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 卒業50年目の街歩き 高校同窓会 Urawa High School 14th-alumni party 50 years after graduation

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yamada423さん 写真

yamada423さん
男性
浦和の旅行記 : 2
旅行時期 : 
  • 2011/06/19 - 2011/06/19
  • (約11ヶ月前・1日間)
エリア : 
埼玉県>大宮・浦和・川口>浦和
テーマ : 
特になし・その他(高校同窓会)
投稿日 : 
2011/06/20(約11ヶ月前)
写真 : 
105
コメント : 
2
交通手段 : 
  • 現地移動 :  タクシー / JRローカル / 私鉄 / 徒歩

卒業50年目の街歩き 高校同窓会 Urawa High School 14th-alumni party 50 years after graduation

「翔べあの雲まで」 2011.6.19
浦中・浦高創立百周年記念  1995年10月   
彫刻家・岩田健(浦中42回)

今回の卒業50周年同窓会は幹事の年賀状にも予告されていて、半年も前から計画されていました。
しかし半年のちょうどなかばの3.11に未曾有の大地震とそれに起因する大津波により、近代科学と産業の先端を行っていると国民の多くから思われていた原子力発電所がもろくも壊滅してしまいました。
いったい何を信じたら限られた人生を全うできるのか?との疑問を抱いたのは私だけではないでしょう。

久しぶりの再会は互いの顔を見ただけで思いは通じ、多くの会話は必ずしも必要ではありません。50年目と言えば日本人男子の平均余命81から歳を引き算すれば15年に足りません。全員113名の挨拶で次回の参加を目標にしたいとの声も五指に余りました。

アマチュア写真家の私としては、2008年に出版され感銘を受けた坂田栄一郎(下記参照)の雑誌AERAの表紙を飾った900余人のポートレート集LOVE CALLの真似をして、知己の同窓生を撮らせてもらいました。各分野で活躍している顔はどれも素晴らしく一級品です。深くきざまれた味を消さないようにストロボは使いません。

同窓会の前に北浦和駅から母校までの街並みと、終了後に会場の浦和ロイヤルパインズホテルから浦和駅までの中仙道沿いの街並みを撮影しました。

このブログは同窓会公式ブログではありませんので撮影内容についてはかなり公平性を欠いています。
また一般の4Travelの会員の皆様にはプライベートな取材であることをあらかじめお断りいたします。

撮影CANON EOS40D EF-S 17/85 IS USM  yamada423
山崎さん撮影の写真3枚および同窓会事務局提供の写真3枚を追加しました。
写真と説明文をひと通り読んだ後、写真をクリックして更に「この写真の拡大画像」をクリックすると文字や人の表情などがかなり詳細に見られますのでお勧めします。
次の写真へ>> でページが送れます。

坂田栄一郎
http://fotonoma.jp/photographer/2008_07sakata/index.html

◇公開後2日で同窓会参加人数以上のアクセスがあり驚き、喜んでいます。参加できなかった会員への紹介などもあったようで、制作した甲斐がありました。
また同窓生以外の4Travel会員からの反響も届いています。

  • 浦和 写真

    北浦和駅前のタクシープールの車はほとんどが黒で東京都内のカラフルなタクシーを見慣れた目には異様に感じました。  13:19

    埼玉県の条例や口先指導で県庁所在地のタクシーの色を決めているのかどうか知りませんがありそうなことです。
    黒塗りのタクシーに慣れない利用者はハイヤーと勘違いして、料金が高そうだと敬遠してしまいそうです。都内ではそんな感覚です。

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  • 浦和 写真

    北浦和駅東口からこの道を1Kmほど先に母校があります。

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  • 浦和 写真

    JR北浦和駅
    なんだか殺風景な駅です。工事中で仕方ないです。

    高校の3年間は、川越市南大塚から西武新宿線、川越線、京浜東北線を乗り継いで75分かけて通学しました。
    真冬は朝起きたときには星を見て、家を出るのは日の出前です。川越線には朝夕1往復のSLが走っていて、大宮発17:30ごろに乗れました。発車してもデッキに飛び乗りができました。単線のためタブレットの交換をして列車同士が駅ですれ違います。
    タブレットhttp://www2.u-netsurf.ne.jp/~tetumiya/tabu.htm

