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 パルテノン多摩歴史ミュ-ジアム訪問

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滝山氏照さん 写真

滝山氏照さん
男性
多摩の旅行記 : 1
旅行時期 : 
  • 2011/11/12 - 2011/11/12
  • (約6ヶ月前・1日間)
エリア : 
東京都>三鷹・府中・多摩・町田>多摩
テーマ : 
歴史・文化・芸術
投稿日 : 
2012/01/15(約4ヶ月前)
写真 : 
14
コメント : 
0
交通手段 : 
  • 現地移動 :  私鉄 / 徒歩

パルテノン多摩歴史ミュ-ジアム訪問

京王相模原線・小田急線多摩線の多摩センタ−駅下車、徒歩3分パルテノン多摩歴史ミュ-ジアムを訪問しました。最近は情報収集を兼ねて公的歴史関係の資料館を訪問しておりまして今回は多摩市の資料館を訪ねた次第です。
地理的には多摩市には京王線が通っている聖跡桜ヶ丘駅と京王相模原線・小田急多摩線が通っている多摩センタ−駅の2駅とその周辺がいわゆる人口密集地となっておりまして、その中間点からやや聖跡桜ヶ丘寄りの旧鎌倉街道沿いに多摩市庁舎があります。
歴史的には市北端には多摩川が流れその対岸は府中市でしてかつての国府の府中から鎌倉への交通の要地であるが故、武士が歴史に登場以来この川をめぐり日常的に集団的な合戦が繰り広げられていました。
その中で特筆すべきは鎌倉時代末期における倒幕の新田義貞軍と執権北条軍との分倍河原・関戸の戦いでしょうか。
その他京王電鉄による本線延長や相模原線の新設・延伸、小田急多摩線の新設等鉄道事業をめぐる歴史的推移、更には天皇の御猟場であった連光寺地域の指定解除に伴う開発等興味深い事柄が数々見られます。
当資料館では特別な資料・パンフレット等新しい情報が得られましたので今後の訪問準備に生かしたいと思います。

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    多摩センタ−周辺地図

    夕方訪問になりましてうまく撮影できませんでした。
    良く見るとサンリオピュ−ロランドが近隣に見えます。

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    多摩市全域案内

    古代から近現代までの歴史的訪問地が6ヶ所推薦されてます。

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    武蔵一ノ宮・小野神社

    11世紀から12世紀にかけて鎮守となる神社が定められ、第一の神社は「一の宮」と呼ばれ、当地では小野神社でありまして着任の国司が参拝する事になっていました。

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    中世関戸地域の特徴案内

    武蔵国府の周縁・多摩川の渡河点・鎌倉街道沿に関する説明が具体的に記述されています。

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    関戸に残る中世の合戦伝承

    多摩川を渡る関戸橋から繋がる鎌倉街道沿いは中世の合戦にまつわる伝承地が分倍河原・関戸合戦に関係する遺跡があります。

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    年代別合戦一覧

    鎌倉時代から戦国時代にかけて様々な合戦が当地域でありました。

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    関所と霞ヶ関

    交通の要地で関戸には関所が設置されています。具体的には近隣の熊野神社にその柵跡が発見され、鎌倉時代の関所跡と推定されています。

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    天皇の御猟場

    多摩市(当時の多摩村)連光寺は明治時代は天皇の御猟場として指定を受けていました。

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    御猟場(連光寺)地図

    明治15年−20年に指定された天皇の御猟場はその後明治25年に一部指定解除、明治25年以降指定解除を受けた経緯がわかります。

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    多摩聖跡記念館と開発

    1930年(昭和5年)、多摩村連光寺に近代的な西洋建築が開館し、「多摩聖跡記念館」と命名されました。
    尚 京王線「聖跡桜ヶ丘」駅はかつては「関戸橋」駅でしたが明治天皇ゆかりの桜ケ丘公園に近いことから現在の駅名となりました。

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    関戸・一宮渡し場

    1937年(昭和12年)に関戸橋が完成するまでは渡し場がありました。現在でも関戸橋を渡って府中・立川に行く事には変わりはありません

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  • 多摩 写真

    多摩渡船と馬車道計画

    江戸時代から多摩住民が立川・府中方面に行くには多摩川を舟で渡らなければならず、その為交通整備の必要から1874年(明治7年)、多摩川南岸の住民に馬車道設置の計画があるも資金難から見送られた経緯があります。

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    玉南鉄道と南津鉄道

    1925年(大正14年)、玉南鉄道により府中−八王子が開通しますがやがて京王電気軌道(既に新宿から府中まで開通)に吸収合併され京王電鉄として現在に至ります。一方多摩村一ノ宮と津久井郡川尻村を結ぶ南津電気鉄道は金融恐慌の影響で計画が実現せずに終わっています。

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    2種類の板碑(イタビ)

    中世時代に於ける供養塔の一種で「板碑」又は「板石塔婆」と呼ばれ、現在で言えば卒塔婆に相当します。
    鎌倉時代から室町時代にかけて作られています。

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