カテゴリー:
観光・遊ぶ>名所・旧跡
エリア:
大阪府>関西空港・堺・岸和田>堺・松原
住所:
大阪府堺市堺区宿院町西1-17-1 (地図編集
みんなの満足度:
3.29
  • 利用した際の同行者: カップル・夫婦
アクセス:
4.00
人混みの少なさ:
3.75
見ごたえ:
3.00
バリアフリー:
-

このスポットのクチコミ 2

千利休屋敷跡のクチコミ2

  • ryokさん 写真

    ryokさん
    堺・松原のクチコミ : 35件
    旅行時期 : 2012/03(約2ヶ月前)
    周りが柵で中に入れません。
    しかし予約すると日によれば中に入って案内してくれる
    と聞いたことがあります。
    柵のところには看板があり入り口から石畳が井戸の所まで続いています。
    井戸は椿の井戸と呼ばれています。
    駐車場はありませんが1台位は前に停めれます。

    拡大する(全1枚)

    同行者
    カップル・夫婦
    アクセス : 
    3.5
    人混みの少なさ : 
    4.0
    見ごたえ : 
    3.0
    バリアフリー : 
    評価なし

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  • さすらいおじさんさん 写真

    さすらいおじさんさん
    堺・松原のクチコミ : 12件
    旅行時期 : 2007/06(約5年前)
    大阪・堺市、千利休屋敷跡(2007年6月12日)
    千利休(せんのりきゅう1522−1591年)はすべての無駄をそぎ落として、緊張感を作り出すわび茶の完成者として知られる。豊臣秀吉(1537−1598年)の信任が厚く1587年には北野大茶会を成功させ、聚楽城内に屋敷を構え、碌も三千石を賜わり、茶人としての頂点に立ってわが世を謳歌した。だが、「好事魔多し」か、突然秀吉の逆鱗に触れ、堺に蟄居命令の後、聚楽屋敷内で切腹、利休の首は一条戻橋にさらされた。晩年の秀吉には朝鮮出兵、秀次一族の処刑などの狂気性が見られるが、自分に絶対服従するイエスマンばかり重用する独裁者になってしまったのだろう。千利休も秀吉の茶道の師としてのプライドを捨てず、絶対服従はしなかったのだろう。千利休屋敷跡は民家の間に古井戸が残っているだけの寂しいものだが、茶聖とも称され、現代も多くの人々に尊敬されている利休の生涯は決して不幸では無かっただろう。阪堺線・宿院電停から徒歩2分。民家に囲まれた解りにくい場所にある。宿院電停からフェニックス大通りを西に20m、1本目の道を左折して30mのところにある。
    旅行記;http://4travel.jp/traveler/sasuraiojisan/album/10159336/
    (写真は千利休屋敷跡)
    アクセス : 
    4.0
    人混みの少なさ : 
    4.0

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