孔子ゆかりの湯島聖堂を訪ねて ☆楷書のカイノキとは?
162位
人気旅行記ランキング神田・秋葉原・御茶ノ水356件中
- 旅行時期 :
-
- 2010/01/15 - 2010/01/15
- (約2年前・1日間)
- エリア :
- 東京都>東京・お茶の水・銀座>神田・秋葉原・御茶ノ水
- テーマ :
- 歴史・文化・芸術
- 投稿日 :
- 2010/01/20(約2年前)
- 写真 :
- 43枚
- コメント :
- 0件
- 交通手段 :
-
- 現地移動 : JRローカル
- 同行者 :
- 一人旅
湯島聖堂は、元禄時代、5代将軍徳川綱吉によって建てられた本来は孔子廟である。東京都文京区湯島一丁目、JR中央線の御茶ノ水駅聖橋口からでて、聖橋を渡り右手の森の中にあり、「日本の学校教育発祥の地」の掲示がある。
湯島天満宮(湯島天神)とともに、年間を通して合格祈願のために、参拝に来る受験生が訪れる。特に、合格祈願の鉛筆を買っていく受験生の姿が多く見受けられる。国の史跡に指定されている。
1690年(元禄3年)、林羅山が上野忍が岡(現在の上野恩賜公園)の私邸内に建てた孔子廟「先聖殿」が移築され、将軍綱吉は先聖殿を「大成殿」と改称し、またそれに付属する建物を含めて「聖堂」と呼ぶように改めた。林家の学問所も当地に移転している。
寛政異学の禁により、1797年(寛政9年)林家の私塾が、林家の手を離れて幕府の官立の昌平坂学問所となる。これは「昌平黌」とも呼ばれる。「昌平」とは、孔子が生まれた村の名前で、そこからとって「孔子の諸説、儒学を教える学校」の名前とし、それがこの地の地名にもなった。これ以降、聖堂とは、湯島聖堂の中でも大成殿のみを指すようになる。
1922年には敷地が国の史跡に指定されたが、翌1923年(大正12年)の関東大震災で入徳門と水屋以外の建物が焼失し、現在の大成殿は伊東忠太設計、大林組施工により、1935年(昭和10年)に鉄筋コンクリート造で再建されたものである。これは、寛政年間の旧制をもとに再建したものである。
(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用)
湯島聖堂については・・
http://www.seido.or.jp/
-
現在、湯島聖堂構内に飾られている世界最大の孔子像は、1975年(昭和50年)に中華民国台北ライオンズクラブから寄贈されたものである。
孔子像の他、孔子の高弟たち、四賢像(顔子-顔回、曾子、思子-子思、孟子)が安置されている。
(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用)
-
カイノキ(楷樹)はウルシ科カイノキ属の落葉高木。別名カイジュ、トネリバハゼ、ランシンボク(爛心木)、ナンバンハゼ(南蛮櫨)、クシノキ(孔子の木)。学名は Pistacia chinensis Bunge。
東アジアの温暖な地域に自生する。同じウルシ科のピスタチオとは同属で近縁。
-
カイノキは直角に枝分かれすることや小葉がきれいに揃っていることから楷書にちなんで名付けられたとされる。
別名のクシノキは、山東省曲阜にある孔子の墓所「孔林」に弟子の子貢が植えたこの木が代々植え継がれていることに由来する。また各地の孔子廟にもうえられている。このように孔子と縁が深く、科挙の進士に合格したものに楷の笏を送ったことから、学問の聖木とされる。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。問題のある投稿を連絡する
神田・秋葉原・御茶ノ水 旅行記ランキングこの旅行記は現在162位 (2票) です。
この旅行記と近い旅行記
神田・秋葉原・御茶ノ水のホテルピックアップ(もっと見る)
-
3.24
-
3.51
-
3.08
-
3.52
-
3.53
-
3.13
-
3.13
-
3.51
-
3.39












































