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 さきたま行田歴史ウォーク 2-さきたま史跡の博物館-

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三毛猫美花さん 写真

三毛猫美花さん
男性
行田・羽生・加須の旅行記 : 2
旅行時期 : 
  • 2012/02/01 - 2012/02/01
  • (約3ヶ月前・1日間)
エリア : 
埼玉県>熊谷・本庄・上尾>行田・羽生・加須
テーマ : 
歴史・文化・芸術
投稿日 : 
2012/02/08(約3ヶ月前)
写真 : 
69
コメント : 
0
交通手段 : 
  • 現地移動 :  新幹線 / JRローカル / 徒歩
一人あたりの費用 : 
  • 旅行費総額 : 1万円 - 3万円
同行者 : 
一人旅
手配内容 : 
個別手配

さきたま行田歴史ウォーク 2-さきたま史跡の博物館-

さきたま古墳群に来ました。ここは国宝の鉄剣が出た稲荷山古墳で有名です。
古墳の出土品を展示している博物館と古墳を見学しました。学校の教科書にも登場する稲荷山古墳と鉄剣ですが、「雄略天皇」の名前が教科書に登場しません。教科書を執筆する歴史学者や教師は意図的に隠蔽しているのでしょうか。
ましてや鉄剣に書かれている祟神天皇の派遣した4道将軍の「大彦」さんに至っては、完全無視です。「大彦」さんは歴史学者が「欠史9代」と抹殺された時代の人です。
今回見学して仰天しました。ここの展示品は韓国中央博物館をはるかに凌駕する国宝です。武蔵国守レベルですら、韓国3国王よりすごい埋葬品が出ました。ましてや宮内庁が発掘禁止している古墳なら大英博物館に専用コーナーができること確実の埋葬品が出るでしょう。
表紙は鉄剣せんべいです。会社を休んで見学していますので、職場へのお土産にしましたが、大好評でした。

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    13年間あこがれてきたさきたま古墳群に来ました。

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    すごい土産物屋があります。

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    ゼリーフライ、行田名物です。おからのコロッケです。おいしかったです。

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    昔岡崎市が開催した親子参加行事で勾玉を作りました。

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    土偶も売ってます。

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    トリビアの泉で紹介されました。

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    行田名物「足袋せんべい」も買いました。

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    このお店はTVに登場する有名店です。

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  • 行田・羽生・加須 写真

    これだけ有名人が来るとすごいですね。皇太子さまも来ていました。

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    ゼリーフライの解説です。

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  • 行田・羽生・加須 写真

    博物館に向かいます。

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  • 行田・羽生・加須 写真

    稲荷山古墳発掘時の写真です。よもや国宝鉄剣になるとは想像していなかったでしょう。

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    瓦塚古墳から出た水鳥型はにわです。典型的な倭の5王時代ですね。

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  • 行田・羽生・加須 写真

    人物はにわです。

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    バリエーションがあります。

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  • 行田・羽生・加須 写真

    韓国にはない遺物です。

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  • 行田・羽生・加須 写真

    大和朝廷特有の円筒はにわです。

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  • 行田・羽生・加須 写真

    朝顔型はにわです。

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  • 行田・羽生・加須 写真

    稲荷山古墳の解説です。5世紀末ですから400年代後半です。鉄剣に書かれている雄略天皇と一致しますし、中国の倭の5王とも一致します。
    なぜ教科書に「雄略天皇」と書かないのでしょうか。
    日本の歴史学者が意図的に隠蔽しているとしか思えません。

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  • 行田・羽生・加須 写真

    普通の鉄剣も出ています。国宝ゾーンに入っています。

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  • 行田・羽生・加須 写真

    埋葬された人は雄略天皇の親衛隊でした。

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  • 行田・羽生・加須 写真

    馬具の大きさも半端ではありません。初めて見ました、巨大な鈴。

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  • 行田・羽生・加須 写真

    埋葬時の想像です。

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  • 行田・羽生・加須 写真

    稲荷山古墳から出た鏡と同じ鏡の分布です。
    江田船山古墳からも鉄剣が出ましたが、最初歴史学者は反正天皇としました。稲荷山古墳で、雄略天皇と変えました。
    歴史学者の「思い込み」で決まる体質を物語っています。

