平安時代にタイムスリップ 朱雀大路を歩いてみよう
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歴史はあまり得意ではない僕ですが、平安時代は割と好きです・・・まあ、主に夢枕獏さんの小説「陰陽師」に影響された結果ですが・・・。
今回は平安京のメインストリート”朱雀大路”を羅城門から内裏に向かって歩いてみたいと思います・・・と言っても朱雀大路も平安京の内裏も現存せず、僅かな史跡が残るのみです。
平安京の内裏は現在の京都御所とは場所が違い西側に存在しました。そして平安京はその北の守り神・玄武である船岡山から南に引いたラインを中心にしたシンメトリーな街だったそうです。
その中心線にあったのが朱雀大路。南は九条の平安京の玄関・羅城門から北は大内裏の玄関・朱雀門までを結ぶ長さ約6km、幅85mの大通りでした。
現在の地図で見ると千本通がかつての朱雀大路にほぼ沿って通っていますので、今回は千本通を九条から一条に向けて北進するつもりです。
なお、厳密に考証すると平安時代と現在では横の条も若干違うかと思いますが、そこまで考えるのも大変なのでそれは同じと考えて文章は書いてますので悪しからず。
<参考文献>
・平安遷都1200年記念 甦る平安京(京都市)
・うわさ神仏 其の二 あやし紀行(加門 七海)
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朱雀大路の出発点は小説でもお馴染みの羅城門です。
平安京の玄関ですが構造的にやわだったのか何度も倒れたそうです。
平安初期には倒壊の度に再建されていましたが、980年に倒壊して以降はそのまま放置されたそうです。
現在は公園に石碑が残るのみです。 -
そしてもう1つが西寺。
朱雀大路を挟み東寺と線対称の位置に造られ、建屋の配置も対称に設計されていたそうです。
でも現在は跡地に石碑が残るのみ。
もし西寺が現存していたら東寺と西寺の2つの五重塔が並ぶ光景が見られたのですね・・・見てみたかった。 -
この辺りには平安時代の官庁の名を冠した地名が今も残っています。
天皇の補佐や詔勅の宣下や叙位など朝廷に関する職務の全般を担っていた中務省があったのが今の中務町。
安倍晴明や加茂保憲といった陰陽師が所属した陰陽寮は中務省の一部局でしたので彼らはこの辺りに出勤していたわけですね。
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