    西武新宿線の車内の非常コックの英語の説明文は暗記しました。当時は進駐軍のための表示が残っていました。
    In an emergency,pull the cock handle toward you.
    Then all the doors are ready for opening by hand.
    中学生になって初めて覚えた英語です。

    帰りの川越線で寝過ごしてしまい、気が付いたら終点の高麗川から折り返す車中のことも何回かありました。

    京浜東北線の大宮駅近くの線路沿いの映画館の看板を見て行ったことも思い出されます。

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  • 浦和 写真

    北浦和駅東口バス停留所

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  • 浦和 写真

    駅前から東に向かいます。最初でただ一つの交差点は北浦和駅東口交差点です。

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  • 浦和 写真

    北浦和駅東口交差点

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  • 浦和 写真

    北浦和駅東口交差点
    この車の色は白です。

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  • 浦和 写真

    北浦和駅東口交差点
    これも白。

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  • 浦和 写真

    北浦和駅東口交差点

    自動車会社のエンジニアであった私は、その時代の車を画面に入れる習性が身についてしまいました。
    駅前のタクシーと対照的で白い車が目立ちます。
    経済が停滞時には無難な白が多いとの説もあります。
    新型車開発の時のメイン・カラーの選択は時代の経済状况も考慮して決めます。

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  • 浦和 写真

    北浦和駅東口交差点
    また白です。

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  • 浦和 写真

    Y字路を左です。  13:24

    世界のハイブリッド車をリードするPRIUS
    まさに時代の寵児です。

    白くない車がなかなか来ません。

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  • 浦和 写真

    今も続いている競歩大会は岩槻を経由して古河まで行きました。
    コースが今も同じか分かりませんが、当時44Kmでした。
    <同窓会事務局情報>
    強歩大会は、昭和34年私達が1年生の時に復活し、今年は第53回になる。
    第1回は44kmだったが、道路事情より、その後何回かルート変更があり、
    現在は51kmと伸びている。

    当時の競歩大会の記録を編集・公開しました。
    アーカイブ「第3回浦高競歩大会(古河マラソン)1961」ARCHIVE:Third Koga marathon in Urawa High School 
    http://4travel.jp/traveler/810766/album/10580478/

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  • 浦和 写真

    <同窓会事務局情報>
    昨年の強歩大会は、982名が参加し、784名が古河まで走った。
    この行事は、県警、校医、関門の学校などの協力の下に続いており、
    特に約700人のPTA・父兄が交差点を中心に、交通整理に当たっている。
    ゴールの古河第一小学校では、古河麗和会のOBたちが第一回大会よりサポートしている。

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  • 浦和 写真

    浦高通り商店街

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  • 浦和 写真

    遠くに体育館の緑青の屋根と校章の公孫樹(イチョウ)が見えてきました。

    学校近くで毎朝道路の反対側から顔を見かける女子高生がいたのを覚えています。挨拶したことはありません。
    中学の同窓生で同じ川越線で一女に通っていた人とも同じような状况でした。中学50周年の同窓会では「声をかけてくれればよかったのに」とか。 

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  • 浦和 写真

    浦高通りには昔からあった店もあるのでしょうが、買い食いしたことがないので全く覚えていません。

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  • 浦和 写真

    正門近くの酒屋

    高校生にはお酒は販売しませーん!

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  • 浦和 写真

    校門前

    この道を500m先で産業道路を右折し、1Km先の左側が駒場スタジアムです。

    さいたま市浦和駒場スタジアムは、埼玉県さいたま市浦和区の駒場運動公園内にある陸上競技場である。球技場としても使用され、日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)加盟の浦和レッドダイヤモンズのホームスタジアムの一つである。


