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 孔子ゆかりの湯島聖堂を訪ねて ☆楷書のカイノキとは?

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マキタン2さん 写真

マキタン2さん
男性
神田・秋葉原・御茶ノ水の旅行記 : 6
旅行時期 : 
  • 2010/01/15 - 2010/01/15
  • (約2年前・1日間)
エリア : 
東京都>東京・お茶の水・銀座>神田・秋葉原・御茶ノ水
テーマ : 
歴史・文化・芸術
投稿日 : 
2010/01/20(約2年前)
写真 : 
43
コメント : 
0
交通手段 : 
  • 現地移動 :  JRローカル
同行者 : 
一人旅

孔子ゆかりの湯島聖堂を訪ねて ☆楷書のカイノキとは?

湯島聖堂は、元禄時代、5代将軍徳川綱吉によって建てられた本来は孔子廟である。東京都文京区湯島一丁目、JR中央線の御茶ノ水駅聖橋口からでて、聖橋を渡り右手の森の中にあり、「日本の学校教育発祥の地」の掲示がある。

湯島天満宮(湯島天神)とともに、年間を通して合格祈願のために、参拝に来る受験生が訪れる。特に、合格祈願の鉛筆を買っていく受験生の姿が多く見受けられる。国の史跡に指定されている。

1690年(元禄3年)、林羅山が上野忍が岡(現在の上野恩賜公園)の私邸内に建てた孔子廟「先聖殿」が移築され、将軍綱吉は先聖殿を「大成殿」と改称し、またそれに付属する建物を含めて「聖堂」と呼ぶように改めた。林家の学問所も当地に移転している。

寛政異学の禁により、1797年(寛政9年)林家の私塾が、林家の手を離れて幕府の官立の昌平坂学問所となる。これは「昌平黌」とも呼ばれる。「昌平」とは、孔子が生まれた村の名前で、そこからとって「孔子の諸説、儒学を教える学校」の名前とし、それがこの地の地名にもなった。これ以降、聖堂とは、湯島聖堂の中でも大成殿のみを指すようになる。

1922年には敷地が国の史跡に指定されたが、翌1923年(大正12年)の関東大震災で入徳門と水屋以外の建物が焼失し、現在の大成殿は伊東忠太設計、大林組施工により、1935年(昭和10年)に鉄筋コンクリート造で再建されたものである。これは、寛政年間の旧制をもとに再建したものである。
(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用)

湯島聖堂については・・
http://www.seido.or.jp/

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