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    この鏡は大切に埋葬されていました。歴史学者が「卑弥呼の鏡」と詐称する「三角縁神獣鏡」みたいに粗末にころがっておりません。
    卑弥呼様からいただいた大切な鏡を適当に外側に並べたり、割ったりしますか?
    そういう常識がないのが邪馬台国大和説です。

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    日本の歴史学者は都合のいいところだけ日本書紀を引用します。
    「笠原使主直」が埋葬されたという説ですが、鉄剣に「乎獲居(オワケ)」と書いてある以上「乎獲居(オワケ)」さんです。
    なんで日本の歴史学者は「素直」ではないのでしょうか。
    ただ父親の名前も書かれており「加差披余」さんです。これを「笠原」と読むのは至難の業です。
    でも歴史学者は毎度お馴染みの勝手に想像して、「笠原」と読みます。

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  • 行田・羽生・加須 写真

    このはにわには仰天しました。すごい!

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  • 行田・羽生・加須 写真

    韓国では全く出ていません。
    「騎馬民族襲来説」を日本奇天烈歴史学者が主張していますが、その騎馬民族説って、日本から朝鮮半島へ出陣した軍隊だったと言えます。

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  • 行田・羽生・加須 写真

    帽子をかぶる風習があるとは。

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  • 行田・羽生・加須 写真

    別の古墳からの出土品コーナーもあります。

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  • 行田・羽生・加須 写真

    韓国歴史学者なら「須恵器でないから遅れている」とでも言うのでしょうか。

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  • 行田・羽生・加須 写真

    もちろん須恵器もあります。日本では土師器と須恵器を平安時代まで併用しています。

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  • 行田・羽生・加須 写真

    見事な須恵器です。精度高い製造技術です。

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  • 行田・羽生・加須 写真

    水筒のような須恵器、韓国で出ているでしょうか。

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  • 行田・羽生・加須 写真

    さきたま古墳群のひとつ将軍塚古墳からの出土品です。
    まさに正倉院と思うような見事な埋葬品です。
    韓国の王陵からは出ていません。

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  • 行田・羽生・加須 写真

    日本で2例目の馬冑です。
    それまでは和歌山にしかありませんでした。

    参考:和歌山の馬冑

    http://4travel.jp/traveler/kanazawamike/album/10521962/

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  • 行田・羽生・加須 写真

    馬印です。

    参考:行田郷土博物館の馬印

    http://4travel.jp/traveler/kanazawamike/album/10642628/

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  • 行田・羽生・加須 写真

    そして度肝を抜くような巨大馬型はにわです。

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  • 行田・羽生・加須 写真

    岡崎市の馬型はにわも真っ青です。

    http://4travel.jp/traveler/kanazawamike/album/10496063/

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  • 行田・羽生・加須 写真

    家型はにわも巨大です。

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  • 行田・羽生・加須 写真

    国宝の鉄剣です。
    インターネットによる書かれている文字の解読結果です。
    先祖が「大彦」さんです。古代豪族阿倍氏の祖先です。

    「辛亥の年七月中、記す。ヲワケの臣。上祖、名はオホヒコ。其の児、(名は)タカリのスクネ。其の児、名はテヨカリワケ。其の児、名はタカヒ(ハ)シワケ。其の児、名はタサキワケ。其の児、名はハテヒ。(表) 其の児、名はカサヒ(ハ)ヨ。其の児、名はヲワケの臣。世々、杖刀人の首と為り、奉事し来り今に至る。ワカタケ(キ)ル(ロ)の大王の寺、シキの宮に在る時、吾、天下を左治し、此の百練の利刀を作らしめ、吾が奉事の根原を記す也。(裏)」