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  • 浦和 写真

    50年前と変わらないのはこの門柱と伝統だけかも知れません 13:33

    学校のホームページhttp://www.urawa-h.spec.ed.jp/

    大銀杏はそれなりに成長(老化?)しているでしょうね。

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  • 浦和 写真

    <写真及び情報は同窓会事務局提供>
    シンボルの銀杏樹で、鹿島台から持ってきて、我々の頃グルンド北側にあったものは、今、グランドの南側にそびえている。


    こんなに立派に成長して健在なのですね。私も生きる勇気と目標をもらいました。
    私は自然の姿で成長した大樹を見るのが好きで、出会うたびに感動します。最近では2010年の7月に新宿御苑で見たヒマラヤスギが印象に残り下記の旅行記に収め、コメントしました。
    「小さな旅 紫陽花の新宿御苑 2010 」
    http://4travel.jp/traveler/810766/album/10476176/

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  • 浦和 写真

    <写真及び情報は同窓会事務局提供>

    一時期、県内各地より、処分される銀杏を集めたが、今、校門を入った所にある大銀杏は、川越より移植したものである。

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  • 浦和 写真

    母校の正門から望む正面玄関

    建物本体から張り出したデザインは昔の建築を引き継いでいます。

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  • 浦和 写真

    構内ではいろいろな部活で走っている生徒が見られます。

    私たちの体育の時間には、冬になると学校に周囲を3周してから球技などしていました。
    私は運動能力は低かったですが中距離のランニングだけはクラスの五指には入っていました。
    5×4=20点ではいつも3でした。

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  • 浦和 写真

    正面玄関上の校章

    今では校章の付いた学生帽は見かけませんね。
    着用自由のようですが販売はしていないそうです。

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  • 浦和 写真

    体育館

    体育館にはこんな思い出があります。
    声楽家の五十嵐喜芳を招いての独唱会での出来事です。
    体育館の壇上でピアノの伴奏で歌い始めて間もなく、余りの音響の悪さに歌手は憮然とした態度に豹変してしまいました。それに接した私たち聴衆は音楽を鑑賞することよりもそのことに気を取られ、後味の悪さだけが残りました。
    音響のよいホールなど期待されても無理な時代でした。人選が間違っていたのです。「弘法筆を選ばず」が実践的教育と結びつかなかった一例です。

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  • 浦和 写真

    創立100年記念のモザイク・タイル画 1995年10月   BEFORE

    残念ながら苔むしているようで尚文昌武が読めません。
    美術作品は作者の意図を正しく受け継いでほしいものです。

    尤も私たちの頃も教室の清掃を嫌う伝統があったような気がします。

    6月23日
    教頭先生に事情をお伝えして清掃していただきました。
    尚文昌武もはっきり読め、朝日に輝いて美しくなったそうです。
    ありがとうございました。

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  • 浦和 写真

    <写真及び情報は同窓会事務局提供> AFTER

    100周年記念のモザイク・タイル画については、水石教頭先生(高32)に対応していただきこのように美しい姿を取り戻しました。

    <校訓 >
    尚文昌武(しょうぶんしょうぶ)
    文を尊び、武を昌んにするという意味。二代目校長による造語である。一説によれば当時の風潮であった「尚武」という語を二つに割り、なかに「文昌(ぶんさかんなり)」という語を織り込ませたと言われている。

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  • 浦和 写真

    「翔べあの雲まで」  表紙の写真です。
    校門を入った右にある像「翔べあの雲まで」は創立百周年記念として彫刻家・岩田健氏(浦中42回)が製作。同氏は川口在住で、ご健在。(同窓会事務局情報)

    <浦中・浦高創立百周年記念>
    これに感化されて若田光一さんは雲を突き抜けて宇宙まで翔んだのですね。
    「尚文昌武」の旗(フラッグ)を宇宙まで帯同し、先日母校での返還式に訪れたと浦高HPのウラコウTopics(下記に抜粋記事)に載っています。

    平成22年度進路講演会のもよう(2010/11/15)
     11月15日(月)、本校の卒業生(高校34期)でJAXA宇宙飛行士の若田光一さんをお招きし「国際宇宙ステーション長期滞在飛行に参加して」というテーマで進路講演会が行われました。
     若田さんは昨年(2009年)のISS(国際宇宙ステーション)での長期宇宙滞在に際し、本校の教育目標である「尚文昌武」の文字が記された旗を、OFK(Official Flight Kit:公式飛行記念品)として携行されており、その旗を本校に返還することも今回の来校の目的のひとつでした。

