カテゴリー:
観光・遊ぶ>社寺・仏閣
エリア:
京都府>宇治・長岡京・木津>八幡・城陽
住所:
京都府八幡市八幡西高坊24 (地図編集
みんなの満足度:
3.52
  • 利用した際の同行者: 一人旅
アクセス:
3.50
人混みの少なさ:
4.50
見ごたえ:
5.00
バリアフリー:
5.00

このスポットのクチコミ 2

神応寺のクチコミ2

  • こまちゃんさん 写真

    こまちゃんさん
    八幡・城陽のクチコミ : 5件
    旅行時期 : 2012/01(約4ヶ月前)
    八幡神男山に勧請し石清水八幡宮を創建した行教律師が、貞観2年(860年)に創建したお寺。
    弥生時代、第15代応神天皇(201-310)の位牌所として建てられた。

    当初は、四宗兼学(天台、真言、法相、律)の道場だった。
    その後、曹洞宗峩山派の禅寺となり、神応寺と改称した。
    寺名については、開祖・行教住坊の号によるものともいう。
    足利将軍家により、釈迦如来像が本尊として安置され、それまでの行教作という本尊不動像は、奥院(杉山不動、谷不動)に遷された。

    室町時代、慶長年間(1596-1615)、尾張の正眼寺(小牧市)の末寺となる。
    江戸時代、本尊は薬師如来像に変えられた。

    平安時代、奈良大安寺の僧行教(生没年不詳)は紀氏だった。
    行表に師事、三論宗、法相宗を学び、伝燈大法師位となる。
    859年、宇佐宮からの男山へ八幡大神を遷座し、石清水八幡宮を建立した。

    開山堂の木像行教律師坐像(重文)は、近代以前、神仏習合期の石清水八幡宮の開山堂に祀られていたものが遷された。
    神仏分離令(1868)後の廃仏毀釈により、1870年、石清水八幡宮の開山堂は神殿「継弓社」となった。その時、像の頭には、烏帽子が釘付けされていたという。  
     
    江戸時代の杉板絵六面、狩野山雪の障壁が描かれている。
    墓は、開祖行教や、山上には近代の航空機研究者二宮忠八(1866-1936)のがある。
    重文の行教律師座像、豊臣秀吉の衣冠束帯の像が安置されている。

    書院は伏見桃山城御殿の遺講で、襖や杉戸には狩野山雪筆による「竹に虎、御所車」などが描かれている。


    京都ガイド頁「http://everkyoto.web.fc2.com/」より。


    ご本堂参拝には予約が必要です。
    所 在 地:八幡市八幡高坊
    電話番号:075-981-2109
    アクセス:八幡市駅から南へ徒歩3分

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    同行者
    一人旅
    アクセス : 
    5.0
    人混みの少なさ : 
    5.0
    見ごたえ : 
    5.0
    バリアフリー : 
    5.0
    境内前の石段に、アシスト用の設備があります

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  • さすらいおじさんさん 写真

    さすらいおじさんさん
    八幡・城陽のクチコミ : 27件
    旅行時期 : 2008/11(約4年前)
    神応寺(しんのうじ)は、八幡市の曹洞宗寺院で860年、行教(ぎょうきょう、生没年未詳)律師によって創建されたと伝えられている。
    書院は伏見桃山城の遺講で襖や杉戸には狩野山雪筆による「竹に虎、御所車」などが描かれ、重要文化財の行教律師座像、豊臣秀吉の衣冠束帯像が安置されている。江戸時代の豪商淀屋辰五郎(よどやたつごろう1684−1717年)や日本で初めて飛行機を研究開発した二宮忠八(にのみやちゅうはち1866−1936年)の墓がある。京阪八幡駅から徒歩15分。


    関連旅行記―http://4travel.jp/traveler/sasuraiojisan/album/10292020/
    (写真は神応寺)
    アクセス : 
    2.0
    人混みの少なさ : 
    4.0

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