発見され、この場所に移設されました。

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    野中寺の大師堂です。

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    野中寺の客殿です。

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    野中寺の地蔵堂です。

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    野中寺に隣接する、野々上八幡神社の拝殿です。

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    野々上八幡神社の本殿です。

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  • 大阪狭山・羽曳野 写真

    野々上八幡神社の境内にある、平和の社です。
    小さいながら雰囲気があります。

    平和の世の中を想いながら、帰途へ。

    (おしまい)

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