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  • 浦和 写真

    全国大会出場
    水泳部 剣道部 工芸部 カヌー部 囲碁将棋部 英語部

    工芸部は彫金の人間国宝増田三男先生の薫陶を受けた後輩が創部したものでしょう。
    私は先生の工芸を選択し言葉では表せないたくさんのことを学びました。
    卒業後もしばらくの間年賀状のやりとりが続きましたが、先生にいただいた版画の年賀状がどこへ行ってしまったのか見当たりません。残念!
    先生の指導で身につけた木工技術は勉強机、本箱などの製作や家のリフォーム(フローリング化)など役立っています。この歳になってはさすがに力仕事はやめましたが。
    東京国立近代美術館の増田三男展のもようはこのブログにまとめました。
    小さな旅 北の丸公園 増田三男(人間国宝)展
    http://4travel.jp/traveler/810766/album/10578298/

    『英語部が強いのですね。当時は英語部はありませんでしたが私は得意でした。国語はいつも3でしたので東大は最初から諦めましたが、日本語の素養と国語の成績はあまり関係ないことを証明したくて、日本語には人二倍努力と訓練を重ねた人生でした。(笑い)』
    この『』の文章を採点すると大きな間違いがあると先生に言われるに違いありません。不合格!
    「英会話の上達には正しい日本語の習得が不可欠である」私の信念です。
    学習指導要領では小学生から英語を義務付けたようですが、正しい日本語による自己表現力を身につけるほうが将来英語力の上達に効果的と思います。
    フランスでは昔から母国語教育に熱心なためか、平均的な英語力は日本人よりはるかに上です。(体験的感想です)

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  • 浦和 写真

    同窓会の会場 浦和ロイヤルパインズホテル    13:46

    浦和で初めての高層ホテルだそうです。
    http://www.royalpines.co.jp/urawa/
    http://www.royalpines.co.jp/urawa/restaurant/
    http://www.royalpines.co.jp/urawa/about/access/

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  • 浦和 写真

    1階のコンコース

    天井は天の川のイメージです。

    Soretomo pachinkodaino kugino image desuka.






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  • 浦和 写真

    同窓会の司会者の挨拶   14:06

    以下の同窓会の写真については、内輪のパーティのため参加者の氏名等の記載はあえて省略いたします。間違うと失礼に当たるので。

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  • 浦和 写真

    同窓会代表幹事の挨拶

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    参加者113名約30%(数字は違ってたらごめんなさい。ご指摘があれば訂正します)

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    クラス写真も最初の2クラスだけで、あとは公式記録係りに任せました。15:05

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  • 浦和 写真

    クラス毎の集合写真は6月25日に幹事よりメールにて配信されました。
    ありがとうございます。

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  • 浦和 写真

    クラスごとの名簿ですが持ち帰るのを失念してしまいました。

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  • 浦和 写真

    ポートレート(肖像画)   16:48


    被写体の皆様にはこの写真ブログへの掲載を約束して撮影を依頼しました。
    個人情報は名札と表情に現れています。
    各分野の第一線で活躍されている皆様の表情はどれもいきいきしています。

    どなた様も、お名前やホームページ、ブログのアドレス等、記載希望があればご連絡ください。但しこのブログは同窓会内部だけでなく、全世界に公開されていますのでご承知おきください。

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  • 浦和 写真

    4  テレビへの登場回数が最も多いと紹介されていました。

    もっともテレビを本職としてる後輩もいますね。
    2008年3月にNHKを退職した人気アナウンサー、堀尾正明(1955〜)。
    退職後スタートさせた初めての ラジオ番組の「土曜朝イチエンタ。堀尾 正明+PLUS!」は、堀尾正明が、27年間のNHK生活で培った「幅広い年齢層から支持 され ...
    http://www.tbs.co.jp/radio/horio/

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    16 撮影者本人です。
    指名手配されていませんのでモザイク処理はいたしません。(笑い)

    自己紹介記事はホームページ「旅行写真展示室」に掲載しています。
    http://www7b.biglobe.ne.jp/~yamada423/

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    左より青木、山田、奥村、山本  (敬称略)

