★茅ヶ崎海岸は変わったが・開高健はいつまでも私の中に生き続けます〜
3位
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- mogu miyauchi さん
- 男性
- 茅ヶ崎・寒川の旅行記 : 1件
- 旅行時期 :
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- 2009/10/30 - 2009/10/30
- (約3年前・1日間)
- テーマ :
- 特になし・その他(出張)
- 投稿日 :
- 2009/11/11(約3年前)
- 写真 :
- 43枚
- コメント :
- 2件
驚く心がなかったら・・・・
驚く心がなかったら、旅の意味はほとんどないものね。
別種の文化に接することとは、驚くことなんだ。
驚く心、見る目を持ちなさい。
少年の心で、大人の財布で歩きなさい。
開高健『地球はグラスのふちを回る』より
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もう・・昔のことですが、このビーチには何十回も通いました。・・サーフイン学生連盟NSSAに所属し競技として、ライフワークとして取り組んでいました。・・・聞いてはいましたが・・サザンの歌にもでてくる「パシフィック・ホテル茅ヶ崎」はなくなっていました。・・(ここのツナサンドは当時の主食でした。・・)ビーチもテトラが入り、まるで違うビーチの様に変わっています。
しかしここ茅ヶ崎には・私の時代を超えた師匠開高さんの家
・・開高健記念館があり、やっと訪れることができまた。・・・そこには好きな本ベスト3に入る「夏の闇」の原稿が・・・「リアル」「リアル」です・・・
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茅ヶ崎海岸から茅ヶ崎のシンボルとなっている烏帽子岩が望めます。烏帽子岩は、沖合い約1.2kmに大小30ほどの岩が集まった岩礁群で、岩礁の一つである姥島(うばしま)の中央に、烏帽子岩は高くそびえています。頂上は海抜約15mあり、茅ヶ崎海岸のどこからでも望むことができます。烏帽子岩の名前の由来は、その昔の公家が被っていた烏帽子に似ているからです。太平洋戦争後の一時期、米軍が射撃訓練の標的にしましたが、射撃訓練を中止させるために、多くの市民の働きかけがありました
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サザンのパシフィックホテルの名称は1982年のアルバム『NUDE MAN』収録曲「夏をあきらめて」にも登場していました。ちなみに学生時代の桑田はこのホテルのプールサイドで、バンドのバイトをしていたこともあるらしいです。
実在の「パシフィックホテル茅ヶ崎」は、横井英樹が買収したのち再建計画が頓挫し、20年近く廃墟状態であったが、ついに1998年に取り壊され跡地にはパシフィックガーデン茅ヶ崎というマンションが建てられました。
・・・・・ん・・ん・・? -
1964年、朝日新聞社臨時特派員として戦時下のベトナムへ。南ベトナム政府軍に従軍して最前線に出た際、反政府ゲリラの機銃掃射に遭うも生還。総勢200名のうち生き残ったのは17名でした。『輝ける闇』『夏の闇』『花終わる闇(未完)』の3部作はこの戦争での凄烈な体験をもとに書かれています。
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熱心な釣師としても知られ、日本はもちろん世界中に釣行し、様々な魚を釣り上げ、『オーパ!』、『フィッシュ・オン』など釣りをテーマにした作品も多い。現在では浸透している“キャッチアンドリリース”(釣った魚を河に戻す)という思想を広めたのも開高だと言われています。また食通でもあり、食と酒に関するエッセイも多数。
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書斎の万年床が敷かれていた部屋の壁には、ベトナムとアラスカ半島の大きな地図が2枚貼られています。いずれも開高健の人生にとってかけがえのない地なのでしょう。
書斎にこもり原稿用紙に向かい、構想にふけり、疲れたときなどに地図を眺め、想いを新たにしていたのでしょうか。アラスカ半島の地図には、川や湖を赤のマジックペンで丸を囲み矢印や感嘆符までが書き込まれています。原稿を書き終えたら竿を持って旅に出よう。大自然の中に身をおいてキングサーモンと対峙しよう。河は呼んでいる。そんな心の叫びが聞こえてくるようです。・・・・さあ・旅に出るか〜 -
どの酒でもそうだけど・・・
どの酒でもそうだけど、口に入れたら、歯ぐきへまわしてしみこませるんだ。
そこでしばしためらって本質が登場するのを待ち、かつ、眺める。
歯ぐきはたいせつなんだよ。
『夏の闇』より
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キング・サーモン
キング・サーモン(キーナイ河)
私は虚脱してすわりこむ。
全身がふるえ、腕がふるえ、手がふるえ、ラッキー・ストライクがふるえる。
三十四時間の焦燥と緊迫と疲労は霧散した。
一滴の光が獲得できた。
瞬間は手にできた。
虚無の充実で輝きわたる。
『オーパ、オーパ!!』より
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ヴェトナム戦争で信ずべき自己を見失った主人公は、ただひたすら眠り、貪欲に食い、繰返し性に溺れる嫌悪の日々をおくる……が、ある朝、女と別れ、ヴェトナムの戦場に回帰する。“徒労、倦怠、焦躁と殺戮”という、暗く抜け道のない現代にあって、精神的混迷にかざす灯を探し求め、絶望の淵にあえぐ現代人の《魂の地獄と救済》を描き、著者自らが第二の処女作とする純文学長編。
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旅はとどのつまり、異国を触媒として、動機として静機として、
自身の内部を旅することであるように思われるが、
自身をめざすしかない旅はやがて、遅かれ早かれ、ひどい空虚に到達する。
空虚の袋に毎日々々私は肉やパンや酒をつぎこんでいるにすぎないのではないか。
『夏の闇』より -
これからあとの人生はオマケだ。
1964年2月14日、ベトナム戦争に従軍していた開高健は、ジャングルでベトコンに包囲され一斉攻撃を受ける。
生存者は200名中わずか17名。
この裏には 1/17と書かれています。 -
「私は日本人です助けてください!」と書かれています。・・わかります・・
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もし少年をメコン・デルタかジャングルにつれだし、マシン・ガンを持たせたら、彼は豹のようにかけまわって乱射し、人を殺すであろう。
あるいは、ある日、泥のなかで犬のように殺されるであろう。
彼の信念を支持するかしないかで、彼は《英雄》にもなれば《殺人鬼》にもなる。
それが《戦争》だ。
『ベトナム戦記』より
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