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  • 行田・羽生・加須 写真

    古墳群を歩きます。

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  • 行田・羽生・加須 写真

    石田三成が忍城を水攻めした石田堤がありました。
    石田三成は古墳の上に陣地をはりました。

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  • 行田・羽生・加須 写真

    早速石田三成の気分を味わいます。

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  • 行田・羽生・加須 写真

    円墳では日本最大とか。

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    稲荷山古墳が見えます。仁徳陵の1/4だと言われています。

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  • 行田・羽生・加須 写真

    石田三成は関が原古戦場で大谷吉継と並んで人気が高いです。義のために戦った人、裏切り小早川や脇坂、小川などの4将とは大違いです。
    裏切り者は関が原のあと、石田三成の居城佐和山城を攻撃しています。
    裏切って、さらに上塗りをする、まさしく外道のような生き方です。

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  • 行田・羽生・加須 写真

    忍城が見えました!
    関が原の前に石田三成を襲撃した豊臣家の家臣たちは、結局豊臣家を滅亡させる行動となりました。
    そして関が原後因縁をつけられ、改易させられた大名もいました。

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  • 行田・羽生・加須 写真

    稲荷山古墳に来ました。

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  • 行田・羽生・加須 写真

    既にお気づきでしょうが、古墳に木はありません。
    韓国のように古墳を守るために木を切ってます。
    一方宮内庁は木をそのままにして古墳を破壊しています。
    韓国から笑われているのを知っていて何もしません。

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  • 行田・羽生・加須 写真

    宮内庁が立ち入り禁止とする天皇陵もこうであったら・・・

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  • 行田・羽生・加須 写真

    後円部へ行きます。

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  • 行田・羽生・加須 写真

    つきだしです。ここで祭礼をしました。

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  • 行田・羽生・加須 写真

    埋葬部です。

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  • 行田・羽生・加須 写真

    前方部です。

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  • 行田・羽生・加須 写真

    となりの将軍塚古墳です。

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  • 行田・羽生・加須 写真

    将軍塚古墳は展示室が古墳にあります。
    出雲の山代二子山古墳と同じです。

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    はにわが並べられています。

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  • 行田・羽生・加須 写真

    石室に使用された房州石です。つまり千葉まで影響力のあった支配者だったということです。

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  • 行田・羽生・加須 写真

    須恵器も立派です。

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  • 行田・羽生・加須 写真

    松阪の宝塚古墳と同じはにわです。

    http://4travel.jp/traveler/kanazawamike/album/10622471/

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  • 行田・羽生・加須 写真

    「朝鮮半島との交流」で騎馬武者が始まるのが4世紀末とか。まさしく高句麗王の記録のように日本VS高句麗の戦いの最中です。

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  • 行田・羽生・加須 写真

    埋葬状態です。

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  • 行田・羽生・加須 写真

    やっと韓国金海博物館や大成洞博物館並になってきました。
    馬印は日本だけです。

    http://4travel.jp/traveler/kanazawamike/album/10471490/

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  • 行田・羽生・加須 写真

    伽耶王よりも立派な出土品が出るということは古代の日本の地方首長の力が大きかったと言えます。

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  • 行田・羽生・加須 写真

    6世紀後半ですから欽明天皇時代です。もはや任那も滅び、伽耶も新羅に併合され、日本の敵は新羅になった時代です。

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  • 行田・羽生・加須 写真

    二子山古墳は掘があります。

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  • 行田・羽生・加須 写真

    行田見学を終えて、帰りは湘南線で国府津へ出て東海道線で帰ります。
    英国スコットランドアバディーンで見た根府川に似た景色を確認するためです。

    アバディーンの景色:

    http://4travel.jp/traveler/kanazawamike/album/10567882/

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  • 行田・羽生・加須 写真

    日本は人工物が多くて、駄目ですね。アバディーンの景色は150年前グラバーさんが留学させた日本人が見た景色と同じ景色を今も残しています。
    それと同じく、さきたまの古墳も日本人のアイデンティティを残すために保存され、大切に展示されています。
    このような貴重な遺産を後世に伝えていくこと、それも正しい歴史教育をして、断じて雄略天皇を隠蔽したり、「大彦はいなかった」とほざいたりすることのない歴史認識が必要です。

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