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    左より櫻井、西川、斎藤、内木  (敬称略)

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    左より宮森、矢部、小川  (敬称略)

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  • 浦和 写真

    ここからの3枚は4組の山崎さんの撮影です。

    後列左より、西川、内木、斎藤、櫻井

          石塚、矢部、小川  (敬称略) 

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  • 浦和 写真

    左より奥村、山本、山崎、井橋、細川 (敬称略) 

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    左より松本、山崎、矢部、西島、小川 (敬称略) 

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    校歌斉唱の指揮をする応援団   17:08

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    宴会場のシャンデリア
    浦和ロイヤルパインズホテルは豪華なホテルです。

    このシャンデリアをよく見ると、原子核の周囲を回る電子の様子を表している原子模型ように見えませんか。

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  • 浦和 写真

    閉会の挨拶   17:15

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  • 浦和 写真

    ホテルから浦和駅に向かう途中の中仙道沿いのうなぎの老舗

    浦和は昔から川魚、特にうなぎが有名です。
    今回は食する機会がありませんでした。

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  • 浦和 写真

    こちらは奈良漬の老舗

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  • 浦和 写真

    奈良漬の老舗の店内
    浦和漬を買いました。

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    中山道

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  • 浦和 写真

    須原屋は健在でした。教科書はここで買いました。場所が以前と同じかは分かりません。

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  • 浦和 写真

    中仙道浦和宿    17:47

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    「ゆうもおる」のいわれを知りたくて老舗らしき5,6店やおまわりさんに聞きましたが手がかりは皆無でした。 
    店の前にこの標識があるベテランJTB社員は標識の存在すら知りませんでした。浦和は観光地と思っていないからでしょうか。

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    仲町通り

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  • 浦和 写真

    「なかまち」の背景は浦和の天然記念物で埼玉県の花「サクラソウ」です。

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    調神社(つきじんじゃ)  ツキノミヤジンジャと思っていました。

    http://www.thread.co.jp/tukinomiya/

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    玉蔵院の門前通り

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  • 浦和 写真

    HONDA Benly CD125実用車
    今やクラシック・バイクです。

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  • 浦和 写真

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    ここにも「ゆうもおる」

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    サクラソウ通りの入り口にある「道路元標」

    中仙道の「浦和より何キロ」はここが始点です。

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    SAKURASO DORI SHOPPINNG MALL

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    老舗の洋菓子店

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    サクラソウの点描画(モザイクタイル?)

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    SAKURASO DORI SHOPPINNG MALLの路面標識

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  • 浦和 写真

    浦和駅入り口

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  • 浦和 写真

    JR浦和駅前広場

    県庁所在地の駅にしては地味ですが大型商業施設が入る建物がないためでしょう。都心まで1時間も掛からないこの駅周辺は商業地域ではなく、埼玉県の鉄道交通の要所は何といっても大宮です。新幹線が止まらない県庁所在地です。

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  • 浦和 写真

    浦和駅西口交番   18:14

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  • 浦和 写真

    ここのタクシーもほとんどが黒です。

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  • 浦和 写真

    浦和駅西口

    浦和市内の校外での同窓会は初参加でした。浦和駅周辺を歩いたのは50年ぶりです。どれほど変わったかは全く分かりませんが、おそらくあまり変わっていないのではないかと推測します。歴史を感じる街並みです。
    私のふるさと川越も歴史が古い街で、近年の観光地化は驚くばかりですが街並み自体はほとんど変わっていません。
    伝統のある街並みを大切に保存している町の代表として金沢があります。
    「2009年氷見・金沢の旅」冬の旅行記です。
    http://4travel.jp/traveler/810766/album/10528541/
    http://4travel.jp/traveler/810766/album/10528578/

    たくさんの写真をご覧いただきありがとうございます。
    同窓生の皆さんはご自分を見つけられたでしょうか。
    このサイトに公開してある写真はポストカードとして知り合いに贈れるサービスがありますのでご利用ください。無料です。
    画像の右覧のポストカードをクリックするとアドレス・フォーム(送受信者アドレス記入欄)が表示されます。

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